表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ダンシーズ 私立狸穴学園文化系連合

作者: 遊良可不可

(一)

 東京港区の狸穴まみあな学園は私立中高一貫制の進学校として開校100年の歴史を誇る仏教系伝統校。中学入試では「御三家に次ぐ御三卿」などと一部塾業界ではいわれているとかいないとか。最寄り駅は地下鉄日比谷線の六本木駅。夜の町六本木を無視してずんずん南に下って行き、飯倉交差点を越え急に寂しくなりだしたあたり。ロシア大使館の坂の下、狸穴町に学園はある。地名からして昔は狸が出るような田舎だったとか。その校風は人間教育、個性重視で自由尊重。大多数の一般学生は、その自由な校風のぬるま湯にどっぷり浸かりただ時間を持て余す。

 おれは中学三年の後期に大阪にある同じ宗派の森ノ宮学園から、編入試験を受け転校してきた。森ノ宮学園は男女共学校で、転校した狸穴学園は純粋男子校。おれの家族は姉が二人いて母親も含め常に女に囲まれ生活することが普通だった。だから書類上は理解していたが、その環境の違いは実際に通うまでは分からなかった高校入学式で体育館に並んだ総勢一二〇〇人の同じような顔に見える量産型男子に囲まれたとき、おれは精神的圧迫から嘔吐しそうになった。しかも彼らは、それが普通じゃないことに全く気づいていない。強い違和感と孤独を感じたおれは自ら進んで孤立していった。

 もう一つの困った問題は、狸穴学園では文武両道の精神から部活が必須であること。イレギュラーな転入生だし、五年(高二)になれば受験勉強も始まる、それまでのわずかな期間だけ部活に入ってもしょうがないから、無所属でこのままなんとかやり過ごせるのではないかと甘い考えをしていた。

 夏休みが終わり二学期最初のホームルームの後、おれは担任から職員室に呼ばれた。

「渡辺、このままどの部活に入らない状態を見過ごすわけにはいかない。気後れするのも分かる。だったら活動日が少なくて、勉強に支障が出ない文化系クラブを見てきたらどうか? 中には活動は週一回で、受験勉強と部活の両立がモットーという同好会・研究会もある。どこも今部員が少なくて困っているようだから、見学に行って名前だけでも登録したらどうだ? 例えば、そうだな、ここなんて……」と、勧められた部活の名前は『外画研究会』だった。初めて聞く部活名だ、名前からは美術系のような気もするが。

「とにかく渡辺、掃除が終わったら行って話を聞いて来い、顧問には連絡しておくから」と、先生は半強制的に言い切った。

 こうして深い考えもなく同好会・研究会が集まっている旧館に向かった。

 場所は知っていたが行くのは初めてだ。本館と体育館の間の通路を抜けると、そこには港区とは思えない林のような庭が広がっていた。その一番奥に和洋折衷の古い建物が立っていた、「これが間違いなく旧館だ」。すべすべした金属製のドアの取っ手を押して建物の中に入ると、暗い廊下がまっすぐ続いている。担任から渡された学園活動案内パンフには207号室文連ルームと書かれていた。おれは廊下を進み、途中に出現した大理石製の階段を上がった。二階はさらに暗く人の気配がない。白い壁と廊下が続き、その片側には窓のある教室のような部屋が並んでいた。やがて廊下を奥に進んでいくと『狸穴学園文化系連合ルーム』と墨で書かれた木製の古い看板を見つけた。「本当にここか?」最初に感じた好奇心は薄れて、気持ちは重くなっていたが右手が勝手に引き戸をさわっていた。予想外にスムーズに開いた扉から部屋の内部を伺うと、ダンボールが山積みになっており、オイルが引きの板張り床からはカブトムシの匂いがした。ここは倉庫と一見して思った。壁際には古いロッカーが並び窓を塞いでおり、蛍光灯が黄色がかった光で部屋の真ん中の長テーブルを照らす。そして一か所だけ仄明るいの窓の隙間に、逆光を受けて背の高い人物が立っていた。

「君、誰だ」

 その声の人物は外を見ていた。おれはその声に強い違和感を感じた。作ったようなとても不自然なわざとらしい声だった。

「あの、大阪の森ノ宮学園からの転入してきました4Dの渡辺佑といいます」

 相手を上級生と見て、おれは無難で控えめな自己紹介をした。

「ふんなるほどね。道理で知らない訳だ」振り向くとその人は前髪をかき上げた、「僕は6A清田、よろしく。それで君はどうしてここを訪ねたんだい? 迷子でもなさそうだね」

 その不自然な口調と仕草はやたらと芝居がかっている。

「岡部先生に文化系クラブの説明を聞くように言われて来たんですが……」

「そうか、転入生、そういうわけか!」なぜか清田と名乗った先輩は手を叩いて頷いた、「なるほど、つまり君はまだ部活に入ってないんだね。それはそれは良いところに来た。僕は外画研会の会長だ。なんでも聞いてくれていいよ」長い割に薄い内容、そしてやっぱり変な話し方。それだけでもおれは帰りたくなってきたが、担任から言われて来ているから、一応話を聞いた既成事実は作らないといけない。

 おれはなるべく新入生らしい感じを出しつつ、「外画研って普段はどんな活動をしてるんですか?」とさほど興味はないラインの質問をした。

「まぁ突っ立ってるのもなんだ座り給え」、そう言って先輩はテーブルの横にあるベンチを勧めたが、自分は笑みを浮かべて立ったままこちらを見ている。注意してみるとその顔は目が大きくあごは細く女性のような美形だった。

「そうだな外画研の活動を語る前に、まずその成り立ちから知ってもらいたい。外画研究会の歴史は古い。始まりは昭和七年。5・15事件が起こった年といえば分り易いかな。でも、そんな伝統ある部活も創部九十年を前に今や絶滅寸前だ……」と、独り語りを続ける会長を見ていて「ハッ」と、おれの中でイメージがつながった。この感じ、この人絶対ラノベファンだ。きっと何かのキャラにはまっている、とにかく早くここを切り上げたい。

「なるほど……ですね、今はどんな活動を?」さらに普通の事を聞いた。

「君はそんなことを本当に知りたいのかい。先に決めてからでも変わらないぞ」

 いや、めんどいぞこの会長。

「選ぶにしても、一応何をやってるか知っておきたいと思いまして」

「まぁ、現在は主に映画を観ているかな」

「かなですか、皆で映画館に行くんですか?」

「いや、他の人がいると気が散るんで、だいたい僕は家で観てるね」

 家で一人で見るのがなぜ部活なんだ、疑問には思ったが興味があると思われるのも困るのでおれは黙っていた。

「もうちょっと説明をしようか?」

「……いえ、他の部活も見ておこうと思いますので」おれはベンチから腰を浮かした。

「だったら、ここに居ればいい。今から文連総会だ。他の同好会・研究会の会長達が集まることになっている」そして外画研清田は聞いてもいない文連についての説明を一方的に始めた。要約すると、狸穴学園では十人以下の部活は同好会・研究会というランクに格下げされる。すると部室がなくなり、部費が少なくなり、専任の顧問が付かなくなり、正式な部に比べて存在感が薄くなる。その少数派閥が集まって学校側と交渉をするのが文化部連合会、略して文連の役割という。

 そのうち制服姿の六年(高三)が次々と文連ルームに入って来た。きっと彼らがその弱小部活の会長たちだ。こうしておれは部屋を出るタイミングを逃してしまった。

彼らはお互い気楽な挨拶をすると、おれを気にせず雑談を始めた。内容はアニメとゲームの話ばかりで一向に会議の始まる気配はない。 ラノベ清田もおれのことはほったらかして座って仲間とジャレ始めた。ここは風景の一部に徹することにしておれは彼らの様子を観察した。

 見た目はバラバラで統一感はない。

 おれの対角線に座ったのが眼鏡で色白で異様に神経質そうな人、隣に金髪のチャラい人。端にジャージを着た柔道部のようなゴツイ人。反対側には小柄で目が大きいジャニーズジュニアっぽい人。一人離れて古いアームチェアにデブで無精ひげのどう見ても三十代のおっさん。そして中性的な見た目の外画研の清田。

誰が何の部活の会長なのか全く見当がつかない。全員バラバラで個性的だが、しかし共通するある雰囲気を出している。 この人たち、きっとあれだ……。多感な中高の六年間を女子の目を気にせず、コンプレックスゼロで平和な生活を送ってきた人たち。自由な校風からヒエラルキーも無く、そこそこのエリートとして家庭で甘やかされ、バイト禁止なので親からもらう小遣いで好きなものを買い。のびのびと好きなことに気兼ねなく没頭する十八歳。

 おれの上の姉が実家に六歳の男の子を連れてきていつも愚痴っている。「幼稚園でも女の子は社会性があってコミュニケーション力があるけど、男の子は男子同志でつるむ割には、泣いたり叫んだり笑ったり、執着したり、喧嘩したり瞬時にじゃれ合ったり、全く意味が分からない」らしい。幼稚園男子を持つ母親達はその共通の悩みの種ことを『男子病』と呼び合っているそうだ。

 その進化系が、今目の前にいる彼らだ、きっと、そんな気がする。

「あっそうだ」清田会長は思い出したようにおれを見た、「彼は思うところあって文連を訪ねてきてくれた希望の星・四年の渡辺くんだ」と、盛って紹介した。チャラい金髪が「何でも聞いてくれ。おれラジ研会長の成瀬。仲良くしよう」とおれにグータッチを要求した。

