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駄作の傑作 - 俺が書いた物語に転生したんだが……  作者: 日和秋彦
第1章 404エラー

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第一話「 ─ ロジック、見つからず」

 異世界にいる。

 俺の世界だ。

 十四歳の頃に作った、あの黒歴史せかいだ。


 目が覚めると、広場の真ん中に突っ立っていた。

 見上げれば、これ以上ないほど美しい空。

 地平線には、定規で引いたような完璧な三角形の山々が並んでいる。

 認めざるを得ない。その景色だけは圧倒的だった。

 遥か上空には、絶え間なく色を変え続けるオーブが鎮座している。


 ドクン、ドクン。

 要するに、心臓だ。


「馬鹿げてる……」

「だが、美しい」


 足元の道は不規則で、蛇のようにうねり、どこへ続くとも知れない。

 無駄に長い道もあれば、唐突に行き止まる道もある。

 まるで、子供が積み木遊びで設計したような場所。

 俺の勘違いか?

 いや、残念ながらその通りだ。


 ふと振り返ると、視界を覆うものがあった。

 巨大な王宮だ。黄金の塔で飾られ、ステンドグラスは日光を反射してぎらついている。

 巨大な鏡のようだ。

 建設に数十年はかかるであろうその巨塔は、維持するだけでも悪夢だろう。


 そして、そのすぐ隣。城壁からわずか三メートルほどの場所に、無数の家々がへばりついていた。

 ありふれた、変哲もない家。

 よく言えば「庶民的」。はっきり言えば「低予算住宅」だ。


 街並みの変化グラデーションなど皆無。貴族街もなければ、中流階級の居住区もない。

 幼稚園の絨毯の下に押し込まれた粘土細工のようだ。

 王宮という、この場所で最も美しい宿主ホストにしがみつく寄生虫のような配置。


 俺は歩き出した。

 畑も果樹園もない。これほどの規模の王宮を抱えて、この村がどうやって存続しているのか、その生活基盤がどこにも見当たらない。

 あるのは家々と、王宮。そしてもう一つ、「冒険者ギルド」と明記された荘厳な建物だけ。

 今にして思えば、それは王宮よりも遥かに美しかった。

 白銀色に輝く、二階か三階建ての建造物。


 風に揺れて軋む看板の前で、俺は足を止めた。


『我らが誇り! 今年の収穫:高品質な革!』


 革が農産物みたいに収穫できるだと?

 馬鹿げているが、ここなら「あり得る」のが怖い。

 看板の上部には、少し掠れてはいるが、別の文字も書かれていた。


『唯一の産業』

 ここの住民は、革だけで食っているのか……。


 その時、かつて感じたことのない感覚に襲われた。

 十四歳の頃の記憶が、唐突に脳裏をよぎる。


『勇者の初期村:王宮、一般住宅(安物)』

『冒険者ギルド:荘厳で美しく、高価。この世界におけるギルドの重要性を示す』


 そう、俺は設定ノートに書いていたのだ。

 なぜ今になって思い出した?

 完全に忘れていたはずなのに、この物語の導入プロローグ設定が、鮮明に蘇ってくる。


 住民の職業については、何も設定しなかった。

 だから、世界が勝手に即興アドリブで補完したのだ。

 結果、世界の出した答えは「全員に革を売らせる」ことだったらしい。

 理由は単純。「なんとなく」。ただそれだけだ。


「おい、そこの異国人!」


 一人の男の声が、俺を実存的危機クライシスから引き戻した。


 そこにいたのは、金髪に鋭い緑の瞳を持つ男だった。

 農夫の服を着て、物珍しそうに俺を見ている。

 その姿は、中世ヨーロッパの住人そのものだった。

 まるで時代劇の映画セットだ。


 ――ちょっと待て。

 俺は「言語システム」や、転生勇者が即座に言語を習得できるようなご都合主義チートを実装しなかったはずだ。だからこそ、あの女神も現代日本語で話していたわけで。


「道に迷ったのか? 新入りか?」


 俺は凍りついた。

 当然だ。ステレオタイプな中世ヨーロッパ人が、不釣り合いな言語を流暢に話しているのだから。

 少なくとも、中世という設定を考えれば異常事態だ。いや、そう思っていただけか。


 俺が創造主であることを知っているのは、あの女神だけだ。

 目の前の男は俺よりずっと年上に見えるが、ある意味では俺の息子のようなものか?

