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リュクシア星の住人は?

作者: 空川 億里

私が乗った宇宙探査艦『玄奘(げんじょう)』は未知の惑星X4号をめざし、ビーズのため息をばらまいたかのような宇宙の大海を航行中だ。

目的の惑星は、すでに先行して軌道上から調査していた無人探査船によって地球そっくりの青い惑星で、その周囲をたくさんの人工衛星が浮かんでいるのが確認されている。

つまりこの星の住人が、この人工衛星達を製造したという証だ。また惑星から無数の電波が放たれており、夜の部分には都市の存在を示す照明の輝きを確認できた。知的文明の存在を証明する、何より確かな証拠である。

『玄奘』はX4号の軌道上にワープアウトすると、宝石のような星々をふんだんに散りばめた漆黒のベールに浮かぶ、青くきらめく惑星に向けて、ファースト・コンタクト用に特別用意された映像情報を送信する。

言うまでもなく未知の知的生命体に地球の言語が通じるはずもないわけで、映像で『仲良くしたい』『我々は平和な種族だ』という意味をこめたメッセージを送ったのである。私も以前動画を観たが、地球上の様々な人種からなる老若男女が、楽しそうに話したりスポーツに興じている様子を記録した物だった。

ホロテレビで流される清涼飲料水のCMみたいな映像だ。実際撮影は地球で人気のCM監督が行ったものである。以前は老人が釣りをするシーンが含まれていたのだが、魚から進化した半魚人のような種族と接触した時『我々の同胞を釣って食うとは何事か』と異星人側から抗議を受け大問題になったので、現在は削除されていた。

異星人にどんな料理がゲテモノ食いと思われるかわからないので、食事をする場面はない。歌や踊りを退廃的と見る宗教や価値観との接触の可能性を考慮して、歌ったり踊ったりする画像も含まれていなかった。

ヌードやビキニ、露出度の高い服を着た人物や、タトゥーを施した者も出てこない。またホロ画像だと相手の技術レベルによっては再生できない場合があるので、21世紀前半に主流だった2Dの平べったい映像を使っていた。

今まで様々な種族とのファースト・コンタクトで使用されたコンテンツだが概ね好評だったので、今回も使われたのだ。もちろん接触した他星人のリアクションをフィードバックして、内容はその都度改定してある。

やがて映像を送信してから地球時間で1週間が経過したが待ちかねた返事はなかった。最初のうちは未知なる種族とのファースト・コンタクトへの期待と不安で艦内の気分も高揚していたが、あまりの反応のなさに、だんだん皆のテンションも下り坂の石ころのように転がってゆく。

理由は色々考えられた。どう対応していいかわからず、侃々諤々の議論が続いているのだが、そのまま先送りになっている……もしくは送信した画像を再生できる技術がないのかもしれない。

地球時間で10日目に『玄奘』の艦長は、大気圏内に10人からなる調査隊を転送させた。隊長は、私である。10人のメンバーはマイクロ・ワープで転送され、この星の最大規模の都市の地上に実体化する。改めて周囲を見渡すと、何もかもが母なる地球と酷似している事を再認識した。

ほぼ1Gの重力、地球人でも呼吸可能な澄んだ大気、透き通るような青い空、綿菓子のような白い雲。太陽が大小1つずつ並んで光っているのが大きく違うところだが。鉄筋コンクリート製の高層ビルが建ち並ぶ都市は清掃がゆきとどいていた。

アスファルトの道路にはゴミ1つ落ちてない。どの窓も、磨かれたばかりのように輝いていた。違和感があるのは、よく晴れて過ごしやすい気温なのに路上に誰もいない事だ。かといってアンコールワットよろしく廃墟ってわけでもなさそうだが。

道路にもどの建物にも、ひび割れ一つ見当たらない。よくよく見れば都市のあちこちで自動制御の小型ロボットが道路の掃除や補修をしたり、家の壁を塗装したり、窓を磨いているのに気づいた。

「人間はどこへ行ったのかしら。あっちもこっちもロボットばっかり」

 部下の1人の黒人女性が、困惑をその表情に浮かべながらつぶやいた。

「本当だな。一体どうしちまったんだろ」

 彼女同様自分も正直途方に暮れてしまっている。

ふと空を見あげると、鳥が飛んでるのが見えた。当然ながら地球では観た事のない形と色と鳴き声をしている。生で鳥の声を聴いたのは久々なので、気分がよかった。最後にいつ耳にしたかも覚えていない。頬を涼しいそよ風が、心地よくなでてゆく。

この惑星の、この地域は春だった。あえてその時期を選んだのである。過ごしやすい気温なのも理由1一つだが、種族によっては冬眠するケースもあるからだ。例えばフランボ星人は地球のクマに似た動物から進化し、容姿もツキノワグマに似ているが、寒くなると住民全員が冬眠をして過ごすのだ。

その間かれらの開発したロボットが都市の設備の整備をしたり、緊急事態に対応する手はずになっていた。地球人同様かれらもフランボ人同士で戦争したりしてるのだが、冬季は必ず休戦していた。決まりというよりフランボ人の本能が、そうせざるを得ないからだが。

そんな思いをめぐらせてると、いつのまにか1台のまるっこい形をした自動車が接近するのに気がついた。電気自動車らしく、エンジン音は静かである。車はやがて、我々の前で停車した。車内には誰もいない。自動運転のロボットカーらしい。

ロボットカーのどこかについたスピーカーから声が流れた。この惑星の言語らしいが、当然内容はわからない。

「我々は『地球』という別の星からやってきたんだ」

 私は、たまらず母国語の日本語で説明した。同僚と話すときは英語でしゃべっているのだが、つい故郷の言葉が出てしまう。

(別の惑星から来たんですね)