 この人がなんでラジオ研究会? 地味な部活と想像していたが。

「ラジオ研究会って校内でどんな活動をしてるんですか?」

「DJに決まってんじゃねーか」意外にも答えはシンプルだった。

「ディージェーって、あのクラブとかでやってるあれですか?」

「そうだよ。昔は本当にラジオ作ったりしてたらしいけど、今はDJ専門。伝統あるからライブラリーは70年代レアグルーヴの宝庫だよ」成瀬会長は背後のロッカーを左右に開いた。そこには大量のレコードらしきものが並んでいた。「この後、放送室でターンテーブルの練習するけどナベも来る?」

 いきなり「ナベ」呼ばわり、急に距離詰めて来るなぁこの人。

「結構です。あの、ついでにこの探偵研究会っていうのは何をするんですか?」

 隅でマンガを読んでいたジャージの柔道部っぽい男が顔を上げた。

「探偵小説研究会だ。ミステリー読むに決まってんだろ。おれ会長の牧野。入る?」

 この人なのか? どう見ても体育系だ。

「ミステリーを読むって? 東野圭吾とかですか?」

「違う古典だ! 創部以来、江戸川乱歩と鮎川哲也の読破を基本としている」

「はぁ、読むだけですか……」外画研と一緒で活動内容は有名無実かもしれない。

「そうだまず読む、ひたすら読む、そして繰り返す。研究とはそういうもんだ」、見た目柔道部長はおれの反応を伺った。いや、何のメッセージも刺さってこないけど。

一通り聞いたら退散しよう。 「現代文化研というのは何してるんですか?」おれは誰が会長か見当がつかずテーブルを見回した。「会長の佐伯だ。主に株の運用と企業研究とだけ答えておく」テーブルの端にいたジャニーズジュニア顔の先輩が甲高い声で答えた。説明によると、元々現文研は、社会主義学生運動期に出来た尖った部活だったが、時代が進むにつれ哲学、ボランティア、田舎暮らし研究など、その時々のブームに乗って紆余曲折を経て、現在は起業家を目指す学生の情報交換の場になっているという。これ創部の精神と真逆になってないか?

「渡辺くん、起業って知ってるかな? 会社を起こすという意味だよね。君はいい大学に入って良い企業に入るため、この学校に来たんだろ。でもね、それは間違いなんだよ。会社に入って何十年も組織の下で働けば報われるという時代はとっくに終わってるんだよね。その呪縛から逃げ出すには、まず起業しキャピタルゲインを得て、そして投資を早いうちからすること。それが世界共通で唯一のルールなんだよね」と可愛い顔して言うことは自己啓発セミナー。「でも入会するには、まずは十万円を投資しなきゃいけないんだけど、君出来るよね?」

おれがリアクションに困っていると、ジュニア顔会長はニヤニヤしている。周りの会長達も笑っている。この人たちのいうことどこまで本当か嘘か分からない。 残りの二人のうち、ヒゲのおっさんが釣り同好会会長でみんなから「毛利さん」と「さん」付けで呼ばれていた。「フナ釣りにハマっているうちに留年してしまったよ」と枯れた感じを醸し出す。そして残った猫背の暗い人が落語研究会の伊藤会長と分かった。神経質そうにキョロキョロしながら、一言も発さないこの人からは面白い感じは全くしない。

 この人たち見た目と実態が分かりにくすぎる。おれは一通り話を聞くと「お邪魔かと思うので僕はそろそろ失礼します」と、『先輩たちのお話いかにも腹におちました』という顔をしてこの場から立ち去ろうとした。 

「何で、いいじゃないかせっかく来たんだから。もっと俺たちのことを知ってくれよ」と、腰を上げかけたおれを牧野が後ろから押さえつけた。「これから大事な話をするので、君にも見学として話を聞いておいてもらいたい」すごい力で身動きが取れない。

 何なんだ一体、怖いぞこの人。急に怯んで下半身の力が抜けた。正直に白状してしまうが、おれはいろいろ察する割には気が弱い、思ったように行動出来ないことがままある。

「そのあたりで止めないと、本当に怖がられちゃうじゃないか」その様子を笑いながら見ていたラノベ清田が急に立ち上がった。「今日こそ真剣に『たぬき祭り』の出し物を決めないといけない。それぞれじっくり考えてきてくれた名案を発表してほしい」と人工的な声で言った。

 その声で一同は黙り込んだ。

 学園祭のことを我らが狸穴学園では名前にちなんで『たぬき祭』と名付けられている。この名は恥ずかしいことこの上ないが、おれが気になったのは学祭の出し物を決めていないことだ。今日は九月一週目の土曜日。学園祭は十月の十、十一日の二日間。あと一ヶ月しか残ってない。配るパンフ印刷の締め切りはとっくに終わっている。おれのクラス有志の出し物は夏休み前に『あえて今タピオカミルクティー屋』で決まっていた。

 こんな時期からどうするんだこの人たち。偉そうな態度をしているが、結局面倒なことは後回しにしてしまう。身から出たサビだ。この問題おれには関係ない。

「せっかくだから見学くんの意見も聞いてみようじゃないか」

 心の内を見抜いたのか牧野から突然無茶振りが来た。

「そんな事言われても困ります」と、おれは殊勝な前置きをしつつ「ここまで準備出来てないなら、今年は無理なんじゃないですか?」と適当に正論を包んで嫌味に言った。

「いやそれは出来ない」即座に留年先輩の毛利が食ってかかってきた。「そんなことしたらここにいる六年全員地獄行きだよ。なぁ」

 聞かれた伊藤は何も言わず、ただターボ車のように深く息を吸い込んだ。

「ふん、そんなことできるわけないだろ」、現文研の佐伯も睨むような目つきで口を挟んだ。「たぬき祭は文連の最大の活動報告事項だからな。何もやらないと、オレたちは何もしてないことになる」清田が眉間にしわを寄せ厳しい顔を見せた。「君は知らなくて当然だが、我らが文連所属研究・同好会では、長年学祭の幹事を持ち回りでやってきた。しかし過去三年間の不評により、東山新理事は文連所属団体に介入検討しているという噂だ……」と、全部関わっていたはずの学祭を他人事のように言った。

「では今年の順番はどこになるんですか?」

「まぁ、それは落語研究会だが…」気の毒そうに清田が目線を送ると、落語研会長の伊藤はビクッと反応した。さっきから部屋の隅で話を聞きながら深い呼吸音以外一言も発していない。

「伊藤さんはどんな落語やってるんですか?」おれは興味本位で軽く聞いた。

「適当なことをいうな! デリカシーにかける奴だな」急に牧野が怒り出した。「ただ落語をやるということが伊藤にとっては大問題なんだ。なんせ彼はプリンス、なんて言ったっか忘れたけど中学の入学式にいらっしゃってたアレ……」と曖昧な知識で仕切ろうとして自滅する。その様子を見た毛利が「六代目柳橋三兆師匠ね。伊藤のお父さん。お爺さんは人間国宝・柳橋扇翁だだから例え文化祭と言っても高貴な血脈の掟から適当なことは許されない」と助ける。「だから伊藤を支える意味でも、おれ達で新しい落語を作って発表するって言うのはどう?」この清田のあまりに突然で漠然とした問いかけに、また急にだれも答えなくなった。毛利は本を読んでいる。成瀬と佐伯はスマホ。伊藤は暗黒宇宙に両足突っ込んだような顔して黙っている。

「見学、お前も何か言えよ」

 また牧野だ。この人苦手だな、何で一番関係ないおれに大事な話を振る。

もうおれはどうでも良くなった。 

「そうですね、もう時間ないですからね。例えば探偵研がミステリーの落語作って、落研と外画で実演して、DJ研が音楽担当して、費用は株で現代研究が捻出するっていうのはどうですか? あっ釣り部が入ってませんでしたね、ハハハハ」。おれはルームの先輩たちの沸点を探るように挑発した。長くて不毛な議論は破壊したくなる、おれの子どもの頃からの悪い癖だ。

 それを聞いた会長一同は気持ち悪い感じで黙っていた。プライドの高そうなこの人達なら、議論を茶化されて気分を害したに違いない。

「すいません、適当なこといいました。会議続けて下さい。では僕はこれで……」

 おれは素直に謝り、そのついでに今がチャンスと席を立とうとした。

「いいんじゃないかお前の意見。俺は乗るね」

 そう言ったのは、釣り部のおっさん毛利だ。

「でも伊藤がどう思うかだよな」角刈り牧野が伊藤を見た。

「……古典もおぼつかないのに、新作はやったことありません」と伊藤もようやく口を開いたが、すぐに負けた時の羽生名人のような顔になった。

「どうするかの前に、中身が何も決まってないじゃないか。臆してる場合か」留年先輩の毛利さんが言った。「ここで思いつきで荒唐無稽の話を作ったところで、そこには独創性も深みもない。それぞれ経験に基づくエピソードがいいと思う。なぁ清田」

「なるほどですね、さすが毛利さん。実際に起こった話、経験に基づいた話こそ、高校生らしい、課外活動の実績と評価されるってことですね?」

「もっともだが、そんな話がすぐ見つかるかどうかだが」牧野は慎重な意見を述べた。

 また一同が沈黙する。

 その時一人の会長が手を上げた。

「じゃあおれのちょっと不思議な話でも聞く」と軽い感じでDJ研の成瀬が話しだした。

「いいけど、長いか」牧野が念を押す。

「多分長いよ」

「でも言いたいんだろ」

 まったく期待してないこの空気。仲間内での成瀬の扱いが分る。


(二)

