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完結『ぼくらの夏休み冒険記――近江の悪ガキ、埋蔵金伝説に挑む』  作者: カトラス


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第十九話『秘密基地の作戦会議』

 秘密基地の中は、まだ昨日の冒険の余韻が漂っていた。

 板切れや古い毛布で作られた机や椅子には、三人が持ち寄った本やノートが散らばり、まるで小さな研究所のようになっている。

 その中心に座るアラタとケンタ、ハルトの三人の顔には、どこか充実した疲れの色があった。


 だが、部屋の隅には一つだけ違う空気を放つ影がある。

 トラだった。

 普段なら尻尾を高く掲げて駆け寄り、膝の上に飛び乗ってくるのに、その日は背中を丸めて壁の方を向いている。尻尾をぱたぱたと不機嫌そうに叩き、耳だけこちらに向けているのが、拗ねている証拠だった。


「なんや、トラ、怒ってんのか?」  

 アラタが気まずそうに笑いながら声をかける。

 帽子を脱ぎ、頭をかきながら近づこうとすると、トラはちらりと一瞥しただけで、またすぐに顔を背けてしまった。


「そりゃすねるよな……」

 ケンタが小さくつぶやき、メモを胸に抱えながらうつむいた。

「昨日の京都、連れて行けへんかったもん。トラだって一緒に冒険したかったはずや」


 ハルトは無表情のまま、しかし声にだけ優しさをにじませる。

「仲間外れにするつもりやなかった。でも、あいつにしてみれば置いてけぼりにされた気持ちやろな」


 アラタは立ち上がり、トラのそばにしゃがみ込んだ。

 草の匂いが混じる秘密基地の空気の中で、彼の手はそっと伸びる。けれどトラはしばらく視線を合わせず、尻尾を小さく打ちつけている。


「悪かったな、トラ」アラタが真剣な顔で言う。

「次は一緒に行こうや。冒険は四人でやるもんやろ?」


 その声には子供らしい不器用な誠実さがこもっていた。するとトラは一瞬耳を動かし、ゆっくりとこちらを見た。黄金色の瞳がきらりと光り、しばらく沈黙のあと「ニャー」と短く鳴いた。


「おっ……」アラタは思わず笑みを浮かべる。

「許してくれたんやな」


 ケンタもほっと息を吐き、額の汗を拭った。

「よかった……また仲間や」


 ハルトは軽く頷き、静かに言葉を添える。

「これで探検隊は全員揃った」


 三人の顔に自然と笑みが広がり、秘密基地に子供らしい笑い声が弾けた。

 拗ねたトラも、丸まった背中を伸ばしながら三人の足元へすり寄ってくる。

 その体温が膝に触れた瞬間、三人の胸にじんわりと温かさが広がった。

 冒険の絆は、小さなすれ違いを乗り越え、より強く結び直されていった。


 夏の昼下がり、三人と一匹──アラタ、ケンタ、ハルト、そしてトラは森の小道を歩いていた。頭上から容赦なく照りつける日差しは木々の葉に遮られてもなお強烈で、アラタはキャップを後ろに回して、手の甲で額を乱暴に拭いながら歩を進め、ケンタは日陰を探すように視線を彷徨わせては息を切らし、もうすぐ倒れそうな顔をしている。ハルトは比較的落ち着いた足取りで前を歩き、時折振り返って二人の様子を確かめていた。足元ではトラが草むらを縫うように歩き、しっぽを立てて先導するように先を急いでいた。


「……あっついなぁ! 溶けるっちゅうねん!」アラタが声を張り上げ、キャップでパタパタと顔を扇ぐ。


「もう無理……足、ベタベタしてる……俺、干からびるで……」ケンタは本を胸に抱えながら弱音を吐き、肩で息をしていた。額から汗がつーっと流れ、メガネの縁を濡らしている。


