第三話「 魔法って思ってたのと違うんだけど」
美少女が二人。
普通の主人公なら、諸手を挙げて喜ぶ光景だ。
だが俺にとっては違う。こいつらは歩く黒歴史だ。
2026年の過ち。体裁を整えるためだけにAIで生成した、『設定』だけの存在。
理由は単純だった。
キャラが薄いと読者に飽きられる。個性が強ければ愛される。当時の俺はそう考えた。
問題は、今の俺が読者じゃないってことだ。
俺は『観測者』になっちまった。
「あんたの情けない募集の張り紙を見たけど、まあ安心して! あの文章を書いたのがあんたなら、仲間に入れてあげる」
は?
今、さらっとディスられたか?
「……まあ、書いたのは俺だが……え、それだけ?」
「完璧よ!」
聞く耳なしかよ。
彼女はバッと大仰なポーズを決める。
周囲の風が収束し、杖へと吸い込まれていく。魔力吸収か? それとも触媒か?
どちらにせよ、素人じゃない。
「俺は……」
「大丈夫ですか?」
フユネが顔を覗き込んでくる。
「いや……うん。花摘みのクエストだ。報酬はパン二個。どうだ、乗るか?」
「えーっ、つまんない! 私の魔法なら花ごと全部吹き飛ばしちゃうわよ!」
頬を膨らませて駄々をこねる。癇癪持ちか。
だが、金には勝てないらしい。
「でもまあ、お金は必要だし……いいわよ! やってあげる!」
「うむ」
ユミヅキが頷く。
「退屈で、動かず、訓練にもならず、剣を握る時間すら無駄になるが……」
「が?」
「悪くはない。普通はヒキガエル退治とかだ。新鮮だな」
こいつら、事態を悪化させる気満々じゃないか?
だが、選択肢はない。
***
フユネは『ヴェンタラス』の女神を崇める街、ヴェンタリスの出身だという。
箱入り娘生活に嫌気が差して飛び出したらしい。
通ってきた道の名は『キャンディ街道』。
蟻の災厄が通り過ぎ、その跡が偶然にも完璧な舗装路になったという、あの道だ。
一方、ユミヅキは寡黙だ。
だが故郷は重要だ。『通貨としてのパン』の生産地。世界に四つしかない製造都市の一つ。
ふと、疑問が浮かぶ。
彼女が大事に袋に入れているそのパン。普通のパンと何が違う?
どうやって真贋を検証するんだ?
硬くなったり、カビが生えたりしたら価値は暴落するのか?
「ねえ、コモリ」
町長の家へ向かう途中、不意にフユネが口を開いた。
「何がきっかけで、私たちと組もうと思ったの?」
少し考える。
嘘をついてまで仲良くするタイプじゃない。TRPGでも誠実プレイを貫いてきた。今さら変えるつもりもない。
「腹が減って死にそうだ。そのパンが完璧に見えた」
「それだけ? 変な奴」
前を歩くユミヅキが同意する。
「急な襲撃に備える」とか言って先頭を歩いているが、真昼間で人通りも多い。
「念のため」と言ったきり、無言だ。
……。
長い徒歩移動の末、町長の家に到着した。
屋敷というよりは、湖畔の小屋だ。それでも、この村で一番マシな建物だろう。
川のほとりには『ソリドロンの花』。
光と水を吸って蒸気を吐く。料理の熱源として使われる草だ。
こんな設定、俺が入れた覚えはないんだが。
「自然状態では蒸気を出さない。だが金属を近づけると分泌を始め、無限に使える」
ユミヅキが解説する。妙に詳しい。
「革とパンの村で?」
「花は希少だ。ピザに使うために王都へ輸出される」
「ピザ?」
「王都から来たと思ってたんだがな。なぜか『勇者』を名乗る連中はいつもここに来て……手ぶらで帰っていく。お前もそうすると思ったが、違うらしい」
じっと見つめてくる。値踏みする目だ。
以前にも勇者はいたのか。たぶん、家に帰る執念が足りなかったんだろう。
「違うな。お前は逃げ出すような顔をしていない」
王都のことや、自称勇者たちのことをもっと聞こうとした。
ふと横を見る。フユネがいない。
見回すと、川に入って足を水に浸していた。
「フユネ……おい、さっさと行くぞ。寒いのに、なんで水に入ってんだ?」
「んん?」
その時、ドスンと足元が揺れた。
地鳴りだ。
「敵襲!」
フユネが湖から飛び出し、杖を構える。真剣な顔だ。
俺も振り返り――認識した。
熊だ。
刃物のような爪を持つ、白いグリズリー。しかも速い。
俺は即座にユミヅキの背後に隠れた。
「ただのクマじゃないか、コモリ。なんで大騒ぎする?」
「ここの誰よりデカいだろ!」
俺は小屋の中に滑り込んだ。
そして、開け放たれた窓の下に身を潜める。
情けない? 知ったことか。あんな化け物、俺には無理だ。
それに、彼女たちならやれる。
「ユミヅキちゃん、私に任せて!」
フユネのローブが舞い上がる。
「任せる」
ユミヅキは切り株に腰を下ろし、空を見上げた。
本気か……? これが日常なのか?