「去年の冬に俺が痴漢を撃退した話したよね」

「言われてないよ」「聞いてないよ」「成瀬が痴漢にあったのか」とガヤる牧野と佐伯。

「そんな訳無いだろ、女性だよ、多分高校生。去年の十一月頃、学校来るときに東横線に乗ってたんだ。朝七時三〇分頃だからメチャクチャ混むんだよ通勤特急。特に武蔵小杉から中目黒で乗り換えるまでは身動き取れないぐらいに、ぎゅうぎゅうで大変なんだよ」

 その時間帯の混雑はおれも東横線使っているからよく分かる。

「いや、絶対東西線の方が混んでる。骨折した人いるぞ」佐伯が意味なく対抗する。

「君のしょうもない自慢はいらない。成瀬続けてくれ」毛利先輩がビシッっと言ってくれた。

「はい。それでも満員電車の中で押されながら、必死に立って頑張ってたんだけど。皆なスマホを手に持ってるからなかなか詰めないんだよなぁ。途中、自由が丘からも大量に乗ってきて。とにかくおじさんたちの詰めろ圧力がスゴイから、俺も何とか奥にいったんだ」

 ここはみんな頷きながら聞いている。。

「電車の真ん中らへん、立っている人と人の間に詰めていったら、俺の後からもなんか女子がツイてくるんだよね」

「ワザとらしいぞ成瀬、ずっと気になってたんだろう」珍しく清田も絡んできた。

「まぁそれは否定しないが、その子ノートを手に持ってすごい熱心に勉強してて、眼鏡かけてて真面目そうな感じだった」

「……眼鏡キャラか」黙って話を聞いていた伊藤がやっとしゃべった。

「で、その子は元々ドアと座席の角くらいにつかまって立ってたんだけど、混んでたからその場所を譲って、しょうがなく奥に詰めてきたんだと思うんだよね。俺も押されながら、何とか自立してもたれ掛からないよう網棚を指で持って耐えてたんだけど、なんか俺の背中あたりで動いてるんだよ」

「来た!」「何がだよ」また牧野と佐伯のコンビ。

「何かが、俺の足元付近でごにょごにょしてるんだよ。多分誰かの手だと思ったんだけど、後ろの人とは背中合わせだし、皆んな満員電車でそれぞれ必死につかまってるはずだし、そんなとこに手があるわけないんだよ。それで何だろうと首だけ向けたら、どうも横の女子がなんかうつ向いて辛そうな顔してるんだよ」

「それで、どうだったんだ」と清田が話を促す。

「状況を考えたら、女子の向こう側の奴が彼女のお尻あたりに手を回してるに違いない。その指の先が俺の足元にあたっていると思ったんだ」

「いかがわしいな」「けしからんな」「痴漢だ」牧野、佐伯、清田とガヤの三角パスが回る。

「さ……最悪だ」と伊藤も小さな声を挟んだ。

「で、その女子はどうしてたんだ」毛利が冷静に状況説明を訊ねた。

「ノートで顔を隠して耐えてる感じでした」

「やっぱ痴漢じゃないか」「そうだよ、絶対そうだよ」「絶対そうだよね」また三人のガヤ。

「だから最初から痴漢撃退した話って言ってるじゃん」

 いちいち話が止まって進まない。何なんだこの人たち、友達の話をちゃんと聞く気ないのか? それともこの中にヒエラルキーでもあるのか? 

 おれはジッと話に耳を傾けながら、各人のポジションを推測した。

「皆んな静かにしてくれ、ここからが大事なとこだ。成瀬お前はその時どうしたんだ?」

 ラノベ清田が真面目な顔でまた意味なく仕切りだした。

「俺も黙ってられない気持ちが湧いてきて声上げたんだけど……」

「で、なんて言ったんだ」

 おれも含めて全員が注目した。

「えっとね、『何やってるんだ!』って……咄嗟だからそれくらいしか言葉出てこなくて」

 話した後、成瀬は表情を曇らせた。腕を組んで聞いていた毛利先輩が顔を上げた。

「いや、よく言った。成瀬の勇気は素晴らしい」

「充分、充分」「普段は肝心な時に緊張する奴なのに成長した」牧野と佐伯も同調した。しかし一人、清田だけは納得してない様子だ。

「でも被害者が主張しない限り、誰が犯人かの確証がないな。だから成瀬は主語のない疑問形で怒ることになったんだよな。その行動はベストチョイスだと思うよ」

 清田がそういうと成瀬はちょっとうれしそうな顔をした。まどろっこしい褒め方だな、その分析と認識いるか?

「そしたら、その痴漢野郎がおれを睨みつけて『何だよ、何もしてねーよ』って言うんだよ。周りの乗客も何か注目してきてさ、今度は俺が焦ったよ」

「白々しいやつだな」毛利が苦々しげに言う。

「その男、どんなやつだった」清田が涼しい目元で成瀬に迫る。

「見た目は普通のサラリーマン風で地味目のやつだったんだけど、怒ると急にヤンキーに変わったんだよ」

「わっ、こえーなー」と佐伯が食い気味に反応。「本当におかしな奴は一見地味めなんだってよ」牧野も真剣な顔で付け加える。

「だから俺も声出して『ちょっとあなた! さっきこの人の後ろでゴニョゴニョしてたでしょ』って言ってやったんだ」

「あなたって」「ゴニョゴニョって」牧野と佐伯が笑いそうになっている。

「喉からっからで緊張してたんだよ」

「いいからコイツら無視して、早く、続き続き」毛利先輩が成瀬に催促した。

 そうです、おれも完全同意見です。

「そしたらさぁ、今度は『してねぇーよ、何言いがかり付けてんだよ。てめぇーいきがんじゃねぇよ。おめぇが痴漢じゃねぇのか?』ってさらに凄んでくんだよ」

「逆切れしやがったな」「一回でめちゃめちゃ言い返してくる奴だな」ここはお馴染み牧野と佐伯の意味の無いラリー。

「厳しい展開だな。ところで肝心のその女子はその時どうしたんだ」

 もっともな疑問を清田が入れた。それ、おれもそれがさっきから知りたかった。

「それがさぁ、下むいて辛そうにしているだけで、反応してくれないんだよ」思い出してる成瀬も辛そうに見えた。

「せっかく、助太刀したのに」ジュニア顔の佐伯が不服そうな高い声。

「仕方ないだろ、被害者だしな、怖いだろうし」牧野が珍しく佐伯を封じた。

「でもなぁ、肝心の被害者が味方に付いてくれないとな、現行犯で決めないと立件できないな。その時周りの人の様子は?」清田は取調べ口調。

「無視だよ、声聞こえてるはずなのに、助っ人なしだよ」と成瀬の悲しい証言。

「都会の孤独だねぇ」「巻き込まれたくない心理だな」「無情だ」

 一同は落胆の表情になった。

「ますますやばいなぁ、それでどうなった」

 毛利先輩が続きを促した。

「そしたらですね。突然触られてた女子が、気持ち決めたような感じで顔をおこして、その男に向かって『この人痴漢です』と言ってくれたんです」

「おーっ」一同立ち上がらんばかりに男だけの歓声を挙げた。 

「やったな!」「逆転だ」毛利から佐伯への珍しいパスワーク。

「でもまだ油断できないな。成瀬」

 清田は喜ぶ観衆と距離をとって渋めに成瀬に話を振る。

「そうなんだ。その痴漢野郎も更に声を大きくして『ふざけんなよ、何もやってねぇーよ。お前らグルだろ』とか凄み入れて言うんだよ」

 成瀬さん話ドラマチックに展開するの上手いなぁ、もしかしてこれ演出か。

「で、俺もやばいやばいっ! てパニックになったんだけど、言い合ってるうちに中目黒駅に着いちゃってさ。乗り換える人が大量に動き出して、あーっと思っているうちにその女子も人に流されて電車から出ていったんだよ」と、成瀬は同情を求める表情。でも「そんで、そんで」と毛利は無視して話をすすめさせた、

「で、別れ際にその子慌てた感じで俺に『ありがとうございます』って言ってくれたんだよね」

「オーツ!」「最高じゃないか」

 文連一同は盛り上がった。恥ずかしそうにする成瀬を見て、清田会長が嬉しそうに頷く。

「よし、いけるたぬき祭の出し物、この話でいけるんじゃないか」

「おっいいね」と牧野も同意する。

「実話だしオリジナリティもある」と佐伯も興奮気味だ。

「女の客からも共感されるだろう、なっ伊藤」と毛利先輩。伊藤は「でも……」と言いながら笑み。何かまとまった感じがしてきた。

「ちょっとまって、まだこの話終わってないよ」成瀬は意外なことを言い出した。

「えっ、続きあるの! 最高だよ成瀬」と佐伯がハイタッチを成瀬に求めた。

「いや、よく考えて佐伯、おれの状況。最高じゃなくてさ、おれとその痴漢男は電車の中に取り残されているんだよ。最悪だよ!」

「まさか降りなかったのか? 成瀬も中目黒で日比谷線乗り換えだろ」

「そうなんだけど、気持ちが高ぶってて下り忘れてた」

「ちょっと待て。被害者は電車下りて行って、車内に犯人とお前が残された状況?」、牧野が確認した。

「そうだよ。さっき言ったけどね。しかも車内はまぁまぁ空いてきて。メチャクチャ気まずいよ」

「気まずいどころじゃないだろ、また危機一髪に逆戻りだ」清田が心配そうに聞いた。

「でも、おれもここで負けちゃいけないと思って、グッと踏ん張って痴漢男の方を睨みつけてやったんだよ」そういうと成瀬は睨む顔を作るが、怖くない。

「『見てましたよ。警察行きましょう』と言って押しまくったんだけど、その男も『チゲーよ、おメーふざけんなよ』とか、また声上げて凄んできてさ。事情がわからない乗客はただ男が二人朝の電車で揉めてるだけと思って、すごい迷惑そうな顔してるんだよ」

