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完結『ぼくらの夏休み冒険記――近江の悪ガキ、埋蔵金伝説に挑む』  作者: カトラス


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第十四話『風が導く者たち』

 石碑の根元から掘り出された一枚の木片。その表面に描かれた円と交差する線は、三人にはただの記号にしか見えなかった。しかし、ハルトだけは違和感を覚えていた。指先でなぞり、じっと目を凝らす。


 「……これ、ただの模様やない。風の流れを表してるんや」


 ハルトが静かに言うと、アラタとケンタは同時に顔を上げた。


 「風の……流れ?」


 ケンタが眉をひそめ、不安げに木片を見つめる。アラタは逆に目を輝かせて身を乗り出した。


 「そうや。この線は谷筋や。山から吹き下ろす風の通り道を示しとる。昔の人は風を使って仕掛けを作ったんやろ」


 ハルトは淡々と説明を続ける。その声には確信が混じり、二人の胸に重く響いた。


「碑文にあったやろ。風が止まるとき、扉は開く。この木片と繋がってるんや。つまり、風が弱まる瞬間にしか見えん道筋が現れる」


 ちょうどその時、森を渡っていた夜風がふっと止んだ。木々のざわめきが消え、静寂が訪れる。次の瞬間、月明かりに照らされた草木の間に、淡い光の筋が浮かび上がった。まるで誰かが空中に線を描いたかのように、森の奥へと続く細い道が一瞬だけ現れたのだ。


「うわっ……! 見えたか!? ほら、やっぱりや!」


 アラタが興奮して叫び、拳を握った。胸の奥が熱くなり、全身の血が沸き立つ。


「……ほんまや。風が止まったときにだけ、道が見えるんや……」


 ケンタは息を詰めてその光景を見つめ、背筋にぞくりと寒気が走った。恐怖と同時に、抗いようのない吸引力に心が揺さぶられる。


「偶然やない。仕掛けは確かに生きとる。この道が“扉”へと繋がってるんや」


 ハルトが低く告げた。三人は互いに顔を見合わせ、無言のまま頷き合う。次に風が止んだとき、彼らはその道を進む覚悟を決めていた。


 風が止むたびに、森の奥へと続く光の道筋が浮かび上がった。月明かりに照らされた草木の隙間が淡く輝き、三人を誘うように先へ先へと伸びていく。まるで森そのものが呼吸を止め、彼らを奥へと招き入れているかのようだった。


「……また現れた」


 ケンタが小さな声で呟き、足を止めて後ろを振り返った。闇の中に誰かが潜んでいる気がして、背中に冷たい汗が流れる。耳を澄ませば自分たちの足音と鼓動しか聞こえないはずなのに、それすらも妙に大きく響いて不気味だった。


「なあ……ほんまに進んで大丈夫なんか? 戻ったほうがええんちゃうか……」


 ケンタは唇を噛み、声を震わせながら言った。暗闇がのしかかるように迫り、胸の奥で逃げたい衝動が膨らんでいた。


「おい、止まんなよ! ここで引き返したら、絶対後悔する!」


 アラタが振り返りざまに声を張った。強気な言葉は自分自身を奮い立たせるためでもあった。胸の奥では心臓が早鐘を打ち、冷たい汗が首筋を伝う。だがその恐怖を力に変えるように、目だけは前をまっすぐ捉えていた。


「……ただの光やない。誰かが仕掛けた導きや」


 ハルトは冷静な声で言い、光の道を凝視した。理屈を求める頭の中では、碑文や木片の記号と繋がる可能性を必死に組み立てていた。彼の声の落ち着きは、アラタとケンタに一瞬の安堵を与えるが、それも長くは続かなかった。


