表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失踪記録  作者: 釜ヶ崎愛
10/10

北海道での記録⑥

熊だ。

覚悟はしていた。

自然と手元の斧を握りしめた。

ここでケガをした女性を残して、俺だけ逃げれば熊からは助かる可能性は上がる。

ただ、俺はそんな事をするためにここまで来たのではない。

雨で視界不良の中、熊と俺たちの距離は50m程度しかなかった。

熊にとっては一瞬で距離を詰めることが出来る。

対して、こちらはケガ人が一人いて、誰かの助けが必要な状況。


「私のことはいいから、あなただけ逃げて頂戴」

女性は自らロープをほどこうとしていた。

「あなたを置いて逃げても、私のニオイは覚えられている。二人同時に逃げないと確実に助からない」

熊は自ら距離を詰めることはない。

相手がどのような反応を示すか、品定めしている。

奴らは非常に慎重な性格なので、子を持つ母ではない限りすぐに襲って来ることはない。

ただ、クマよけの鈴を気にせず、この登山道近くを縄張りにしているということは、人間が食べ物を持っていることを学習している。

その残飯にありつこうとしている可能性が高い。

食べ物があるなら追いかけられるので、置いていった方がマシだ。

「リュックの中には何が入っていますか?」

「えっと…おにぎりとチョコレート、雨具とかです」

女性に意図を伝えて、持っていたリュックをその場にそっと置いた。

俺たちは決して後ろ姿を見せずにロープを使って、崖を上ろうと話をした。

ケガをした女性に手を貸して、決して背中を向けないように一歩ずつ後ずさりした。

幸いにも崖の傾斜はそこまで強くなかった。

ロープを体に巻き付けて、先に女性をのぼらせた。

女性は、緊張状態で痛みが消えていたのか、ゆっくりと崖の上に移動することが出来た。

女性がのぼりきった時、熊と俺との距離は30m程度になっていた。

「見つけたぞ!」

崖の上から複数人の足音と同時に猟銃の空砲が鳴った。

驚いた熊はどこかへ逃げ去って行った。


「あんたは人の注意も聞かずに飛び出して!死んだらどうするつもりだったの!」

彼女からはこっぴどく叱られた。

猟友会の人たちが運よく近場でパトロールしていなければ、

俺たちは本当に熊に食われていたかもしれない。

警察に事情を話して、しばらく登山道を封鎖することになった。

俺たちも山を下りることになった。

ふもとには救急車が来ており、老夫婦を乗せて近場の病院へ向かっていった。

猟友会の人に後々聞いたところ、彼女は泣きそうな声で頼ってきたとのことだった。

「…心配かけて悪かった」

謝ってみたものの、彼女はそっぽを向いて、怒っている様だった。

「あんたみたいな危なっかしい奴、私がずっと面倒見なきゃダメそうね」

「…どういう意味でしょうか」

「一生、山小屋で雇ってあげるって意味よ」


数日後、熊はハンターによって駆除された。

別の地域に現れて家畜や人を襲うようになったかららしい。

しばらくして登山道は封鎖を解いた。


そして、時が過ぎ、山のシーズンが終わってからも俺たちは生活を共にするようになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