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駄作の傑作 - 俺が書いた物語に転生したんだが……  作者: 日和秋彦
第1章 404エラー

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第四話「カード」

 胸にのしかかる重みで目が覚めた。

 まぶたを開け、自分がまだこの異世界にいることを確かめる。


 元の世界では、妹が事あるごとに「カラオケ行こう」とうるさかったっけ。

 あいつに言わせれば、俺はいい声をしているらしい。だが俺の持論では、声質が良いことと歌が上手いことは**別問題**だ。

 ……ま、今となっては、間違いなく付き合ってやるだろうけどな。


「んぅ……あついぃ……」


 ふと視線を落とす。

 そこには、猫のように丸まったフユネがいた。

 俺の上で、すやすやと寝息を立てている。

 手には杖が握られたままで、今にもベッドから滑り落ちそうだ。


「百三十四……百三十五」


「え?」


 横を見ると、ユミヅキが涼しい顔で腕立て伏せをしていた。

 早朝だというのに、すでに鎧を纏い、腰には愛用の三本刀。

 上半身はノースリーブ一枚。引き締まった腹筋と筋肉のラインが露わになっている。

 見せつけやがって。


「おはようございます、コモリさん」

「……いつから起きてたんだ?」

「二時間前からですね」


 激しい運動の後だというのに、呼吸ひとつ乱れていない。


「夜明けの鍛錬は日課ですので」

「なるほど……鎧着たままかよ。いや、もうツッコむのはやめよう。それより、フユネはどうした?」

「一時間ほど前に潜り込んできました……『寒い』と言い訳してましたが、おそらく森の音に怯えたんでしょう」

「森の音? 鳥の声とかか?」

「いいえ、風切り音です」

「風の魔術師が、風を怖がるのか?」

「彼女の部族の古い言い伝えだとか。まあ、コモリさんと一緒なら安心なんでしょう」


 俺は胸元のフユネを見た。

 寝息を立てながら、「かぜぇ……」と訳のわからない寝言を漏らしている。


「確かに。俺も文句を言うつもりはないが」


 ユミヅキは腕立て伏せをやめ、その場に座り込んでタオルで汗を拭った。


「そのうち慣れますよ。前は私の所に来てましたが、今は貴方を選んだようですし」


 俺を選んだのか、単にユミヅキが起きていたからなのか。

 まあ、どちらにせよ抱き心地が良いのは事実だ。


 ――あ、やばい。

 トイレに行きたい……。


 なんとか抜け出そうと身をよじるが、フユネは杖を手放し、さらにぎゅっと俺にしがみついてきた。


「あと五分ぅ……」

「フユネ、俺が窒息する……」

「あったかいぃ……」


 窮地に陥った俺は、ある名案を思いついた。


「フユネ、家に熊が出たぞ!」

「ふあぁっ!? ど、どこぉおおお!?」


 弾かれたように飛び起きるフユネ。

 あまりの勢いに、こっちが驚くほどだ。彼女は即座に風魔法で杖を引き寄せ、眼前に突きつける。


「おおっ! 覚悟しろぉ、熊野郎……!」


 俺はすかさず、その杖を取り上げた。


「う、嘘だ。熊なんていない」

「コモリぃ、そういう嘘はダメだってば……!」


 分かってる。

 普通なら安堵するところだろうが……。


「最高の朝になるところだったのにぃ……!」


 やはり、この戦闘狂にとっては違うらしい。


     ◇


 朝食後、少し出かけることにした。

 熊の一件でまだ不貞腐れているフユネを、子供だましのような手でなだめる。


「この遺跡こそ、『暴風ヴェントロ』には最適だ!」


 フユネが杖を振り上げる。だが、またしても俺はそれを取り上げた。


「もちろんダメだ」

「えぇ? なんでぇ?」

「某・爆裂魔法使いも似たようなことをして、ろくな結末にならなかったからな」

「某・魔法使い?」

「関係ない。とにかく『NO』だ」


 フユネはぷくっと頬を膨らませる。


「じゃあ、どこならいいのよ! アタシは特訓がしたいの!」

「すまんが塔を壊されるのは困る」

「だったら……森?」

「却下。生き物がいる。俺の運だと、絶滅危惧種に当てちまいそうだ……」

「じゃあ、どこで特訓しろって言うのよ!?」


 しばし思案する。

 開けた場所が必要だ。国際問題も、地域紛争も、いかなるトラブルも引き起こさない場所。


「……海なんてどうだ?」

「……うみ?」


 言った瞬間、後悔した。

 まさか海も怖いとか言わないよな?


