第十三話【無料の修理】
十四年。
別の世界での話だ。
シタガキに来る前、僕が住んでいた場所。
僕はただ一心不乱にキーボードを叩き、最高傑作を書き上げようとしていた。
「お兄ちゃーーん!」
妹は、いつだって元気の塊だった。
父さんを亡くしたというのに、その魂が輝きを失うことはなかった。
時々、彼女の中に父さんの面影を見る。
純粋なエネルギー。
陽気さ。
そして、裏表のない心。
「どうした、ヒヨリ?」
彼女は僕の膝の上によじ登ってくる。
「ねえねえ、今日学校で何があったと思う?」
「お、何か面白いことでもあったのか?」
「うんっ! ピクニックがあったんだけどね、私、お弁当落としちゃったの。でも男の子が自分のお弁当を分けてくれたんだよ!」
ヒヨリのことを、どれほど恋しく思っていたか忘れていた。
最初は受け入れたつもりだった。彼女はもう死んでしまったのだから、と。
けれど今、僕はそれを後悔している。
今すぐ彼女のもとに戻りたい。
あの笑い声を、いつも僕を笑わせてくれたあの話を聞きたい。
「お兄ちゃーん! 画面で何書いてるの?」
「あー……何でもないよ、ヒヨリ。ただの書き仕事さ」
「ホントにぃ? お兄ちゃんが寝たら、何を隠してるのか見てやるんだから」
「こら、いたずらっ子め!」
僕は彼女をくすぐり始めた。
「やめて、やめてよぉ、お兄ちゃーーん!」
けれど、僕に残されたのは、この執筆中の原稿の中にいる現実だけ。
フユネとユミヅキと共に。
彼女たちが僕より強いとしても、僕は彼女たちを守ると誓う。
ヒヨリのために。そして、僕自身のためにも。
「コモリくーーん! 起きて! 街を回るよ! ユミヅキさんはもう出ちゃったんだから!」
僕は意味不明なうめき声を上げ、寝返りを打った。
ベッドの上で飛び跳ねる彼女を無視する。
「頼むから、寝かせてくれ……」
ため息をつき、僕は観念して上半身を起こした。
目をこすり、人生で一番長いあくびをする。
フユネは着替えに行ってしまった。
僕はベッドの端に座り、靴を履く。
剣の街で、何をすべきだろうか?
とりあえず、この木刀について聞いてみるのもいいかもしれない。
これは神秘的なアイテムなのか、それともただの凡庸な品なのか。
いずれにせよ、調査あるのみだ。
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「ユミヅキがどこに行ったか知ってるか?」
「なんか大会があるとか何とか。よくわかんないけど、ポスターを見たら急に飛び出していっちゃって。強い人を探してるのかも! コモリくん、これって絶好のチャンスだよ!」
僕は頷き、二人で歩き続けた。
通りにはいくつものパン屋が並び、強烈に香ばしい匂いが漂っている。
その通りの突き当たりには、屋台で埋め尽くされた歩行者天国が広がっていた。
――革紐売場
――急げ! シタガキ最高の短剣、ここにあり!
――常連様は90%オフ!
一見すると、これらは店の宣伝文句が書かれた看板や張り紙だと思うだろう。
だが現実は、もっと不条理だ。
それが、店の名前なのだ。
文字通りに。
結局、ある鍛冶屋が僕の興味を引いた。
――『金属は人生の道端で見つかるもの』
それが店名だった。
なかなか良いネーミングだと思った。
ため息をつきながら、扉を押し開ける。
「おや、いらっしゃい冒険者の方々。私のしがない店に何かご用かな?」
カウンターに近づき、木刀を取り出す。
「この剣のレベルを知りたいんです。つまり、どれくらい良いものなのか……あと、手入れもお願いしたくて」
木刀相手に何を言っているんだ、という感じだが。
しかし、これは『あの』木刀なのだ。
男はそれを丁寧に受け取り、分析し始めた。
「ほう、面白い……」
彼は錬金術師のようなゴーグルを装着した。
「この剣を作った者は、随分と粋な趣向をしているな。見たこともない設計だ。それに、内部に魔力回路が通っているようだ。教えてくれ少年、これの魔法特性は?」
「金属剣のような切れ味です。音も、重さも」
「こんな代物は初めて見た。通常、木刀に金属のような切れ味を持たせるには、ノイド流かディオール流を使うしかないのだが」
「まあ、特別な武器なんだと思います」
見たこともない剣。
もちろん、そうでなくてはならない。
男はハンマーを手に取り、木刀を軽く叩いた。
剣が輝き、ささくれが一瞬にして消え去った。
一秒も経たないうちに光は収まり、新品同様に輝く木刀がそこに残された。
「代金はいらないよ。私が作れるかもしれない新しいタイプの武器を見せてくれた、そのお礼だ」
「どうもありがとうございます」
