第十二話【理由なき憎悪】
旅は続いていた。
聞こえるのは、馬車の揺れるガタゴトという音と、馬の足音だけ。
俺の目の前にはリリィがいる。
俺を嫌っている少女だ。
「……長い旅になりそうだな」
以前、俺は彼女にそう言ったことがある。
睨まれるか、あるいは罵倒されるかと身構えていた。
だが、彼女はただため息をつき、顔を背けただけだった。
どうすべきだろうか……? 黙っているべきか?
いや、それは選択肢にない。
かといって、何か言えば状況を悪化させるだけだ。
結局のところ、そのままにしておくのが一番だった。
「……コモリ」
話しかけられた……のか? それとも空耳か?
俺はゆっくりと目を開けた。
彼女は文字通り、俺の目の前にいた。
「は、はい?」
「あんたのことが嫌い……」
「分かってるよ」
「……でも、どうして嫌いなのかは分からないの」
これは俺のせいだ。
俺があの『下書き(プロット)』を書くと決めた時、俺はこの世界を創造してしまった。
多くのキャラクターを生み出したが、その多くには設定がなかった。
だから世界は、その慈悲をもって彼ら一人ひとりの物語を勝手に作り上げたのだ。
そうして、彼らはそれぞれ異なる人生を歩んだ。
長い年月の間、生まれ、育ち、そして死んでいった。
「まあ……自分の感情をすべて自分で決められるわけじゃないからな」
俺は彼女を理解していた。
彼女が思う以上に、ずっと深く。
「んん?」
「俺だって、自分のことが嫌いだ。何か理由があると思っていた時期もあったけど、結局なぜなのかは分からずじまいさ」
リリィは身を乗り出すのをやめ、自分の隅っこに戻った。
返事はなかったが、彼女は膝を抱え込んだ。
何を考えているのだろう?
まあ、今はそれは重要ではない。
旅は一週間続く予定で、まだ初日が終わろうとしているところなのだから。
俺は馬車の引き戸を開け、足を外に投げ出して座った。
「確かに……理に適ってはいるな……」
俺はポツリと呟いた。
外の景色は美しいが、どこか不気味だった。
木々があまりにも密集していて、俺のいた世界なら非現実的としか思えない光景だ。
巨大な樫の木が、高山植物の松の隣に生えている。
冷たい苔に覆われた根の間から、椰子の木が生えている。
その間には、満開の桜が道の真ん中で咲き誇っている。
美しい……だが、不気味なほど現実感がない。
「コモリくぅーん、ヤッホー!」
荷馬車の方からフユネが叫んだ。
彼女は屋根の上に乗り、元気よく手を振っている。
「おはよう、フユネちゃん。調子はどう?」
突然、三つの剣がぶつかり合うような音が響いた。
反対側の窓から外を見ると、ユミヅキが自分の馬車の横を走っていた。
「イチ、ニ……イチ、ニ……」
馬のペースに合わせながら、彼女は掛け声を繰り返している。
「相変わらずだな、ユミちゃんは」
「何か言ったか、コモリ?」
「いや、なんでもない……続けてくれ」
彼女は走るのをやめず、むしろペースを上げた。
「君の仲間たちは優秀だな……」
「ああ、命の恩人だからな」
「あの子たちが……あんたと一緒に行かなきゃならないなんて、可哀想に」
俺は横目で彼女を見た。
「リリィ、俺になんか恨みでもあるのか?」
「気づかないの? あんたもバカなの?」
俺はため息をついて、座り直した。
「一週間ずっとその態度でいるつもりか?」
「別に構わないわよ。本当なら何ヶ月だってこうしていたいわ」
「俺にとっては迷惑なんだがな」
『自分ではない誰かになろうとするな』
リリセルは俺にそう言ったような気がする。
「はぁ、やっと答えてくれたか」
「いいか、リリィ。俺はこの旅を良い経験にしたいんだ。そこまで平穏に過ごしたいなら、ため息をつくのはやめて、俺のことをもっと知ろうと努力してくれ」
「知る? そんな必要――」
「必要はある。信じてくれ。君は俺の髪の色に対する偏見に囚われているだけだ。逆に俺が君に対して同じことを思ったらどうする? 『蜂蜜色のショートヘアの人間は、何も知らないくせに当てこすりを言う性格の悪い奴ばかりだ』と俺が決めつけたら?」
