プロローグ
現在、俺は慢性的な『怠惰』という病に侵されている。
いや、冗談じゃなく、マジで深刻な事態だ。
十七歳にして、自分の人生設計がいかに破綻していたかを痛感しているところだ。
弁解するわけじゃないが、クラスで人気者だったためしはない。
顔面偏差値が低いせいか?
それとも誰とも口を利かなかったせいか? まあ、十中八九、後者だろう。
だが真の理由は別にある。
俺はただ、無為に寝転がり、頭の中で都合のいい妄想シナリオを垂れ流すのが好きだっただけだ。「もしもこんなことが起きたら」なんて期待を込めて。
おいおい、そんな引くなよ。
馬鹿げてる? かもな。でもそれが俺の幸せだった。
おかげで俺は、作家になるという――途方もない夢に集中できたんだから。
ずっと夢見ていた。
問題は、何から手をつければいいか皆目見当がつかなかったこと。
興味がないんじゃない、集中力が続かないんだ。
何かの欠陥かとも疑ったが、単に混乱していただけだった。
俺の創作手順は単純だ。
高いテンションで書き始め、世界観を構築し――雲行きが怪しくなると、即座にエタる。
続きを書く気力が湧かないからだ。
客観的に見て、俺の人生は完全なる駄作だ。それには同意する。
だが、例外が一つだけあった。
「ふぅ……」
大きく息を吐き出す。
あの頃を思い出すのはむず痒い。
あれは十四歳の時のことだ。
何がって?
ガチで世界を創り、物語を紡ごうとしたことさ。
俺は本気でやることにした。
AIの力も借りて、理想の世界を顕現させようとしたんだ。
来る日も来る日も、夜通しキーボードを叩いた。
想像の翼を広げ、PCに向かう日々。
俺は自分がプロの作家になったような全能感に浸っていた。次なる傑作を世に送り出す執筆の聖人にでもなったつもりで。
出来は良かったか?
読み返す価値はあったか?
いや、あれでいい。
恥ずかしいからじゃない――黒歴史を直視したくなかっただけだ。
あのファイルは二度と開かないと誓った。
今の俺はもっとうまく書けるし、何より十四歳の頃の『肥大化した自意識』と向き合うなんてホラーでしかない。
「さて、どうするか」
そうだ、学校へ妹を迎えに行かなきゃならない。
俺のルーティンはこうだ。
PCから離れ、道を渡り、十五分歩いて妹を拾い、部屋に戻って作家ごっこを再開する。
単純な人間の、単純なタスクだ。
だが、俺は左右確認を怠った。
クソッ、あのトラック、慈悲のかけらもありゃしない……。
ブレーキが壊れてたのか?
これでジ・エンドか……なんて情けない人生だ。
雲の上で罪滅ぼしでもさせられるのか? あるいは何か別の――。
地獄への片道切符か?
いや、違うな……。
だとしたら、死よりも悪いこととは何だ?
正解は――『強くてニューゲーム(二度目のチャンス)』を与えられることだ。
「お兄ちゃん!」
意識が消えゆく中、遠くで声がした。
最期に残るのは聴覚だというのは本当らしい。
本当だった。
……。
目を開けた。
そこは奇妙で、不気味な広間だった。
言葉で形容しがたい光景だ。
床の半分は大理石、残りは土、そして木材と絨毯が継ぎ接ぎになっている。
中央には、場違い極まりない豪華な黄金の玉座。大聖堂か、森か、洞窟か、コンセプトが迷子になっている。
俺は目を凝らした。
そこに誰かがいた。だが照明が最悪だ。
白い部屋にリンゴを置いたような強烈なコントラスト。
俺は目を細めながら近づいた。
「もしもし? ここは天国か何かで……?」
返事はない。
だが、確かに『彼女』はそこにいた。
目の前に立ち、直視する。
この世の者とは思えない美貌。漆黒の髪に金色の毛先が混じり、肩にかかっている。作り物のように完璧な顔立ち。
語彙のない思春期男子なら「超美人」としか言えないような、圧倒的な美だ。
だが、ここが天国なら……
なんでこんなにちぐはぐなんだ?