「コモリ、それだよ……!」


 彼女の瞳がキラリと輝いた。


「行こう!」

「待て、近くにあるのか? 適当に言っただけなんだが……」

「もちろん!」


 そこでユミヅキが補足する。


「歩いて十五分といったところですね」

「了解」

「馬車ならもっと早いです」

「了解」

「何より、酒を飲むには最高の場所かと」

「はぁっ!?」


     ◇


 海は本当に、歩いて十五分の距離にあった。

 北側の村外れを抜け、作物が植わっているはずの空き地を横切る。

 すると、唐突にそれは現れた。


 海だ。

 遠くでは鯨が潮を吹き、白い砂浜にはパラソルと無人のデッキチェアが並んでいる。


 正直……中世風の世界観と現代的なリゾート地のミスマッチなど、どうでもよかった。

 ただ、目の前の光景が美しかったからだ。


 波打ち際へ向かい、足を浸す。

 奇妙な感触だった。

 なんというか――掃除の行き届いたプールに入ったような、そんな感覚だ。


「最高っ! 喉カラカラだったの!」

「フユネ……水筒ならデッキチェアに置いてきたぞ」


 俺の忠告など聞こえていないらしく、彼女はその場に膝をつく。

 両手を水に突っ込み、あろうことかすくい上げた水を一気にあおった。


「んんっ、生き返るぅ!」

「おい待て! 何やってんだ!?」


 俺は慌てて駆け寄った。


「海水だぞ! しょっぱいだろ! 脱水症状になるぞ!」


 だが、フユネはきょとんとして俺を見上げた。


「しょっぱい? 何言ってるの?」


 俺も恐る恐る手を浸し、その水を舐めてみる。

 ……完全に真水だ。

 それも、飲用可能なレベルの。


「ここ……海だよな?」

 遠くに見える鯨を指差す。

「海洋生物もいる。波もある。なのに……」

「うん、『ムーセアノ』だよ? なんでしょっぱいと思ったの?」


 フユネはまるで、頭のおかしい人を見るような目で俺を見ていた。


 俺は目を閉じ、十まで数える。

 浸透圧で鯨は死ぬはずだ。

 だが目を開ければ、彼らは幸せそうに泳いでいるし、魚たちも元気に跳ねている。

 どうやら生物学は、この会話からログアウトしたらしい。


「分かった。真水の海なんだな。いいぞフユネ、魔法の練習をしてこい」

「はーい!」


 フユネはユミヅキの元へ駆けていった。

 俺は裸足になり、砂浜を歩くことにした。

 正直、そうでもして現実逃避しないと正気を保てそうになかった。


「俺がおかしいのか……?」


 海が塩水でないから何だというのだ。

 海流が生態系を支配していようが、現に生物が生きているなら、そういう理屈で回っている世界なのだろう。

 たぶん。


 その時、足の裏に違和感を覚えた。


「ん?」


 厚紙……?


 足をどけると、そこには一枚のカードが落ちていた。

 工作で使うような画用紙のカードだ。角は折れ曲がり、古いコーヒーの染みのような汚れがついている。

 拾い上げてみる。


「なんだこれ……『誕生日プレゼント用魔道具』?」


 振ってみる。

 何も起きない。

 ふーっと息を吹きかけてみる。

 やはり何も起きない。


 その瞬間だった。

 目の前にテキストウィンドウが浮かび上がり、竜巻のような棒人間と……『顔』のようなものが実体化した。


『魔法発見:風』


「え、えっ? いや、俺は……」


『吸収中……』


 奇妙なエネルギーが全身を駆け巡る。


『風魔法:【拡声ボイス・アンプ】レベル1』


『新たな力をお楽しみください、バースデーボーイ! あ、それと、もっとご入り用ならルフェンティの当店までお越しを……』


 その言葉を残し、謎の存在は劇的に消滅した。

 手の中のカードも、それと同時に消え失せていた。


 あぁ。

 これが、いわゆる『マジックアイテム』ってやつか。


「はは……最高だ。完璧すぎる。で、『拡声ボイス・アンプ』って具体的に何ができるんだ? 名前の通りだとは思うが……」


 使い方は分からなかったが、本能的に理解できていた。


「あー」

 普通に言ってみる。

「んん……」


 もう一度試すが、特に変化はない。


「フユネに聞いてみるか。大声を出して何の役に立つんだ? 戦闘指揮か? 遠くの敵を威嚇するためか? 口喧嘩に勝つため? それともカラオケ用か?」


 正直、初めて覚えた魔法にしては、あまりにガッカリな性能だった。


     ◇


 それから十分が過ぎても、俺はまだ物思いにふけっていた。

 海の方から聞こえた声が、思考を中断させる。


「コモリさーん!」

 フユネが呼んでいる。

「これ見ててー!」


 彼女は大仰な仕草で杖を掲げた。


「おぉ……」


 あいつはいつも「おぉ」から始めないと気が済まないのか?


「風の精霊よ! プリーズ! 呼ばれた時に精霊がやるような、なんか凄いことをして! 意地悪しないで! いつものように風のトライデントを形成せよ! そして何か重要なものを貫け! 海王の三叉槍トライデント、超強力な一撃! バージョン1!」


 ……何も起きない。


「あ、いっけなーい……『おねがい』忘れてた」

 彼女は杖を突き出す。

「おねがいっ、ヴェンテターのエレネオラ様!」


 ――ドォォォォォン!!


 海に向かって放たれた三叉槍は、巨大な高波を巻き起こし、浜辺にいた俺たちを頭から飲み込んだ。

 ずぶ濡れになった俺は、恨めしげに彼女を睨んだ。


「フユネ……」

「な、なによっ!? 水が怖いの!?」

「それは……もういい。それより、『ヴェンテターのエレネオラ』ってなんだ?」

「女の人……伝説の魔女だよ。呪文を間違えても、『おねがい』って言えばなぜか魔法が発動したっていう」

「なるほど。だとしたら、素晴らしい再現度だ」


 これ以上聞くのはやめておこう。

 少なくとも、威力だけは申し分なかった。


     ◇


 結果として、フユネの一撃は太古の怪物を葬り去っていたらしい。

 通称『海チュパカブラ』。

 おかげで、村人たちは「海のヤギ」をさらわれずに済むようになったそうだ。


 報酬として、俺たちはパンを二斤きんもらった。

 それと、俺がこっちの世界に来た時持っていたスーパーの袋より、遥かにパンを新鮮に保てる魔法の袋も。


 だが、一つだけ気がかりなことがあった。

 山脈の上に浮かぶ、あの心臓。

 時折、その鼓動が不安定になるのだ。

 あれは一体、何の予兆なんだろうか。

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