最後のページ
あたしがこんなに悪戦苦闘してるのに、福多やキタップはなぜかひょいひょいとページを見付けているらしい。
ちょろちょろ走っていた小人がふっといなくなったり、巨木が消えたりするから、本に戻ってるんだろう。
あの二人、どうやって見付けてるのかしら。
残りは五枚だったはずよね。これで何枚見付かってるんだろう。小人と木が同じページから現われたかどうかもわかんないし。
でも、現時点で四枚以下のはずよね。どうせなら早く竜を消してもらいたい。部屋の中を移動しまくってて、はた迷惑だ。攻撃されないだけマシ、かな。
「あ、あれってもしかして」
うっとうしいなぁ、と思いながら竜を見ていたあたしの目に、白い物が飛び込んだ。
花びらじゃない。竜のしっぽの先に、ページが突き刺さってるんだ。何を具現化させたページか知らないけど、あれが取れたら、もう少し部屋も広くなるはずよね。
あたしは群れてるキノコの傘を踏み台にし、岩に座っている妖精を突き飛ばし、天井からぶら下がるツルを利用して岩を越え……竜の方へと近付いた。
やっぱり、竜のしっぽにあるのはページだ。とにかく、あれを取らないと。逃げるな、竜!
あたしが移動を続ける竜を追って、そちらへ向かおうとした時。
「あぶないっ」
そんな声がして、あたしの上に何かが覆い被さった。
さらにその上に、何かが落ちて来たような衝撃と音をかすかに感じる。
「ってぇ……」
何かが覆い被さってきた時点で目を閉じていたあたしは、その声で目を開けた。
あたしの上に乗っかって来たのは、福多だ。その福多の上に、何冊も本が重なってる。
あたしが進もうとしたのは、棚と棚の間だった。で、暴れ回るキャラ達の振動によって、棚の本が落ちかけていたらしい。
岩が落ちそうな崖っぷちの真下を、あたしは歩いていたようなもんだ。
それに気付いた福多が、間一髪であたしをかばってくれたらしい。落ちてきた百科事典並の厚い本が、何冊も彼の背中を直撃していた。
「ふ、福多! 大丈夫っ?」
「……な、何とかね。一冊、頭に落ちてきたのが効いたけど」
「頭? どこに? ケガしてない?」
これだけ厚い本ばっかりなんだもん、角が当たったりすれば、かなりの衝撃。
「血は出てないから、後でコブになるくらいだよ。佐藤さんこそ、ケガしてない?」
「あたしはさっき、小人に踏まれたくらいよ。ねぇ、かなりの本が落ちたんじゃない?」
周りには地震の後のように、本が散乱している。これが福多の背中や頭を攻撃したなら、相当なダメージだ。
背中、青あざだらけになってるんじゃないかな。そのくらいで済めば、まだいい方かも。
ここのキャラ達に攻撃されなくても、この部屋では本が一番危険物だ。紙の固まりって、結構凶器になったりするのよね。
「これ全部が落ちたんじゃないよ。すでに落ちてた本もあるし」
どこまで本当かな。あたしを心配させないために言ってるって可能性、あるし。
「それより、佐藤さん。さっきは何に突進してたの?」
「突進って……。竜のしっぽの先に、ページがあったのよ。それを取ろうと思って」
すでに竜は移動し、あたし達からは離れた場所にいた。せっかく近付いたと思ったのに。……寄って来られたら、それはそれで怖いけど。
「ああ、確かにあるね。あのページ、俺が取って来る。佐藤さんは部屋の端にいた方がいいよ。また本が落ちてくると危ないし。」
そう言うと、福多はあたしなんかより数倍身軽な動きで竜の方へ向かって行った。言われた通り、まかせた方がよさそう。
見ている分には「難なく」って感じで、福多は竜のしっぽに付いていたページをゲットした。それを本に戻すべく、キタップを捜す。
「ここじゃ~」
情けない声が、本の山から聞こえた。さっきのあたしみたいに本棚の間を移動してる時、本の雪崩に遭ったみたい。
あたしの方が近かったので、先にそちらへ行って本をどかせ、キタップの顔が出た頃に福多が到着した。
「大丈夫かい、キタップ」
「本に埋もれて死ねたら幸せと思っとったが、こんな埋もれ方は遠慮したいの」
さっきの声と同様、服が乱れて全体の見た目が情けなくなってたけど、そういう冗談が言えるなら大丈夫だな。ケガしているようにも見えないし。
福多がページを渡し、部屋の中にあった岩だの巨木だのといった障害物が半分以上消え、キャラ達も大部分が消えた。
消えたけど……竜はまだ残ってるし、今やあるべき場所に収ってる方が少ない本が床に散乱しているせいで、とても片付いたようには思えない。
「キタップ、あと何枚あるんだい?」
「一枚じゃ。結局、あの竜が最後まで残ってしもおたの」
「まさか探してる間にまた外へ飛んでった、なんてことはないわよね?」
「移動すれば、あの竜も移動するはずじゃ。離れて存在はできんからの」
部屋にあるのは間違いない、と。じゃ、やっぱりここで捜すしかないのかぁ。
とにかく、邪魔なのは本だけになったから、さっきまでよりはずっと動き回りやすい。でも、散乱の度合いはあまり変化してないから、見付かりやすい、とはとても言えないな。