「めっちゃこえーな」と言いながらも佐伯は笑っている。

「弱った状況だな、それでどうなった」毛利が促す。

「いやこれはトラブルになって学校に連絡もあるかも。そうなると退学かなとも思いましたよ。もし相手が本物のヤクザで駅で拉致られて、そのままおれは倉庫に連れていかれて手足切り取られて海に捨てられるかもしれないとか、暗黒妄想スパイラルですよ」

「成瀬、それは韓国犯罪映画だ」毛利先輩がおもしろ盛りを注意する。

「ただ常に最悪を意識しとくと、少々悪い結果でもホッとする効果はある」

 佐伯が何の為か分からない人生の知恵を披露した。

「さいあ…」伊藤は何か言おうとしてやめた。成瀬の話が始まった、「まぁそんなことは無いにしても、不安を顔に出さないように、おれはずっとそいつに睨み入れてたんだ。でも電車が渋谷についた時、そいつはサッと走ってドアから逃げ出たんだよ。そういう感じ」

 さらっと話された顛末に虚をつかれた。

「んっ、どうなった?」佐伯がキョトンとした顔で聞いた。

「成瀬、話のまとめ方下手すぎか!」牧野も白けた顔でいった。

「これで十分、いいんだよ」と清田は成瀬を讃えながら「でもそいつ、やっぱクロ確定だな」と刑事っぽい観察点から男の有罪を宣言した。

「で、その後お前はどうしたんだ」牧野が尋問を続ける。

「おれも慌てて降りてそいつを追っかけよう……としたんですけど、今度は乗ってくる人が多くて押し戻されました。次の神宮前駅まで乗りっぱなしになってしまいました。それで結局学校には三十分遅れて。その日は遅刻でした」

「なんでそうなる」

 一同、盛り上がりに欠ける話のラストに残念そうな顔をした。

「成瀬、痴漢を追う気迫が足りないよ」武闘派牧野が冷たく突き放した。

「いやでも、しょうがなかったんだよ。怖かったんだよ。実はおれ正直ホッとしたもん」

 成瀬は正直な先輩だ、同級生の前で中々こんな本音は言えない。

「わかる良くやったよお前は」清田が成瀬に微笑みかける。君たちどういう関係だ。

「途中まで昔の電車男みたいだったじゃないか」佐伯も嬉しそうに成瀬の健闘を讃えた。

「成瀬ナイストーク」清田も成瀬に小さな拍手をした。

「勉強なりました」と佐伯も握手を成瀬に求める。

 この人、意外に素直な面もあるんだな。

「……ありがとう」伊藤も小声でいった。他全員が成瀬を労いながら、なぜかホッとした様子だった。

「いや、この話はまだ終わらないんです」

「えっ!」

 一同は期待と不安の表情を目に浮かべた。

「この前その女子と偶然再会したんです」

「なにぃ!」今度はみんな絶句した。

「もう、引っ張りやがって、ニクイ演出だなぁ」冗談ぽく言う佐伯の表情には嫉妬が出ていた。

「最高だな、もう、この話で決定で行こうよ」さりげない牧野の言葉にも成瀬への羨望が感じられる。

 話に茶々を入れては笑って戻して、じゃれ合いの無限ループ。無駄話のパスを回し続ける。一人だけ抜け駆けするのは例外なく許せない。これぞ男子世界。

「……おれトイレ行ってくる」そういうと伊藤がルームを出ていった。

「おれも、喉乾いたジュース買ってくる」成瀬も席をたった。

「じゃあ五分休憩ね」清田が休憩宣言をした。

「あのこの会議何時までやるんですか?」

 おれは部屋を出ていこうとする清田会長に聞いた。

「とにかく、今日中には何やるか決めないとね。おれたちの代で廃部という訳にはいかないだろ。乗り掛かった舟だ最後まで君にも付き合ってもらいたい」そういい捨てて出ていった。



(三)

 ルームに沈黙が戻って来た。

「どう思う? 君から見てオレたちは」忘れていたが、まだ釣り同好会の毛利会長が一人残っていた。

「……いや、何というか」

「ハッキリ言ってくれ」

「変ですね。よく言えば個性的です。でも皆さん仲が良いことはなんとなく分ります」

 それを聞いた毛利は鼻で笑った。

「無駄話ばかりして頼りない連中だ、と思ったかもしれないが騙されてはいけないぞ。彼らは良い奴だけど気を付けろよ、とても腹黒い」

 口調が変わっていた。

「全員揃って数学苦手な私立文系クラス、成績は中の上くらい、運動も苦手。しかも大人数の部活で面倒くさい人間関係も作りたくない。でもプライドは高く人から指示されたくない。実家の寺を継ぎたくない奴もいる……」急に深刻な感じになった。

「はぁ、確かにそんな感じしますね、でもなぜそれが腹黒と」

 おれは毛利の意図を掴みかねていた。

「そんな何事にも中途半端な彼らが、ウチの有名大学の指定校推薦枠を独占していると聞いたら君はどう思う?」

「どうって、そんなこと無理なんじゃないですか? 成績トップか運動部で都大会クラスの結果残さないと推薦枠は獲れないって聞きましたよ」

 おれも推薦枠は一応狙っているから基礎知識として知っている。

「それが違うんだ。すでに早稲田の政経・法、慶応の経済・法の推薦枠は今出ていった五人で内定しているそうだ」

「政経、経済とか推薦のトップじゃないですか、何でですか」

「この情報はまだ学校内でも一部しか知らない。しかし彼らが、弱小部活の会長をしながらへらへらしてられるのも学校との裏の約束があるからだ」

「裏の約束ですか」

「君も聞いたかもしれないが、今でもこそ文連の研究会・同好会は人気さっぱりだが、狸穴学園で屈指の歴史を誇る。OBには政界・財界人も多い。普通なら成績上位者、運動部部長、大所帯の文化系部長でも内申評価的にはプラス3だ。全国大会出場選手と同じ評価だ。しかし文連の会長にはさらに1点加点されるという暗黙の了解がある」

「本当ですか?」

 毛利は静かに頷いた。

「彼らはそれをどこかで知って、中学一年の段階で自ら文連に入り会長となっている」

「したたかですね」

「そうだ、しかもライバルを高校までに全員蹴落とす冷徹さと狡猾さを併せ持つ」

 あっけにとられるおれをおいて毛利は続ける。

「そして推薦出願は十一月。直前のイベントである十月の『たぬき祭り』で絶対に失点するわけには行かない。彼らが学祭にこだわる事情はそこにある」

 毛利先輩は真剣な表情でおれの反応を伺う。

「そんな計画が……」

 そうなると今までおれが感じてきた、彼らの幼稚で愚かな男子ぶりはライバルを出し抜く芝居、ここはその隠れ蓑だということか……。

「あいつらが、やがて社会の上層部に行くと思うと心配でならないよ」

 毛利は表情をしかめた。

「でも、そんな事を言うあなたは一体なんなんですか」

 そうだ毛利だってその一員で、狡猾推薦組だから非モテ偏差値八十の釣り同好会会長を務めているに違いない。でも何故それをおれに今打ち明ける必要がある?

「そうだな、やっぱり気になるか……」

 毛利は不気味にニヤリとした。

「おれは浄土宗本部から、この文連の監視に送り込まれている」

 意外過ぎる答えにおれは反応できなかった。スパイなのか?

「彼らの監視の為わざとダブってる。おれは家の寺を継ぐことを決めているから、どの大学へいこうがもう関係ない。将来は出家一択だ」

 そういうと毛利先輩は目を閉じて手を合わせた。

「本当ですか? そんな人生ありですか……」

 おれの問いかけを聞くと、静かに手を合わせたまま毛利先輩はゆっくり目を開いた。

「嘘だ」

 んっ、何て言った。

「嘘だよ。騙された?」

「えっ! えっ? どこから嘘ですか」頭が切り替えられない。

「途中から。半分ウソだ」

「嘘はどの半分ですか」混乱する頭で問いかけた。

「それはお前次第だ。入部するかどうかはその辺よく考えてからにしないとな」

 そう言ってヒゲ毛利はニヤニヤしながらルームを出ていった。

 なんだよ今の話、でも嘘にしてはディテールがよく出来ている。おれが調べた部活と内申評価の情報とも途中まで一致するし、毛利先輩の話もかなりの真実度を感じる。今頃、別の場所でさっきの五人と合流しておれのレベルを計っている可能性すらある。そう思うとこのダラダラした会議にも合理性を感じ始めた。意味なく続く無駄話のパスワークも、イニシアチブを取らないことで余計な責任を回避しつつ、やんわりとした共同体を保つ不安な時代の処世術にも思えてきた。

 弱小部活を維持しながら、効率よく進学情報を交換し、自分のスケジュールに合わせた最低限の活動をする影の英才集団。おれも数学、物理はさっぱりダメな私立文系の典型。できれば早々に推薦で合格できれば越したこと無い。高校受験をしていないオレたちにとって大学受験は中学受験以来の体験で、浪人することは社会の荒波に投げ出される恐怖でしかない。そう考えると、この文連団体で会長になってのらりくらりと部活をやり過ごし、早々に推薦入試で有名校進学を決めるのは悪くはない。いやそれどころか最高じゃないか。なにせ活動実績が無いのだから、帰宅部で内申ゼロ加点よりよっぽどメリットがある。

