通り過ぎた時間の始まり
―――まだ………ねぇ。
「はぁ~あ………」
当たってしまった。涼一の頭の中にあった唯一つ確信に近い予感が。その予感だけは肯定したくないという淡い願望は彼女の一言によってあっけなく掻き消され、深い深い嘆息だけが彼に現実を伝える。
―――『過去』に戻った、なんて考えたくもないが………。
要するに時間旅行、俗に言うタイムスリップとかいうものだろう。この状況をそれと仮定するならば、ここに来るまでの記憶が全くないのも、彼女の状態が涼一の記憶と合致しないのも総て説明がつく。ついてしまう。
それでも、と彼は思う。
信じたくない、認めたくもない。そりゃあ全うな思考能力があれば嘘だと思いたくもなる。それは彼の正当な我侭。本来なら否定されるはずのないものなのに、今自分でその我侭を抑えようとしている。どんなに理屈に当てはまっていなくともそれがモノを説明できてしまうなら、と縋り付こうとする自分が見えてしまう。
矛盾だ。そんなことはわかっている。信じることが出来ないものを信じるしかないというほうが無茶なんだ。それでも現実を受け入れようと思うなら『過去に戻った』ということを肯定しなければいけない。
夢であって欲しい。今すぐにでも目が醒めて、そうしたらいつもと変わらない朝が待ってる。そうしたら俺だってこんな下らない話など忘れて―――
そう思った瞬間、ふっと彼の脳裏に浮かんだ『普段の自分』の光景。得るものもなくただ精神をすり減らすだけの、最早そこに生命の生き地獄。過去に癒されようとし、過去に傷つく自分に苛立ち―
―――その過去を忘れて、それでどうなる?
ふっと湧いた疑問は、核心を射るものだった。
そうだ、現実に戻ったって美里が隣にいるわけじゃない。何の意義も見出せない生活に戻るだけだ。どうせ気力もなくただショックに溺れながら、大学にも行かず時計が進むのをじっと眺めているだけなんだろ?涼一は自問する。
俺は自分の現実がそんなにも恋しいのか?自分に直面している総てを否定したいだけなんじゃないのか?『有り得ないから』信じたくないなんてのは安い建前だ。むしろ俺はそういうものに助けを求めていたんじゃないのか?
………その通りだ。涼一は長い息を吐く。
ああそうだ、俺は何時だって過去を見てた。今なんて何の価値もないとすら思っているさ。美里が、大切な人が隣にいない、消えただなどと、そんなものが真実ならば価値など見出せるわけがない。それでも無理に価値を見出せというのなら空虚なこの世界に身を任せていたほうがまだましだ。
それが出来るならばどれほど楽か。
一度過ぎた時間は元には戻らない。この下らない茶番にいつまでも付き合っている気はさらさらない。俺は俺の今に、自分自身の信じるべき現実に戻らなければいけないのだから。
必要な物が全く足りない。こんな状態では解決するのに時間がかかりそうだ。そんな事を思いながら涼一は自嘲気味な笑みを溢した。
「………気持ち悪いわね、突然にやけたりして」
「っ!あ、いや………」
すっかり注意の外にいた美里に不意を衝かれた所為か、「何でもない」の一言が出てこない。涼一は頭に広がっているものを全て片隅に追いやり、神経を美里に集中させる。どこか呆れたような表情の美里は、言葉の纏まっていない涼一の肩を叩く。
「ほら、ぼっとしてないで立つ!今何時かわかってんでしょうね?」
「寝てたからなぁ………何時?」
「時計ぐらい持ってるでしょ?自分で確かめなさい」
そういえば時間なんて気にしてなかったなと彼は携帯の入っていると思われるポケットを弄る。腕時計は持っていない。過去に戻ったというのが本当に正しいのなら、腕時計が手に入るのはもう少し経ってからだ。ズボン右についている浅いポケット、携帯ほど大きいものなら少し手を動かすだけでどこかしら引っ掛かる。そうして取り出した携帯を開いて。
「二時ぐらいだと思うんだけど………ん?」
目が疲れているのかと左手で目を覆う。が何度見ても、ディスプレイの正面に大きく表示されている二十四進数のはずの内蔵時計には、「2:00」と表示されている。
画面に妙な既視感を覚えていた涼一だったが、ようやっと思い出す一つの事件。
午前二時。それは彼が意識を失う前の時間。この怪現象の元凶とも思える『光る影』との接触があった時間。涼一の時計は、その時間から今まで全く動いていないということを知らせていた。
「………」
「どうかした?」
「………ほれ、見てみろ」
時刻を確認しろと言っただけなのにも関わらず暫く黙り込んでいる涼一に、不思議そうに問いかける美里。彼女の正面に開いたままのそれを突きつけると、じっ………と見つめてから「これが?」と一言発した。
「携帯の時計って壊れるものなんかね?」
「そりゃあ壊れると思うけど………その画面で電源入れたつもりならあんた、充電してないんじゃない?」
「?………一体何を言ってんだ?」
「それはこっちの台詞。画面真っ暗でどこを見ろっていうのよ」
真っ暗だと言われた画面をもう一度自分に向けて確かめるも、やはり目に映るのは同じ文字。進まない時計に他人には見られない画面。もしかしたらこの現象に関係しているのかもしれないと、次の句を飲み込んで涼一は「すまん、まだ寝ぼけてるみたいだ」と謝った。
しっかりしてよ、と美里は笑いながら冗談を流すように言う。これ以上ここでじっとしていても仕方がないからと涼一の背中を強く押してベンチから追い出した。そのまま彼の正面に回り手を引いて歩いていく。
「どこ行くんだ?」
「食堂。お腹減ったし」
………今は流れに任せて動くしかない。わけもわからず走り回って蛇を出すようなら、示された道を慎重に進むべきだ。それがどんなに遅くても。いつも彼の先を歩く彼女の、少し小さな歩幅に合わせながらでも―――
第四話です。短く細々していて読むに耐えないと思いますが、最後まで読んでいただけると嬉しく思います。同じ語尾を続けることに違和感を持っている自分ですが、書いているとそのこだわりに違和感が………どういうことなんでしょうorz
なにぶん未熟なので、ここが読みづらい・表現が間違ってないか?などの訂正・批評などあれば書きこんで戴けたらな、と考えておりますので、どうかよろしくお願いします。