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老人ホームで見る夢は──輪廻転生殺人事件  作者: 稲葉孝太郎
第3章 笠井清美のロッカー~ロッカーキーのナンバーを当てろ!
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第8話 女刑事との取引

 え? 1じゃない?

「ほんとに1じゃないんですか? 俺たちを、からかってませんよね?」

 最初から警告するためだけに来たんじゃないだろうか。捜査に巻き込もうとしているのは、冗談なのかもしれない。そう思えてきた。

「からかってないよ。私の性格は、よく知ってるだろう」

 説得力がある。笠井かさいさんは、こういう局面で信用せざるをえない。

 だけど数字の上端が縦棒なんだろう?

 俺は京香きょうかに、

「ちょっと見せてくれないか?」

 と頼んだ。京香のナンバーには1が入っているからだ。

 14──1の上端は縦棒で、4の上端はΔになっていた。

 そして1の上端と4の上端は、ちょうど水平になっていた。どっちかが上にでっぱってるわけじゃない。機械で書いたような字だから、笠井さんのもそうなっているだろう。

 さらに十の桁の1は、きちんと中心からはずれていた。

 真ん中に縦棒……縦棒……あッ!

「分かりました」

「お、やるな。書いてみろ」

 俺は自信満々に、6と書き込んだ。そして、上端に「・」を打った。

「これです。その縦棒は、数字の一部じゃなくて、6と9を区別する記号です。口頭じゃなくて、わざわざ紙に書けって言ったのは、このためですよ」

 どうだ、間違いないだろう。ニヤリとした俺に、笠井さんはひとこと。

「ハズレ」

 えぇ?

「だったら、きゅ……」

「あと1回だぞ? よーく考えろよ?」

 ぐッ、牽制された。9でもないのか?

 ここで京香が助け舟を出してくれた。

「ねぇ、透、笠井先輩は最初に『数字の上端』って言ったでしょ。だから、これも数字の一部だと思うんだけど」

 京香のアドバイスに、笠井さんもうなずいた。

「そうだ。ちゃんと質問を訊いていないのが悪い」

 ぐッ……反論できない。俺は返答に窮した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「なんだ? ミス研の実力ってのは、こんなもんか?」

 笠井さんは、あおるような言い方をした。悪気はないのだろうが、くやしい。

 ひたいに汗を浮かべる俺のそでを、富美子が引いた。

 富美子は、ちょっといじわるな笑みを浮かべて、こう言った。

「わたしが答えても、いいかい?」

「おば……富美子とみこ、分かったのか?」

「透が相談もせずに2回答えちゃったから、ちょっと厳しいけれど、だいたい」

「……何パターンかあるのか?」

「二択なんだけどねぇ……まあ9:1って感じかね」

 確率のかたよった二択か──賭けてみる価値はある。

 どのみち俺は、もうお手上げなのだ。京香も賛成した。

 笠井さんは、

「へぇ、ちびっこに任せるんだ」

 と煽ってきたけど、もうしょうがない。

 俺は笠井さんの目を見つめ返した。

「富美子に託します」

 笠井さんは表情も変えずに、富美子へ向きなおった。

「最後の1回だよ。よく考えな」

「もう考える段階じゃないねぇ。わたしの用意した答えは……」

 富美子は、左手でパーをつくった。そして、右手のひとさし指をそえた。

 指の数は1、2、3、4、5、6……6?

「それはさっき答えただろッ!」

「静かにしなって。まだつけくわえることがあるから」

 富美子はボールペンを取り、名刺に数字を書き込んだ。


 六


 笠井さんは、フッと微笑んだ。今日、初めてみる笑顔だった。

「やるじゃないか……正解」

 彼女は名刺をどけた。


挿絵(By みてみん)


 ……えぇええええええええッ!?

「やっぱりロッカーのキーじゃないじゃないですか」

 俺のひたいを、笠井さんはひとさし指で思いっきり押し返した。

 うしろのめりになって、椅子ごと倒れそうになる。

 あわててバランスをとった。

「透は、半分正解してたんだよ。6と9の区別は必要だ。問題は区別する方法」

 あ、そっか──俺は、ようやく理解した。

「6と9の区別を、点や下線じゃなくて、漢数字でやってるのか……」

「正解。おまえの洞察力も、まだまだだな」

 ハァ……ほんとにその通りだ。ロッカールームをマジメに見ていなかった。

 バカバカしいと思われるかもしれないが、探偵には致命的なミスだ。

 笠井さんも、しょうがないなあ、という表情だった。

「不安の残る結果だが、50点くらいはつけてやる。協力をたのむ」

 京香は胸をなで下ろした。俺もホッとする。

 ここで笠井さんとの繋がりが切れたら、もう情報は入らないからだ。

「警察のほうでは、どれくらい調査してるんですか?」

 笠井さんは、次のように説明した。おばあちゃんの死因は、窒息死。これは医師の見立てだから、間違いないそうだ。凶器がなにかは分からないが、寝具で窒息した可能性もあるらしい。