「お待たせ」

 やがて、五分休憩のはずが十五分位過ぎて戻って来た文連各会長たちは、食堂前の自販機スペースで買ったと思われるビタミン炭酸飲料、菓子パンにアイスなどを各々手にしていた。牧野に至ってはカップラーメンにお湯入れて持ち込んでいる。くつろぐ気満々だ。

「渡辺も良かったらつまんで」、笑っているとジャニーズだが話す内容は悪魔的な佐伯はチョコクッキーを買ってきていた。

 この人たちが、狡猾でしたたかなエリート集団なのか? さっき毛利から聞いた話はやはり信じられない。

 トイレと空腹を解消し、成瀬の話を期待する真性『男子病』の患者達が揃った。

「では、話を続けようか」お馴染み清田会長が窓際スタイルを使って仕切り始めた「それで君がその女性と再会したのはいつ、どこで、どんな感じで? どんな話したんだい」

「えっ、話はしてないよ」

 成瀬はそんなこと聞かれるなんて予想もしていなかったという感じ。

「なんでだよ!」清田は語気を強めた。

「なんか普通話すだろ」チョコクッキーを手に佐伯も文句ある様子。

 成瀬はいきり立つ全員をまず落ち着かせた。

「いや状況話すから、よく聞いて、先週の土曜日にここに寄った後、十二時三十分頃におれは六本木駅から地下鉄に乗ったのね。車内は空いていたから席に座って音楽聞いててボーッとしてたら、いつの間にか地上に出ていた。終点の中目黒駅についてたんだ。ホームの反対側に東横線急行が着てたから降りようとすると、なんかおれを見ているような目線に気づいたんだ。ふと前をみると、反対側の日比谷線の車両にきれいな女子が立ってるんだよ」成瀬は身振りを加えながら説明した。

「んっ、どういうこと? ホームひとつなの」と佐伯が質問する。

「いや中目黒はホームが二つあって、女子がいたのは反対側の恵比寿方面行きの日比谷線これから出発するところね。俺の方は引き込み線に入るからすぐ下りないといけない。だから会ったと言ってもほんの一瞬ね。でも顔を見たんだ、その時メガネはかけてなかったんだけど、間違いなくあの子なんだよ。そんで向こうもおれに気づいたようなんだ」

「別の車両にいる相手によく気づいたな」と清田。「おい、だれに似てる?」牧野が興味深々の様子で聞く。これもまた主旨から離れた質問だが、ナイス質問だ先輩!

 聞かれた成瀬はちょっと考え込んだ。

「主観だけどね……韓国のアイドルグループの中で大人しい方から二番目位の美人」

 んーよく何か分からんけど、グループによるだろ、それ。おれはそんなんじゃ納得しない。

「つまり髪ストレートロングってことだな」清田はそこに共通項を分析する。

「その説明だとケバいのか地味なのかよく分からん」さすがに先輩毛利。まともだ。

「ほんと一瞬だから。でおれは彼女だとすぐに気づいて『はっ』として、そしたら向こうも一瞬気づいたようで俺に気づくと視線を落とした。彼女の方の地下鉄が先に動き始めて……」成瀬先輩はとても切なそうな表情だ。

「……わかれわかれだ」伊藤が少し紅潮した顔で言った。

「まさか、それで終わりじゃないよな」清田が久々に芝居がかった感じで問いかけた。

「だいたい終わりなんだけど、離れていく電車の中でその子照れくさそうに目を伏せ目がちにして、口を動かしておれに何か言ったんだ……」

「もったいぶるな、何て言ったんだ!」牧野がイライラした様子で問いただす。

「恥ずかしいなぁ」

「言え、言ってくれ、頼む」何故か必死な牧野。この人心は乙女なの?

 成瀬は本当に困ったような顔をして「じゃあ言うけどさぁ、笑うなよ」

「分かってる」牧野と佐伯が半笑いで頷く。

「絶対フリじゃないからな!」

「早く教えてくれ」清田も成瀬をせかす。

「その子はおれに『あ・な・た・が・す・き』と言ったんだ」

 成瀬先輩は照れくさそうにとんでもないことを言った。

「まじか」清田が唖然とした。

「まじか……まどか」まさかの伊藤がそんなギャグを言ったような気がする。

「まぁ、反対側の電車だからもちろん声は聞こえなかったけど、口は確実にそう言ってた」と自信なさげな成瀬は「…はず」と足した。

「はず?」と清田が聞き返す。 

「妄想だ、幻想だ、ないないない」佐伯もおどけながら必死な顔で否定する。

「ついにうちの学校にも神秘主義者が現れた」牧野もかぶせて馬鹿にする。

 毛利は笑いを噛みしめながら皆をおさめにかかった。成瀬は一人哀しそうな憤慨しているような顔をしていた。おれも同情したいが、そんな白泉社の漫画のようなことが人生に起こったなんて聞いたことが無い。

「いや成瀬すまん。でも冷静に思い出してみ、本当にそう言ってたか? 今なら電車の再会だけで話を締めれる。でもこれが間違えだと大事になるぞ」

 清田が真剣な表情で言う。

「いや、おれも後で何度も考えたけど、多分そうだと思う。おれDJもやるから分かるんだよ。うるさいクラブでも何となく口の動きが読めるんだよ」

「まぁ、おれも信じたいよ。お前がそこまで言うのは珍しいしな」清田が理解を示した。

「うーん。でもやっぱり……そんなわけないよね」成瀬も吹っ切れた様子で答えた。

「絶対ない」佐伯がムキになる。

「だよね、やっぱり勘違いだよね。……おれの話は以上です」

 成瀬は軽く頭を下げて引きさがった。

「えーっこれで終わりかよ」散々弄んでおいて、まだ佐伯は不満げだった。

「なんだよ気になるじゃないか」毛利も肩透かしを食ったようだった

「いやいい話ありがとう」盟友清田が労う。

「で、その時、お前はどうしたんだ」なぜか牧野は力んだ調子で言った。

「ん、東横線に乗って帰っただけ」

「なんで」

「何でって、どうしようもないよ。電車すれ違いなんだから」

「お前は電車を降りてなぜ彼女を追わなかったんだ」牧野がさらに力を込めて言った。

「えーっ、もう電車出てんだよ。意味ないだろ」

「はいはい、あれね、そういうプレイスタイルなわけだね」

 佐伯が挑発的な表情でかましてきた。

「どういうことだよ」馬鹿にされた成瀬は憤慨している。

「ここからはおれたちにまかせてくれ。これは彼女からおれたちへの挑戦だよ」

 清田が訳の分からないことを言い出した。

「なんでおれ達になるの?」

「水臭いことを言っては困るよ。彼女が残した謎を紐解き、我々は学祭でそれを新作落語として発表する。ラブとミステリー要素のある画期的な新作落語になる! これは当たるよ」文連ルーム恒例の清田立ち上がり宣言。

 話に飽き始めていた一同は、勢いまとまった感じになった。


(四)

 戸惑う成瀬を置いて、一同は清田の話に乗っかった。

「じゃあ、話に組み立てる上で、ここからは足りない情報の補完だな」

 そういうと清田はルームの奥からホワイトボードを引っ張って来た。

「渡辺君悪いが板書を頼む」

 また来た、おれはそれまで身を潜めてジッとしていたのに。

「まずは彼女の服装だな。成瀬どんな感じだった?」

「えーっと髪は長めで、スカート、黒か紺のカーディガンだったな」

 だいたいそうだわ! 女子描写力激弱か! とおれは心で思いながらも、正直この話の先がメチャクチャ気になる。なので成瀬のいう事を何でもかんでも書き留めることにした。

「ほうこれでセーラー服ではないことがわかった。同じ駅を使う東陽英知ではないな」

 六本木の有名なお嬢様学校は茶系のセーラー服だった。

「アイツらはおれ達に興味無いからな」

「そうそう」

 最も近場な女子校だけに、狸穴生は普段から愛憎半ばのようだ。でもそれ相手にされない一方的なヒガミだろ。

「まぁいい、他にネクタイとか小物で学校名とか分かるものなかったか」

 清田がさらにディテールを求める。でもいい質問だ。

「ネクタイはしてたな紺色? シャツは白だったような」

「薄い情報ありがとう、それじゃ全然だめだ」清田は成瀬の記憶力に落胆した。

「他は例えば、彼女のカバンはどんな感じだった」佐伯が楽しそうに聞いてきた。

 いいとこに目を付けた! 確かにカバン学校名書いてある。

「うーん、リュックだったような気がするなぁ」

「リュック!」

 何人かが声を上げた。なぜここでいきり立つ。

「リュック、つまりその子はおそらく公立だ!」清田が右手の人差し指を上げていった。

「公立だ」「公立」「コーリツ」男たちは騒がしくなった。

「……公立の女子は男に優しいらしいね」伊藤が声をだした。

「そういう説になってるな。普段から男の弱点を見ているから許容力があると言われてるな」牧野が真面目そうな顔でいった。

「そうだな。普段から男ともしゃべってるからフランクで親しみやすいっていうよね」

 そんな伝説あんのか? 中学から私立の狸穴生にとって公立共学高は、仏教国から見たキリスト教やイスラム教国のように見知らぬ多数派存在のようだ。

「そうだ、髪は?」急に毛利先輩が成瀬に顔を向けた。

「髪はどうだったかって聞いてんの」

「えっ、黒です」

 もうこの人答えにセンスないなぁ。

「まぁそうだと思うけど、そうじゃなくて、ヘアースタイルだ」

「くくってなかったな。伸ばしっぱなしだった」 

 伸ばしっぱなし、原始人の描写か。おれが筆記を止めたそのとき、毛利先輩が手を叩いた。

「はい、これでわかった公立可能性99パーセントだ」

 それでわかんのかい。

「私立女子高は髪を束ねる、髪を編むのが校則だ」

「おお」

「渡辺君、公立女子仮決と書いといて」清田会長から指示が出た。

 意味あんのかなこの作業。そう思いながら、髪を伸ばしてカーディガンでリュックを背負った絵を描き、その横に公立(仮決)と書いた。清田はそのボードを注視すると、その横に『?』を加えた。