彼女は「フンッ」と鼻を鳴らし、毛布にくるまって閉じこもってしまった。
責めるつもりはない。ただ、そういう目で俺を見るのをやめてほしかっただけだ。
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数時間が過ぎ、夜になった。
焚き火の爆ぜる音と、遠くで鳴くコオロギの声が聞こえる。
空には、夜になるといつも俺を見下ろす巨大な月。
そして地上には、俺たちの一行。
俺の隣では、フユネが俺の肩に頭を預けている。
対照的に、ユミヅキは巨木の枝を使って懸垂をしていた。
「コモリさん。旅が始まってから一つ疑問に思っていたのですが」
「なんでしょう、リリセルさん?」
「なぜ、この依頼を受けることにしたのですか?」
「ただ単に、馬車のためだよ」
「それだけの理由でこんな任務を受ける人はいません。本当にそれだけですか?」
「まあ……これ以上は言えないんだ。ごめん」
「分かりました、コモリさん。もし話したくなったら、いつでも聞きますから」
彼女はジョッキを手に取り、エールを煽った。
俺はフユネの肩に腕を回した。
寒さのせいか、彼女は震えていた。
変な勘違いはしないでくれよ!
「んん……コモリくん……あったかい……安心するぅ」
「シッ、今は休んで」
フユネが不安がっていたので、俺は彼女の恐怖を和らげるために抱きしめるという選択に屈した。
最近、風の音が頻繁に聞こえるようになっていた。
彼女はその音を怖がっていた。
遥か昔、ヴェンタリスに呪いが降りかかったという。
具体的に何があったのかは知らないが、彼女が寝言で口走る程度には深刻なことなのだろう。
とにかく俺は、彼女が必要とする時、そばにいてやりたかった。
「コモリくん……全部うまくいくよね?」
「ああ。どうしてそんなことを?」
「一度、その言葉を信じて、私は壊れてしまったから。……本当に、大丈夫?」
「全てが失敗するかもしれない。でも、もしそうなっても、壊れちゃダメだ。君自身がそれを証明したじゃないか。つまり、君は今、ここにいるんだから」
「そうね、コモリくんの言う通りかも……。君みたいな人に出会えるなんて、珍しいわね」
「そうかもしれないな。さて、そろそろ起きてもいいかな? 少し体を伸ばしたいんだ」
彼女は俺より先に立ち上がり、ユミヅキのいる木へと軽やかに飛び移った。
今のところ、全て順調だ。
残りの道中も、このまま平穏であってほしいと願うばかりだ。
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その週の残りは、同じルーチンの繰り返しだった。
夜にキャンプを張る。
リリィの鋭い視線に耐える。
リリセルの執拗な質問に耐える。
フユネの精神安定剤になり、ユミヅキのストッパーになる。
あのトレーニングの化け物を養うには、食料がいくらあっても足りない。
だが、旅の中で変わったこともあった。
「こと」というより、「誰か」と言うべきか。
最終日になる頃には、リリィはもう俺を怒った目で見なくなっていた。
相変わらず余計な口は利こうとしなかったが。
道中のことについて言えば:
ありえない植生に加え、バイオーム間の遷移が……奇妙だった。
まるで、あるブロック遊びのゲームのように、あまりにも完璧な直線が各エリアを隔てているのだ。
一歩踏み出せば、湿った森から乾燥した砂漠へと切り替わる。
緑の草地が唐突に途切れ、灼熱の砂浜に変わる。
そして遠くの地平線には、奇妙なテクスチャが見えた。
紫色の何かに、黒い立方体が不規則に混じったもの。
「あれは『グリッチの森』よ」
リリィが言った。
「ずっと行ってみたかったんだ……」
「時間はなかったのか?」
「貴族にしか時間なんてないわよ。誰もが英雄ごっこをしてるわけじゃないんだから」
