マイペース、そしてさらに絡まる
「え、何?」
上の方から聞こえた気がして、福多がいる所よりさらに上へ視線を移すと、何かいる。確かに黒っぽい物体が動いてる。そいつが動く度に、ガラスがきしむような音を出してるんだ。
さっきまでページの白ばかりを気にしてたから、そいつの存在は完全にスルーしてたみたい。もしくは、今までもっと上の方にいてわからなかったのかも。
「キタップ、あいつは何?」
「よぉ見えんが、鉄の人形かのぉ」
キタップが目を細めながら、のんきにそんなことを言った。それ、ロボットってこと?
「鉄って……鉄ってやっぱり重いんじゃないの? そんなのが福多の上にいるなんて、絶対に危ないじゃない。ガラスが割れてあいつが落ちて来たら、福多まで巻きぞえになっちゃうっ」
地上からでは、見えるようでよくわからない。
言われてみれば、歩く人間サイズの人形に見えるかな、という程度の物体。形ははっきりとは見えない。
あのサイズで本当に鉄なら、重さもそれなりにあるんじゃないの?
あたしよりずっと「鉄人形」とやらに近い場所にいる福多。その存在がわかってるはずなのに、あいつはまだ上へ行こうとしていた。
「福多ーっ。早く降りて。危ないよ!」
「すぐそこにページがあるんだ」
上から返ってきたのは、そんな答えだった。まさか、この塔の上にあったなんて。
そりゃ、ページも大事だけど、自分の命はもっと大事でしょ。あの鉄人形、場所を考えずにがんがん歩いてるじゃない。
「ちょっと、キタップ。あいつの動き、何とかなんないのっ」
キタップの胸ぐらを掴み、力まかせに揺する。安全な場所で見てるあたしの方が、ずっとパニックになっていた。
「こりゃっ、やめんかー!」
締め上げられたニワトリみたいなキタップの声に、あたしは正気に戻る。
「あ、ごめん……」
「何ちゅう娘じゃ、まったく」
あたしから解放され、キタップは乱れた服を直しながらぶつぶつ言う。
「ガラスが割れたところで、ページが本に戻れば話に支障は起きんわい」
キタップのその言い方に、あたしはカチンときた。
「ちょっと待って。ページが無事でも、福多があそこから落ちたりしたら、無事じゃ済まないじゃない。それに、あの人形が落ちたり、ガラスを割ったりしたら、ケガするでしょ」
福多はもう三階辺りにいるだろうか。そんな所から落ちたら……。
塔に支障がなくても、福多には十分すぎるくらい、支障が起きるのは目に見える。
「ここであれこれ言うてものぉ」
キタップにすれば、知ったこっちゃない、という訳だ。
確かに、あそこへ行ったのは福多の意思だけど、もう少しその何て言うか……心配してくれたっていいじゃない。
だめだ。このじいさんと話してると、ストレスがたまる。
「福多ー! 早く降りて来なさいよーっ」
キタップと言い争ってるうちに、福多はさらに上へ行ってる。
この状況で上がるなんて、バカなの? 考えなさすぎっ。
「二枚、あったよー」
そんな報告、いいからっ。
「降りて来なさいってば!」
階下から怒鳴っても、そんな感じでのほほんと言われ、こっちの方がブチ切れそう。
ページをゲットし、福多はようやく階段を下り始める。
その時、ガシャンといういい音がして、鉄人形がガラスの階段を踏み抜いていた。
「うそぉ……」
最悪の事態へ突入か、と思った。幸い、階段が崩れるまでには至らなかったみたいだけど、細かい破片が塔の内部に降ってくる。
鉄人形は自分が踏み抜いた所から足がすぐに抜けないようで、その場でもたもたしていた。無理して動くな。
あたしとキタップは次にどこが壊れるかわからないので、塔から離れた。福多も急いで階段を駆け下りてるのが、外からでもよく見える。
程なくして、外へ出て来た。
「福多!」
あたしは、出て来た福多へ駆け寄った。
「ほら、二枚も見付けたよ」
まったくもう、どこまでマイペースなのよ、こいつはっ。
「あんたねぇ、あんな危ない所で何やってんのよっ。もしあの鉄の塊が落ちてきたら、ケガするじゃない。そうでなくても、今みたいにガラスの破片が……ああっ、切れてる」
さっきキタップにしたみたいに、福多の胸ぐらを掴んでいたあたし。
その頬に、小さな切り傷を見付けた。うっすらと血がにじんでる。
「え?」
あたしに言われて、福多はその部分に手を当てた。
「……何だ、大した傷じゃないよ。そんなにひどい切り方したのかと思った」
「大小の問題じゃない。こんな場所でケガしたことが問題なのっ」
「あの、落ち着いてよ、佐藤さん」
客観的に見なくても、ケガしてる福多の方がずっと落ち着いているのはわかった。
横ではキタップが、福多が持って来たページを本に挟んでる。途端に、ガラスの塔と上にいた鉄人形が吸い込まれた。
さらに、塔の下敷きになっていたページをキタップが拾って「これで半分」とか言いながら挟むと、周囲の炎も消えてしまう。
辺りはただの草原になった……と言うか、戻った。
「お願いだから、もうあんなことしないで。物は本から出たって言っても、あたし達にすれば現実なのよ。重力だって、普通にある。落ちて死んだりしたら、どうするのよっ」
「死んだりって……縁起悪いなぁ」
福多は困ったように苦笑する。
「福多が死んだりしたら、あたしだけこの訳わかんない世界に残されるじゃない。あんたが死ぬのも一人で残されるのも、あたしはいやだからねっ」
あ、涙なんか出て来たじゃない。感情ばっかり突っ走って、止まんないよぉ。何でぇ? あたし、どうしてさっきからこんなに気持ちが高ぶってんの?
