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老人ホームで見る夢は──輪廻転生殺人事件  作者: 稲葉孝太郎
第3章 笠井清美のロッカー~ロッカーキーのナンバーを当てろ!
7/21

第7話 おまえのナンバーは・・・

とおるッ! 食事にしない?」

 京香きょうかが水辺からあがってきた。

 俺は太陽を見上げた。天頂がまぶしい。

「今、何時だ?」

「13時」

 ちょうど良さげだ。混雑のピークは過ぎているだろう。

富美子とみこ、腹は空いてるか?」

「さっきから、ぐぅぐぅ鳴ってる」

 食欲も若返ってるのか。食費がおそろしい。

 京香は、

たちばなくんも一緒に来る?」

 とさそった。

「いえ、僕はみんなのところへ一回もどります」

「かき氷くらいなら、おごるわよ」

 と言って、京香は俺のほうをみた。

「オーイ、俺はATMじゃないぞ」

「かき氷くらい、いいじゃない」

 まあ、いいんだけどな。ひとことくらい言う権利は、俺にもあるだろう。

 ところが橘くんは、俺たちの申し出を断った。

「園長先生に怒られます。ほかの子と不公平になりますし」

 なるほど、一理ある。

 それにそろそろ合流しないといけないと、橘くんは付け加えた。

 そして、富美子のほうへ向きなおった。

「それじゃ、またね。楽しかったよ」

「た、橘くんは、どこに住んでるんだい?」とおばあちゃん。

横町よこまちだよ」

「あら、意外とご近所さんだね」

 言うほど近くないぞ。俺は内心、突っ込みを入れた。

「そうだね。また会うかもね」

 それだけ言って、橘くんは砂浜に足跡をのこし、駆け去った。


 俺たちは海の家へ移動した。真っ白な、塗り立ての壁がまぶしい。天井は濃い青で、それが空の色と、うまくマッチしていた。

「いらっしゃいませ」

 店員さんは、俺たちを奥の4人掛けテーブルへ案内した。

「かき氷3つ」

 俺はレモン、京香はイチゴ、富美子はあずき。

 あずきだけ、ちょっと高いんだよなあ……こづかいを吸い上げられる俺。

 財布の中身を確かめていると、すぐにかき氷が届いた。イチゴ、レモン、あずきの順で置かれて……いきなり、べつの腕が伸びてきた。

 トンと、テーブルのうえにブルーサワーの青が映えた。

「ここ、いいか?」

 見上げると、ツンツンヘアーの、よく日焼けした女性が立っていた。

笠井かさいさんッ!」

 俺と京香は、一斉に声をあげた。

「おいおい、森で熊に会ったみたいな反応するなよ」

 笠井さんはぶっきらぼうにそう言って、了解も取らずに腰をおろした。

 店員さんは、すこし笑って去った。

 俺はかき氷そっちのけで、

「笠井さん、帰って来てたんですか?」

 とたずねた。

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「全然」

「そっか」

 と言って、笠井さんは敬礼のポーズをとった。

笠井かさい清美きよみ、このたび捜査専科講習を無事修了し、地元勤務になりました。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

 俺たちは頭を下げた。

 彼女は俺と京香が通っている高校のOGだ。剣道部の元主将だから、京香にとっては二重の意味で先輩にあたる。高卒で警察官になって、県内の西に配属された。だからここ数年は、まったく見かけていなかった。帰郷もしていないとかで、彼女のご両親から、よく愚痴を聞かされたものだ。

