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駄作の傑作 - 俺が書いた物語に転生したんだが……  作者: 日和秋彦
第1章 404エラー

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第十話「ありえざる館」

 人間を人間たらしめるものとは何か?

 ……なんてな。朝っぱらから哲学する気はない。


 今、俺が集中すべきタスクはただ一つ。屋敷へ向かうことだ。


 何が問題かって?

 空が直接、俺に語りかけてきたこと。

 冬音がそれを共に体験してしまったこと。

 あまつさえ、遠く離れた弓月までもが、それを感じ取ってしまったことだ。


 だが、最悪なのはそこじゃない。

 世界が文字通り、俺に話しかけてきたんだ。


 顔の前に、耳元に! 巨大な手で俺を指差し、「屋敷の購入を拒むイカれた野郎」だと断罪してきやがった!

 これがどれだけキツかったか分かるか?

 俺は、これまで「壊せる」と信じていた世界の決定を、受け入れざるを得なかった。ただ俺が、異世界から来たという理由だけで。


「小森くん」


 冬音が年齢をカミングアウトして以来、呼び方が変わった。

 俺より年上だと判明した今、「小森さん」という他人行儀な呼び方は却下されたらしい。


 とりあえず、その名誉はいずれ挽回するつもりだ。


「なんだい、冬音ちゃん?」

「外の世界で待つ、大冒険の準備はできてる?」

「徒歩一時間の距離だぞ。この森に魔物は出ないし、俺たちはただ屋敷を買いに行くだけだ」

「つまり、準備万端ってことね」

「……ご名答」


 一方の弓月は、新しい鎧に身を包み、剣を一本だけ携えている。

 もし三刀流の物騒な剣士が、その長身で現れたら……手紙には「相手を丁重に扱え」とあったが……。


 よそう、余計な思考はリスクだ。


「ユミズキちゃん」


 彼女がぱちくりと瞬きをした。


「できれば、『弓ちゃん』と呼んでほしい」


 その申し出に、俺の目がカッと輝いた。


「マジで言ってる!?」

「ああ。だが勘違いするなよ。私の眼中に在るのは闘争だけだ」

「ありがとう、弓ちゃん!」


 彼女は微かに、だが確かに笑った。


 やったぞ! あだ名呼びイベント発生!

 俺は本能のままに飛び上がった。


「まだ弱いな、小森。何故祝う?」


 瞬間、腕と脚の『駆動機関』が停止した。

 俺は地面に崩れ落ちた。彼女のロジックに完敗だ。

 未だに冬音を十秒も支えられない貧弱さ。

 これは致命的だ。


「なんでもない……行こうか」


 こうして俺たちは、目的地へと出発した。


     ◇


 俺のインベントリは以下の通り。


 ・ライ麦パン ×2

 ・小麦パン ×2

 ・未だに食べるのを拒んでいるガム ×1

 ・フリーハグ券 ×1

 ・木刀(スキル:『金属の刃』付き) ×1


 最適解は、二つの小麦パンを使用することだろう。

 ライ麦パンは、小麦パンと同じ価値ではあるが非常にレアだ。何より、もっとうまく活用できる可能性がある。


 例えば、こんな風に。


「このライ麦パン1つと、その小麦パン2つを交換してやろう」


 すると彼らは、その斬新な提案に興味津々で尋ねてくるはずだ。


「え、どうして?」


「こっちの方が長持ちして、そっちはすぐ腐るからさ! 明白だろう、一般市民くん?」


 そして俺は、悪役じみた笑みを浮かべて高笑いするんだ。


「小森くん、あぶ――」


 冬音の声を聞くより早く、俺は木に激突した。

 顔を真っ赤にして倒れ込み、頬を一筋の涙が伝う。

 なんて馬鹿だ。妄想に耽って天罰を食らうとは。

 本当に申し訳ない、穴があったら入りたい気分だ。


 弓月に助け起こされ、俺たちは再び歩き出した。


 道中、手帳に鳥の情報を書き留める。


 【クルカン鳥】

 平均寿命:25年

 平均産卵数:5個(つがい毎)

 備考:一夫一婦制


 現在、密猟により絶滅の危機に瀕しており、それゆえに『静寂の森』に生息している。

 個体差が大きく、独自の羽毛と美しい色彩パターンを持つのが特徴だ。

 唯一の欠点は、非常にうるさいこと。

 それだけか?

