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絡まるページ

「キタップ、ないみたいだよ」

「おかしいのぉ。この近くにあるはずなんじゃが。……水の中、かのぉ」

 キタップが小さくため息をつきながら、湖を見渡す。

「水の中ぁ? うっそでしょお。それで、においがする訳?」

「当然じゃ。やれ、わしもモーロクしたのぉ。もう少し若ければ、はっきりわかるというのに」

 いやいや、水の中にあるのが本当なら、それだけでも十分すごいって。どんな鼻なのよ、それ。

「んー、水の中か。俺、素潜りは苦手じゃないけど……」

 そうつぶやいた福多は、ふとネッシーに視線を移す。

「なぁ。お前、水の中で白い紙を見なかったか?」

 真面目な顔して、んなこと、ネッシーに聞くなぁっ。

「お前が出て来た場所だよ。ちゃんとおうちへ帰らないとな」

 ネッシーは、不思議そうに福多を見ていた。んなこと言われたって、わかる訳ないよね。わかったとして、帰りたくないって思ってたら、見てないってウソつくかもよ。

 福多はキタップを呼び、ページを一枚貸してくれと言う。また飛び出したらどうするんじゃ、などとブツブツ言いながらキタップが差し出す。

 それを受け取ると、福多はネッシーに見せた。

「ほら、これと同じ奴。知ってたら、取って来てくれないか。お前ならわかるだろ」

 白い紙を見せられたネッシーは、さっさと湖の中へ入る。まさか……あれでわかった?

「ネッシーって、人の言葉をちゃんと理解するものなの?」

「さぁ。でも、俺達の世界じゃ見られないネッシーが見られるなんて、それだけでもすごいよ。結構、かわいいし」

「あいつ、勇んで行きおったが、知っておるのかのぉ」

 妙に間の抜けたような会話がなされている気がする。

 と、水面が揺れて、またネッシーが顔を出した。信じられないことに、その口にはページがくわえられている。

「すごい。お前、俺の言うことがちゃんとわかってたんだな。偉いぞー」

 福多はページを受け取って、ネッシーの頭をなでる。なでられたネッシーも嬉しそうな顔をしていた……ように見えた。

「なでてやったら? きっとそれだけで、こいつは満足すると思うよ」

 ちょっと、余計なこと、言わないでよっ。

 あたしの方を振り返りながら福多がそう言ったせいか、ネッシーは「ほめて」と訴えてる目をしてる……ような気がする。やっぱりほめてやるべき、かな。一応、見付けてくれたんだし。