「次はなぜ彼女はドア越しにメッセージを伝えて去っていったかの謎だ。その時の状況をさらに詳しく聞かしてもらおうか成瀬くん」

「まだ聞くの」

「創作落語まであとちょっとだから、これWIFIのダウンロード時間より確かだから」

「だいたい全部話したと思うんだけど」成瀬は本当に困っていた。

「車体はどこ製か? とか聞いておかないといけないことはまだまだある」佐伯がマニアックな質問をした。 

「車体ってなんだよ、どれも一緒だろ」

「違うんだよ。日比谷線は東武線と直通運転をしているからメトロ13000系と東武70000系があるどっちだった?」

「分かんないよ」

「まぁまぁ、今はどちらもホームドアに合わせて二十メートル四扉の近畿車輛製だ。物理的な違いはない」先輩牧野が笑いながら話をおさめた。一同頷いている。

 この人達詳しすぎじゃないか? それともこの程度の知識は常識なのか、おれが足りてないの?

「じゃあ、改めて聞く、何号車の何番ドアだった?」牧野はまだこだわる。

 清田が頷き「おそらくその子は学校の最寄駅の出口に一番近いドアに乗っていたはずだ、そこから学校が特定できるかもしれないからな成瀬」と理知的な説明を加えた。

「おれがいつも乗るのが後ろの方だから六号車かなぁ」

「六号車ね。どの車両も中目黒駅では恵比寿側が一号車だから。反対側の車両も六号車だな」と牧野がさも常識という顔をする。

「日比谷線各駅の最寄り出口をリサーチすれば学校が絞り込めるな」

「恐らくな。ただ霞ヶ関、茅場町、八丁堀など乗り換えの可能性もあるぞ」

「そうなると足取りを追うのが難しくなるな。でも乗り換えしなかった場合で検証しよう、その方が面白い」清田と佐伯は楽しそうな表情。肝心の成瀬を放って話が勝手に進んでる。

「面白いってなんだよ」

「他に聞いておきたいことある人」清田は一同に挙手を求めた。

「はい」佐伯が明るく声を上げた。「その彼女が勉強していたのはどんな教材だった?」

「んーとね多分ね、古文だな」

「どんなジャンルだった?」清田が興味深そうに聞いた。

「それが変わっててさ、今どきノートの左右に書いた和歌の勉強してたんだよ」

「今の時期まだ期末試験じゃないだろう」

「受験勉強にしても和歌だけそんな満員電車でやることないよな」

 牧野と佐伯が当然の疑問を交わす。

「どんな和歌だったか覚えてないか?」清田はさらに深堀りする。

「んーっ、全部ひらがなで書いてあったんだけどさ、『ちはや』とか『はやみ』とか書いてあった」

 成瀬は女子の描写が激弱なだけで記憶力は悪くないようだ。

「『ちはやぶる神代も聞かず竜田川、韓紅に水くくるとは』古今集 在原業平だ」

 すかさず清田が口を挟む。

「さすがすぐ出て来るな」毛利先輩の覚えもめでたいようだ。

「もう一つは『瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ』鳥羽天皇の第一皇子崇徳院の歌だ」

「ほう、それで」毛利が清田に下問したような感じ。

「この二首が書かれていることは、つまり百人一首です」

 清田はホワイトボードに『小倉百人一首』と書いた。

「公家・藤原定家が別荘・小倉山荘の襖の装飾のため、飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の順徳院まで、百人の歌人の優れた和歌を一首ずつ選び色紙を作成したので小倉百人一首といわれる」

「丸暗記だな。さすが学年トップだけのことはある」牧野が感心した様にいう。

 清田会長ってやっぱり学年トップなのか! でも何の?

「お前が言いたいことがだんだんと見えてきたぞ、つまり彼女がやっていたのは百人一首の暗記だな」佐伯が姑息な顔になった。

「さらにその先だ、この時期に暗記しているということは、受験勉強をしていたんではない」清田は大げさに前に指を一本立てた。「彼女は競技かるた部だ! しかも一年」

「あっ! すごい手がかりだ、東京でかるた部のある高校となるとかなり絞れるぞ」

 牧野だけでなく、部屋にいた全員のテンションが上がった。

「よしっ、だいたい材料は揃ったな」

 清田が今日何度目かの宣言をした。「じゃあ次回の会合はイレギュラーだが、週明け、火曜日の夕方四時に文連ルームに再集合でいいな?」

 全員異議なしとの表情。

「牧野と佐伯は今まで出た話から、彼女の学校と学年の特定、伊藤は話次回までに考えておいて」

 よかったおれにまとめやらせるとか言ってたのは流石に冗談だったんだな。やれやれ、ようやく長い放課後が終わる。見学だけのはずが、ずいぶん時間を取られてしまった。

 おれもこれでようやく席を立てる……と思ったら清田が手で制した。

「渡辺くん家どこ?」

「ムサコです」

「んっどこ?」佐伯が聞く。まぁ元は川崎の工場都市、通称は聞き馴染みないんだな。

「武蔵小杉です」

「というと成瀬の田園調布と同じ東横線だな」

「はぁ一応。大分雰囲気違うと思いますが」

「お手数だが、実際に同じ電車に乗ってもらって、乗車する高校の特定と電車のディテールを調べて来て欲しい」毛利までが重々しく言う。

 なんでそんなこと! 出来るわけないだろ。とも思ったが、おれも気になり始めていた。

「出来る範囲でやらせていただきます」咄嗟にそんなことを言ってしまった。

「じゃあ、一応やり方とかは牧野から聞いておいて」

「やり方ってあるんですか……」

 おれの戸惑いをよそに、その日は解散となった。



(五)

 自宅に帰る道でさっき会ったばかりの曲者先輩たちのことを思い返していた。

 この話は、どうも怪しい。

『痴漢されている女性を助けて感謝された』というところまでは、例え作り話だとしてもまだ分かる。それから十か月後に、助けてもらった女性と再会、電車のすれ違いざまに『あなたが好き』と告白される。これはあり得ない。こんなシチュエーションは姉の好きな韓流ドラマとしても盛り過ぎの設定で演出過剰。絶対成瀬の嘘に決まっている。

 では、誰が聞いても『この嘘臭いシチュエーション』をわざわざ皆の前で話す成瀬の狙いは何なのか? もう一度状況を考えて見る。痴漢を助けた女子とばったり再会した。なぜそこで窓越しに「あなたがすき」なんて古風なドラマを作る必然性があるのか? そう思うとやっぱりそれが本当に起こった事だとしか思えなくなる。まぁ百歩譲って本当にあった話だとすると……答えは一つ。そこには成瀬先輩の大いなる誤解、勘違いがあるに違いない。どこから成瀬の話はおかしくなっているのか?

 自宅に帰って夕食を食べて、風呂に入って、自分の部屋に戻って、早めにベッドに入って寝てしまおう……寝られない。音楽聞きながら瞑想でもしよう……集中できない

 おれはベッドを抜けてデスクの前に座った。なんでもいいから疑問を紙に書き残しておきたい。赤のサインペンを手に取るとレポート用紙におれは疑問を書き留めた。

(疑問1)成瀬のことに気づいた彼女は出発まで時間があったのにも関わらず、なぜそのまま行ってしまったのか?

(疑問2)彼女が発した「あなたがすき」という言葉は本当か? 別の目的があったのでは? 成瀬先輩に全く関係なくその言葉を発したという可能性ありやなしや?

 上手くまとめられない。

例えばだ 駅の周りに広告があって、その文字を思わず口に出してしまった。地下鉄の中に映画のポスターがあって、ラブストーリーで、そのタイトルが「あなたが好き」とかいうキャッチコピーがあった。塾の広告でクロスワードパズルがあって、解いているうちに答えがその言葉だった、とか。

 まだ心のモヤモヤは晴れない。おれは心配事や約束事が気になる質で、昔から宿題は先に延ばせないタイプ。答えが知りたい、真実でなくてもおれだけが納得できればいい。このままだと五年、十年と覚えていそうだ。その夜警察に追いかけられる夢を見た。これ何の罪悪感だよ。

 そして翌日の日曜日。いつもは昼過ぎまで寝ているおれは珍しく早起きした。悪夢の為、いや昨日先輩たちから振られた宿題の為、成瀬が乗っていた電車の時間に合わせないといけないからだ。面倒くさい、でも約束しちゃったし渋々だよ。いや嘘だ、本当は行きたくてしょうがない。自分の目、自分の感覚で確かめたい。

 日曜日に電車に乗って一人で出かけるなんてめったにない。母親と二人の姉の勘ぐりを封じるために「友達と渋谷に本を買いに行く」と言わなくていい嘘をつき、東急武蔵小杉駅から、東横線に乗った。多摩川を渡り、自由が丘を越え、車内にいる楽しそうなカップルや家族連れの様子を見ながら、「おれは何をやってるんだ」と気分は自虐的に落ち込んでいった。