「水筒持ってきといて正解やったな」

 ハルトは冷静に言い、腰に提げた水筒を軽く叩いた。

「ほら、ケンタ、ちょっと飲んどけ」


「……ありがとう」

 ケンタは受け取って一口飲み、安堵の息を漏らす。「生き返るわ……」


 そんなやりとりをしながら、森の奥に進むと、昨日の夜に見た祠が姿を現した。

 しかし昼間の祠は、まるで別物だった。

 苔むした石段に、風雨に晒された木の屋根。昨夜は不気味な光や水のせせらぎに囲まれていたはずなのに、今はただの古びた祠がぽつんと佇んでいるだけだ。


 トラが「ニャー」と鳴いて祠の周囲をくるりと回ったが、小川も橋もどこにも見当たらない。


「……なんやこれ、昨日の夜と全然ちがうやん」

 アラタが肩をすくめ、大げさに両手を広げた。「小川も橋もないし……ここ、ほんまに同じ場所か?」


「うそみたいやな……」

 ケンタは半信半疑で周囲を見回し、小石をつま先で蹴った。

「あんなにハッキリ道が出てたのに……昼間やとただの森や」


 ハルトは祠の石板の前に立ち、苔をなぞるように指先で触れた。

「……やっぱり光やな。夜の月光が鍵になっとる。昼間は道が閉じられてるんや」


「やっぱそうなんか……」

 アラタは腕を組んでうーんと唸った。

「夜限定の冒険ってことやな」


 その時、トラが祠の石段にちょこんと座り、しっぽをゆらゆらさせながら「ニャー」と短く鳴いた。まるで「次は俺も一緒やぞ」と言っているかのようだ。


「そうやな、次は四人でや」

 アラタが笑ってトラの頭を撫でる。

「お前抜きじゃ冒険は成り立たん」


「ほんまや、トラが先に気配に気づくかもな」

 ケンタも笑みを浮かべて頷いた。


「……頼りにしてるぞ」

 ハルトは短く言い、真剣な眼差しをトラに向けた。


 トラは満足げに喉を鳴らし、再び森の匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせた。三人と一匹はその姿を見て、自然と笑顔になった。昼間の静けさは拍子抜けするほどだったが、仲間の絆と夜への期待は、さらに強く胸に刻まれていった。


 昼間の祠は静まり返っており、夜のような不気味さも幻想もまるでない。ただ古びた石段と小さな社殿があるだけで、森の空気は生ぬるく重かった。三人と一匹はしばらく祠を眺めていたが、やがてアラタが腰を下ろし、苔むした石に背中を預けた。


