理想の過去風景
意識が沈んでいく中で、涼一は妙な感覚に襲われた。
体の中を何かが通り抜ける感覚。或いはその何かの中を自分が通り抜けるような感覚。
完全に脱落しきっている思考回路では、それをどちらかと認識するのは不可能であり、
涼一自身、その感覚を不快と思うことはなかった。
そしてそのトンネルを通り抜けた先に、彼の意識は浮上する。
突如として現れた瞼の向こうの光に、涼一は目を瞑っていることも忘れ、更に目を固く縛った。意識の覚醒した彼の中に、だんだんと感触が戻ってくる。気絶する前とは明らかに違う体勢。自室とは到底思えないほどに明らかな環境の差。耳に届いた音は、わずかに響く足音と騒がしい話し声。
「………ん」
眩しさに耐え切れず、涼一はきつく閉じていた瞼を恐る恐る持ち上げる。目の前には、
「………?ここ、大学の………」
涼一の通う大学のキャンパス。通う度目にしてきた光景がそこにあった。先程まで潜っていたはずの布団が、先程までの室内の風景が、いつの間にかどこかしらに姿を消している。光り輝く謎の青年の姿もまた彼の前からいなくなっている。
―どうなってんだ………?
さっきまで涼一を覆っていた暗暗とした世界と打って変わって、今は頭上に太陽がさんさんと照っている。涼一の中から「朝」という概念が抜けてしまっている。
時間の帳尻がどうやっても合わない。彼は一言そう呟こうとして、ある可能性に行き着いた。
―白昼夢、というやつだったんだろうか。
状況を鑑みるに涼一はここで昼寝をとっていたらしい。そもそも太腿に頬杖を衝いている状態で目覚めた時点で、それ以外に思い当たるものがない。
この時間に至る前の記憶が全くないのも確かだし、何より彼自身の記憶はあのファンタジックな出来音を全て鮮明に事実として捉えているのだが、混乱した自分を鎮めるためだ。そんな信じたくもない………もとい些細なことは隅においておくことにする。
そう、夢だったんだ。この無駄な陽気に誘われた悪夢。そうとでも思い込まなければ今まで涼一が体験したらしい非科学的な現象を説明することが出来ない。
そして説明できないということは、それが現実に起きていたのかもしれないということを―――つまり、彼の中の安寧が守られないということになる。涼一は数々の矛盾を飲み込んでそれに納得をつけようとした。
その時。
「あ、やっと見つけたーっ!」
「―――ッ!?」
背後から聞き覚えのある声が飛んだ。
ゾクり、と背筋が凍る。冷や汗が頬を伝う。涼一は耳を疑った。聞こえてはならないはずの、思い出の中にしか存在しない声。
紛いもなく「彼女」の声だ。
「まったく、何でこんなわかりにくい所にいるのよ?おかげでいろんなとこ探した足が全部無駄だわ」
「美里、お前………どうして」
「む、何よ、学生のあたしがここにいちゃいけない!?」
「彼女」は涼一の言葉に不満を覚えたか、彼の正面に回りこんで指先で額を軽く弾く。
信じたくなかった過去、信じられない現実。涼一の中で二つが背反する。やがて俯き気味だった顔を上げる。
ああ、間違いない。坂下美里。涼一にとって、一番大切な人。
色々と説明不足かも知れませんが、これから主人公たちの立ち位置をだんだんと明確にしていくつもりですので、気長に付き合って欲しいと思っております。前回から読んで下さっている方でも、そうでない方でも、気付いたことがあれば何でも書き込んでくださいm(__)m