 半分福多の後ろに隠れたような状態だったあたしは、恐る恐る前へ出た。さらに恐る恐る手を出し、ネッシーの頭に触れる。

 冷たいかと思ったら、案外温かい。なでてやると、嬉しそうに目を閉じてる。

 その様子を見ていると、ちょっとかわいいかも、なんて思ったりして。

「あ……ありがと、ね」

 ネッシーはやっぱり嬉しそうな表情をして、キュウと鳴いた。

「ふう、これで二枚目じゃの」

 キタップは持っていた本に、新たに見付かったページを挟み込んだ。

「え……」

 途端に、さっきの食虫植物みたいに、ネッシーは本の中へ吸い込まれた。

 二回目なんだから、どうなるか知ってたはずなのに。なぜか、ショックな気分。

「ちょっとかわいそうな気がする。せっかく広い場所へ出て来たのに、すぐ狭いページの中へ戻されちゃって」

「けどさ、読む人の想像によっては、この世界より広くなったりするんじゃないかな」

 想像力は無限大、なんて言ったりするけど。あのネッシー、広くて楽しい世界にいられるといいな。

 なつかれちゃったから、ついそんなことを思っちゃう。恐怖心ゼロでハグ、というのはできなかったけど。

「よし、次じゃ」

 キタップは、すぐに次の場所へと向かい始める。あたし達も行かなきゃ。

「あっ……ご、ごめんなさい」

「え? ああ……」

 あのネッシーが現れてからずっと手を握ったままだったのを思い出し、あたしは慌てて福多の手を離した。

 本当に今更なんだけど、赤くなってしまう。

「えっと……ありがと」

 手を離すなって言ったのは、あたしの方。だから、福多はずっとそのままでいてくれた。本当ならもっと感謝してしかるべきなんだろうけど……。

 自分でもちょっとぶっきらぼうな言い方とは思ったけど、それだけ言うと、あたしは先にキタップの後を追い掛けた。

「どういたしまして」

 後ろでかすかに、そんな言葉が聞こえたような気がする。

☆☆☆

 次に連れて行かれたのは、だだっ広い草原だった。

 確か、キタップはページが飛んで行った場所とページの内容によっては、そのページのものが具現化するって言ってたよね。

 だから、ジャングルでは花が現われたし、湖ではネッシーが現われた。で、今は草原なんだけどさ。

 アフリカのサバンナみたく、野生動物が走り回ってる、なんて光景ならわかる。羊の群れがのんびりと移動してたりとか……。

 でも、そういうのはなくて。

 あたしの目の前には、草原の真ん中にそびえ立つ、高いガラスの塔があった。これって、どう関連する訳? 何をどう連想すれば、草原にガラスの塔なのよ。

 円柱形で、直径がたぶん十五メートルといったところ、かな。透明なガラスの、本当にシンプルな塔。これがもっと小さかったら、単なるガラスの筒って感じ。

 なぜか、ガラスの塔の周辺は火の海だった。塔は見事に炎に囲まれてる。あのガラスが溶けたりしないのかな。

「おやおや。反応が多いと思ったら、妙に絡まりおったの」

 何がどう絡まったら、ガラスの塔が炎に包まれるんだっ。

「反応が多いってことは、数枚のページがここにあるってこと?」

 福多は相変わらず冷静と言おうか、マイペースと言おうか……。

「そういうことじゃ」

「けど、この炎だとページが燃えたりしないのかなぁ」

「ページが炎に燃える? 長く管理人をやっとるが、そんな話は聞いたことがないぞ」

 キタップは福多の話を聞いて「はぁ?」という顔をしている。

「え……だけど、普通は紙って火に弱いものだし」

「お前さん達の世界では、妙な物で本を作っておるようじゃの」

 妙な物って……おいおい。だったら、この世界の本は何でできてんだ?

 福多もそう思ったのか、ちょっと言葉に詰まっていた。

 考えてみれば、キタップが鼻でかぎ分けられるくらいなんだから、普通の紙でないのは確かだよね。まして、本の中のキャラクターが飛び出したりするんだし。

 でも、見た目も感触も、単なる紙と変わらないんだけどなぁ。

「えっと……まぁ、燃えないならいいけどさ。でも、こんなに燃え盛ってると、近付くのは難しいんじゃないのかな。ページはあの周辺にあるんだろ? それに、ここが焼け野原になったりしないかな」