 いいや。発情期はさらにうるさくなる。そして不運なことに、今がそのド真ん中ときた。


「頼むから……黙ってくれ……」


 俺は低く呻いた。

 愛に飢えて子孫を残したいのは分かるが、なんで今日なんだ。


「素敵な鳥たちね、小森くん。なんていうか……誰かにあんな風に、歌で求愛されたいわ」


 冬音は胸に手を当て、彼女いわく「歌」に聞き入っている。

 俺にはただの騒音だが、彼女には至高の音楽というわけだ。


 冬音が真実の愛を求めているのか……あるいは、単に俺をからかっているだけなのかは分からない。

 ただ、彼女がそれを望んでいるのは事実だろう。もっとも、「自分から最初の一歩を踏み出すべき」という発想は、彼女の辞書にはなさそうだが。


「ああ……いい歌だね……」


     ◇


 道中は極めて順調だった……あの三人組に足止めを食らうまでは。


「止まれ、偽勇者のパーティめ!」


 銀髪の男が、過剰なほど高価な鎧をガシャンと鳴らして俺たちの前に立ちはだかった。

 実戦経験など皆無であろう、どちらかと言えば「床の間の飾り」に近いタイプの男だ。


 その脇には、茶髪の女性が二人控えている。


 俺は横目で弓月を見た。

 次に冬音を見た。

 そして視線を彼らに戻す。


「おお、乙女たちよ。今こそ私が、この怪物から君たちを解放してやろう!」


 男は俺を指差しながら、奇妙なポーズを取り始めた。

 さて、どうしたものか。

 厳密に言えば、俺こそが『本物の転生勇者』なのだが、それをコイツにどう説明すればいい?


「解放? 何の話だい?」


 冬音が純粋に困惑した様子で尋ねる。


「決まっているだろう。偽の勇者に騙され、その毒牙にかかった哀れな女性たちを救うのが、私の――」

「黙りなさい」


 冬音の言葉が、鋭く彼を遮った。

 今回は、本気で不快に思っているようだ。


 その傍らに並ぶ二人の少女に、そっと横目を向けた。

 彼女たちもまた、全く嬉しそうではない。

 むしろ、そこに居ること自体が苦痛であるかのように、居心地悪そうにしている。

 彼女たちもまた、書かれた通りの存在になりたくないのかもしれない。

 押し付けられた役割など、演じたくはないということか。


「揉め事がある場合、ルールではパーティ対パーティの決闘と定められている。リーダー対リーダーだ!」


 俺は溜息をついた。

 この展開がどこに向かうのか、手に取るように分かる。

 そしてそれこそが、俺を恐怖させるのだ。


「悪いが、俺にはそんな気は――」

「決闘受諾とみなす! 仲間が手出しをすれば法的な問題が生じるからな!」


 この世界において、「正義」とやらは今さら役に立つのか?


 男が武器を抜いた。

 黄金色に輝く刀身には、様々な色の宝石がこれでもかと埋め込まれている。


 派手だ。過剰だ。

 見ているだけで目が潰れそうだ。


 俺は再度溜息をつき、腰の物を抜いた。


「そこまで戦いたいなら……」


 思考する隙も与えず、男が突っ込んできた。

 剣を振り上げ、俺の脇腹を狙ってくる。


 俺は慣性に任せ、瞬時にガードした。

 冬音の動きに比べれば、あまりにも遅い。避けることなど造作もなかった。


「真面目にやれ、偽勇者!」


 俺は死んだ魚のような目で彼を見つめ、そのまま蹴り飛ばした。


「なっ!? 剣による決闘だぞ、それは反則だ!」

「戦闘だぞ。何でもありだ」


 今度は俺のターンだ。

 正面から踏み込むと、彼は自信満々の笑みを浮かべて防御の構えを取った。


 ――パキンッ。


 瞬間、彼の剣の刀身が砕け散り、何千もの破片となって爆散した。

 男の顔から、笑みが消え失せる。


 おや。

 俺の買い物が当たりだったのか……それとも、一体何が起きたんだ?


