第十一話「逃れえぬ旅路」
冒険者ギルド。
その喧騒の中に、彼女はいた。
サラだ。
いつものように、受付カウンターの奥に佇んでいる。
【おはようございます、勇者様。こんな朝早くからどうされました?】
「おはよう、サラさん。馬車が必要なんだ。どこかで手配できないかな? レンタルでも何でもいい。とにかく急ぎで頼みたい」
彼女は書類の束を取り出し、デスクの上でトントンと揃えた。
【ええ、ありますよ。……ですが】
出たな、「ですが」。
この世界における逆接の接続詞は、俺の経験上、ろくな結果を招かない。
「その言葉、この場所だと『在庫がない』とか、そういうお決まりのパターンに繋がるんだよな……」
俺がぼそりと呟くと、サラは苦笑しながら手を振った。
【いえ、説明不足でしたね。馬車自体はあるんです。ただ、どれも使用中でして。空いている三台に関しても予約済みなんですが、ちょうどその三台が『剣の都ブレイドリング』へ向かう護衛を必要としていまして】
「ブレイドリング? 王都に近い場所ですか?」
【いいえ。ですが……もし彼らの革の輸送を手伝ってくれるなら、馬車一台と馬を数頭、報酬として提供してくれるそうです。最近、革を狙った略奪が増えていて、向こうも馬を持て余している状況らしく……この依頼、受けますか?】
俺はふと横を見た。
冬音。
そして、弓月。
二人は顔を見合わせ、嬉しそうに頷いている。
「分かりました。受けます。何か条件は?」
【荷物を積みすぎないこと。それだけです。あと、街道の防衛を万全にするために、各々が別々の馬車に分乗していただく形になります】
「なるほど……。出発はいつ頃の話で? 今日ですか? 明日?」
【馬車が到着するのは一週間後です。準備期間としては十分でしょう。ギルド裏の雑貨屋に行ってみてください。旅に必要なものは大抵揃っていますから】
俺は頷き、二人を連れて裏手の店へと向かった。
本来なら広大な庭園となるべきスペースに、巨大な露店が鎮座している不思議な空間だ。
人口わずか百五十人の村にしては、不釣り合いなほどの品揃えだった。
「らっしゃい! 若いの、旅だね!?」
店主の親父が、ニカッと笑って声をかけてくる。
なぜ分かった?
これが商人としての嗅覚というやつか。
「ああ。旅に使えるものを頼む」
親父は山ほどの道具を勧めてきたが、俺が選んだのは必要最低限のものだけだ。
・干し肉 ×10
・水筒(水入り) ×10
・黒のフード付きマント(ちょうど切らしていた)
・ダガー(速攻用にあると便利だ)
これだけ買っても、代金はわずかパン切れ一つ分。
商人が持つ特殊な保存袋のおかげか、パンは常に焼きたてのように柔らかい。この世界の通貨価値と保存技術への疑問は、パンの旨さと共に飲み込むことにした。
「それと最後に……こいつは任意だが、おすすめだ」
親父が差し出したのは、小さな鈴だった。
「小型の魔獣や、好奇心旺盛な低級精霊を追い払う効果がある。ま、絶対の勝利を保証するもんじゃないがね」
「そんなに頻繁に出るのか?」
「あるべきでない頻度でな」
俺は溜息を一つつき、その鈴を受け取った。
◇
一週間が過ぎ、ついに馬車が到着した。
窓の外に目をやると、空はまだ夜の色を残している。
おそらく、午前五時といったところか。
「コモリくん、まだなのー?」
冬音の声が、立ちながら微睡みかけていた俺の意識を引き戻した。
「まだだ。馬の状態をチェックしなきゃいけないからな」
「そっかぁ。長くかかる?」
「場合によるな。蹄の手入れが必要なら長引くし、そうじゃなければすぐだ。不確定要素が多い」
「うへぇ、あんなことよくやるよねぇ」
「それが彼らの仕事だ、冬音。そのおかげで俺たちは移動できる」
「あーあ、コモリくんがあのコウモリを飼うの許してくれてれば、空を飛んで行けたのに!」
俺はジト目で彼女を見据えた。
「夜行性のコウモリを使って昼間に移動するのは非効率だ。それに、あんなモノを連れ歩くわけにはいかないだろ。何より一番の問題は、冬音、お前が自分でそのコウモリを殺したってことだぞ」
「もうっ! コモリくんてば無理ばっかり言う!」
「俺は合理性を説いているだけだ」
「ありえないくらい合理的だよね!」
減らず口を叩く彼女の頬を引っ張って黙らせようとした時、三人の人影がこちらへ近づいてくるのに気づいた。