無料で修理してもらえた。
ありがとう、T.P。
つまり、このダンジョンを書いた俺自身に感謝だ。
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僕たちは今、街の中心にある公園を歩いていた。
木々や茂みが茂り、ベンチや子供向けの遊具がある。
「やっほーー! このブランコ最高!」
フユネは魔法を使って、文字通りブランコを一回転させていた。
対照的に、僕はベンチに座ってホットドッグを食べている。
興味深い光景だ。
フユネが魔法でブランコを漕いでいる以外は、何も変なことが起きない日常。
ようやく訪れた平穏な一日――。
「ん? なんだあの音は?」
遠くから、大勢の人々の叫び声が聞こえてきた。
音の発生源は、巨大なコロシアムだ。
それを聞いたフユネが動きを止める。
行くつもりか? たぶん、ユミヅキもそこにいる。
「コモリくーーん、お願い行こうよ! 絶対楽しいって!」
「……ああ、行こうか」
こうして僕たちは、コロシアムへと走り出した。
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『英雄のコロシアム』
かつては、マンテッキー地方の全英雄が試され、ただ一人の勝者を決める場所だった。
良い意味で言えば、敗者は最低でもボコボコにされて気絶する。そうでなければ、戦いは一日中終わらない。
だが今は違う。
毎月、バトルロイヤルが開催されるのだ。
そして最後まで立っていた十人が次のフェーズに進む。その内容は――地理と算術の筆記および口頭試験。
戦闘員に対して不条理だって?
そうかもしれない。だが、このコロシアムの方針は合理的かつ論理的だ。
自分がどこへ向かうべきかを知らずして、どうして良い冒険者になれるというのか?
結局のところ、僕もまだそのカテゴリーに入る。この情報はすべて入り口のパンフレットで得たものだが。
「い、いっけぇーー!」
「くらえっ、この恋人泥棒のハゲ!」
「え!? その杖どこから出した!?」
「ぐああああッ――!」
コロシアムの中央から、無数の声が響き渡る。
「背後から魔法を使うなんて卑怯だぞ!」
「うるさい、身を守れ!」
「審判、こいつ噛み付いてきたぞ!」
「お前が首を絞めてきたからだろ、バカ野郎!」
静かなのはユミヅキと、彼女と同じ速度で動く紫色の髪の女性だけだった。
「いっけええええ! ユミ姉ちゃーーん!」
フユネが興奮して叫んだ。
次のフェーズに進むには、少なくとも十人を倒すか、気絶せずに持ちこたえる必要がある。彼女が最初の条件をクリアしているのは明らかだった。たとえ気絶したとしても、通過は確実だろう。
それに試験に関しても、彼女はこの世界について多くのことを知っている。最低でも優秀な成績を取るはずだ。
僕は別の参加者が地面を転がっていくのを目で追った。
「ぐっ――!」
「退却だ、退却!」
「参った、降参だ!」
そして最終的に、アリーナに残ったのは二人だけだった。
驚きはない。当然の結果だ。
「ユミヅキ選手、そしてシオン選手! 次のフェーズへ進出です!」
係員たちが二つの学習机と、数枚の紙を運び込んできた。
試験だ。
まさかコロシアムのど真ん中で、日本の学習机を見るとは思わなかったが。
少女たちは周囲に転がる気絶した体など意にも介さず、ものすごい集中力で書き始めた。彼女たちにとって、周りの連中は地面で苦しんでいるただの弱者に過ぎないのだろう。
よく見れば、時々互いに肘打ちをしているのが分かる。
なるほど、試験中でさえ競い合っているのか。
「おわっ――!」
シオンが何か言おうとした瞬間、遮られた。
「終わった! 私が先よ!」
ユミヅキの声があまりに大きくて、僕はびくりとした。
あんな彼女は見たことがない、と思った。あれほど熱狂している姿は。
「ですがお嬢さん方、早く終われば勝ちというわけでは……まあいいでしょう。両者とも最終フェーズ進出です! 『XTRIAL』開始!」
フユネが青い風を周囲に纏わせ始めた。
「やったぁぁぁ! ユミ姉ちゃんが勝つって信じてたもんね!」
「二人とも通過したじゃないか、フユネちゃん……」
「関係ある? 最終フェーズに早く行った方が勝ちなの!」
待てよ……。
XTRIAL?
その名前はどこから来たんだ?
分からないが、二人は学習机を横へと放り投げた。
係員たちが気絶した人々を運び出していく。
ああ、なるほど。戦闘が始まるのか。
小細工なし。剣と剣の勝負だ。
ちなみに、第一フェーズをさっさと終わらせたのは彼女たち自身だ。
そして今、顔を見合わせ、二人は戦いの準備を整えた。