「馬鹿な……私の『嘆きのロクラ』が……」


 役立たずとなった柄を抱きしめ、男が膝から崩れ落ちる。その隙に、二人の女性が俺に歩み寄ってきた。


「ありがとうございました、勇者様」


 そう言い残し、彼女たちは反対方向へと去っていった。


「私の……大切な剣が……。祖父がそのまた祖父から受け継ぎ、さらにその祖父が受け継いだ由緒ある――」


「なら、それはただのガラクタだ。戦闘に使うべきじゃなかったな。床の間にでも飾っておくべきだった」


 俺はつい、本音を口にして遮ってしまった。


「貴様には、今自分が何を破壊したのか想像もできまい! この剣には歴史が! 名前が! 魂があったのだぞ!」

「宝石が多すぎたな」

「それがチャームポイントだったのだ!」

「思い出の品を武器として使った時点で、お前の負けだ」


 弓月が一歩前に出た。


「法律の話が出たから、一つ言わせてもらおう」


「『法典:名称未定』第十四条によると、『合意の上での決闘において生じたあらゆる損害は免責される』とある。今回の場合、決闘を仕掛け、承認したのは貴様だ。よって小森にペナルティは一切発生しない」


 ――『名称未定』。


 ルールを作った際、俺が名前を付け忘れたアレだ。弓月があまりにも自然に、かつ真顔で言うものだから、自分の不甲斐なさに吹き出しそうになった。


「聞いた通りだ。お前は一人になった。パーティも失い、剣も失った。すべては自身の過失だ。俺は戦いたくなかったが……お前が固執した結果、すべてを失ったんだよ」


 男は項垂れ、脱兎のごとくその場から逃げ出した。

 責めるつもりはない。

 彼のレベルからすれば……俺ですら強敵だったということだ。


     ◇


 その後の道中は平穏だった。

 突発的なイベントもなく、あの鳥たちもようやく静かになった。

 寒さを除けば、すべてが完璧だ。


 そして、俺たちはそれを目にした。


 威風堂々たる、二階建ての屋敷。


「うわぁっ! あれが私たちの家!?」


 その屋敷は、息を呑むほど美しかった。

 鬱蒼とした森の中で、そこだけが異質なほどの存在感を放っている。


「小森くん……まさか『これ』のせいで、私たちは世界に飲み込まれかけたの?」


 冬音は心底がっかりしたような顔をしている。


「『これ』ってなんだよ。この威容が見えないのか?」

「私の故郷じゃ、これが標準よ」


 彼女は屋敷を指差した。


「これのために、死にかけたなんて」


 俺はこめかみを揉み、彼女の言葉をスルーした。

 近づくと、一人の老人が出迎えてくれた。


 柔和な顔立ち。

 緩慢な歩調。

 手には杖。

 仕立ての良すぎるスーツ……。

 だが、その外見はどう見ても二十代の若者だった。


「若人たちよ、よくぞ参られた。歓迎しよう。さあ、中へ」


 男に案内され、屋敷のサロンへと通される。

 過剰に座り心地の良いソファに腰掛けると、彼が紅茶を淹れてくれた。


 ここまでは順調か?