「あの……なんで地元勤務になったんですか?」

 尋ねてよかったのだろうか。まさか左遷じゃないだろうな。

「捜査専科講習に合格したって言ったじゃん」

「それってなんですか? 昇進試験?」

「刑事になったんだよ。ケ・イ・ジ」

 えぇッ!? 俺はおどろいてしまった。

「私が刑事になったらダメなの?」

「いえ……そういうことじゃなくて……」

「じゃあ、今の反応はなんなんだよ?」

 俺は言葉に詰まる──笠井さんが刑事? 予想外過ぎる。

 警察官になったときですら、俺はおどろいたものだ。

 一方、京香はうれしそうに、

「ぴったりだと思いますッ!」

 と言った。お世辞ではないようだ。

 京香のなかで、笠井さんは若干、神格化されている。

「京香もひさしぶりだな……で、なに? デートしてるの?」

 笠井さんのひとことに、京香は赤くなった。

「違いますッ! 全然違いますッ!」

 全力で否定しなくてもいいだろ。

 笠井さんは「ふぅん」とだけ言って、ブルーサワーのかき氷をパクリ。

「ま、なんでもいいけどさ……食べないと、溶けるぞ」

 たしかに。俺たちは、かき氷の掘削作業に取りかかった。

 富美子はと言えば、俺たちそっちのけで、さっさとあずき氷を食べていた。

「そのちっこい子、だれ? 透の隠し子?」と笠井さん。

 俺は吹き出しそうになる。

「なに言ってんですか。俺はまだ17ですよ」

「冗談だよ、冗談。クソマジメなところは、あいかわらずだな」

 くぅ、これだから笠井さんとしゃべるのは疲れるんだ。

 近所のガキからは、鬼美おにみさんとアダ名されていた。

「で、だれなの?」

「俺の従姉妹です」

 あッ、そう。それが、笠井さんの返しだった。

 笠井さんは富美子に、

「きみ、何年生?」

 とたずねた。

「小学5年生」

「小5……一回もあったことないね。従姉妹がいるっていうのも初耳だ」

 マズい。笠井さんはこういうところで勘が働く。

 俺はべつの話題に変えようとした。

 すると京香がうまいぐあいに質問をしてくれた。

「笠井先輩、今日はなんで海の家に?」

「非番、と言いたいとこなんだけど……」

 なんだかもったいぶって、笠井さんはかき氷を食べた。

「非番じゃないってことですか?」

「いや、非番」

 どっちだよ。京香も目を白黒させている。

「透と京香さ、このまえ、老人ホームへ偵察に行っただろ?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 俺はすこしうわずった声で、

「なんのことですかね?」

 とすっとぼけた。

「いや、バレてるから。警察をなめるな」

 笠井さんはかき氷を押しつぶして、練乳とシロップを混ぜた。

「ふたりは、探偵ごっこでもしてるの?」

 ごまかせないな。俺は、正直に答えた。

 笠井さんは顔色ひとつ変えずに、「そっか」とだけ言って、しばらく押し黙った。

「あの事件さ、私の管轄なんだよね」

「マジですかッ!?」

 俺は思わず身を乗り出した。そして、でこぴんを喰らった。

「静かにしろ」

 俺はあたりを確認した。

 みんな歓談していて、こちらを気にしていない。

 だけど話の内容が内容だけに、俺は声を落とした。

「なんで言ってくれなかったんですか?」

「だから、こうして来たんだよ」

 頭がハテナマークになる。どういうことか、真意をたずねた。

「あの事件ね、事故死でカタがつきそうなんだ」

 そりゃないですよと、俺は声を落としつつ抗議した。

「分かってる。私も、あれが事故死には見えないんだよね。でもさ、警察は人員にも予算にも限りがある。殺人だって確証はないし、捜査は打ち切り。これが一番簡単なんだ」

「職務怠慢です。俺たちは税金払ってるんですよ?」

「いや、おまえはまだ払ってないだろ」

「消費税は払ってますよ」

「事故死っぽい事件に金をかけるほうが、よっぽど無駄遣いじゃない?」

 あいかわらず口がうまい。

 俺はとりあえず、老人ホームで得た情報を、笠井さんに説明した。

「というわけで、あれは自殺じゃ……いてッ」

 またでこぴんを喰らった。

「そんなことは警察も調べてる。推理小説の読み過ぎだ」

 たしかに、すこし失礼だったか。警察小説でもない限り、ミステリの中の警察は無能な扱いを受けている。もちろん現実がそうであるはずもなく、あれは探偵の有能さを引き立たせるための、一種の演出だった。

