月光に咲く花
男の実家は大きな寺だった。
数百年と続く由緒正しい歴史の中で、寺らしからぬ歴史も持っている。
裏の顔を持つ━━━
どのような世界にも表があり、裏がある。
それは過去でも現代でも同じだ。
男は久しぶりに帰ってきたと思った。
雄々しく音を立てている御祓の滝を見上げて。
昔から、修行の為に寺を訪れる者が多かった。
だが、誰もが滞在を許される訳ではなかった。
選ばれた者だけだ。
その中にまざって、かつては自分も修行をしたのだ。
夜が明ける前から山を登り、太陽を拝み、山頂の石を拾ってまた下りる。
登りも下りも自分で道を決めなくてはならない。
正しい道などなかった。
住職から言われる言葉は、
「登って石を拾って下りてこい」
それだけだった。
道を間違えれば待っているのは死だ。
骸となって、山の一部になる者もいた。
白い骨がさらされている。
当然、途中で逃げる者もいた。
食事時、人数が徐々に減っているにも関わらず、誰も何も気にすることなくただ黙々と食べ、己とだけ向き合う日々を送る。
自らが納得するまで修行は行われる。
男はふと笑いが込み上げた。
修行が懐かしいのだろうか、と。
いいや、もう二度とやりたくはない。
ごめんだね、と呟いた。
御祓の滝のはるか上、雲の切れ間から月が顔を覗かせた。
滝のしぶきが月明かりを纏う。
そして────
女の姿を写しだす。
一糸まとわぬ女の姿に男は目を見張ったが、女は逃げることも臆することもなく男を見返していた。
滝のしぶきが女の肌を濡らして、なんとも艶かしい。
月明かりに彩る花のように。
そういえば、拝み屋の娘が能力を高めたいと修行に来ていると言っていた。
あれがその娘か。
確か水無瀬の一族だったか。
水無瀬は、霊能力の強い女が生まれる一族で、娘はその一族のひとりだった。
娘の能力は中学に入った頃から顕著となり、本家の跡継ぎに定められた。
一介の拝み屋だったのが、政治・経済界から頼られることが多くなり、時代の流れとともに宗教色を強めて一族は栄華を誇っている。
ただ、子供を生むと強い能力は失われるために、処女性が絶対的な掟だった。それでも年齢とともに能力は衰える。
能力が低下した女は用済みとばかりに今度は子供を成す道具として、武術に優れた護衛の男達に下げ渡されていた。
『この一族はわたしで終わりよ』
娘の怒りを、男はいまでも覚えている。
終