第五話「作者ノート」
目覚めと同時に感じたのは、いつもの重み。
フユネが俺の上に乗っかっている。
ただ一つ違ったのは、脇腹に彼女の杖が深々とめり込んでいたことだ。
「んん……フユネ……」
「シーッ!」
……こいつ、夢の中で俺を黙らせたのか?
まあいい。どうでもいいことだ。
花の数を数えるに、俺たちはランクFの依頼をこなしたばかり。目標まではまだ遠い。
「おはようございます、コモリさん」
ふと横を見ると、ユミヅキがいた。
三本の剣を足に乗せ、それを重り代わりにしながら黙々と腹筋をしている。
「あ、ああ……おはよう」
深く考えるのはよそう。
早朝からそんな奇行に走るのは異常か?
イエスだ。
だが実害はないし……変な勘繰りはなしだ。魅力的な女性が汗を流しているのを眺めるのは、男として極めて健全な反応なのだから。
「コモリさん、今日はダンジョンに行きますか?」
「なんでまた?」
「ギルドでこんな依頼を見つけたんです。『ランクB:沼地に突如現れたダンジョンの調査』」
彼女はポケットから、皺ひとつない紙を取り出して俺に見せた。
「ふむ……報酬はパン半斤、ガム一個……それに登山セットか?
なるほど、まったくもって意味不明だな」
「怖いですか、コモリさん」
「まさか。俺にはお前たちがついてるからな……」
ユミヅキが眉をひそめた。
「それは感心しませんね。誰かに依存しすぎてはいけません。私たちはいつかいなくなるかもしれない。パーティの解散なんて、冒険者にはよくあることです」
「大げさだなぁ……」
「私の昔の相棒も、そう言っていました」
「……で、どうなったんだ?」
彼女は、ただじっと俺を見つめるだけだった。
「重要なのは、行くか行かないかです」
「わかったよ、行こう。パンは死活問題だからな」
◇
結局、三人でダンジョンへ向かうことになった。
久々のダンジョン攻略に、フユネはご機嫌だ。
ユミヅキは既に剣を研いでいる。
俺は小さくため息をついた。
「あれだ。『ペリラスのダンジョン』」
ユミヅキは事情通らしい。
「ペリラス……?」
「古代の建築家です。別名……」
彼女は入り口に近づき、壁面を指さした。
「ほら、あそこにサインがあります。『T.P』と」
「別名って?」
「『テレポーター』。空間転移者とも呼ばれ、世界中にダンジョンを建造するためにその能力を使っていたそうです」
「そんで、その人はどうなったんだ?」
「世界中を放浪していると言われていますが、誰も見たことがありません。伝説上の存在、あるいはダンジョンそのものが魔法的な現象だと考える人もいます」
「なるほど……TPして誰も見たことがない、けどダンジョンを作る奴か……」
「貴方なら、できたらやりませんか?」
「一理ある」
勢いよく入ろうとしたフユネを、俺は手で制した。
「待て、フユネ」
「なによぅ……! まさかダンジョンに入っちゃダメとか言うんじゃないでしょうね!?」
「いや、逆だ。むしろ感心してるくらいだが……」
「コモリさんの言いたいことはわかります……」
「ここでは魔法を使うなよ? いいな? あとで埋め合わせはするから」
「そんなのズルい! なんでぇー!」
「岩の下敷きになって死にたくないからだ」
フユネは頬を膨らませ、目を閉じてぷいっとそっぽを向いてしまった。
明らかに拗ねている。
だが、こればかりは譲れない。従うか、外で待っているか。
俺は時々、悪役になる。
だが、それは生き残るために必要なことだ。
◇
内部の造りは、期待外れだった。
ダンジョンと呼ぶには、あまりに整然としすぎている。
ここが「できたて」であることを差し引いても、手応えというものがまるで感じられない。
