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老人ホームで見る夢は──輪廻転生殺人事件  作者: 稲葉孝太郎
第4章 片桐英二の訪問~見知らぬ小学生の行き先は?
9/21

第9話 監視カメラは観ていた

 夏休みの校舎。

 蝉の鳴き声だけがしんしんと、だれもいない校舎に木霊していた。

 遠くからは運動部の声援。この独特の雰囲気が、俺は好きだ。

 ここは、高校の情報処理室。ミス研の名義で、なんとか借り出すことができた。このあたりは、京香きょうかの信用が十分に活きた感じだ。俺じゃあ借り出せなかっただろう。

 室内には、笠井かさいさんと京香と俺の3人だけ。

 じつはおばあちゃんも呼びたかったのだが、さすがに笠井さんが難色を示した。

 被害者本人だ、というわけにもいかず、家で留守番をしてもらっている。

「よぉし、今からDVD鑑賞会をする」

 タンクトップにジーパン姿の笠井さんは、一枚のDVDを取り出した。

「これは老人介護の講習ビデオだ。どこぞの証拠物件だとか、そういうことはないから、心して観るように」

 茶番のような説明が終わって、笠井さんはDVDをセットした。

 リモコンを手にする。

「よし、スタート」

 プロジェクターの光を受けて、スクリーンに4分割の画面が現れた。それぞれが監視カメラになっていると、すぐに分かった。かなり暗くて、画質も悪い。判別がむずかしそうだ。俺は無意味に首を伸ばしたり、目を細めたりした。

 笠井さんの説明によると、左上、入り口の自動ドアがみえるのは、正面玄関のカメラ。右上、ほとんどまっくらで、ときどき虫が映り込んでいるのは、職員用の裏口のカメラ。左下、これもほとんどまっくらで、白い椅子がみえるところは、テラスに出るためのドアを監視するカメラ。最後に右下、暗い廊下の奥に緑色の非常灯がみえるのは、談話ルームから入居者棟を監視するアングルだった。