フユネの杖から光が溢れる。
「さあ、覚悟なさいクマさん! シタガキ最強の風使いを前にしたことを後悔させてあげる!」
詠唱か?
「来なさい、真昼の私を涼しくしてくれるそよ風よ! その特徴的な嵐を引き連れて! ああ、そして何より、私の心を穏やかにし、頭をスッキリさせる新鮮な空気を運んできて!」
「『嵐の槍』!」
長えよ!
青い風が収束し、巨大な槍となって放たれる。
直撃コースだ。
だが、熊は槍を爪で掴み、軌道を逸らそうとした。
避ければいいだろ。
いや、熊に理屈は通じないか。
「グオオオオオオオオッ!」
咆哮。
だが無駄だ。槍は熊を貫いた。
「敵性体、撃破完了!」
フユネがポーズを決める。
背後で爆発音。森が揺れる。衝撃波はギリギリ届かなかった。
「涼しい風をありがとな」
「どういたしまして!」
俺は小屋から這い出し、ボロ雑巾になった熊を見た。
馬鹿げている。俺はこんなものに怯えていたのか?
いや、俺には魔法も剣もない。これでいいんだ。
「あれが……風魔法か?」
「その通り! 圧縮した風に魔力をブーストさせたの! 我が家の十の秘儀の一つよ!」
「十個もあるのか?」
「九つは攻撃用。一つは洗濯乾燥用。冬場に便利なのよ」
「一番恐ろしいな」
ユミヅキは熊を無視して、花を切り取り始めた。
繊細な手つきだ。
俺も腹を括るしかない。これが俺のパーティーだ。パンのためだ。
「暴発はしない」
不意にユミヅキが言った。
「フユネは騒がしいが、無鉄砲ではない」
「ちょっと! 悪口?」
「事実だ。暴発するなら、私たちは死んでる」
慰めになってない。
「で、これは……問題にならないのか?」
俺は熊を指差す。
「町長の家の横で死んでるんだぞ? 誰か来るだろ」
「なんで? 今までも平気だったし」
「もし聞かれたら?」
「フユネが『やりました』と言うだけだ」
「誇りを持ってね!」
「……その後、怒られて終わりだ」
俺は顔を覆った。
設計ミスだけじゃない。この世界、倫理観もバグってる。
ああ、全部俺のせいだ。うん。
「わかった……」
俺は汗を拭った。
「俺は心臓発作で死にかけた。お前らは退屈で死にそうだ。さっさと終わらせよう」
「賛成! 次のクマちゃんが出る前にね!」
「そういうこと言うな」
「なんで?」
「俺の運だと、次は空を飛んでくる」
ユミヅキが一瞬だけ顔を上げた。
「効率的だな」
間違いなく、そうなる。
---
依頼を達成した。
自慢じゃないが、鞄の中には二つのパン。
上出来だ。うん、間違いない。
「……これで終わり、ね」
「終わりって?」
「パン、手に入ったし……」
「それで?」
「その……もう、用済みかなって」
「フユネ。このパンは俺だけのものじゃない。チームの報酬だ。三人で分けるものだろ」
彼女は少し考え込む素振りを見せた。
それから窓の外へ視線を逃がし、小さく息を吐く。
「……ただ、言ってみただけ。つまり……ううん。……本当に、このまま一緒に?」
「ああ。俺は臆病だからな」
「何が怖いの?」
「……熊、とか?」
我ながら苦しい言い訳だ。
だが、彼女たちを手放したくないのは本音だった。
結局のところ、彼女たちがいなければ俺はどうなる?
