食い違う今と現実(いま)
「美里か」
「ふぅん?涼一にはあたしが別の誰かに見えるわけ」
「………いや、少し目がぼやけててな」
「何、寝てたの?何で講義にも出ないでこんなところ………、ま、いいけど」
美里の口調には棘が見えこそするものの、表情は柔らかく。彼女のその姿に涼一は暫くの間抱いていたはずの疑問全てを忘れ去っていた。
彼女、坂下美里。涼一のガールフレンドであり、過去に飛行機事故で「死んだ」ヒトだ。本来ならばもうこうして顔を合わせることは出来ないはずだったのだが、今涼一が理解できる現実に、どうもその理屈は通用しないよう………って、
―そんなわけないだろ………。なんの冗談だ………?
我に返った涼一。同時に湧き上がる否定の感情。喜ばしい事とは言えども、それを鵜呑みにするわけにもいかない。彼の記憶に鮮やかに残っている暗中の出来事といい今のことといい、信じられないことが多すぎる。ましてや死んだ人間を蘇らせるなぞ言うのは今までどんな偉人でも成し遂げたことのない荒業。涼一でなくとも不審に思って当たり前。
「なに頭なんて押さえて。別にあんた頭痛くなるようなことしてないじゃない」
「お前は知らなくていいよ。………ん、誰だ、あいつ?」
美里の言葉をうんざりといったふうに聞き流しながら顔を上げると、少し離れた講義棟の入口辺りに、じっとこちらを見ている青年が視界に入った。逆光と距離でよく見えないが、恐らく涼一や美里と同い年程度。学部が違っていないのなら一度くらいは面識があってもいいはずなのだけれど。
「よく見えない………どこ?」
「いや、あっちの施設の入口………あ、行っちまった」
「………何で見えるのよ、そんなの」
「よくわからんが向こうから視線を感じてな」
目を擦りながらも涼一の指差す遠方を見渡していた美里だったが、どうやら見ることが出来なかったらしく、不服そうに呟いた。
「それに、言うほど離れてなかったが。お前、そんなに目悪かったか?ゲームとかしないから目だけはいいって、美里の昔からの自慢だったろ?」
「それ、小学生ぐらいのときの話でしょうが」
目「だけ」ってどういうことよ、と頭をはたこうとする手を受け止める涼一。「チッ」と舌打ちらしき音が聞こえたような気もするが無視する。いつものことだ。
美里とは小学生どころでなく実は幼稚園辺りから関わりのあったいわゆる幼馴染というやつだ。学校も違うことなくここまで来ているのは腐れ縁というわけではなく、単に美里が涼一についてきているだけ。
「最近は深夜に勉強したりもするからどんどん悪くなる一方よ。大学のこと以外でやることがあるからね。おかげで毎日寝不足………」
彼女自身夢だって持っている。涼一もわざわざついてくる必要はないと勧めてはいるのだが、「あたし自身が頑張れば問題ない」という強気な言葉に圧され、ずるずるとここまできている。
実際美里の言葉に嘘偽りはなく。その姿こそ見せないが彼女は自らのために人一倍の努力を重ねている。それは言葉に出ていないし、普段の行動から見て取れる憶測の範囲内だが、その認識に大幅な間違いはないはずだ。………それで体を壊しては元も子もないのだが、そんな事を考える彼女ではない。
閑話休題。
「で、最近眼鏡をかけようと思ってるんだけれど、どうも合わなくて」
「ああ、そういえばかけてたようなかけてなかったような………」
涼一は自らの記憶を手繰り寄せながら思い出す。ある。鮮明に憶えている。
いつ頃からかはっきりとは覚えてないが、確かに美里は眼鏡をかけていた。その姿を涼一は幾度となく目にしている。眼鏡を忘れた日にテキストの細かい字と目を細くして戦っていた、というのは最早彼にとってお約束の光景だった。
しかしその言葉を聞いた美里は不思議そうに首を傾げている。
「ねえ、あたしまだ買ってすらないんだけど、何を思い出そうとしてるの?」
「………はぁ?」
彼女の思いもよらぬ反応に涼一は素っ頓狂な声を上げていた。
更新が遅くなってしまいましたが続きです。読んで下っている方々に少しでも楽しんでもらえれば幸いです。なるべく早めに更新できるようにしたいですねorz