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01 望郷の土佐

土佐の巨人《野中兼山》を主人公とした歴史フィクションです。

 01【金色の夢】

 (ほの)かな蝋燭(ろうそく)に照らされた座敷の上席に座る若い男女の姿が見える、

 

 後ろには目出度(めでた)い絵の書かれた金屏風が置かれている。

 土佐派の巨人、土佐光信の筆によるものだ。

 紅白梅(こうはくばい)(うぐいす)が描かれており、非常に目出度い柄となっている。

 明かりに相まって部屋の中が金色の空気に満ち溢れている。


 この金屏風は土佐藩初代の山内一豊(やまのうちかずとよ)が神君家康公から下肢されたもので、重要な家臣の婚礼に遣わすのが藩の慣例となっている。


 これがあるという事はこの家は土佐藩の中で重要な位置に置かれている証である。


 周りには少なからずの人々が鎮座して、響き渡る《高砂》を聞いている。

 

 どうやら婚礼の最中のようだ。

 新郎と新婦はは15~16歳くらいのあどけなさの残った子供と言ってもおかしくない年頃。

 

 新郎は野中良継、後の野中兼山(のなかけんざん)

 隣に座る新婦の名は「市」である。


 《高砂》の音色に包まれながら、良継はこれまでの人生を振り返る。


 つい先日まで、母の実家の大坂にある商家の支援を受けながら、

 流浪の生活を送っていた。


 辛く苦しい生活だった。


 土佐では野中家は由緒正しく、父はもともと土佐藩の重臣だったが、

 悲嘆に暮れる出来事に会い、播磨で浪人として生きることを選んだ。

 そして、その生活の中で良継が生まれたのである。


 父の顔ははっきりとは覚えていない。

 おぼろげな輪郭が記憶にあるのみだ。

 きっと楽しい思い出が無いからだろう……


 父が亡くなってからは、町人のような暮らしを母と二人で送ってきた。


 武士の家に生まれたとはいえ、平民としての暮らししか知らない。

 そして、ずっと平民の子として生きるのだと思っていた。


 そんな日常が一通の手紙によって崩れた。


 土佐藩で奉行職にある従叔父(いとこおじ)野中直継からのものだった。

 直継は嫡男とは死別しており、跡継ぎを求めて良継に娘の婿養子に白羽の矢をたてた。


 母と話し合った末、土佐に戻る決心をする。

 初めて訪れた土佐の地で、良継と市の婚約はすぐに決まり、結婚の準備は進んでいった。


 市は愛嬌があって素直な少女で、次第に良継も惹かれていくようになる。

 読書が好きで、暇さえあれば本を読んでいるような娘だった。


 武家のしきたりや礼儀作法を覚えるのはなかなか大変だった。

 それでも良継は若さゆえの順応力でなんとか慣れていった。


 ついに祝言の日が訪れた。


 満足げな従叔父、涙を浮かべる母、彼のために集まった家臣たち。

 静かに《高砂》の音も消え、少年と少女の婚礼は終わりを迎える。


 後は夫婦として新しい生活を始めるばかり。

 そうして、二人の夜は更けていった。


 初夜を終え、大人いや夫婦となった二人の若者が新しい生活を始める。


 02【登城】

 武士としての生活は思った以上に大変なものだった。

 しかし、奉行職にある従叔父の威勢のお陰ですんなり受け入れられる事ができた。


 家系によるものもあるだろう。

 祖母は山内一豊公の実妹であり、父も脱藩が無ければそれなりの地位についていただろう。


 他の家臣にも可愛がられ、最初思っていたような陰湿さはない。

 ほっとした良継は「武士になって良かった」と思い始めていた。

 そして、第二代藩主、山内忠義公への拝謁。


 殿からも、

「血縁なのだから、困った事があれば何時でも訪ねて来るように」

 との思し召しも頂いた。


 にこやかな雰囲気で場は終わり、満足そうな従叔父。

 良継の掌中は汗が止めない。


 そして本来は無い役 職《奉行見習い》として、藩のお役につく。


 やりがいのある仕事、優しい同僚、母と流浪の生活を送っていた時に比べ、別の人生を送っていると思える程だった。


 が、そんな幸せは長くは続かなかった。

 義父、直継の死。

 養子に入って3年ほど。

 いや、義父の年齢を考えれば妥当な死だった。


 良継にとっては初めての武家のしきたりを食らう場であった。


 知らない、分からない事ばかりだったが、妻《市》の采配によって

 つつがなく葬儀が終わった。


 こういった所はさすがと言う他ない。

 氏より育ちとよく言うが、その逆もあるんだなと思った。