――そう、油断した矢先だ。
背後の扉が開き、スケルトンの群れが雪崩れ込んできた。
奴らは全身に、奇妙なエネルギーの揺らぎを纏っている。
どうやらその光が腱や筋肉の代わりとなり、本来なら崩れ落ちるはずの骨を繋ぎ止め、強引に駆動させているらしい。
「本来、動くスケルトンなんてのは説明がつかないもんだが、ここに関しては別らしいな……」
俺の呟きと同時にフユネが槍を解き放とうとしたが、即座に止めた。
今日は破壊力じゃない。もっと鋭利で、集中した一撃が必要だ。
俺はユミヅキを見た。彼女は満足げな笑みを浮かべている。
「おあつらえ向きですね!」
かつてないほどの気迫で、彼女は剣を抜き、スケルトンの群れに飛び込んだ。
まるで雑草でも刈るかのように、次々と処理していく。
五分もしないうちに、四十体ほどのスケルトンは完全に粉砕された。
このペースじゃ、俺の頭がおかしくなりそうだ。
「期待外れですね。『ノイド流』だけで片付いてしまいました」
「なんだその流派?」
「虚空を媒体とした攻撃です。掌にマナを集中させれば可能です」
「『だけで』ってことは、もっと強い流派があるのか?」
「いえ、生まれてこの方、他の流派を使ったことがないだけです」
「ユミヅキお姉ちゃんすごい!」
フユネが手から蒸気を出しながら喜んで飛び跳ねる。
「お前ら、姉妹か何かか?」
「ううん、でもそれくらい仲良し!」
微笑ましい光景だ。
俺たちは最奥の通路へと進んだ。
前述の通り、スケルトンを除けば拍子抜けするほど簡単なダンジョンだった。
パズルも、罠も、アクション要素もない……。
まあ、死にたくはないが。
玉座の上に宝箱があった。
開けると、中には……古びた紙切れ、木刀、そして回復用と思しき赤いポーション。
紙を手に取り、黙読する。
『未来へ。この沼地のダンジョンには、多くの罠と行き止まりを用意する予定だ。まだ詳細は決めてないが、そのうちスケルトンやら他のモンスターを追加しておく』
以上。
これは俺が書いたものだ。まだこの「沼地のダンジョン」の構成が決まっていなかった頃に。
言いたいことは山ほどあるが……俺は冷静さを保った。
それでも、その紙を千々に破り捨てることまでは止められなかったが。
俺は木刀を手に取り、ポーションはフユネに持たせた。
「これが私の最初の武器か」
「鍛えてあげますよ、コモリさん」
「感謝するよ、ユミヅキ」
「礼には及びません。いつまでも足手まといのままでは困りますから」
「おい!」
初めて、彼女が声を上げて笑った。
◇
ギルドに戻り、報告を済ませた。
ちなみに受付嬢はいつもの、顔がプレースホルダーのままの彼女だ。
【これをお渡しするのを忘れていました!】
俺はそれを受け取った。
「……『フリーハグ券』? 何の役に立つんだこれは」
【いろんなことに使えますよ!】
俺は諦めてポケットに突っ込んだ。
「そういえば、名前を聞いてなかったな」
【サラと申します。以後お見知りおきを、大英雄様】
「いい名前だ」
彼女は微笑み、俺たちはギルドを後にした。
空はいつも通り。
山の上の心臓も、穏やかに鼓動を打っている。
そして俺の手には、金属の切れ味を持つ木刀がある。
もちろん、魔法特性が付与されているからだ。この収穫には満足している。
◇
――家に戻ると。
ドアに、粗末な板切れが打ち付けられていた。
『ここはどうしようもない場所だ! パン二つで屋敷を提供する! 超お買い得!』
やれやれ、どこかの狂った商人が必死になっているようだ。
『追伸:先に進みたくば購入せよ。さもなくば……』
手紙はそこで終わっていた。
さもなくば、何だってんだ!?




