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既視感と予感

「遅い」


 食堂に入るなり低く響く声。入口付近で待機していたらしい声の発信者に同じようなトーンで涼一は「すまん」と返した。

 大学の主食堂、とはいえそれほど大きいわけではない。むしろそんじょそこらのファミレスよりも小さいのではなかろうか。「最低限の食事と休憩が取れる場所」―それがここを表すに相応しい表現だと思われる。テーブルに敷かれたクロスと壁の白色に覆われた悲しいほど殺風景な食堂にぽつりぽつりと見える人影。相変わらず半分以上の席が埋まることはないようで、腕を組んだまま先程の声を発した友人の姿は容易に目視で確認できた。


「というか荻野おぎの、お前もいたのか」

「あれ、あたし言わなかったっけ?ケン君たちもいるって」

「お前は腹減ったとしか言ってねえ」

「あんたが聞いてなかっただけじゃないの?」


 ………道中俺は自分に対する愚痴と「空腹」という単語しか聞かされていない。いや、ぼおっとしていただけで他にも何か言っていたのかもしれないが、一度でも彼―荻野健おぎのたけるの名を耳にした覚えはない。それでもこうして開き直るのは彼女の特権と言ってもいいだろう。

 ………理不尽にも程がある。今の流れの切り返しで何故俺がで睨み付けられなければいけないのか。


「………………ふぅ」


 そんな彼らのやり取りを終始眺めていた健だったが、溜め息一つ。立ち上がるのも億劫だと言うかのように涼一に近い、彼の左側の席をとんとん、と鳴らす。


「盛り上がるのも結構だが………そろそろ座ってくれ。お前たちがそうやって騒いでいると嫌でも周りの目がこちらに向く。俺はそういうのは好きじゃない」

「お………っと、すまん」

「いや、解ればいい。坂下もな」

「うん」


 どうやら騒ぎすぎていたようだ。環境が環境なだけに少しでも言い合えばそれは喧騒となる。関係がわからずとも男女間の争いなら尚更周囲の目を惹く。それこそ今のように。

 目立ったり注目を浴びたりするのが苦手な健だが、実は涼一や美里よりも年齢は上。声も姦しく騒いでいた美里も彼の一言に大人しく涼一の向かいの席に座る。普段からこうであればいいものを、と席に座りつつ美里を見ながら涼一は思った。



―◆◇◆―



 彼らの声が止んで視線を感じなくなった頃、再び美里は控え目に口を開いた。


「あれ………ケン君、沙耶さやはどこに?あたしあの子にも来るように言ったんだけど」

「ケン君はやめよう。苗字で呼べといつも言っているだろう。そもそも俺はケンじゃない、タケルな」


 彼女の質問を受けて健はまったく軸のずれたところを指摘する。美里は「だって二人並ぶと呼びづらいじゃん」などと愚痴をたれていたが、「沙耶は名前で呼んでるから区別できるはずなんだが…」ともっともな指摘を受け、わかった、と渋々頷いた。


「って、沙耶のやつもいるのか?」

「………沙耶の車椅子見えなかった?ケ…荻野君の隣」


 隣に座っている健の背中越しに見ると、なるほど確かに見覚えのある黒いハンドルが見える。道理で反対のテーブルに椅子が無理矢理詰めてあるわけだ………。涼一は小さく息を吐く。


「………おい美里、あまり無理させるなよな………」

「わかってるわよ。だからケ…荻野君にも来てもらったの」

「俺はおまけか………」


 美里の台詞に健は苦い顔をする。呼び名よりも扱いのほうが気になっているらしく、酷く落胆したような声を出した。


「ああっ、違う!違うよケ…荻野君!荻野君にも関係ある話だから!」

「………………」


 馬鹿、とぽつり一言涼一は呟く。

 妙なフォロー入れてもかえって辛くなるだけだろうが。美里の焦りようを見る限りわざとではないようだから強く諌めることはしないが、彼の落胆した顔を見るとどうにも申し訳なく思えてしまう。と、そのとき。


「ぷふっ………」

「?」


 どこからともなく笑い声。涼一と美里は互いに見合わせ、首を傾げる。聞き覚えのある声だ、どうやら今の会話に誘われた笑いのようだったが、


「………荻野君じゃあないよね、この状況で。………今のあんた?」

「俺じゃないな」


 この場に居合わせている人間から出た笑いではない。健は相変わらず黙り込んだまま目を伏せている。彼が何を感じているのかを窺い知ることは出来ないが、深く吐かれた息には何かが隠れているような気がして。


「………どうかしたか?」

「ああ、いや………な……、…………」


 躊躇うような間を置きながら話す健だったが、聞こえないぐらいのトーンで何かを呟き、それと同時に軽く足を振った………ように見えた。


「イタッ!ちょっ、何するの!?」

「いいから、早く上がって来い。いい加減話が進まないのは時間の無駄だ」

「………って、沙耶、どこから出てきてんのよ」

「ああ、美里?なに、ちょっとしたお茶目ってやつよ」


 テーブルの下、クロスの内から覗いた白い手にギョッとしながらも、親しみを覚えたその声に美里は呆れたような口調で返した。


「それでも頭を蹴るのはないよね………危なく顔だったよ」

「無駄口を叩くな」

「ちょっ、兄さん、それは酷くないかな?」


 ごつごつした兄とは対照的に少しばかり弱弱しそうな外見をした彼女の名は、荻野沙耶おぎのさや。健の妹で、美里の友人である。昔に事故で足を悪くしたらしく時折彼女の手を借りながら校内を移動している姿を見る。本人は移動の不便以外に気にかけていることはないようで、初対面以降、見た目より活発な印象を与えられた涼一らだったのだが………。


「沙耶ってば、うまく足利かないのに無茶しないの!」

「大丈夫だよ、手は動くから」

「そんなに床に手をついたら汚いでしょ………早く手洗いに行くよっ!」


 そう言ってぺたぺたと床に手をつきながら車椅子に這い上がる沙耶。落ち着きがなさ過ぎるのは相変わらずで、兄として彼女を監督していなければいけないはずの健は既に、我関せずといった風にイヤホンを耳に当て始めていた。こういった時沙耶の面倒を見るのは決まって美里なのだ。

 沙耶が車椅子に乗ったと見るやすぐさま取っ手を掴んだ美里は、食堂奥の手洗いに駆け込んでいく。彼女を見送りながら、涼一は健の耳にかかっていたイヤホンを引き抜き、話しかける。彼にはどうしても確かめないとならないことがあった。


「沙耶、なかなか元気そうじゃねえか」

「治る見込みは薄いと意思には言われているがな。何事もなければ日常生活に支障はないらしいよ」

「ふむ………ならいいんだが」

「なに、心配しなくても俺が気をつけてやればいいだけだ。それにあいつには今美里も、お前だっている。万が一はない」


 健の安心しきったその言葉に涼一は何か表しづらい、気持ち悪い感覚に捕われた。彼の中の記憶がフラッシュバックする。


――本当に過去に戻っただけなら、いいんだが………。


 兎にも角にも、何も判らない以上なんとされてもこれは杞憂に過ぎない。

 だが涼一はどうにもその予感を捨てきれずにいた。

どうにも切りどころが見つからず、長々と書いてしまいました………(それでも他の方と比べると短い………比べるんじゃなかったorz)。長さも安定せず、読みづらいとは思いますが、そこは生暖かい目で見守ってくださると幸いです。

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