知らない所、しかも現実から微妙にかけ離れた場所へ来て、自分が思う以上にストレスを感じてるのかも。
「うん、わかった。俺だって、そう簡単に死ぬつもりはないから」
まるで小さい子をあやすように、福多はあたしの頭をポンと軽く叩いた。
そうされたことで、急にあたしは自分が弱さをさらけ出してしまったことに気付き、顔に血が上る。
「ほれ、次行くぞぉ」
キタップはもうこの場から離れて、さっさと次の目的地へ向かっている。
あのねぇ……ちょっとはこっちの状況ってもんを考えなさいよ。空気を読めっての!
「うん、今行くよ」
福多は福多で、やっぱり律儀に返事してる。
必死になってる自分が、ますます恥ずかしくなってきた。
「さ、行こう」
福多に言いくるめられるようにして、あたし達はキタップの後を追った。
☆☆☆
次にキタップが向かった先は……元の図書館だった。
「何で戻って来たの?」
「こっちに気配を感じたからじゃ。どうやら、戻って来たらしいの」
あたし達があちこち行ってる間に、残りのページが図書館へ戻って来たみたい。ページに意思でもあるのかしら。あと、移動手段は……。
とにかく、これでもう出掛ける必要はないよね。よかった。
残りを取り戻すべく、三人で中へ入る。
「すごくにぎやかだね」
玄関エリアで、福多がつぶやく。
これは……にぎやかで済むの? 普通は騒音って呼ばれるようなレベルじゃないのかな。
何かよくわからない、獣の咆吼。人間らしき悲鳴。バタバタと走り回る足音や、何かがぶつかったり倒れたりする音。
これは……何かすごいことになっていそうな気がする。部屋の外でこれだけ聞こえるってことは、中は一体……。
いやな予感にさいなまれながら、あたし達がページを散らかした部屋の扉を開けた。
「すごいな、これ……」
のんびりした口調で言ってるけど、さすがに福多も驚いてる。
まず、最初に目に入ったのが、竜。扉を開けたら、いやでも視界に入る位置にいる。西洋の物語に登場するタイプの、ずんぐりした体型の竜だ。
天井に首がつっかえて、せまそう。ここは割と天井が高いのにそう感じるってことは、かなり大きいんだな。背筋を伸ばせば、五メートルは軽く越えそうなサイズ。
しっぽも、太くて長い。モスグリーンの身体に、黒いコウモリみたいな翼があった。
その周囲を、小人がたくさん、妖精がたくさん、ユニコーンや人魚などなど。本にしか登場しないような、クリーチャーがたくさんいる。
さらには、巨木や岩や泉や……とにかく、色んなキャラや物が散乱していた。
「絡み合いすぎじゃないの?」
さっきの草原では、三ページ絡んであんな状態だった。ガラスの塔に鉄人形がいて、炎が燃えてるだけだったもん。あんなの、まだ序の口だったんだな。
今の状態って、無秩序にも程があるだろって感じ。何ページ絡んでんだ。
「キタップ、この中に残りのページは全部ある? あと五ページ、だっけ」
……福多は本当にマイペースだねぇ。
落ち着いて質問するのを聞いて、あたしはただ感心するだけ。
「あるはずじゃ」
そりゃ、よかった。
「こんなに色々といられたら、捜すのが大変だなぁ」
やっぱり捜すの? ……捜すんだよねぇ。でないと、この部屋はおさまらないもん。
ってかさ……もう一度おさらいするけど。キタップは、場所とページ内容によっては書かれた物が具現化する、とか言ってたよね?
この図書館と竜に、どんな関係があったら具現化するのよ。内容がどうこうじゃなく、もう何でも有りなんじゃないの。
動ける奴はとにかく走り回ってるし、動けない奴はただ邪魔なだけ。
厄介なのは、やっぱり竜かな。
巨体をずるずると引きずって、他のキャラがつぶされかけてる。細い木はなぎ倒されてるし、そのせいで場がますます混乱していた。
「最初に竜のページがあればいいんじゃが。……とにかく、ページを見付けるしかないのぉ」
ぐわしぐわしって感じで、キタップは頭をかく。
さすがにこの光景を見て少し呆然としてたみたいだけど、すぐに元のふてぶてしい表情に戻った。
もうあきらめの境地ってか。
「うん、そうだね。じゃあ、捜索開始といこうか」
ただでさえ、本の棚が並んで狭かった部屋。今はキャラや障害物だらけで、さらに狭い。
一メートル進もうにも、迂回したりキャラ達を押しのけたりしなきゃいけない。本来ここにある棚や、その中の本もかなり散乱している。
ページが戻っても、絶対えらい状態になってるな。
「きゃあっ」
あちこち見回しながら歩くあたしに、いきなりペガサスが体当たりをかまし、倒れたあたしの上を小人どもが踏み越えて行く。
コントをするお笑い芸人のつらさが、ひしひしと身に染みた。
倒れた拍子に、視界に入った白い物。ページか、と思ったらなぜかグリフォンが首に巻いてる白いスカーフの端だった。
よく見れば、種類もわからない白くて巨大な花があちこちに咲いてる。紛らわしいったらありゃしない。あったと思ったら、散った花びらだったりするし。
森で出た食虫植物よりはいいけど、余計な時に散りやがって……といらいらする。
あたし、この件が片付いたら植物嫌いになりそう。