 いや、ここからが最難関だ。

 この男は老人のように話し、老人のように動き、老人のような空気を纏っているが……

 肉体だけは、若者そのものなのだ。


 俺は意を決して口を開いた。


「不躾ですが……おいくつですか? 失礼でなければ」

「おや、好奇心旺盛な若人だ。ワシは七十二歳になる」


 その数字を聞いた瞬間、思考がフリーズした。


 世界は文字通り、老人の精神を持ったアーチボルドという男を生成したのだ……

 若者の肉体に詰め込んで。


「ええと、支払いの件ですが……」


 俺はパンの入った袋を取り出したが、彼は首を横に振った。


「すまないが、パンは受け取れんよ」

「ですが、看板には明確にパン二つと……その後、一つに値下げされていましたよね?」


 この期に及んで、世界が俺にドッキリを仕掛けていると確信した。


「この屋敷は、代々この地に在る」


 アーチボルドは劇的な仕草で窓辺に歩み寄った。


「たかがパン風情と引き換えにはできん。ワシはもう老い先短い身。人生で多くのことを成したが、もはや何事にも満たされん……」


 そして、彼は俺を直視した。


「ゆえに、屋敷の対価はこれだ。『ハムとチーズのサンドイッチ』。パンは『ふすまパン』に限る」


 は……?


 俺が弓月を見ると、彼女もまた驚愕と恐怖が入り混じった眼差しを返してきた。

 どういうことだ?


「なぜ、それが対価なんです? お金じゃダメなんですか?」

「金で全てが買えるわけではないよ、若者。チーズは手に入るものであって、買えるものではない。君の冒険譚は聞いている。あのエルザ様を変えた男だとな。君なら可能だと信じているよ」


 考えろ、小森。考えろ。


 あのプロットに、一体何を書いた?

 『屋敷の購入条件はサンドイッチ』なんて書いた覚えがあるか?


 とにかく、一度仲間と相談すべきだ。


「すみません、少しチームで話し合わせてもらえませんか?」


 彼が部屋を出て行くと、俺はようやく息を吐き出した。


「弓ちゃん」

「小森」

「チーズってのは、何かの冗談か?」

「いいや。冗談ではない。金での入手は不可能だ。あれは帝都の『ピッツェリア』でしか扱われていない。一般販売は禁止されているんだ」


 そこに冬音が口を挟んだ。


「実際、パンよりも価値があるわね」

「金よりも?」

「ええ。希少性が段違いよ。価格も遥かに上」

「じゃあ、ハムは?」

「知らないわ。それは教会次第ね。情報は少ない」


 完璧だ。詰んでる。


「なら帰ろう。たかが屋敷のために、入手不可能なチーズを求めて帝都まで行くなんて御免だ」


 俺は踵を返した。


 ――ガァンッ!


 その時、部屋の窓が勢いよく開き、空が再び赤く染まった。


 俺は深く、重く溜息をついた。


「分かったよ! 行きゃあいいんだろ!」


 空が正常な色に戻る。


「やったぁ! ついに冒険ね!」


 冬音は明らかに嬉しそうだ。

 弓月もまた、まんざらでもない顔をしている。


 本気か?

 チーズとハムとふすまパンを入手し、サンドイッチを作り、屋敷を買うためだけに大冒険に出るのか?

 そうしなければ、世界が俺を物理的に抹殺しにかかるから?


「興味深いな。帝都への道は危険だ。私のスキルも存分に振るえる」


 弓月が言った。

 その瞳が、戦意で爛々と輝いている。


 数分後、俺たちは老人を呼び戻した。彼は俺たちが受諾することを予見していたかのように、微笑んでいた。


「して、決心はついたかな?」

「ああ。その食材、手に入れてきてやるよ」

「それは重畳。では、朗報を待っておるよ」


 こうして、「サンドイッチで屋敷を買う」という不条理な会話を経て、俺たちのE404での旅路は終わりを告げようとしていた。


 残るタスクは、準備を整え、馬車を手配し、不確かな道へと旅立つことだけ。

 全ては、世界が俺にそう強制したからだ。

 言っておくが、俺はずっとここに引きこもっていたかったんだぞ。


 だが、選択肢はなかった。

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