「午前0時に監視カメラが作動した状態から流している。こっから9時間も観るのはムリだ。かいつまんで説明するぞ」

 笠井さんはまず、右下の枠を指差した。

「このカメラは、被害者のいた個室にむかう廊下を映している。早送りするぞ」

 笠井さんは時間に注意しつつ、早送りをした。

「ここだ」

 ピッと画面が止まる。俺たちは息を呑んだ。

 京香は、

「臼井さんですね」

 と指摘した。画質はそうとう悪いが、画面内の時間、服装からして、臼井さんとしか考えられなかった。うしろ姿で、懐中電灯の光がみえる。

 ただ先入観は禁物だ。俺は笠井さんにたずねた。

「これは、ほんとうに臼井さんなんですか?」

「解析させたから、ほぼ間違いない。戻ってくるときに顔が映って、それは本人にそっくりだった」

 俺は納得して、先をうながした。

「彼女はこのあと、左側に曲がる」

 笠井さんはそう説明して、再生ボタンを押した。

 説明通りに臼井さんは消えた。ここでまた早送りが始まる。

「次に映るのは、0時18分だ」

 カメラの前を横切って、今度は右手のほうへ消えた。そしてすぐに戻ってきた。

「祖母の部屋の方向へ消えてから、数秒と経ってませんね」

 俺の指摘に、笠井さんもうなずいた。

「医師の話では、この短時間に窒息死させることはできないらしい」

 なるほど、それで臼井さんは、完全に泳がされているわけか。納得だ。

 そもそも今のタイミングだと、部屋に入れるかどうかもあやしかった。

 笠井さんは、持ち込んだペットボトルの水を飲み、ひとつセキばらいした。

「見回りは2時間おきで、臼井さんともうひとりの男性看護士だった。臼井さんが見回りをしたのは、0時、4時、8時だ」

 俺はオヤッと思い、

「男性看護士のほうは、疑われていないんですか?」

 とたずねた。

「彼は被害者の部屋の方向へ、一度も曲がっていない」

 なんだ、手抜きか。あとで上司に怒られただろうな、と思った。

 しかしその手抜きのおかげで、容疑からはずれている。なんとも皮肉な話だ。

「4時と8時のとき、臼井さんがおかしな行動をとったことは、ないんですよね?」

 笠井さんは、その可能性をきっぱりと否定した。俺たちは、それぞれの見回りを見せてもらい、0時のときと変わりがないことを確認した。

 要するに、左→右とチェックして、全部で20分そこそこだ。

 笠井さんは一息ついて、いつもより緊張感のある表情をみせた。

「問題は、ここからだ」

「なにか映ってたんですか?」

「見れば分かる」

 笠井さんは、ふたたび早送りをした。

 時刻は8時45分。朝日はとっくに昇って、画面は明るくなっていた。

「よーく見てくれ」

 倍速が終わり、俺たちは画面を見つめる。そして、アッと息を呑んだ。

 京香は大声で、

「左上に、男のひとが映ってますッ!」

 と言った。正面玄関に、白い作業服のようなものを着た、中年男性。帽子をかぶっていて、それが顔の上半分を隠してた。正確な顔立ちが分からない。

 その男は、受付に向かって挨拶した──が、受付にはだれもいなかった。それもそのはずで、受付の開始時刻は9時からだ。俺はそのことを記憶していた。

 男がもう一度挨拶すると、職員棟から男の看護士が現れた。

 ふたりはなにか話して、作業服の男は入居者棟のほうへ消えた。

 俺は、

「だれですか?」

 と質問した。笠井さんは「そう焦るな」と答えた。

「今度は、右下を見てくれ」

 正面玄関のカメラに映った男が、今度は談話ルームを横切るところだった。

 右(!)に曲がって、すぐにもどってくる。段ボール箱をかかえていた。

 俺は「運送屋?」とあたりをつけた。ただし、有名な運送会社ではないようだ。特徴的なブランドもののマークを、ひとつも身につけていなかった。

 男はそのまま、正面玄関のカメラに映りなおして、外に出た。そしてまた施設内へもどる。これを3回繰り返して、3つの段ボール箱を運び出した。大きさは、すべてマチマチだった。

 ここで映像は止まった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 重苦しい沈黙──俺はさきほどの光景について、あれこれ思考をめぐらせた。

 笠井さんはリモコンをにぎりしめたまま、俺をみた。

「というわけだ……この男、どういう素姓だと思う?」

「運送屋じゃないんですか?」

「半分正解だな。市内の何でも屋だ」

 笠井さんは手帳をめくった。

「名前は後藤ごとう大輔だいすけ、38歳。妻とふたりで、便利屋ゴトウを営んでいる。配水管の修理から、引っ越し、送り迎え……とにかく、なんでもやってくれる自営業だ」

「そのひとには、会ったんですか?」

「もちろん」

 京香は、

「このひとが容疑者ですか?」

 とたずねた。笠井さんは肩をすくめた。

「死亡推定時刻から離れ過ぎているし、事情聴取でもあやしいところはなかった」

 京香は、

「じゃあ、なんで老人ホームに?」

 とかさねてたずねた。

「老人ホーム内から、荷物の運送を頼まれたらしい。さっきの段ボール箱だ」

「サイズはいくつでしたか?」

 笠井さんは手帳をもう1ページめくった。

「画面から大きさを割り出してみた。ひとつめは高さ40センチ、横75センチ、縦50センチ、ふたつめは高さ60センチ、横50センチ、縦50センチ、みっつめは高さ10センチ、横80センチ、縦40センチ。すべて概算だ。重さはさすがにわからなかった」

 ここで俺は、

「後藤さんは覚えてるでしょう?」

 とわりこんだ。

「『回収した荷物を、いちいち覚えていない』そうだ。後藤は老人ホームの御用達みたいなものでな。週に2、3回は、荷物を取りにくるらしい。利用する入居者やその家族も多いから、覚えていなくても不自然じゃない」

 俺は、画像をすこし巻き戻してもらった。

 さきほどの運搬風景が、もう一度映し出される。

「なるほど、とおるの目も節穴じゃないようだ」

 笠井さんのセリフを聞き流して、俺は画面に見入った。

「……ひとつめは、かなり重いみたいですね。ふたつめは逆に軽そうだ。みっつめは、持ち方が不安定でよく分かりませんが、両者の中間くらいでしょうか」

 後藤という男の足取りや運び方から、俺はそう推測した。

「私もそう考えている。これは経験則だが……ひとつめは2、30キログラム、ふたつめは10キロもないだろう。みっつめはむずかしい。20キロかもしれんし、もっと軽いかもしれん」

「重さが分からないということは、中身も分からないんですよね?」

「そこなんだが……」

 笠井さんは水分補給をして、キャップを締めた。

「宛先は分かっている。全部判明した」

 なんてこった。こいつは予想外だ。俺は中身をたずねた。

「順番に説明するぞ」

 笠井さんはホワイトボードに、必要な情報を書き出した。


 送り主:太宰だざい源五郎げんごろう 受取人:志摩しま涼子りょうこ

 住所:○○市横町3-10志摩キッズハウス

 中身:VHSデッキとVHS


 送り主:太田おおた洋次ようじ 受取人:太田おおた奈津子なつこ

 住所:○○市中央区1-27

 中身:藤椅子とういす


 送り主:臼井うすい幸子さちこ 受取人:臼井幸子

 住所:○○市望郷区3-8若葉荘202号室

 中身:組み立て式化粧台


「こうなっている。それぞれ何番目の段ボールかは不明だが、内容からして、志摩宛が1番目、太田宛が2番目、臼井宛が3番目の段ボールと推測される」

 臼井さんの荷物もあったのか……あのひと、そんなこと言ってなかったのに。俺たちのことを、あまり信用していないのかもしれない。それはそうだ。今から考えてみれば、親族が調査に来たのだ。へたをすると、手当り次第にあやしんでくる可能性もあった。おばあちゃんが転生したことを、彼女は知らないのだから。