力もない。魔法もない。今の俺には、彼女たちに縋るしか生きる術がないのだ。
……今のところは、だが。
フユネの様子がおかしい。
いや、悪い感じではない。
さっきまでの騒がしさが嘘のように、今はしおらしく俯いている。
――何があっても、俺はそばにいる。
「約束、だよ?」
「ああ。約束だ」
口にするのは容易いが、果たすのは容易ではない。
だが、あがいてみるつもりではいた。
自殺行為? そうかもしれない。だが、これは勇気だ。
◇
ギルドを出て、俺たちは歩き出した。
何をするかだって?
拠点探し――マイホームの購入だ。
手持ちの『パン』さえあれば、それなりの物件が手に入るはずだ。
「あれがいいっ!」
フユネが声を張り上げる。
「……それ、もう五軒目だぞ」
「だってぇ、どのお家もすっごく可愛いんだもん!」
「俺には全部同じに見えるが」
「それは……っ!」
彼女はむすっと頬を膨らませ、腕を組んだ。
「コモリさんは、芸術ってものを解してないわね」
「俺が求めているのは効率だけだ」
「ほら、やっぱり!」
「その通りだからな」
結局、俺たちは簡素な物件で手を打つことにした。
いや、「簡素」という言葉では生温いかもしれない。
街から少し離れた、名もなき小さな森の中にポツンと佇む一軒家。
モンスターも出なければ、害虫もいない。
隠れ家としては完璧な立地だ。……ただ一つの点を除けば。
「パン二つだ」
「パン二つだって!?」
「土地は最高なんだ、これ以下には負からねぇぞ!」
「……分かった。パン二つだな」
俺は震える手で、鞄から二つのパンを取り出した。
俺の、貴重な……。
断腸の思いでそれを手渡すと、男は満足げに立ち去っていった。
こうして正式に、俺たちの家が手に入った。お値段、パン二つ。
まさか人生で最初の不動産購入の対価が、小麦になろうとは誰が想像しただろうか。
「悪くない」
それが、俺の口癖になりそうだ。
◇
ユミヅキが外に出た。
「コモリ」
「なんだ?」
「ありがとう」
「……何がだ?」
彼女は星空を見上げていた。
手頃な岩に腰を下ろし、その傍らには杖が立てかけられている。
「家をくれたから」
「俺たちが、手に入れたんだ」
「?」
「俺はクエストを見つけただけだ」
「うん。だから、言ってるの」
「だが、お前がいたから達成できた」
「あ……」
十分ほどして、ユミヅキが戻ってきた。
その手には一本の縄。引きずられているのは――豚だ。
俺と同じくらいのサイズだが、重量は遥かに上だろう。
それを彼女は、まるで空荷のように涼しい顔で引いている。
『食料確保、か』
と、俺は思った。
そういえば、今日は一日何も食っていなかったことに気づく……。
手持ちの唯一の通貨も、寿命は残りわずかだ。
なんと嘆かわしい。
腐る金なんて、破綻した経済だ。
……俺のせい、なんだが。
そうして俺たちは、星明かりの下で過ごす。
夜空を見上げれば、そこには巨大な惑星の影がうっすらと浮かんでいた。
だが、勘違いするなよ!
あれは『月』だ! そう説明されたんだから間違いない。