 やがて電車は乗り換えの中目黒駅についた。休日でも中目黒駅は結構乗降客がいる。おれは港区の高校に通ってはいても、恵比寿も六本木も通り過ぎるだけ。渋谷・代官山は行く用事がない。毎日通るが普乗り換えるだけの中目黒駅。下車するとまず成瀬が見たと証言する女子がいたはずのホームの反対側を見た。そしてホームで誰かを待っているようなふりをして駅付近を見回していった。居酒屋が多い、パチンコ、ラーメン屋もある。ただそれらを女子高生が気に止めるとは思えない。上の方を見ると映画の看板があったがSFと連続殺人が混ざった映画でラブ要素はない。

 少しすると地下鉄日比谷線が地上の引き込み線から入ってきた。駅の行先掲示板を見ると『八両編成北千住行き』と出ていた。時間さえ合っていれば日曜でも成瀬先輩が問題の女子を見た同じ車両が来るかもしれない。それは精度の低い浅はかな考えだとは分かっている。ただ機械的に精度を求めてどうする、ここは気持ちの問題だ。

 確か成瀬が乗っていたのは六号車三番ドアだ。おれはホーム上の乗車表示と停車した車両の番号を確認した。ホームドアが開き、『ここに彼女が乗っていたかも』という気持ちになって日比谷線に乗り込んだ。車内は空いていたがおれはドアの横に立って見回した。この車両の中に、思わず『あなたがすき』と言いたくなる何かしらの表示があったに違いない。まず考えたのは『車内でポスターとか見ていただけ説』だ。その広告を見ていて、思わずキャッチコピーを読んでしまった。横にアイドルとかの写真が出ていたら確定だ。それを見て気持ちが入って思わず口が動いてしまった。ある! ありえるよ! 若干の興奮した気持ちで、おれはドア横に立ちながらさらに車内の吊り広告を見始めた。

 結構思っていたより広告多いなぁ。いつもは車内ではでスマホを見ていたので、こんなにたくさんの広告があることを初めて知った。

 目立つのは中吊り、特に雑誌系が多い。この中になにかヒントはないか?

『アエラ 年収一千万円の研究。あの人はなぜいい生活にみえるのか?』。これ劣等感を食い物にしてないか?

『週刊新潮 大発見! 医師がすすめる本当に効く薬はこれだ!』いい切りが逆に怪しい。ちゃんと教えてくれ。

『SPA ゴキブリⅤS人類最終決戦!』もう、どうでもいい。

 どれもテンション高めだが、しょせん非モテ系おじさん雑誌の広告だ。こんなの女子高生はまず見ないだろう。次に、女性向け雑誌はどうか?

『女性自身 皇族から総スカン小室さんと親戚はイヤ!』ある意味、小室さん大人気だな。

 次ファッション誌、

『ギンザ ちょい可愛レディな新作着まわし術』新しいの買ったら着回しじゃないだろ。

『クラッシ 彼ママ服の正解判明! 』何の正解が分かったんだ、さっぱりわからん。

『オッジ 意志ある愛され顔してますか?』 意志揺れてる、人のこと気にしすぎだろ。

『アンアン 女の快感特集! ちょいエロな女で夏!!』 露骨すぎる。

 ラブ要素出てくるが逆に情報量が多すぎる、これだという確証にかけた。

 車内を不審者さながらに吊り広告をチェックしているうちに、地下鉄は次の恵比寿駅に着いた。乗ってくる人が結構いる。進行方向右側のドア横位置に戻った。

 地下鉄の外を見ていると暗い側壁とガラス映る自分の顔が気分を落ち込ませる。おれは思わず目線を下げた。そこにもシール広告が何枚も貼られていた。

『転職決定率NO1』『ステイホームで美容整形』『実績で選ぶならつらい頭痛に即効!』など。つまり、ドア横に立つ人は、仕事に悩み、容姿に悩み、頭痛がある人が多いのだろうか? まぁ、どれもおれの探しているものとは関係ない。

 その他に目立つドア横のシールは、『開くドアにご注意ください』、『新型コロナ感染対策のお願い』、『優先座席付近では携帯電話の電源をお切り下さい』、『引き込まれないようご注意下さい』、『戸ぶくろに引き込まれないよう開くドアにご注意下さい』

 お願い! 注意! ばかり、ドア横に立つ人を馬鹿にしている。

 ただ、どれもラブ要素はない。

 茅場町まで乗って行ったが、おれの仮説を立証してくれるような、気になるものは無かった。本当に無駄だったなぁ。そろそろ折り返すか。

 秋葉原駅で下車し、反対側ホームに移動した。今度は中目黒行きに乗って戻る。茅場町から銀座、霞が関、六本木と戻る中で、おれは日曜日に何をやっているんだろうという気持ちに全身がとらわれ始めた。モヤモヤ解消のつもりが、何も解決しなかった。

 終点の中目黒駅についた時、ちょうど反対側のホームにも上りの地下鉄が止まっていた。

「違う!」

 その時、ボーッとしていたおれの延髄に何かが刺さった。そして気づいた。

「違う! 位置が微妙に違う」

 中目黒駅の二つホームで相対する電車。それがどうもずれている。そうだ、同じ駅でも上りと下りが同じ乗車位置とは限らない。おれは日比谷線を降りると、ホームに立って向かい側の乗車位置を確認した。「やはりずれている!」

 今度はホームの一番端に行った。そこから見比べても上り下り二つのホームの長さと形が違う。ちょっとみんな聞いてくれ、ホームの端の位置がずれているよ! 

 おれはそれに気づくと、家に帰る横浜方面行きの東横線には乗らず、もう一度階段を降りて登って、また上り日比谷線のホームに戻った。ちょうど来た反対側の日比谷線に乗りこんで、確認するとやはりドア位置が一列ずれている。成瀬の乗っていた下り六号車三番ドアに正対するのは上り六号車二番ドアだ。ここが正解の場所だった!

 出発間際に飛び込んだおれをベビーカーに乗っていた赤ちゃんが驚いた様な顔で見ていた。

 驚かせてごめんな赤ちゃん。自分でも馬鹿な事しているのは分かっている。でも、やらないと気が済まないんだ。今お兄さんは、成瀬が見た彼女が立っていた真の場所に立っているはずなんだ。

 ドア一枚違うと、見える車内の広告はさっきと違うはずだ。例えば『声に出してみよう愛の告白』とかそんな露骨なコピーの広告でもあれば大満足だ。スマホで写真を証拠にしておくだけでおれの心は平穏に満ちる。祈るような気持ちで車内を見回した。

 しかし、吊り広告はさっき乗ったものと同じものが掛かっていた。こういうものは、広告会社が各車両ごとに数枚づつ同じ広告を週間で掲示する契約があるのかもしれない。二度目の日比谷線で、中目黒出発早々おれは落胆した。

「あああうい……」

 近くでさっきの赤ちゃんがおれに向かって何か話しかけていた。おれの心の憂鬱が見えるのか? 無駄な事に午前中を使っているおれを憐れんでくれているのか? 赤ちゃんは無邪気で可愛いものだ。おれはいつからこんな素直さをしまったのか。

 地下鉄は恵比寿駅を出ていた。広尾駅までの間に最後の確認の意味で、ドアの周りのシール型広告を確認した。さっき見た、ドア引き込み注意! 飛び込み注意! など注意の広告と、美容整形、自動車免許、転職の広告が貼られている。

「あうあう」

 まだ赤ちゃんが喋っている。しかしおれは君の相手ができるほど、もう純粋ではないんだ、すまんゆるせ赤ちゃん。

 注意広告の下に、新刊発売の広告が貼られていた。これはさっき無かった。

「新刊発売 あなたは朝型? 夜型? 自分の睡眠タイプについて知ろう!」

 どうでもいい注意書きの最後に大きな文字で「朝型注意!」と赤色に青フチで書かれていた。

「あさがたちゅうい」

 おれはその言葉を口にしてみた。

「あっ!」

 思わずハッキリと声が出てしまった。その時、おれの体に天球を引き裂いてい雷鎚が走った、これは啓示だ! 啓示はキリスト教だから、いいかえると大日如来の甘露が天よりおれにふりそそいだ! ような気がした。

 もう一度、さっきの赤ちゃんを見た。赤ちゃんは笑顔でおれの方を見ている。

 そうだ「あなた好き」と口が開いたとはいえ、同じ音が発せられるとは限らない。

「そうなのか……、そういうことなのか!」

 おれは赤ちゃんの目を見ながら心で確認した。



(六)

 そして月曜日。

 先週予告されたとおり、文連ルームには会長たちが集まり始めた。

 おれにはそこに行かないという選択肢もあった。でも話を聞いてしまった以上は、そういう訳に行かない。この変な人達のことを忘れ去る、その決断をする勇気が無かった。

「今日は定時前に皆な揃ったな、渡辺君も来てくれてうれしいよ」

 ハンサム清田会長がおれの方を見て微笑む。

「まだ入会テストに合格したわけじゃないからな」と嫌味を言いながらも、毛利先輩も笑顔でおれを歓迎している。

「こっちも、入会はもっと良く見てからら決めますので」おれも精一杯の冗談の返しをしたつもりが軽くあしらわれた。

「で、どうだったお前たち」成瀬先輩はデフォルトのチャラい感じに戻っていた。

「分かったよ」探偵小説研の牧野会長はカバンからコピー用紙を取り出した、「駅と高校の距離、各学校の部活内容や試験のSNS情報などから類推した。これは裏付け資料だ」そういうとプリントアウトしたレジュメを配った。