 03【霊前の乱】

 四十九日を終わったある日、市が全ての部下や奉公人に一夜の暇を出す。


 夫婦で喪に服し、霊を弔う事が理由である。


 その日は全ての家事を夫婦で分担し、位牌の前で子孫繁栄を誓う。


 経を唱えていると、なんだか気持ちが良くなってきた。


 仏前で焚いているお香の匂いのせいか。

 甘い匂いと読経の音が相まって、この世の物ではない気持ちが

 押し寄せてくる。


 音が消えた。

 市が経を唱えるのを止め、こちらに向き直った。


 私の目を刺すような眼で見据えている。

 匂いのせいか、言葉を発する事が出来ない。


「お前さま、御城での扱いはどうされておりますか?」

 問いかけには抗えない……


「御城の皆様にはかわいがって頂き、殿にも目をかけて頂いている」


 そう、自分が感じているままに答えた。


「そう、思ったとおりでございます。

 野中家として、それで良いと思われますか?」


「ああ、かわいがってもらっているから、

 嫌な事も無いから良いと思っている」


 その言葉を聞いた《市》の眼が大きく見開かれた。


「大間違いでございます旦那様。

 可愛がられているのは敵と思われていないからでございますよ!

 人畜無害な人間と思われているからでございますよ!

 殿の思し召しは一豊公の血縁者からでございますよ!


 神君家康公が江戸に幕府を建てられ、戦国の世は終わったと思われますか?


 たしかに領地を取ったりの戦は無くなり申したが、代わりに藩の中での戦は終わっておりません。


 武士は冷たき戦をやっておりまする。


 藩主の下、つまり家老を目指した下剋上を繰り広げ、汚い戦をしておりまする。

 そんな中で可愛がってもらっているとか、思し召しに賜っていると本当に考えているのですか?


 他の家臣からは人畜無害の輩と思われておりまする。


 このままでは出世も今の見習いから上がる事はありませぬ。


 せいぜい隠居する時に名誉職として奉行になる位です。


 それでは野中家はどうなりまする。

 子孫は配下の(くつわ)を取る羽目になってしまいますぞ。


 そうならない為には嫌われても、鬱陶しがられても、上へ上へ登って行かなければなりませぬ。

 」


 普段の可愛らしい仕草の市とは別人のようだ。

 まるで烈女。


「戦国の世は強い家臣が良い家臣とされていました。


 が、今の世では強い家臣は幕府共々好かれませぬ。

 支那の昔の書物によれば、韓信という将軍が中国を統一に力を貸したが、あまりの強さのために最後には君主に謀反者として処刑をされました。


 平和の世では強さは命取りにしかなりませぬ。


 ではどうすれば良いと思われますか?」


 沈黙しか答えることが出来ない、そして、


「稼がすことです。

 殿の興味は土佐藩を富ませること。


 石高を上げ、産業を起こし、人口を増やすことでございます。

 年貢の納めを増やせば、殿の徳川幕府での覚えが良くなりまする。


 稼ぐ部下は殺されませぬ。

 稼ぐ部下は重用されまする。


 それしか野中家繁栄の道はございませぬ」


 黙って聞いていたが、そのとおりだなと思うことは出来るが、

 それが出来るのか私は……


 その考えを察したか、市は言葉を続ける。


「策は考えまする、根回しも行いまする、あなた様はしくじりだけ、しくじりだけはしないようにしてくだされ」


 実直な目で見つめる市。


 ああ、苦汁にがりを打たれたようだ。

 頭の中が痺れている。

 それが市の言葉のせいなのか、香のせいなのかは分からない。

 が、自分の中で何かが変わった。


 土佐に向かう途中に阿波の山中で見た谷を這う水の流れを思い出した。

 一本の大きな流れが地形によって二つの流れに分岐する。

 母が「あれが分水嶺というのよ」と教えてくれた。

 ひとつの方向だった水が二つに分かれ、お互い違う方向に向かっていく。


 そこで土地を耕す恵みとなるのか、はたまた人に害をなすモノとなるのか……

 まるで今の自分のようだ……


 朦朧とした私を見つめていた市が不意に手を叩いた。


 襖が開き、一人の女性が入ってきた。


 たしか、市付きの女中で《おほの》と言ったか……


 市の後ろに座ったおほのを指差し、こう言った。



「この者は未来の日ノ本から来た《をんな》でございます」


(つづく)






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