グサッときた。
それは間違いなく俺に向けられた言葉だった。
「まあ、いつか行けるといいな。でも、自由な時間を手に入れるためには良い仕事を見つけるか、上司が良い人であることを願うしかないな。もっとも、俺たちの今の雇い主は同じだけどな」
「そうね……ありがと」
「礼には及ばないさ。この車輪付きの箱の中で平穏に過ごしたいなら、これくらい言うのは普通だよ」
「私を黙らせるために言っただけ?」
「ああ。その通りだ」
「うわっ。正直ね」
俺はただ頷き、自分のコーナーで毛布とクッションを整えた。
「俺は正直だし、眠いんだ。だからもう寝てくれ。背中から刺すような視線を送るのはやめてくれよ」
そう言い捨てて、俺は眠りに落ちた。
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ブレイドリングに到着した。
時刻は明け方だった。
最大の都市というわけではないが、この地域で最も活気のある街として知られている。
まず目に飛び込んでくるのは、その威圧的な城壁だ。
頑丈な作りで、高さは9メートルか10メートルはあるだろう。
だが、俺の注意を真に引いたのは、絶え間なく響く剣戟の音だった。
『剣の都』と呼ばれるだけのことはある。
こうなることは分かっていた。
だが、こんな早朝からとは思わなかった。
直接見なくても、ユミヅキが興奮しているのが想像できる。
城壁の上では、人々が戦っている。
まあ、ここではそれが日常なのだろう。
塔の上には、見張りの衛兵たちがいる。
これは普通だ。文句はない。
「私はここで生まれたの。姓はないけれど、歴史はあるわ」
昨晩の話を経て、リリィは少しだけ心を開いてくれたようだ。
「そうか。そのことを考えると辛いか?」
「少しね。でも、耐えられるわ」
馬車が止まったのは、ちょうど厩舎の隣だった。
冒険者エリアの一角だ。
「よし、お前たち。革を納品して、代わりに金属を積むぞ。E404に戻ったら報酬を払う」
馬車の持ち主がそう言った。
帰りの旅は、積み込む金属のせいで過酷になるのが常だった。
それでも、往路が平穏だったことには感謝している。
それによって苦しむ期間が一週間減るのなら。
俺は耐えてみせる。
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夜が訪れた。
俺たちは厩舎に近い宿に泊まることにした。
最悪だった。
糞尿の臭いがここまで漂ってくるのだ。
暑さは厳しかったが、窓を閉め切るしかなかった。
手順としては、まず革を売る必要がある。
書類にサインをして、ようやく金属と交換できるのだ。
なんだかんだ言っても、革は貴重品だ。
なんでも、E404 には洞窟内に育つ特殊な低木があるらしい。
『コリドの低木』という名前で、文字通りそこから革が生えてくるのだそうだ。
「フユネちゃん、いつものように俺の上に乗ってるんだし……せめて少し冷たい風を出してくれないか?」
「ああ……そうね、もっと早く言えばよかったわ」
彼女はベッドから身を起こし、杖を立てかけた。
どういう理屈か、杖はふわりと浮き上がり、部屋全体に涼しい風を送り始めた。
まるでエアコンだ。
「私たちが寝入ったら、杖の機能も停止するわ……。これで安眠できるわね」
俺としては万々歳だ。
「ふぅ……生き返る」
今回ばかりは、俺も彼女を少し強めに抱きしめた。
珍しく快適な夜だ。
それに、上では美少女が眠っているわけだし。
同行している連中については、既に別の宿を手配済みだった。
当然、俺たちとは別行動だ。
ただ、別れ際にリリーが俺に妙な視線を投げてきたのが気になった。
あいつの考えていることはよく分からん。
ユミヅキに至っては、まだ筋トレを続けていた。
冷気が漂ってきた途端、トレーニングの負荷を上げたようだ。
まあ、気持ちは分からなくもない。
そんなことを考えながら、俺は眠りに身を委ねた。