「おはよう。貴方たちが、もう一組の護衛役ね? 今回ご一緒させてもらう『ストーム・ブレイク』よ」
声をかけてきたのは、緑色の髪と瞳を持つ女性だった。
背丈は俺と同じくらい。彼女がリーダー格だろう。
「ああ、おはようございます。……俺たちが『それ』です。何か問題でも?」
「いいえ、何も。ただ、パーティ名も名乗らないグループなんて珍しいと思ってね」
俺はポリポリと頬をかいた。
確かにパーティ名はまだ決めていない。義務ではないから放置していたが、対外的な信用という意味では失敗だったか。
名無しの集団なんて、胡散臭がられて当然だ。
「私はリリセル。Cランク冒険者で、前衛指揮と支援魔法が専門よ」
「どうも、リリセルさん。俺はコモリ。こっちが仲間の……」
俺が一歩下がり、二人を紹介する。
「冬音だ! ベンタリス出身、シタガキ最強の風魔法使いだよ!」
「弓月。……剣姫、です」
二人がそれぞれのスタイルで名乗る。
リリセルの隣には、蜂蜜色のショートヘアに琥珀色の瞳をした少女。腰にはショートソードを佩いている。
そしてその後ろには、肩まで伸びた茶髪を揺らす、杖を持った筋骨隆々の男。
その男が一歩進み出た。
「俺はエンリック。ランクはAだ。剣と回復魔法を扱う魔法剣士で、後衛を担当する」
そして最後、頑なに近づこうとしなかった少女が、俺を睨みつけながら不承不承といった様子で前に出た。
「……リリ。剣士。Aランク」
俺は二回ほど瞬きした。
あまりに素っ気ない。というか、明確な敵意がある。
「リリ……さん? 何か怒ってます?」
「別に。ただ……ねえリリセル! やっとの思いで勝ち取ったクエストなのに、なんでこんな男に……あー、その、邪魔されなきゃいけないわけ!?」
「リリ、支離滅裂よ。深呼吸して」
「だって不公平じゃない! 私たちはずっと旅をしてきたのに、ポッと出のコイツが同じ仕事を受けるなんて……!」
彼女の言い分はもっともだ。
実際、戦闘になれば俺の仲間たちが大半を片付けることになるだろうし、俺自身は大した役には立たない。
肯定してやりたかったが……ここで余計なことを言うと拗れそうなので、俺は口を噤んだ。
「問題なのは、コモリ君ってこと?」
「違うわよ、ただ……」
「彼の仲間については文句がないみたいだし」
「でも、コイツはリーダーでしょ!? とにかく、私は絶対に認めないから!」
リリは捨て台詞を吐いて、馬車の方へと去っていった。
「ごめんなさいね。あの子、孤児院での辛い過去があって……どうやら最大のトラウマの原因が『黒髪の男』だったみたいなの。今、確信したわ」
リリセルがあっけらかんと言うものだから、俺はポカンとしてしまった。
黒髪の男、ね……。
なるほど、すべての辻褄が合った。
あの眼差し。声のトーン。
理不尽なまでの敵意。
「気にしないでください、リリセルさん。事情は察しました」
「ふふ、従順な男の子って好きよ」
「……え? その形容詞、文脈に合ってます?」
「あら? 『従順』って言っちゃった? ごめんごめん、今のナシ。『包容力がある』って言いたかったの」
俺は安堵の息を吐いた。
それならまだ分かる。
「心配しないで。貴方ならきっと彼女とも上手くやれるわ。ただ……自分を偽ることだけはしないでね? あの子、嘘つきが大嫌いだから」
「自分以外の何者かになるつもりはありませんよ。それが俺のモットーなんで」
彼女は満足そうに微笑んだ。
「おーい! 馬の準備できたぞー!」
厩舎の担当員が声を上げ、馬たちを馬車へと繋いでいく。
俺は先頭の馬車へと案内されたのだが――
扉を開けると、そこには腕を組んだリリが座っていた。
ああ、クソ……。マジかよ。
よりによって同じ馬車か? なぜリリセルさんの方じゃないんだ。
冬音は右の馬車へ、弓月は左の馬車へと乗り込んでいく。
俺は逃げ場を失い、リリから一番遠い隅の席へと腰を下ろした。できることなら、このまま地面に埋まってしまいたい。
「チッ……うざ」
彼女が露骨に舌打ちをした。
結局、俺は自分の運命を受け入れるしかないらしい。
心休まる暇なんてありはしない。
目の前には、俺を親の仇のように嫌う少女。
この世界で、俺を待ち受けているのはこんな事ばかりなのか?
しかも最悪なことに、これはまだ序章に過ぎないのだ。
こうして俺たちは、剣の都ブレイドリングへ向けて出発した。