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 整理しよう。

 俺は単に、勇者がどうやって言語を学ぶかという設定を考えるのが面倒だっただけだ。そのツケが今回ってきている……。

 いや、正直に言えば、これは怪我の功名アドバンテージだ。


「まあ……その、新入りと言えるかもしれない」

「ふむ……。まあいい、仕事を探しているなら、ここは全員が革職人かパン屋だぞ」

「それだけ? それは……」

「効率的だろう?」

「だとしても……景気はどうなんだ? その、経済的に」

「あんた、目でも悪いのか?」


 はあ?

 男はあたりを見回して、胸を張った。


「見ろよ。この場所は完璧だ。戦争もなければ、飢えもない」

「しかし……」

「今までずっと上手くいってきたんだ。これからも上手くいかない理由がないだろう?」


 俺は「そんなわけあるか」と叫びたかった。

 家畜もいなければ小麦畑もないのに、村全体が革を売ったりパンを焼いたりして生計を立てられるはずがない。

 だが、彼はそんな俺を置いて歩き出した。その循環論法に完全に満足しきった様子で。

 俺は一つ、深くため息を吐いた。


---


 どうにかしないと。

 このまま突っ立っていたら、地面から根が生えて、このまま土と草の一部にされてしまいそうだ。

 だから、俺は決めた。

 あの不釣り合いなほど立派な建造物――『冒険者ギルド』の門を叩くことを。

 空腹はもう限界だ。背に腹は代えられない。


 世界が俺を急かしている。

 ぬるま湯のような引きこもり生活ライフは、もう過去の話だ。

 生き延びるためには、動くしかない。

 働くんだ。人生で初めて、「食う」という目的のために。


 ああ、素晴らしい! 労働バンザイだ!

 ……問題は「働くこと」そのものじゃない。この欠陥だらけの世界クソゲーで働かされることだ。


「……ふぅ」


 深く、長く、溜息を吐き出す。


「入って、登録して、出るだけ。……難易度はイージーなはずだろ?」


 視線を上げる。

 眩い銀の看板には『冒険者ギルド』の文字。

 「予算は全部ここにぶち込みました」という、作り手の身勝手な主張が透けて見える。

 俺は、横を通り過ぎようとした男を呼び止めた。


「あの、すみません。この村、人口はどれくらいで?」


 男は、首の骨が折れそうな勢いでガバッと振り返った。


「百五十人だ。じゃあな」

「あ……どうも」


 愛想もへったくれもない。男は即座に立ち去った。


 改めて、ギルドを仰ぎ見る。

 人口百五十人の寒村にそびえ立つ、不気味なほど豪華なギルド。周囲はボロい藁ぶき屋根の家ばかりだというのに、ここだけは「世界の支配者」でも住んでいそうな黄金の王宮じみている。


 俺は手のひらでひたいを打った。

 ああ、そうだ。こういう設定だった。

 俺は覚悟を決め、ギルドの重厚な扉を押し開けた。


 クリスタルのシャンデリア。村の総資産より高そうな大理石の床。

 そしてロビーの中央には、人魚の像があった。

 宝石を鱗に見立てた、悪趣味極まりない噴水だ。


 考えるのをやめ、受付カウンターへと足を向ける。

 そこにいた受付嬢は、俺をじっと「見て」いた。


 いや、「受付嬢」だの「見ている」だの、そんなのは生ぬるい表現だ。


 体つきは人間そのもの。

 青い髪を上品にまとめ、強調された胸元が目を引く制服を完璧に着こなしている。

 普段なら「ラッキー」で済ませる光景だが、今はそれどころじゃない。


 彼女の顔には、本来あるべきパーツの代わりに、一枚の看板が浮かんでいた。

 真っ白な長方形に、黒い文字。


【後で仕上げる】


 ……またこれか。

 俺は、その場で氷漬けになったような感覚に陥った。

 知っている。これはプレースホルダーだ。

 彼女は俺を「視界に入れている」つもりなのだろう。表情一つ変えず(というか顔がないが)、機械的に書類にペンを走らせている。

 唇だけは、辛うじて独立して動いていた。

 だが、音は一切漏れてこない。


 代わりに、彼女の頭の横にテキストボックスがポップアップした。


【冒険者ギルドへようこそ! 登録は初めてですか?】


 嘘だろ、おい。

 冗談だと言ってくれ。

 これじゃ、ただのレトロゲームだ。NPCにボイスを実装し忘れた、あの仕様そのものじゃないか。


 視界の端に、選択肢ウィンドウが割り込んでくる。


▶ [はい]

▶ [いいえ]

▶ [パンは好き?]