「なぁ……次、いつ行く?」


 アラタは草をちぎりながらぽつりとつぶやいた。目はまだ祠に向けられていて、その声には落ち着かない熱がこもっていた。


 ケンタも隣に腰を下ろし、汗で張り付いたシャツをぱたぱたと扇ぐ。


「平日は無理やろ……。親に『どこ行くんや』って詮索されるし、宿題もやらなあかんし」


「……せやな」


 アラタは片眉を上げて振り返った。


「せやけど、宿題やってるふりしてたら親も安心するやろ? ご機嫌とっとけば、夜に出やすいんちゃうか?」


「なるほどなぁ……」


 ケンタは半分感心し、半分呆れたように笑った。


「アラタ、そういう知恵は回るんやな」


「おい、馬鹿にすんなよ。こういう時に頭使わなあかんねん!」


 アラタはムッとした顔で胸を張った。けれど、その仕草に緊張が混ざっているのは三人とも分かっていた。


 そのやりとりを横目に、ハルトは地図を確認しながら冷静に言葉を挟む。


「三日後……土曜の夜か」


 ケンタは声を小さくしながら反芻するように言った。親に怪しまれず出られる可能性に少し安心したようで、胸の奥にかすかな希望が灯った。


「よっしゃ、それで決まりや!」


 アラタは拳を握りしめ、声を弾ませた。


「三日後の夜、俺らで必ず証を試すんや!」


 その瞬間、トラが石の上に飛び乗り、しっぽを大きく振りながら「ニャー」と鳴いた。陽射しを受けて黄金色の瞳が光り、まるで自分も一員だと言わんばかりに胸を張っている。


「トラも賛成やな」


 アラタが笑って頭を撫でると、トラは満足げに目を細めて喉を鳴らした。


「なんか……ほんまに冒険の仲間って感じするわ」


 ケンタが呟き、頬を赤くして微笑んだ。「怖いけど、ワクワクする」


「決行日は三日後や。……次は絶対に逃げへん」


 ハルトの短い言葉に、アラタとケンタも力強く頷いた。冷静な声色の奥に、彼自身の昂ぶりが隠せていないのを二人は見抜いていた。


 三人と一匹は祠の前で肩を並べ、しばし無言のまま空を仰いだ。木漏れ日が揺れ、遠くの山から吹く風が汗ばんだ肌を冷やす。昼の静けさが逆に夜への期待を際立たせ、心臓の鼓動を速めていく。彼らの胸には熱と不安と、そして確かな決意が重なり合っていた。


 秘密基地の中、古い木の机を囲んで三人と一匹は再び集まっていた。壁代わりの板の隙間からは夕方の光が差し込み、埃がきらきらと宙を舞っている。外では風が草を揺らし、カサカサと乾いた音が耳に届く。小さな空間は暑さでむっとしていたが、心の中の高揚感がそれ以上に熱を帯びさせていた。


「なぁ……もし次の探検が長引いたら、帰れんかもしれんよな」


 アラタが真剣な顔で切り出すと、ケンタが驚いたように身を乗り出した。


「え、えぇっ!? 泊まりになるってこと? そんなん親になんて言えばええんや……俺、絶対バレるわ……」


 不安げに両手をぎゅっと握りしめるケンタを見て、ハルトは顎に手を添え、しばし黙り込んだ。そして冷静な声で答える。


「……なら、泊まり作戦や。親には“友達の家に泊まる”って言えばいい。三人で嘘をつけば矛盾せん」


「おぉ、それや!」


 アラタは目を輝かせて机を軽く叩いた。声は弾んでいるが、その胸には緊張も混じっていた。


「ケンタ、お前はどうする?」


「え、えっと……じゃあ……俺はアラタん家って言うわ」


 ケンタは視線を泳がせながら答えたが、その声にはかすかな決意が宿っていた。手のひらは汗でじっとり濡れている。


「俺もアラタん家でええな」


 ハルトがあっさりと口にすると、アラタは一瞬ぽかんとしたあと、吹き出すように笑った。


「ほな俺はハルトん家って言っとくわ!」


 その瞬間、三人は顔を見合わせ、堪えきれずに笑い声を上げた。秘密を共有するスリルと、ちょっとした罪悪感が入り混じり、胸の奥がくすぐったいほど熱くなる。


「なんか……俺ら、スパイみたいやな!」


 ケンタが息を弾ませながら言うと、アラタは勢いよく頷いた。


「そうや! 親をだましてまで行くんやから、これはもう立派な任務や!」


「……任務、か」


 ハルトは小さく笑い、普段の冷静な表情にわずかに楽しげな影を浮かべた。


 その時、机の上に前足を乗せたトラが「ニャー」と鳴き、しっぽをピンと立てた。黄金色の瞳が夕日に照らされ、どこか誇らしげに見える。


「トラまで参加する気やな」


 アラタが笑って頭を撫でると、ケンタも「ホンマに映画みたいや……」と顔を赤らめ、ハルトは目を細めて小さく頷いた。


 三人と一匹は、秘密基地で肩を並べながら、心臓をどきどきさせていた。緊張と期待とが入り混じり、まるで冒険前夜のような高揚感が狭い空間を満たしていった。

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