「すみません……勝手に調査したのは謝ります……」

 笠井さんはうしろ髪をかいて、それから身を乗り出した。

「謝ることはない。ただ、ひとつだけ訊きたいことがある」

「……なんですか?」

「透と京香は、今回の事件を他殺だと思ってるのか?」

 俺と京香は、おたがいに目配せした。

 そして俺が代表してうなずいた。

「そっか……私もそう思ってるんだ」

 意外な返答──でもない。笠井さんは自分の考えを押し出すタイプだ。

 事故死には見えないと、さっき自分で言っていた。

「だけど正式な捜査は、もうできない。うえから注意される」

「つまり……プライベートで調べる、と?」

 笠井さんは、かるく首を縦にふった。

「そこで相談なんだ。私は暇人じゃないから、この事件につきっきりってわけにはいかない。それに捜査は中止。警察の権限も使えなくなる」

 おまえたちの出番だ。笠井さんは、無言でそう伝えた。

「でも……いいんですか? 俺たち一般人ですよ?」

「警察手帳が使えないんじゃ、私だってこの件じゃ一般人だよ」

 なるほど、猫の手も借りたいというわけだ。立場は対等。

「それじゃあ、おたがいに情報交換しませんか?」

「情報交換ね……さっきの透の話、目新しいところは、なにもなかったんだけど」

 これにはがっかりする。

 当然といえば当然だが。

「じゃあ、情報を教えてください」

「いいよ」

 笠井さんはそう答えて、但し書きをつけた。

「テストに合格したらね」

 俺は目を細めた。

「テスト……?」

「透と京香が信用できる人物なのは、私も分かってる。でもね、探偵の能力があるかどうかは、分からない」

「こう見えても、ミス研ですよ」

 だからどうした、と笠井さんは俺のステータスを一蹴した。

 あいかわらず、厳しいひとだ。

「テストって、なんですか?」

 笠井さんは、ホルダー付きの鍵を取り出した。そして、これがなにか分かるか、とたずねた。俺たちは、分かると答えた。海水浴場の更衣室にある、コインロッカーの鍵だ。白い長方形のホルダーに、穴がひとつ空いていて、そこに鍵が縛られている。

「このホルダーの部分に、数字がついてるよね?」

 そうだ。コインロッカーのナンバーが、ホルダーにも記載されている。俺のは36だ。笠井さんはそのホルダーをうまく摘んで、数字が見えないようにしていた。

 俺はなんとなくルールを察した。

「数字を当てろってことですか?」

「正解」

「超能力者じゃないんですよ? ヒントはもらえるんですよね?」

 俺の質問に、笠井さんは「もちろん」と答えた。

 ズボンのポケットから名刺を取り出して、パッとホルダーを隠した。

「数字の上端だけを見せる。そこから推理しろ。回答は3回までだ。自分がこうだと思う数字を、名刺の余白に書き込みな。○×をつけてやる」

「あたしも答えていいんですか?」と京香。

「いいよ」

 俺たちが見守るなか、笠井さんは名刺を下にずらした。


挿絵(By みてみん)


 上端が縦線一本? 俺はスプーンを置いて、あごに手を回した。

 順番に数字を考える。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10──

「それ、ほんとにコインロッカーのキーですか?」

「そうだよ」

「そこのコインロッカーのキーですか?」

 笠井さんは、正真正銘、海の家のコインロッカーだと言った。

「変なとんちクイズじゃないから、そこは安心しな」

 なるほど、嘘はついていないようだ。笠井さんは、そういうのに厳しい。

 俺は自分のポケットから、ロッカーのキーを取り出した。36。

「京香と富美子のは?」

 ふたりは、女子の更衣室のキーを取り出す。京香が14、富美子が15。

「女子の更衣室には、いくつぐらいロッカーがあった?」

 京香は思い出すように、すこし上目遣いになった。

「えーと……100はなかったと思う」

「5、60くらいじゃなかったかねぇ」と富美子。

 たしか入り口からみて左右の壁に、小型のロッカーが並んでいた。縦に5段、横に6列くらいだとすると、60前後だろう。俺の印象では、そうだ。とびらのところに、黒いペンキで番号が書かれていた。

「番号は、1から順に増えてたか?」

「……だと思う」

 京香の、やや自信なさげな回答。

 富美子は、自分と京香が1違いで、縦にとなり同士のロッカーへ入れたと答えた。

「だから1ずつ増えてるで、いいと思うんだけどねぇ」

 俺は納得した。

「ってことは……1~60のあいだか」

 ミスは2回まで。回答権は3回分しかない。でたらめに答えちゃダメだ。

 とはいえこの数字、上端が縦棒一本なんだよな。

 俺は率直に、

「ひとつしかないと思うんですけど」

 と言った。

「カマかけはダメだよ」

 俺は京香と目配せする。京香も、うんうんと首を縦にふった。

 だよな──京香もそう考えているようだが──該当する数字は、ひとつ。

 ひと呼吸おいて、俺は名刺の余白に、1と書き込んだ。

「ハズレ」

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