▶ [付き合う?]


 下二つの選択肢は何だ? バグか?

 意味不明だが、システムの言いなりになるのは癪だ。

 プログラミングを上書きするつもりで、俺は直接言葉を投げかけた。


「ギルドに登録したいんですが」


 彼女の動きが止まった。

 反応なし。……かと思いきや、彼女は直視できない「顔」で微笑んだ。


【完璧です! しかも今なら無料ですよ!】


 俺は思わず頬を強くつねった。

 痛い。……現実かよ。

 逃げ場のない現実が、そこにあった。


「あなた……自分の声、聞こえてるんですか?」


 藁をも掴む思いで尋ねる。


【もちろんです。聞こえませんか?】


 俺はこめかみを指で揉んだ。

 なるほど。彼女の主観では音が鳴っているわけだ。異常なのは俺の方。

 ……いや、異常なのはこの世界のアドリブ力だろう。


「……分かった。登録するよ」


 敗北宣言だ。世界に屈したわけじゃない、一旦保留にしただけだ。


【ファンタスティック! では規約です。署名前に必ず読んでくださいね】


 ドサリ、と重厚な本を渡された。

 だが、中身があるのは最初の五ページだけ。


『ギルドのあれこれ』


 タイトルからしてやる気ゼロだ。

 本を開く。

 ぶわりと溢れ出した光に目を細める。

 秘められた叡智が明かされる――そんなクリシェ(お約束)の演出を期待したが、そこに並んでいたのは、俺を奈落に叩き落とすのに十分な『ガバ設定』の数々だった。


1.最強ランクシステム!


 ランク:F、E、D、C、B、A、S、SS、SSS、Z、レジェンダリー、ミシック……神レベル? スーパーランク(※あとでかっこいい名前に変える)。


 データ:

 ランクF:スライム、カエル等の雑魚。

 ランクB:ゴブリン。

 ランクD:低難度ダンジョン。

 ランクC:下級ドラゴン撃破可能……。


 ……待て。

 俺は慌ててページをめくり直した。


『ランクBはエリート・ゴブリンを狩れる』


 ……崩壊してる。論理が死んでいる。

 ランクCでドラゴンを殺せるのに、その上のランクBでゴブリン退治?

 どういう力関係だよ。


 考えられる理由は二つ。

 この世界のゴブリンが異常な進化を遂げているか、ただの「設定ミス」か。……十中八九、後者だ。


2.昇格・降格システム!


 ―昇格条件―


 FからBへ:

 Fランククエストを20回、あるいはBランクを5回クリア。


 Fランクを20回? 効率が悪すぎて吐き気がする。

 ※注:ランクが上がるごとに回数は増えます。覚悟してね。


 ―降格条件―


 ・王都:毎月の試験あり。実力が伴わなければ即、お払い箱。

 ・小さな村:とりあえず働いていれば維持可能。

 ・港町:年間100件以上のノルマ。

 ・港:戦闘能力の証明。


 ※注:大陸ごとにルールが違います。知りたければ旅をしてください。


 場所によってバラバラなのは、当時の俺が一つに絞りきれなかったからだ。その迷走が、今、俺の首を絞めている。


3.その他


『報酬は公正、かつバランス重視です』


 その直下に、極小フォントで一言。

『※第二稿で全修正予定』


 四ページ目。

『そのうち面白いダンジョンと、魔法システムを追加する。喋るドラゴンも出すかも。未定。気分で決める』


 俺は、音を立てないようにそっと本を閉じた。


「これ……正気か?」


 彼女への質問じゃない。もはや独り言だ。


【絶好調ですよ! 読み終わりましたか?】

「ああ、お腹いっぱいだよ……」

【では、こちらの書類に記入を!】


 カウンターの下から差し出されたのは、紙と炭の欠片。

 なぜ、さっきまで使っていたペンを貸してくれないんだ。

 俺は今日何度目か分からないため息をついた。


 紙の最上部にはこうあった。

『コピペ用』。


 内容は、規約のテンプレートだ。

 ギルド間のネットワーク、身分証明の効力、施設内戦闘禁止、そして緊急時の強制徴募……。

 これまでのカオスっぷりに比べれば、驚くほどまともだ。

 それもそのはず。これは俺がAIを使って適当に生成した「それっぽい文章」なのだから。

 まさかこんな形で、自分の「手抜き」と対面することになるとは。


 第五項の『強制徴募』が少し不気味だが、背に腹は代えられない。

 出所不明の革を売って一生を終えるなんて、死んでも御免だ。

 俺は引きこもりだったが、退屈に殺されるのは趣味じゃない。


 記入を終え、書類を戻す。

 彼女が金属製のカードを差し出した。


【では、ここに手を置いてください】


 カードが淡く光り、俺のステータスが刻まれる。


 名前:コモリ

 性別:男

 種族:人間

 年齢:17

 職業:不定

 ランク:F


 コモリが苗字だというのは分かっている。

 だが、今の俺にはこれでいい。

 かつての俺は、妹を連れ戻すために数回外に出ただけの「ヒキコモリ」だった。

 その名前を、異世界で名乗る。ある種の皮肉であり、俺なりの決意だ。


【完了です! では、ウェルカム・ギフトをどうぞ】


 彼女がカウンター下から取り出したのは、紫色の布に包まれた物体。

 開けてみると――そこには、パンのローフがあった。


【最高級の逸品です! 家よりも価値があるんですよ!】

「……は?」

【この王国では、パンこそが最強の通貨なんです! それ一つで家が三軒建ちます!】

「ちょっと待て、通貨バランスはどうなってんだ?」

【簡単ですよ。物々交換ベースです。パンは希少だから高く、家は余ってるから安い。剣はパン半分、鎧は四分の一。お城だってパン十個で買えちゃいます!】

「さっき、表でパン屋を見かけたぞ……」

【パン屋のパンと、このパンを一緒にしないでください。別ゲーです】


 ……理屈が死んでる。

 だが、彼女の瞳(のない看板)は真剣そのものだ。


「このパン半分で……何ができるんだっけ?」

【宿屋に一週間泊まれますよ! 超お買い得(神コスパ)です!】

「完璧だ。最高だよ。……ああ、素晴らしい世界だな……」


 俺の声が乾いた笑いに変わる。


【どうしました、お客様?】

「何でもない。……クエスト掲示板はどこだ?」

【あちらです! ランクFのクエストが、山のようにありますよ!】


---


 掲示板は別室にあった。

 そこには、古傷だらけの連中がたむろしている。

 一目見れば分かる。こいつらは「経験者」だ。

 どいつもこいつも、見えないナイフを研ぐパントマイムに耽っている。

 ……正気じゃない。

 俺はそいつらを意識から締め出した。


『F:クルズの森で薬草10個を採取 ― 推奨Lv50』

 報酬:『クルズの森の薬草10個 ― 推奨Lv50』


『F:チタンの剣で魔王を討伐』

 報酬:『銅貨2枚』


 ふざけてるのか、と俺は思った。


 そして、最後の一つ。


『F:巨大ガエル2匹の討伐』

 報酬:『パン半斤』


 レベル50の森に特攻?

 論外だ。

 魔王討伐?

 お断りだ。

 巨大ガエル2匹?

 ……この狂った三択の中では、唯一まとも(マシ)な案件だ。


 俺は依頼書をむしり取り、カウンターへと戻った。


「これにする」

【素晴らしい選択です! 巨大ガエルなら東の沼地にいますよ!】

「なあ、一つ聞きたいんだが……武器か何かの支給はないのか?」

【武器? どうして武器が必要なんですか?】

「……カエルを狩るためだ」

【あっ! いえいえ、装備の支給はありません。ご持参ください】

「装備なんて持ってないぞ」

【なら、現地調達インプロビゼーションです! 創造性こそが最強の武器ですから!】

「さっきの紙には、サービスの購入が可能だって明記されてたはずだが? つまり、ギルドの売店ショップとか、そういうのはないのか」

【もちろんありますよ! ただし、利用できるのは初任務を達成してから(アンロック後)です!】


 俺は彼女を見た。

 彼女(の看板)も俺を見た。

 そして、彼女は手元の依頼書に視線を落とした。


「完璧だ。なるほどな。武器なしで巨大ガエル相手に即興劇インプロか。理屈が通りすぎて涙が出るよ」

【その意気です! 吉報をお待ちしてます!】


 ギルドを出る。

 俺は、この世界における超貴重品――パンをビニール袋に入れた。

 どう見ても自殺任務スーサイド・ミッションだ。前世で一体どんな悪行を働けば、こんな仕打ちを受けることになるんだ?

 だが、むざむざと死んでやるつもりはない。

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