 今度はスピーカーから耳にではなく、直接私の脳に言葉がしみこんだ。しかも言語は日本語である。

「テレパシーが使えるのか」

 私は、思わず驚きの声をあげた。テレパシーを送ったのは私に対してだけでなく他の隊員にもだったらしく、口をポカンと開けたままの女もいれば、目をまるでピンポン玉みたいに、大きく開いた男もいた。

後で隊員達に聞いてみたら、それぞれの脳内に英語圏で生まれ育った人物なら英語で、北京語のネイティブ・スピーカーならフランス語で、語りかけてきたそうだ。

(あなた方が使用してる時間単位で何百年も前からです。このリュクシア星の住民は、通常脳の中を読まれぬようにブロックして、思考のプライベートを確保してますが、あなた方はそんな真似をしてないので、心を読んでいるのです)

「この星の代表に会わせてくれ」

(通商部に案内するので、車の座席に乗ってください)

 10人の隊員のうち私を含めた5人が言われるままにロボットカーに乗りこんだ。他の五人は、その場で待機する事に決まった。遥か天空で鎮座している『玄奘』にも、その旨はハイパー・ウェーブで連絡し艦長の許可を得たのだ。

私も含めた全隊員が万が一を考慮に入れて、レイガンで武装している。私は座席に乗りこむ際、不安から腰のホルスターに手で触れた。今のところ手荒な真似はされなそうだが、警戒するに越した事はない。

過去にも平和的な交流を望むような言動をしていた異星の先住民が、突如地球の探査隊員を襲撃し、命からがら逃げてきた1人を除いて虐殺されたケースもあった。

「我々は地球時間で10日前……リュクシアの自転周期に換算すると13日前に、この星へファースト・コンタクト用の映像を送信したんですが、何で返信しなかったんです」

 ロボットカーの人工知能に話してもしかたないのはわかっていたが、それでも私はぐちってしまった。

(リュクシア人の方針として、なるべく外の世界からの接触は相手にしない方針です。侵略の可能性もありますので。そもそもリュクシア人は自給自足の生活で満ちたりてます。他の惑星とつながりを持つ必要がありません)

「なるほどね……しかし、リュクシア人とやらは好奇心がないのかね。そりゃあこの惑星内で必要な物は何でも入手できるんだろうが、未知なる世界への憧れや冒険心を持っているのが人間ってものじゃないか」

(それは、私のようなAIに言われても困ります)

「そりゃあ、そうだな」

 私はそれだけつぶやくと、後はずっと無口になった。やがて我々の乗った車は、都市の中でもひときわ大きなピラミッド型の建物に案内される。そこは地球人そっくりだが、銀色の肌をしたアンドロイドが五人いた。

アンドロイドが地球人に似てるのだから、当然ここの人類も、我々に近い容姿をしているのだろう。

「突然の訪問で恐縮だが、我々は君達じゃなく、人間の代表にお会いしたい」

 私はきっぱり明言した。

(必要な交渉や手続きは、我々がやります。もっとも我々の立場としては、あなた達地球人とのこれ以上の接触は避けたいと考えています)

「そりゃあ一体何でだね」

(リュクシアの住民は皆、今の生活で満足しているのです。この惑星には飢餓もなければ戦争もない。必要な物資は全て、惑星内で調達できる。外の惑星と接触する必要がないのです。失礼ながらあなた方の通信を黙殺したのも、それが理由の1つです。侵略の可能性を考慮したのもありますが)

「我々に侵略の意図はありません。侵略の可能性を考慮せざるを得ないのはぼく達も一緒です。これだけ進んだ文明があると、その気になれば地球に対して宇宙艦隊を送りこむのも可能でしょう。もちろんその意図はないと信じたいです。お互いがお互いにとって無害な関係であるのを確認するためにも、接触は必要です」

(そういった事柄を話すのも含めて、私達アンドロイドが行います)

「もちろん雑務はそれでもいいが、この星の住民代表がいますよね。大統領だか首相だか、皇帝陛下だかわかりませんが。お忙しいでしょうから、お時間のある時にでもお会いしたい。ぱっと見た限り、都市のどこにも住民がいないようだが、一体どこにいるのかね。それとも君達アンドロイドしかいないのか」

(リュクシア人なら、ちゃんとこの星で生活してます。ただこの星の住民は全員が平等で、リーダーに相当する人物がいないのです)

「そいつはすごい。理想の民主国家だな。だったらそのうちの誰でもいいから、我々に会わせてほしい。そうでないと調査隊の面子に関わる」

(聞くだけ聞いてみましょう)

 アンドロイドの一人がその場を離れた。10分後、そのアンドロイドが再び戻った。

(1人だけ会ってもいいという方がいました。自宅で会うそうですから、車で案内します)

 5名の地球人と1体のアンドロイドは、先程よりも大きいワゴンのようなロボットカーに乗りこんだ。やがて車は目的の家に着く。アンドロイドは玄関に行き、ドアのキーパネルを叩いた。するとドアが自動で横に開き、5人と1体は中に入る。

そこにはカプセルがあって、その中で1人の男が眠っていた。男は電極のついたヘルメットをかぶっている。

(他の星から来たんでしょう。正直君達に興味ないけど)

男は目を開くと、やってきた地球人達を見ながらテレパシーで話した。

(メタバースの中にいる方が面白いしね……。他のリュクシア人もそうだと思うよ。ぼくは礼儀として会っただけ。この星の人間はこうやって、一日中引きこもって過ごすんだ。外の世界に興味ない。後はアンドロイドと話してよ)



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