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洋館

 土曜日。

 あたしは、近所の散策をしていた。

 ……ううん、これって正確な表現じゃないな。散策しているうちに、迷子になってる。

 え? 近所で迷子になるなんて、情けない? 仕方がないでしょ。この辺りの地理に明るい、とはまだ言えないんだもん。

 見覚えのある景色を探そうにも、本当に自分の家の周辺しか覚えてないし。

 この春、親父サマの転勤でこの町に引っ越して来た。単身赴任してくれりゃあいいのに、家族一緒にね。

 友達と楽しくすごしていた高校生活は、たった一年で終了。転勤って本当、迷惑よね。偉い人達は、こういう状況をどう考えてるんだか。

 もっとも、不景気だ、失業だと叫ばれる今のご時世。学生の身分じゃよくわかんないけど、どれだけ頻繁に転勤があろうと、大黒柱が完全に失業して一家が路頭に迷うよりはいいのかなぁ。

 まぁ、とにかくそんなことで。

 二年生の一学期から、編入することになった。どうせなら、始業式の日から入れたらよかったんだけどなぁ。

 引っ越し諸々(もろもろ)の事情で、あたしの新しい学校生活は次の日から始まった。これだと、ちょっと遅刻した気分。

 と言うか、ほとんど「よそ者」みたいな感じなんだよね。

 クラス替えはあったみたいだけど、仲よしグループなんてとっくにできてる。結束だって、すでにしっかりかっちり。

 どこに入れそうか、入れてもらえそうか、どう見極めればいいんだか。

 それが二日前。

 一応あたしも転校生。小学生程ではないけど、やっぱり少しばかり物珍しいってこともあるのかな。

 グループうんぬんはともかく、あれやこれやと教えてくれる世話好きな子が、どこのクラスにも数人はいるもんだよね。

 おかげで、学校のことはそれなりにどうにかなってる。

 でも、さすがに休みをつぶして町のことを教えてくれる、というまでには至らないんだよね。ま、そこまで言うのはわがままか。

 ってな訳で。あたしは一人で町の中をうろうろしながら、辺りのことを覚えようとがんばってる。またいつ転勤があるのか、ここでずっと暮らすのかは知らないけど、学校の往復だけじゃ淋しいもん。

 そう考えての散策だったんだけどなぁ。

 月日が経てば、このことも笑い話になるんだろう。でも、今は笑えない。

「参った。どうしよう。ここって、どの辺りなのかな」

 コンビニを見付けて入ったとしても、さすがに町内の地図はないだろうなぁ。町内の案内図が描かれた看板でもないかと探してるけど、こういう時に限ってそういうのがない。

 さらにおバカなことに、スマホ忘れた。現代社会ではマストアイテムでしょうがっ。

 家へ連絡しようにも、携帯が普及しすぎたとばっちりを受け、撤去されまくったために公衆電話がないんだよぉ。……いや、あったとしても、使ったことないから、かけられるか怪しいけど。

 あ、それ以前に、親の番号なんて覚えてなかった。全部スマホまかせだし。

 今歩いている所は、住宅街。交番なんて、ありゃしない。その辺を歩いてるおばちゃんでもつかまえて、最寄りの駅を尋ねるしかないな。駅からなら道はわかる……はずだし。

 けど、こういう時に限って、どうして誰も外を歩いてないかなぁ、もうっ。

 少しばかり曇ってきたけど、嵐や大雪じゃないんだし、立ち話するおばちゃんがいたっていいじゃないのよぉ。

 あたし、方向オンチじゃないつもりだったけど、こうして迷うとその自信も崩れていきそう。

「……え? わ、やだ」

 鼻の頭に冷たいしずく。それを感じた直後、しずくは次々に降りかかる。曇ってきた、とは思ったけどさぁ。降り出すのが早くない?