「では発表する。成瀬が勝手に片思いしている女子は、都立三田高校競技かるた部一年だ」

 見ると、本当に牧野は、謎の女性の通学する高校と年齢、性格までをプロファイリングしてきた。

「ちなみにこれがネットから拾った写真ね」ジュニア系佐伯会長がカラープリントをした某高校の活動中写真、競技かるた部の試合の写真ををみんなに見せた。

「それでおれの話はたぬき祭の出し物になるの? 個人名とか特定できることは絶対止めてよ」

「もちろん、そのあたりは充分注意して話を組み立てた。おれと伊藤と毛利さんとで、日曜日ZOOMで会議して作った原稿があるから見てみて」

 A4用紙にクリップで止められた資料が清田から配られた。資料の表紙には『令和二年 狸穴学園秋季学園祭 文連合同企画概要』と書かれていた。

 この人たち、やたら資料ずきだな。これも高いIQとビジネス志向がなせる技なのか? 今までおれの周りにはいなかったタイプだ。おれも含めて、初見の成瀬、牧野、佐伯の各先輩が表紙をめくって中身を確認した。そこには発表する新作落語のあらすじがすでに出来上がっていた。ざっと読んだだけで、落語の元ネタは知らないが、これは一種のラブコメだと思った。

「どうだ成瀬、気に入った?」清田が成瀬の反応を伺った。

「うん、いいと思う」

「伊藤が舞台センターで座布団の上で落語を語りながら、清田と牧野と佐伯で実際に芝居をする」

 毛利先輩がプロデューサーとしての側面を見せて、演劇的要素も取り入れダンスもするという音響を担当する成瀬も乗って来た。脚色されたことで自分の話から離れた安心感、モテの要素も忘れない。

「本当に面白いと思うよ」と牧野と佐伯も喜んでいる。

 短期間でここまで仕上げてきたこの人達はおれも優秀だと感じた。

「おい伊藤、ところでオチはどうする」と、清田が急に話を伊藤に振った。

 それまで話を聞いているだけだった伊藤は困ったように顔を下に向けた。

「そうだな……」口をわずかに震わせながら、意を決したように全員の顔を見た、「主人公が告白するときっと彼女驚くよね? と友人に恥ずかしそうに聞きました。すると友人は、安心しろ、共学だけに驚くことには慣れております」と話終えると伊藤は机に両手をついて深々とお辞儀した。

 一同は対応に困り沈黙した。伊藤は顔を上げて思わしくない様子を見ると、「驚愕と共学なんだけど…」と、小声で補足した。

「うんいいね」慌てて食い気味に清田が反応した。

「決まったな」「いや良くない。全然落ちてないだろ」「ハハハは、でもいいじゃないか良いオチだよ」

 牧野、佐伯、成瀬それぞれが話しながらも、温かい円満な空気が部室を満たしていった。

「たぬき祭りには、三田高校の生徒も来る。上手く行けば、学祭中に本物が現れるかもな成瀬!」と清田が成瀬をからかう。

「困るわ、まじで」金髪の成瀬がかわいらしく顔を赤らめた。

 皆んな笑顔で、一番の盛り上がりを見せた文連ルーム。

 いや、素直にすごいぞ文連。難はあっても成瀬の話の上手さ、リサーチしてきた牧野と佐伯の情報網と行動力。日曜日にテレビ会議でストーリーを作り出した清田と伊藤と毛利先輩。文才のないおれからすると、とんでもない才能だ。コミュニケーション力もディベート力も高い。やはり切れ者揃いだここにいる文連会長たちは。

 そんな円満な流れの中で毛利先輩が一人部外者のおれの存在を気に留めた。

「ところで渡辺くんの調査はどうだった?」

「そうだ忘れてた。渡辺、無茶ぶりして悪かった。でどうだった?」

 清田も爽やかに聞いてくる。忘れていていいのに。

「えっ、いや僕のことはもういいじゃないですか、学祭の概要も決まったんだし」 

 おれは何とかこの場をしのごうと、他の先輩に助けを求めた。

「いや怪しいぞ。大ネタ持ってそうだな」佐伯が疑い深い目をした。

「いや、そんな。何もないです」

「怪しい」と牧野が笑顔を消した「ネタをだせ」。

「すいません。何も分かりませんでした」と困った顔で言っても。

「本当か?」清田もおれを疑い始めた。

 しまった! その時気づいた。 最初に清田に言えばよかったんだ、『いやぁ結局僕は何にも見つけられませんでしたよ』と最初部室入る時に一言、清田会長に打ち明けておけば、この人の性格上味方になってくれたはず。

 しかし今や、空気は完全アゲインスト。この前の議事進行を見ていても、清田はアシストは出来ても流れを変える力はない。

「……力不足でした、申し訳ないです」神妙な表情を作っておれは謝ってみたが。

「いや、渡辺くん。君は何かを知っている。俺には分かる」優しかった毛利さんがおれから目を離さない。そうなると空気が悪くなる、皆がおれに注目し始めた。

「いや本当に、僕の調査はやっぱり基本がなってないと言うか、仮説の粋をでないと言うか……」

 おれは言うべきかどうか迷っていた。

「仮説ということは、何かしらの疑問を持ったんだな」

 もうひとりのゴツい男牧野も圧力をかけてくる。

 やばい、どんどん泥沼にはまっていく。おれをこれ以上追い込まないでくれ。

「勘違いしてもらっては困るが俺たち分連は、同調圧力というのを一番嫌う。少数意見を無視しないというのが、モットーだ。どんな事でもいい、君を馬鹿にしたり、蔑んだりする人間はここにはいない。なぁ」毛利先輩が空きなく詰めてくる。

「そうだ」「そうだよ」「言ってみな」成瀬や清田も満面の笑みで頷いていた。

 それが一番の同調圧力なんだよなぁ。もう、せっかくおれは調査結果は忘却のフォルダに放りこもうと思っていたのに……どうなっても知らないからな。

「本当は言いたくないんですが、盛り上がらなくても許してくださいね。じゃあ、手短にお話します」

 おれは、日曜日に地下鉄を二往復して調べたことを説明し始めた。しどろもどろの話を、一同は真剣な表情で聞いてくれていた。しかしおれは肝心ところになると言葉が出てこなくなった。

「それで、君の仮説はどうなんだ、二往復目に乗った車両で君は何を見たんだ」

 清田もこういう時は優しくない。

「いえ、もう今はそっちの線で話が進んでいるんなら、おれはもう用無しなので、気にしないで下さい」

「なんて書いてあったんだ、気にするな言いたまえ」毛利の圧迫取り調べに、

「はい、『朝型、注意』って書いてありました!」と思わず答えた。

「どういうことだ」

「分かるように、説明してくれたまえ」

 おれは気が進まないながらも、気がついたことをそのまま伝えることにした。

 まずテーブルの上にコピー用紙を置いて、問題の二つの言葉を書いた。

「あなたが好き」

「朝型注意」

 これだけでは会長たちも何のことだか分からないようだ。次におれは、二つの言葉をローマ字で書いた。

「ANATAGASUKI」

「ASAGATACHUI」

 まだ一同は不思議な顔をしていた。

「では、次に二つの言葉の母音を比較します」

 そういうとおれは地下鉄で一生懸命喋っていた赤ちゃんの口をみて、ひらめいたことを書いた。

『あなたが すき』は、『ああああ うい』

『あさがた ちゅうい』は、『ああああ いううい』

「この二つの言葉……音は全然違いますが、母音はほぼ一緒口の動きは似てくると思います」

 おれの声は震えていて小さかったが、それだけで会議室の空気が凍りついた。

 誰も何も言おうとしない。

「あくまでも私の思い付きです。気にしないで下さい、さっ、演目の打合せの続きをして下さい」おれは議事の再開を促した。

 毛利は目をつぶって、「つまり君は、女性はドアのガラスに張られた本のコピーを読んだに過ぎんという訳だな」と不機嫌そうに言った。

「……同じ時間の同じ車両に乗って、その可能性もあるのかなぁと思っただけですので」

「清田、その場合どういうことになる」成瀬が恐る恐る聞いた。

 答える清田の表情は神経質に引きつっていた。

「我々の浮ついたロマンス推理は完全に間違っていたことになるね」

「あの仮説です、あくまでも、一つの案ですので気にしないで下さい」

「いや違うな、彼女の目線が伏目勝ちだった理由も説明がつく」

 佐伯が地下鉄の資料を見ながら言った。

「バン」牧野が机を叩いた、「渡辺くん感服した! 君の説には残念ながら理屈がある」

「……そうだったのか」新作落語を意気揚々と作り上げた伊藤の肩が丸まった。

「そうだな、それが真理だ」毛利が低い声で言った。

 清田が立ち上がった、「思った以上に君は優秀だったな。渡辺くん」そう言うと今度は冷たい目でおれを見た、「君は合格だ。外画部に正式に入部を認める」と言って背を向け部室を出ていった。

「あっ、なんかすいません」

「君が気にすることでは無い。本当の正解は大抵予想外なものだ」と毛利先輩がおれの肩に手を置いて慰めてくれるが、もう目を見てくれない。

「おれもそんな気はしてたんだよ。はぁ」成瀬が大きなため息をついて部室から出ていった。

 牧野はもう話から外れて文庫本を読んでいた。

「時間無駄にしたな」佐伯はスマホで株価をチェック、伊藤はずっと固まったままだ。

 一時は活気づいた文連ルームにまた、どんよりとした空気が戻ってきた。


 その後、このことがきっかけとなりおれは外画研究会に入部。なぜか会長たちにも気に入られた。だからいまだに文連ルームに通っている。(おわり)






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