竜の奴は、わざわざ狭い本棚の間を通ろうとして、さらに本を落としたりする。これ以上、散らかすなっての。もう、足の踏み場もないじゃない。状況によってはそんなこと言ってられないだろうけど、本を踏んで歩きたくないし。
「ああっ。あの竜の頭にあるの、ページじゃないの?」
さっきはしっぽに付いてたページ。今は頭にひらひらした白い物が見える。さっきはなかったはずだから、うろうろしてるうちにまた引っ掛かったんだ。……どういう状態でくっついてるんだろう。
「今度は頭か。さっきはしっぽだったから、後ろから近付けば取れたけど」
竜は映画のTレックスみたいな姿勢で、頭は天井すれすれ。つまり、普通に手を伸ばしたくらいじゃ、あたし達には手が届かない。
かと言って、湖で会ったネッシーみたいに、言っておとなしくなるようなタイプでもなさそう。
やっぱり、最後に面倒なのが残るんだよね。
「背中に飛び乗って、そこから頭の方へ行くしかないか」
「だけど、飛び乗るってどうやって?」
「あいつの先回りをして、棚の上から飛び乗る……しかないかな」
「それじゃ、にいちゃん。頼んだぞ」
キタップは悪びれもせず、あっさり福多に託してしまう。
あんた、ここの管理者でしょ。これが最後なら、責任者がやったらどうなのよ。そりゃ、あんたより福多の方が早く、確実にできるだろうけどさ。
福多は次に竜が進む方向を予想して、中身のなくなった本棚の上へ登る。予想通りに竜が近付き、福多はタイミングを見計らって竜の背中に飛び乗った。
いきなり背中に衝撃を受けた竜は、驚いてのけぞる。福多は振り落とされそうになったけど、翼の一部を掴んだので落ちるのは免れた。
掴まれても、痛くないのかな。竜はすぐに落ち着きを取り戻し、またうろうろ始める。
もしかして、この部屋が竜にとっては狭いから、出口に向かおうとしてるのかな。でも、あたし達が使うような出入口は小さいから、その先へ進めば広い場所に出られる、とは思ってないみたい。
で、結果として部屋を動き回る、ということなってるのかも。
ページから現われたせいで、解放されるどころか余計に狭苦しい思いをしてるんだろうな。
福多は何とかバランスを取りながら、竜の首の方へと移動する。日本で見るような長い身体の竜とは違い、そんなに首は長くない。全体が大きいから、長く感じるけど。
福多はそんな竜の首にまたがった状態で先へ進み、ようやくページがくっついている頭の方まで行った。
「うわっ」
ページを掴んだ途端、竜がいきなり方向転換する。ページを取ることに集中していた福多はバランスを崩し、床に落ちた。
正確には、重なった本の上。これはこれで痛そう。
「福多! 大丈夫っ」
あたしは慌てて、その後をキタップがのんびりと、福多の方へ駆け寄った。
「たた……。何とか無事。キタップ、最後のページ」
「え、あの状況で取れたの?」
「うん、何とかね」
これはもう、気合いと言うか、根性よね。
福多は、苦労してゲットしたページを渡す。キタップがそれを本に挟むと、竜の身体が消えた。
動く巨体がなくなったからか、急に部屋の中が静かになる。動き回る音がなくなったからね。
「ねぇ、これで本当に最後?」
「全部揃ったぞ。やれやれじゃ」
また本が開いてページが飛び出さないよう、キタップは幅の広いゴムバンドみたいな物を出して十字に巻き付けた。
さすがに、これでページが散らばることはないよね。あったとしても、それはもうキタップの責任だから。
「だけど……部屋の中、すんごいことになってる……よ?」
全部揃ったんだから、ページから飛び出たキャラだの無機物だのはもうないはず。
だけど、本当にどうしようもない程に、部屋は散らかっていた。
「さっさと片付けんとの」
「えー、あたし達が片付けるの?」
何となく、そんな気はしてたけど。
「本の背表紙を見れば、どこの棚に入れればいいかわかるじゃろ。ああ、お前さん達は字が読めんかったんじゃな。だいたいでかまわん。あとはわしがゆっくり入れ替えるでな」
どうして異世界に来てまで、本の整理をしなきゃいけないのよーっ!
☆☆☆
結局、三人で散らかりまくった本を、拾っては棚へ戻す、という作業を延々と続けた。
ここって時計はないのかな。もしくは太陽。だって、この世界へ来てかなりの時間を費やしてるはずなのに、夕暮れにならないんだもん。
空は明るいから、太陽に代わる存在はあると思うんだけどなぁ。ここって夜が来ない世界? だったら、いつ休むんだろう。
ドサドサッという音で、あたしの思考が止まった。振り返ると、持っていた本を落とし、顔をしかめた福多が慌てて拾っているところ。
「ご、ごめん。今ので傷んでないかな」
「どうせ竜や他の連中に落とされてたんだもん、気にしなくていいんじゃない?」
「わしが後で修復しとくでな」
キタップ、ずいぶん寛容ね。無事に全部のページを回収できた。ってことは、首もつながって、だからご機嫌なのかな。
「……ねぇ、福多。手、赤くない?」
福多の左手首から甲の辺りが、ちょっと赤いように思える。見間違い?
「あ、さっきちょっとひねったから」
あたしの言葉に、福多は困ったような笑みを浮かべた。見ようによっては「あ、ばれた」と言ってるみたいな。
「ひねったって……何を軽く言ってんの」