「ちょっと、ウソでしょ。こんな時に雨なんか降るかぁ? 夕立も空気読めってのっ」

 傘、持ってないよぉ。だって、こんなに長く散策するつもりじゃなかったもん。それ以前に、雨が降るなんて思ってなかったし。

 今持ってるのは、わずかな小銭が入った財布と、ミニタオルを放り込んであるミニポーチだけ。

 どうして財布……いや、小銭入れなんて入れたんだ、あたし。スマホ一つで十分だったのに。

 雨宿りできる所なんか、住宅街にある訳ないじゃん。

 そう思いながら、適当に走り出した矢先。

 目の前にいきなりでっかい洋館が現われた。それも、やたら古そうな。

 形としては、教会っぽいけど、屋根に十字架はない。ざっと見たところ、三階建て。暗い茶色の壁は、レンガかなぁ。そこにツタが絡まりまくり。

 ガラス窓は、全部閉められていた。そのガラスもほこりで曇ってるんだか、元々が曇りガラスなのかよくわかんない。

 周囲は、木でできた垣根で囲まれてる。あたしの胸辺りの高さで、所々かなり傷んでるから腐ってる木があるかも。

 家の壁に合わせて茶色に塗られていたみたいだけど、ペンキがはげてる所の方が多いぞ。

 門は一応開いているけど、門から玄関までの間は雑草が生い茂っていて、管理の悪さが目立つ。玄関までの道があるんだろうけど、地面はほとんど見えない。

 興味本位で門から中を覗いてみると、館と垣根との間に存在する空間、つまり「庭」と呼ばれる場所も、同じように雑草達のパラダイスだった。

 これって空き家、かなぁ。だから、全体的にぼろっちくて草ぼーぼーなのかも。

 もしかして、お化け屋敷? そう見えなくもないよなー。周囲に森みたいな木々があれば、環境だけならバッチリなんだけど。残念ながら、そういうものはない。

 むしろ、住宅街にあるってのに、なぜかこの洋館ってばしっくりとなじんで見えるんだわ。ここにあって当たり前、みたいな。

 さすがはお化け屋敷……って、勝手に決めつけるのも何だけど。

 どうしよう、と思ったのは、一瞬。

 あたしは、すぐ目の前にある洋館の玄関まで走った。中へ入らなくても、軒先だけ借りられればいいや。雨さえしのげればいいんだし。

「うー、天気予報のうそつき。今日は晴れるって言ったじゃないのよぉ」

 ぶつぶつ言いながら、ミニタオルでぬれた顔や手を拭く。その時、肘が玄関の扉に当たってしまった。

 軽い衝撃でしかなかったと思うけど、扉は音もなく開く。こういう場合、ギーッなんて錆びた音がしそうだけど、静かなもんだった。

 ちょっと期待外れ……いや、本当にそんな音が出たら怖いよぉ。

「……」

 内側へ開いた扉を見て、しばし考える。

 これは……この館が入って来いと誘っているんだろうか。この誘いにのると、お化けに喰べられたりして。もしくは、呪われたりとか。

 怖いけど、入ってみたい気もする。

 晴れてる時はいいけど、雨が降るとまだ少しばかり肌寒い季節。雨がやむまでここに立っているのもちょっと……という気分。

 ここが空き家なら、入ってもいいよね。もし誰か住んでるとしても、素直に迷ってしまったことを話して、駅までの道を教えてもらうことだってできる、はず。

 ……自分に言い訳しても、仕方ないか。洋館ってものを現物で見たことがないから、中の間取りや調度品なんかに興味があるの。まさか、これが本当にお化け屋敷です、なんてことはないだろうし。

「あのー、ごめんください」

 一応、よそ様のおうちへ入る時の礼儀として、中に声をかけてみる。だって、インターホンの(たぐい)がないんだもん。

 あったらあったで、イメージに合わない気がするけど。何もないと、こういう時に不便だなぁ。ライオンの口に輪っかがあるノッカーとか、あってもよさそうなのに。

 何度か呼んでみたけど、中から返事はない。やっぱり空き家なんだ。

「入っていいですかー? ……何も言われないので、入りまーす」

 空き家にしたって、不動産屋とか管理人はちゃんと鍵をかけておくべきよね。浮浪者なんかが入ったりしたら、どうするのかしら。

 時々いるわよね。取り壊しが決まってるにも関わらず、放ったらかしにされてるビルに入って、勝手に住み込んでる無職の人とか。

 もし浮浪者が入り込んでいて、襲われたら……なんてことはまるで頭に浮かばず、あたしは返事がないのをいいことに、結構大胆に中へと入った。

 玄関を入ると、突き当たりまで真っ直ぐ廊下が伸び、その奥には上へと続く階段が薄暗い中に見える。てっきり、広いエントランスがあると思ったのに。

 その廊下の両側に、シンプルな木製の扉が等間隔でいくつか並んでいる。外観と同じで古くさい感じ。

 だけど、想像していたよりきれいだ。もっとほこりが積もっていて、あたしが歩いたら点々と足跡が付いて……なんてことを考えてたんだけど。

 隅っこに、少しだけ綿ぼこりが転がってるのを発見した程度。んー、イメージと違うな。

「どんな部屋があるのかな」

 あたしは、一番手前にあった扉のノブを回した。

「わぁ……すごい……」

 その部屋には、棚が並んでいた。

 入口から見た感じでは、教室の二部屋分は軽く超える広さかな。そこへ置けるだけ置きましたってくらい、たくさんの棚。

 人がどうにかこうにかすれ違える、という程度にしか空間がない。さらに、棚にはぎっしりと本が並べられている。

 本と本の間に余裕なんてまるでないし、ましてや空いてる棚なんて、一つもなかった。

 これって……図書館だ。空間に余裕のない図書館だな、とは思うけど。

 表に図書館だってことを示す看板の(たぐい)はなかったから、個人の物ってことかな。きっと広さの割に蔵書数が多すぎて、仕方なく棚を可能な限り並べて置いてるんだ。

 そう思ってしまう程、たくさんの棚と、たくさんの本。所々に脚立(きゃたつ)もあるのは、棚の上段にある本を取るためだろう。この部屋の天井、わりと高いし。

 あ、図書館じゃなく、書庫ってことも考えられるかも。

「どんな本があるのかな」

 一応、本が大好きだと自負しているあたしとしては、これだけ本が並んでいたら気になってしまう。

 だけど、手近な棚から目を走らせて、すぐに肩を落とした。

 だって……読めない。

 背表紙の文字、全然わからないよ。英語、じゃないな。見慣れたアルファベットですらない。

 ロシア語でもドイツ語でもなさそうだし……アラビア文字? 違う気がする。ハングルでもないな。

 それとも、飾り文字ふうに書かれているから、わからない気がするのかなぁ。

 何冊か手に取ってページをめくってみたけど、背表紙と同じような文字が並ぶだけだった。

 どこかに日本語で書かれている本がないか、探し回ってみる。でも、どの棚を見ても、やっぱりあたしには読めない文字だ。

 改めてがっかり……した時、あたしの目に一冊の本が飛び込んだ。

 何かの革が張られているらしい、茶色の背表紙。それだけなら、別にどうということはないんだけどね。

 そこにタイトルは書かれてない。他の本にはちゃんと背表紙にもタイトルが書かれていたけど、その本だけは書かれてなかった。

 手を伸ばすと、ぎりぎりであたしでも届く高さにある。何とかその本を手に取ってみたけど、表紙にもやっぱりタイトルはない。

 何の本だろうと、ページを開きかけた時。

「あれ、佐藤さんじゃない?」

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