 俺はその指摘に、かなりおどろいた。

「枕やシーツで窒息することって、あるんですか?」

「あるよ。特に乳幼児は多い。老人ホームでも、稀に事故がある」

 そうか──だったら警察が捜査を打ち切るのも、納得できた。

 と同時に、俺たちの捜査が先入観にとらわれていたこともわかった。

 べつに特殊な凶器など捜さなくてもよかったのだ。

「笠井さんは、事故だとは思っていないんでしょう?」

「そこなんだよね」

 笠井さんは半分溶けたかき氷をすくった。

 俺もようやく、自分の皿がほとんどシロップ状になっていることに気付いた。

「寝具での窒息は、普通うつぶせで起こるんだ。だけど菅原すがわら富子とみこの死体は、仰向けのままだった。私は、どうしてもそこが引っかかる」

 杞憂かもしれないけどね、と、笠井さんはそう付け加えた。

「つまり……だれかに枕を押し付けられた、ってことですか?」

「いろいろ可能性はあると思う。濡れタオルをかぶせるって手もあるし」

 曖昧模糊としてきた。事故死なのか、自殺なのか、他殺なのか。

 判然としない。

「ま、それはおいといて」

 笠井さんはロッカーキーをピンと弾いて、空中で華麗にキャッチした。

 ポケットに突っ込み、俺を指差す。

「ここでひとつ取引だ」

「取引?」

 俺は眉をひそめた。

「今回の件で、透が一方的に得してもらっちゃ困るわけ。ここまでは、私が情報を提供してるだけだろう。私のほうはなにもしてもらってない」

「一方的って……俺から、なにが欲しいんですか?」

 分からないか? 笠井さんは、そう言いたげだった。

 椅子にもたれかかると、手のひらをうえにして、上下に動かす。

「か、金ですか?」

「いや、カツアゲじゃないんだから……情報だよ、情報」

「なんのですか?」

「菅原富子に関する情報」

 そうか……そういうことか……笠井さんが俺に近づいてきたのは、俺の推理能力を買ったというよりは──もちろん、テストをした以上は、俺の推理能力も買ってもらえているんだろうが──親族だからだ。

 笠井さんは先を続けた。

「私が調査した結果、どうも菅原富子の過去について、調べないといけないみたいなんだよね」

 その瞬間、カランと音がした。振り向くと、となりに座った富美子が、スプーンを床に落としていた。俺は、自分のスプーンを代わりに差し出した。

 富美子は、

「悪いね、手がすべって」

 と弁解した。

 おいおい、大丈夫か? 運動能力は戻ってると思ったんだが。

 俺がじろじろ見つめると、富美子は視線を逸らして、水を飲んだ。

 笠井さんはそのアクシデントを気にせず、先を続けた。

「というわけで、私は警察で把握した情報を出す。透は、被害者のプライベートに関する情報を出す。これでいいね?」

「ギブ・アンド・テイクですか」

「まあ、親族に関する情報だし、イヤなら降りてもいいよ」

「降りるってことは、笠井さんがわの情報も……?」

「こっちだけ損をするわけにはいかないからね」

 やれやれ。片足を突っ込んだ以上、引きずり込まれるをえないわけだ。

 笠井さんに一から十までやられた感じで、さすがは本職だと思った。

 とはいえ、やってることは違法だし、それに──

「後日、連絡をしてもいいですか?」

「ん? この場で即決できないの?」

 できない。本人がとなりにいるんだ。おばあちゃんの個人情報を、俺が勝手に切り売りできるはずがない。とりあえず、了承をとる時間が欲しかった。

「ええ……祖母のプライバシーですし、ちょっと考えさせてください」

「ふぅん」

 笠井さんは納得したのかしていないのか、よく分からない反応だった。

「出来る限り、早く連絡してくれ。私も暇じゃないからさ。べつの事件が入ったら、身動きがとれなくなる」

「分かりました。明日までには」

 俺たちはこうして、ひとつの協定を結んだ。あとは笠井さんの身の上話──刑事になった動機や、どういう生活を送っていたのか──そういうことを、いろいろおもしろく聞かせてもらった。

「それじゃ、連絡はここにね」

 笠井さんは、俺に名刺を渡した。そして伝票も取り上げた。

「いいんですか?」

「当然だよ」

 かき氷の代金は笠井さんがもってくれた。

 お礼を言いながら、俺はその連絡先をじっと見つめていた。

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