「気にする程でもあるまいて」

 言いながら、キタップはさっさと火の方へと歩いて行く。

「ちょっと、キタップ。あんな所へ近付いたら、火傷しちゃうわよ」

「そんなこと、気にしとられんじゃろ」

 いやいや、少しは気にしなさいよ。ってか、火をなめすぎでしょ。火傷したら熱いし、その後は痛いのよ。場合によっちゃ、死ぬことだってあるし。

 でも、キタップが本当に何でもない様子で近付くので、あたし達もいやいやながら後を追った。

「あれ? 見る分には、燃え盛る炎って感じだったけど」

「熱くないわね。暖かいって程度。それも怪しい気がするけど。やっぱり本から出た炎だから、熱くないのかしら」

 ここに見えているのは、間違いなく火。それも、写真や絵ではなく、本物。

 でも、温度はあたし達が知っている火とは丸っきり違った。

 この暖かいって感じるのだって、実は錯覚かも知れない。火は熱い、暖かいっていう先入観が身体に錯覚を起こさせてるのかも。火を触れるなんて、不思議。

 道理でキタップが、何のためらいもなく進むはずだわ。

 とにかく、ダメージがないとわかって、あたし達は塔の周辺でページ捜しを始めた。

 捜す最中、地を這うサラマンダー、つまり火トカゲと遭遇し、炎を吐かれたりしたけど……温風が来たと感じる程度。ドライヤーの風の方が熱いくらい。

 ただ、いきなりだったんで腹が立ったから、頭を一発殴ってから逃げた。

「ないわね。上昇気流に乗って……というのもなさそうだし」

 微妙に暖かい……生ぬるいと表現してもよさげな温度。その程度の火じゃ、上昇気流も起こりそうにないよね。

 見上げたついでに見た塔は、だいたい四階建てビルくらいの高さかなぁ。

 こうして近付くと、中央にらせん階段があるのがわかった。透明で何もないと思ってたけど、透明すぎて見えにくかったみたい。これで最上階まで行けるのかな。

「あ、ねぇねぇ。ほら、あそこ。ページじゃないの?」

 ガラスの塔は透明。入った所の床に白い紙が落ちているのが、外からでもわかった。

 中へ入るための扉を見付け、福多がガラスの塔へ入る。手を伸ばし……でも、福多は紙を拾わない。

 何してるんだろうと思って見ていると、こちらを見て肩をすくめた。

「駄目だ。この塔の下敷きになってるから、見えても取れない」

 福多が手ぶらのまま出て来て、理由を説明する。バナナは見えてるけど「ガラスが邪魔して食べられないサル」みたいな状況だった。

「どこかにこの塔のページがあるはずじゃ。それを先に見付ければ、塔がなくなってそのページも取れる。まずは塔のページを見付けるんじゃ」

 だったら、もっとしっかりはっきり正確な場所を教えろ! キタップは()かしてるだけじゃない。あんた、まだ一枚も見付けてないんだからねっ。

「キタップ、塔の上へ行っても大丈夫かな」

「ページを本に挟まん限り、消えることはないが」

「じゃ、行っていい?」

「わしゃ、構わんがの」

「ちょっと、福多。ガラスの塔よ? 床や階段が割れたりしたら危ないじゃない。いる場所によっては、自分が落ちることだってあるし」

「割と丈夫そうだよ。シンデレラだって、ガラスの靴をはいて踊ったりもしてるし」

「あれは物語でしょっ」

 シンデレラって、絶対にチャレンジャーだと思う。あんな壊れ物を一番体重がかかる足にはいて、よくダンスなんかできるよね。

 さらには、鐘が鳴ったら、階段駆け降りてるし。あの靴って、防弾ガラスなのかしら。……夢がなさすぎかな。

「この塔だって、言ってみれば物語に出てくる物だよ。ページから飛び出したんだしさ」

「あたし達にすれば、現実じゃないの。だいたい、上へ何しに行くつもりなのよ」

「単にどうなってるのかなって。やばいと思ったら、すぐに降りるよ。佐藤さんは行かない?」

「遠慮するっ」

 物はガラスよ。硬度なんて、全然わからない。いくら厚くても、割れたりしたらって不安もあるし。

 いっそ清々(すがすが)しいまでに透明だから、見下ろせば地面がよく見えるのよ。あたしは高所恐怖症って訳じゃないけど、安全が一切保証されていないこんな所を上りたくない。

「そう? ああ、佐藤さん、スカートだからやめた方がいいかもね」

 そんな理由で拒否したんじゃないんだけど……。

 福多はまた中へ入り、塔の中央にあるらせん階段を上って行く。

 この塔、真ん中に階段がある以外、他は特に何もないみたい。下から見てるだけではわからないだけ、かも知れないけど。

 平気な顔で、福多はどんどん上へ行く。下で見てるあたしの方が心配になっちゃう。上がどうなってるか、なんてどうだっていいじゃないの。

 はらはらしてるそんな時。

 ふいにミシッという、いやな音が聞こえた。

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