女はまだ答えない。
感情の欠落した瞳で、俺をじっと見つめている。不気味だ。
「お、おはようございます……いや、こんばんは? それとも……」
「お会いしとうございました、我が主!」
……は? 何だこの女?
「ついにここへ来られたのですね、我が主……」
殺気!? いや待て……こいつ今、殺す気だったよな!?
いや……我が主?
意味が分からない。俺は隠れ神か何かなのか?
いや、殺気は消えた。今は驚きと好奇心……その両方が混ざっている。
「わ、我が主……? 何を……」
俺はようやく言葉を絞り出した。
「残念ながら……いいえ、待って」
彼女は止まった。
「幸運にも……そう、ポジティブな意味で。間違いなく……」
彼女は見えない台本を読むように間を置き、指を宙で彷徨わせた。
「貴方様が……私を創造られたのです、我が主。そう、貴方こそが……私の……」
彼女は不自然に瞬きをした。
「私を作ったのよ! それがどういう意味か分かってる!?」
俺が彼女を作った……?
ありえない。そんなの、負け犬が見る夢の中だけの話だ……あ。
そうか。俺のことか。
絶対的な美貌に、情緒不安定で矛盾した性格。……なるほど、あながち出鱈目じゃないかもしれない。
だって――。
いかにも『俺が書きそうなキャラ』だったからだ。
「午前一時三十四分に開いていたメモ帳、覚えてる?」
「あ、ああ……」
「最初に貴方が書いたのは私の名前。その次に『美しい』。それだけ? 十分だとでも?」
「いや……?」
「他の属性はナシ。強みも弱点もナシ」
「でも、女神なんだろ……?」
「ええ、そう言えるわね」
一瞬、彼女は誇らしげにした。
だがすぐに表情を一変させる。
「でも! キャラ設定も決まってないのに、どうやって女神らしく振る舞えって言うのよ! ブレブレじゃない!」
「な……それは……まさか、三年前の……どうして今さら実体化してるんだ?」
彼女は当たり前のように言い放った。
「貴方には、貴方自身が書いた『下書き(ドラフト)』の世界に転生してもらいます」
決定だ。
これは死よりも悪い。
彼女は俺の疑問を完全にスルーした。
「貴方の使命は魔王討伐! イェーイ!」
「は? 狂ってる……俺が? 間抜けな死に方したこの俺が、ま、魔王を倒す……?」
「嫌なら地獄で苦しむことになるわよ? ちなみに地獄も、貴方がその下書きで作った場所だけどね、ダーリン」
……ダーリン呼びかよ。
「認めざるを得ないわ」
初めて、彼女の顔に純粋な軽蔑の色が浮かんだ。
「この世界、オリジナルとは似ても似つかない……どうやって維持されてるのか不思議なくらい。おめでとう、貴方はクソみたいな世界を創造したわ。それが……」
彼女は溜めた。
「……機能しちゃってるのよ。」
それは褒め言葉か? 侮辱か?
「ここは私のシマよ」
雷のような声が響く。
「四の五の言わずに行きなさい。『やっぱり考え直そう』とかナシだから! 魔王を倒した時だけ! 天国の門は開かれるのよ!」
「待って! せめて何かアイテムとか……!」
感動的な演説も、励ましの言葉もなし。
哀れなサバイバルガイドすらなし。
彼女は手から放った光で、俺を突き飛ばしただけだった。
俺は落ちた。死んだ時と同じように。
穴の暗闇に飲み込まれながら、俺はただ一つのことを考えていた。
俺が何をしたって言うんだ?
十四歳で自分を文学の天才だと勘違いしていた、ただのガキだっただけだぞ。
それが自作の世界に飛ばされる理由になるか?
なるのかもしれないし、ならないのかもしれない。罰の基準なんて知らない。
俺は他にどんな黒歴史(バカな設定)を書いていたっけ?
それを知るのに、そう時間はかからないだろう。




