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望まぬ深夜の来訪者

 何時だって後悔は行動の前に姿を現してはくれない。


 そんなことはずっと昔からわかっていたはずなんだ。


 そんな当たり前のことを理解していないはずがなかった。


 それでもこうやって顔を伏しているのは、


 きっと、本当の後悔の重さを理解していなかったから―――。




 窓の外にはしとしとと雨が降りしきっている。それこそバケツをひっくり返すなんて激しくはないが、それだけに鬱陶しく、布団に潜り込んでいた伊原涼一いはらりょういちの耳に張り付くように響く。


「………………」


 六畳一間のアパートに一人暮らし。しつこいまでに入り込んでくる不規則なリズムから逃げ出すのは不可能であり、仕方なく毛布を剥いだ。

 カーテン越しからでもわかるほどに外は暗い。肌を刺すような寒気が涼一を急激に目覚めさせた。

―――幾ら朝とはいえ、こんなに暗いはずはないんだが………。

 そんな事を思いながらも手を脇の机に伸ばす。未だ充電中のランプが点いている携帯を見て、「変な時間に起きちまったな………」と呟いた。


 AM2:00。


 開いたディスプレイを見て溜め息。中途半端な時間に目が覚めることは余りないのだけれども、………疲れているのだろうか。眠気などとうにはらわれたその目で、改めて自分の部屋を見渡した。

 引っ越した当初からたいして変わっていない間取りの雰囲気は、見回すところどこもかしこも何か物足りないといった不満げな性格を見せており、暗闇に更に深い影を落としている。

 それは涼一が、なるべく忘れようとしていたもの。思い出そうとせずにいたもの。

 涼一の中からふっと消え去ったパズルの欠片の、その一点の空白は、彼の過ごす時間から全てを奪い去っていった。

 大切な何かを、自分の中にあって当然だった存在がふっと消えうせる虚無感………。


「………ちっ」


 嫌なことを思い出した。

 回想半ばに持ち上げた身体を再び布団に投げ出し、わざとらしく舌打ちしてみたもののその靄は消えることなく。


「後悔しているようですね」


 代わりに聞き慣れない声を耳にした。


「………誰だ!?」


 閉じかけていた瞳を声のしたほうに向けると、そこには涼一と同年代程度の青年が立っていた。

 いや、青年というにも怪しいものだ。涼一の認識下にはには自分と同じ丈程度の「光の塊」しか捉えられていない。


―――ありえない。


 涼一の頭に先ず浮かんだのは疑問より否定だった。疑問を抱く暇がなかった、というのが正しいのかも知れないが、それでも彼の姿を目にしたとき、暫く疑問らしい疑問は現れることはなかった。彼が誰なのかということ以外は。


「誰、というのは」


 不意に青年が切り出す。


「私が何をしに現れたのか、という『意義』への質問ですか?」

「………突然夜中に自分の部屋に現れてきたやつに、泥棒・夜這い以外の『意義』が浮かぶやつがいるとは思えないが………ちなみに言っておくと俺はストレートだ。もし後者がお前の意義だというなら他を当たってくれ」


 涼一が機嫌悪そうにそう答えると、青年はくすくすと苦笑のようなものを漏らした。


「なるほど、酷いやさぐれかたです。今まで関わってきた人間の中で一番酷い」

「放っておいてもらえると嬉しいんだがな。それに、そんな非現実的なナリしてるやつに言われる筋合いはない」

「そう言わないでやってください、私とて好きでこのように形作っているわけではないのですから」


 声は静かながらも頭の中に反響する。まるで直接脳に話しかけられているようで、意識を反らそうとしてもすぐに無理矢理引き戻される。行動が支配される奇妙な感覚。


「さて………人の家に勝手に入り込んで、雑談ばかりというのもなんですね。遅くなりましたが用件を話しましょうか」

「手短にな、話したらすぐ出て行ってくれ。俺の睡眠時間がどんどん削られて………ん?」

「おや、早いですね気付くの。大抵の人間は私の姿を見て驚いていたのか、気付く者はいませんでしたが」


 手にしている携帯を見た涼一は愕然とした。それこそディスプレイの放つ光など気にならないほどに。そしてその様子を見た青年らしき影はさもその現象が当たり前のように呟いていた。


 AM2:00


 内蔵時計は怠惰にもずっと同じ時間を指していたらしい。

 こんなファンタジックな事実を信じたくもないと、涼一は布団から跳ね起きてドアに向かい、ノブを壊すような勢いで捻り押す。が、


「開かない………。修理なら一ヶ月前してもらったばかりだってのに………」


 幾ら低家賃のボロアパートでも、修理した部分からすぐ壊れるなんていう曰く付きな部屋ではなかったはずだ。


「何をしているんです?無駄ですよ、外に出ようとしても。今この部屋は他の時間から隔絶されているんですから。いわゆる『時が止まる』というものです」

「………この野郎、俺が絶対信じたくないことを………身形が非現実的ならやることも非現実的かよ………っ!」

「はぁ………いい加減自覚してください」


 涼一の怒声に呆れ声で返す影。そんな影の目の前まで涼一はどかどかと歩み寄る。勢いに怯む様子もなく影は話を続ける。


「貴方が絶対に忘れたいのは間違えた過去。この空間はそんな貴方が無意識に呼び出した、むしろ理想の世界」

「っ!何でそんな事知って………!?」

「じゃなければ私はここにはいません。それこそ存在するべき意義がないですからね」

「俺の過去なんてどうでもいいだろう!?それともなにか、この止まった世界で未来も過去も忘れて暮らせって言うのか!?」

「少し落ち着いてください。意思がどうあれ貴方自身が伸ばした手です。そしてそれに応えて私が現れた。今のところの解釈はそれで………」

「わけがわからんと言ってるだろ!今すぐ元に戻せ!!」

「………わかりました。そこまで言うなら致し方ないですね」


 やっとわかったか、と溜め息をつく。叫び疲れたのか少し息が上がっている。だがこれで時間が元に戻る。動き出す。


「それじゃあ「少し乱暴になりますが、悪く思わないで下さい」

「は?」


 突如、目の前の光から一筋、光線が伸びる。視覚した時にはもう遅かった。意識がずるずると奥底に逃げていく。


「何………を………っ!?」

「幾ら待っても話を聞いてくれそうにないので、強硬手段です。事情は、貴方が目覚めた後で話すことにしましょう」


 その言葉を最後に、涼一の周囲から音が消えた。


―――これがどうか夢オチでありますように。


 淡々としたその願いは、涼一が久しぶりに真剣に願った内容でもあった。

初投稿です。まだ文章に拙いところが目立ちますが少しでも目を通してくれると嬉しいです。これから暫くこのストーリーで書いていくつもりですので、どうかよろしくお願いします。

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