「仕掛けやって……誰がこんな森ん中でそんなもん作るねん……」


 ケンタは半ば泣きそうな顔で言った。足元の土は冷たく湿り、靴底にじわりと染み込む感触が心細さをさらに強めていく。


「そんなの、確かめな分からんやろ!」


 アラタが語気を強めて答えた。声には焦りも混じっていたが、前に進む以外の選択肢は考えていなかった。冒険の匂いが、恐怖を上回る形で彼を突き動かしていた。


 三人は互いの息づかいを確かめ合うように顔を見合わせ、再び歩を進めた。風のない静寂の森に、彼らの足音と荒い呼吸だけが響き続けていた。


 光の道筋を辿るにつれて、三人の心臓の鼓動はますます早くなっていった。淡く揺れる光は誘うように奥へと続き、そのたびに背後からの気配も濃くなっていくように思えた。森の静けさは異常で、虫の声も鳥の気配も一切なく、息をする音さえも大きく感じられる。


「なあ……なんか、近づいてきとる気せぇへんか」


 ケンタが小声で言った。声が震えて喉の奥で詰まりそうになり、目は何度も闇の奥へと泳いだ。背中を冷たい汗が伝い、足は勝手に震えている。胸の奥では逃げ出したい気持ちと、確かめたい衝動がせめぎ合っていた。


「気のせいや。そんなもん、ここでビビったらあかん」


 アラタが強気に言い返したが、その言葉には力がなかった。拳を握る手のひらはじっとりと湿っており、視線は闇の奥を必死に追っていた。心臓が喉までせり上がるような鼓動に、強がりはかき消されそうだった。


「……静かすぎるな。普通なら夜の森には音があるはずや」


 ハルトの声は低く、妙に冷静だった。その冷静さが逆に不気味で、ケンタの不安をさらに煽った。三人とも次第に言葉を失い、ただ光の道筋を辿って歩を進める。足音が土を踏むたびにやけに大きく響き、沈黙の中で三人の呼吸音だけが重く残った。


 その瞬間だった。ケンタがふと前方の木々の間に目をやったとき、そこに“人影”が立っているのをはっきりと見てしまった。甲冑を身にまとい、顔は闇に隠されている。だが、その視線だけは確かにこちらを射抜いていた。凍りつくような寒気が、ケンタの全身を一瞬で包んだ。


「ひっ……ひ、人がおる! 落ち武者や……!」


 ケンタは思わず声を張り上げ、震える指で木々の間を指差した。顔は青ざめ、膝が折れそうになる。息は乱れ、喉から悲鳴のような声が漏れそうになった。


「なに言うてんねん、どこに……!?」


 アラタが慌てて目を凝らす。だが、彼の目にはただ闇と木々が重なって見えるだけで、人の影など見えなかった。焦りと恐怖が入り混じり、胸の奥がざわめいた。


「……ケンタ、何を見たんや」


 ハルトが低く問いかけた。彼の声は静かだが、その表情は硬く緊張に包まれていた。ケンタは肩を震わせながら必死に言葉を絞り出す。


「ほんまやって……甲冑着た奴が……この奥で、こっち見とったんや……!」


 その必死の訴えに、アラタは声を詰まらせ、ハルトは瞳を細めた。見えた者と、見えなかった者。三人の間に、言葉では埋められない深い溝が生まれ、不安はさらに膨れ上がっていった。


 森の奥から吹く風がふっと止んだ。その瞬間、再び淡い光の筋が道を照らし出す。だが三人は一歩も進めずに立ちすくんでいた。ケンタが見たと訴える“落ち武者”の影が、頭から離れなかったからだ。


「……おい、ケンタ。まだおるんか?」


 アラタが小声で問いかける。返ってきたのはケンタの震える声だった。


「わからん……でも、さっき確かに見えたんや……甲冑の武者が……」


 その時だった。ハルトの目が木々の奥で何かをとらえた。月光にかすかに照らされ、甲冑を身にまとった人影がゆらりと動いたのだ。肩には擦り切れた旗じるしが掲げられている。三角形のそれには、誰もが歴史の教科書で見たことのある織田家の紋が刻まれていた。


