北海道での記録③
あれから俺は道内を回ったが定住に相応しい土地を見つけられなかった。
あてもなくフラフラ迷っているうちに秋口になった。金ももうすぐ尽きる。
道内で唯一行ったことがない場所に行ってからすべてを考えようと思った。
俺は宗谷岬に向かった。
これ以上、陸路で進むことが出来ない景色を見れば人生の判断が付くだろう。
この旅で数多くの岬と海を見てきた。
自分の死に場所を探しているだけかもしれない。
海を眺めて夕日が終わると同時に自分の人生も終われば、物語の様で美しいだろう。
ただ、どんな岬も観光名所になっているので人目に配慮する必要があった。
長くとどまっていると地元のボランティアが駆け寄って来て悩みを聞き出そうとしてくる。
そんなものは不要だ。
俺の人生は、俺が決める。
どこで死ぬかを決めるこの作業は俺にとっては、とても大事なことなんだ。
ずっと海岸線が続いている。
昼の宗谷岬は運よく誰も観光客がいなかった。
こんなことは珍しい。今まで、どんな場所に行っても誰かしら居たものだ。
バイクから下りて、しばらく海を眺めていた。
今まで自分がやってきたことを思い出した。
大学から上京して、良い会社に入ったと思ったら地方に飛ばされて、例の部長にこき使われて働いていた。
そういえば、社会人になってから心の底から笑ったことがない。
どんな仕事をしていても同じ気持ちになったような気もする。
「お一人ですか?」
若い女性だった。こんなところに一人でいるなんて、珍しい。
どうやら彼女も俺と同じく上京して仕事をしていたが、辞めて、ツーリングしているそうだ。
地元は北海道のとある山小屋で、近々帰省して営業を引き継ぐるらしい。
もうすぐカネが尽きそうな事情と働き口を探していることを説明した。
この女性のツテを利用して、どこかで働けないか、わずかながら思った。
しかし、彼女は俺のことを雇う、と言い出した。
「私の両親が高齢で山を下りるの。一緒に働かない?」
男手が必要なの、と加えて言っていた。
よくも見ず知らずの男に山小屋で一緒に働こうと言えるな、と最初は怪しんでした。
そもそも宗谷岬で平日の昼から佇んでいるような奴はまともじゃないし、もうすぐ死ぬかもしれないような危ない奴だったらどうするんだ。
「自分がヤバいって自覚しているだけマシだと思うし、目を見た瞬間から迷ってそうな人だなと思った」
彼女は俺の心配をよそに電話番号と山小屋の住所、雇用条件を早口で説明して去って行った。