「中身と見ための重量が、合ってなくないですか?」

「ん? そんなことはないぞ?」

「臼井さんのは分かりますけど……いや、組み立て式化粧台の重さかなんて、俺は知りませんが、箱の形状からしてそれっぽいですし……でも、ビデオデッキが30キロもするとは思えません。椅子もそうです。2番目の箱は、めちゃくちゃ軽そうでしたよ? 椅子が入っていたとは思えません」

 いやいや、そんなことはないと、笠井さんは解説を始めた。

「昔のVHSデッキはな、とても思いんだ。ベクターの初期型は、1台で15キロ近くある。大きさも縦横で40センチ×30センチくらいだ。太宰源五郎の証言によると、これは1987年に発売されたナショナル……要するに、今のパナソニックだな、パナソニック製のNV-DS1という機種で、重量は約7.6キログラム。太宰はこれを2台入れていたらしい。隙間にはVHSの束だ」

「VHS一本の重さは?」

「製品によるが、250~300グラムだな」

 そんなに重いのか……デッキ2台とVHS10本で、すぐ20キロ近くだ。

「じゃあ、ふたつめの箱は? すごく軽そうでしたよ?」

藤椅子とういすがそんなに重いわけないだろう。持ったことないのか?」

「エート、とういすってなんですか?」

 木で編んだようなアンティークチェアだ。笠井さんは、そう答えた。

 俺はそれでもわからなかったので、スマホで検索してみた。

「……ああ、これか」

 おばあちゃんの寝室にあるやつだ。

 たしかにアレは軽いな。こどもの頃、俺でも運べた記憶がある。

「さて、他に質問は?」

 俺は手をあげて、

「ちょっと写真を撮らせてもらってもいいですか?」

 と許可をもとめた。

「うーん……ダメだ」

「あ、やっぱりそうですか……」

「なるべくこの場でおぼえてくれ。流出したとなると、さすがに懲戒される」

 俺はもういちど、すみずみまで視聴することにした。

 巻き戻しや早送りの指示を、笠井さんは素直に実行してくれた。

「ありがとうございます……荷物を受け取った人から、事情聴取は?」

 笠井さんはさらに手帳をめくった。

「まず太宰源五郎、71歳、独身。横浜の出身で、ここに引っ越して来たのは、彼が30歳のときらしい。湾口業に従事。菅原すがわら富子とみことの面識は、老人ホームに入るまえからあったようだな。若い頃は映画俳優を目指していたこともあり、かなりの映画通。志摩キッズハウスに寄付したVHSも、もともとは彼が老人ホームへ持ち込んだものらしい」

「寄付? ……志摩キッズハウスって、ボランティア団体かなにかですか?」

「身寄りのない子供を引き取る施設だ」

 ああ、孤児院ということか。俺は理解した。

「だったら志摩涼子さんは、孤児院の院長ですか?」

「そうだ。キッズハウスに行って、実際にVHSデッキを確認した」

 それで機種まで把握していたわけか。

 笠井さん、私生活はずぼらなのに、ここまで手際がいいとは思わなかった。

 刑事というのは、まさに天職かもしれない。

「次に、太田洋次、86歳、故人」

「故人?」

「今年の7月に亡くなっている。藤椅子は、家族が引き取り忘れたもので、それを妻の太田奈津子に送ったらしい。これも訪問して実見した。老人ホームのスタッフからも、藤椅子が放置されていたことについて、確認をとった」

「太田洋次さんは、入居者だったんですね?」

「そうだ。この町の出身で、元・教師のようだ。私たちは知らない世代だな。最後に、臼井幸子、23歳、独身。隣県の看護学校を卒業して、そのまま老人ホームに就職したらしい。看護学校にも確認した。身元に不審な点はない」

「組み立て式化粧台を、自分宛に送ったというのは?」

「ま、普通はおかしいと思うよな。私もそれをくわしく訊いたんだが、臼井の祖母が老人ホームに入居していて、5月に亡くなったそうだ。そのとき個室に置いていた化粧台を、引き取らなきゃいけなくなったとか」

「老人ホームの個室に化粧台?」

「臼井さんの祖母は、入居をいやがっていてな。暴れることもあったんだが、化粧台を個室においてやると、なんだか安心したらしい。嫁入り道具なんだと」

 なるほど、それで捨てるには忍びないというわけか。形見だ。

 笠井さんは、パタリと手帳を閉じた。

「さて、ここからが透の番だ」

「俺ですか?」

 笠井さんは、監視カメラの画像を背景に、腕組みをした。

「今回の捜査において、ある不審な人物が浮かんだ」

「不審な人物? ……さっきの3人以外で、ってことですか?」

「そうだ。その男の名は……」

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