「……っ! 俺にも見えた。あいつらの旗じるし……織田信長のもんや」


 ハルトが低く告げた瞬間、三人は一斉に息を呑んだ。胸の奥が凍りついたように冷たくなると同時に、アラタの瞳は熱を帯びる。


「やっぱりや……! 信長のお宝、ほんまにここに隠されとるんや!」


 興奮混じりの声が夜の森に響いた。だが次の瞬間、その熱を打ち消すように、重く低い声が闇から響き渡った。


「導かれた証を示せ。なければ通さん」


 声は一人に語りかけるものではなく、森全体にこだまするように広がった。三人の足はすくみ、身体は金縛りに遭ったように動かない。ケンタの唇はわななき、アラタの拳は固く握られたまま震えていた。ハルトは額に汗をにじませながら、木片の記号を思い出し、喉の奥でつぶやいた。


「……証って、まさか……あの板のことかもしれん」


 誰も動けず、誰も言葉を続けられなかった。光の道筋はなおも奥へと誘っていたが、その先に待つものは宝か、それとも恐怖か。三人の鼓動は、夜の静寂に不規則に響いていた。


「証って、あの板のことやろか」

 アラタが必死に言葉を絞り出すと、ケンタも縋るように頷いた。


 だがハルトは目を細め、静かに首を振った。

「……ちゃう。あんな簡単なもんで済むはずない。板はあくまで道標や。ほんまの証は……まだ別にある」


 三人の胸に、言葉では形容できない重い緊張が落ちていった。


 低く響く声が森に溶け、三人の体はすっかり硬直していた。足はすくみ、胸は早鐘のように打ち、喉が乾いて声も出ない。暗闇の奥には、まだ落ち武者の影が潜んでいるように思えてならなかった。


「……も、もうあかん。これ以上は無理や……」


 ケンタが声を震わせて言った。額には大粒の汗がにじみ、目は怯えで潤んでいる。手は小刻みに震え、足元の土を無意識に掻いていた。彼の弱音は普段ならアラタを苛立たせるが、このときばかりは胸の奥で同じ思いが疼いていた。


「ちぇっ……くそ……。でも、今日はしゃーないか……」


 アラタは拳を握りしめ、悔しそうに歯を食いしばった。胸の奥にはまだ強烈な“先へ進みたい”という思いが渦巻いている。けれど、全身にまとわりつくような恐怖と、見えない声の重さに押し潰されそうになっていた。彼の目には悔し涙が浮かび、強がる声の裏で、子どもらしい不安がにじみ出ていた。


「……賢明な判断や。証が分からん今、突っ込むのは危険すぎる」


 ハルトは低く言い、真剣な眼差しをアラタとケンタに向けた。冷静に聞こえるその声も、どこか震えを帯びていた。額に浮かぶ汗が、彼もまた恐怖を感じていることを示していた。


「ほ、ほんまに戻るんか……? もし明日来たら、もう道が消えてるかもしれんで……」


 ケンタが不安げに問いかける。心臓はまだ早鐘を打ち、口の中が渇いている。だが同時に、逃げ出せる安堵も胸に芽生えていた。


「だから次は証や。必ず持ってこなあかん」


 ハルトがきっぱりと言い切った。その一言に、アラタもケンタも言葉を失った。悔しさも恐怖も、すべて“次に挑む理由”へと変わっていくように感じられた。


 三人はしばし沈黙したまま、光の道筋を見つめた。淡く輝く線は奥へ奥へと誘っている。だが、その先に待つのが宝か、それとも命を奪う何かかは分からない。胸の奥で期待と恐怖がぶつかり合い、息を詰めたまま立ち尽くしていた。


「……また次や。次は証を持って、必ず行く」


 ハルトが静かに言った。その言葉は決意を固めるように森に溶け、冷たい夜気がわずかに揺れた。


 三人は互いに顔を見合わせ、無言で頷き合う。足取りは重かったが、光の道筋から背を向け、秘密基地へと引き返すことにした。背中にまとわりつく影の気配が離れず、何度も振り返りながら進んだ。


 やがて夜は更け、秘密基地に戻った三人は短い言葉だけを交わして解散した。

 それぞれ自宅へと帰っていったが、胸の奥には必ず戻るという決意と、次こそ答えを掴むという焦りが深く刻まれていた。眠りにつこうとしても、あの声が耳から離れることはなかった。


挿絵(By みてみん)

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