表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
老人ホームで見る夢は──輪廻転生殺人事件  作者: 稲葉孝太郎
第1章 小泉京香の財布~幼馴染の財布の在処は?
2/21

第2話 幼馴染の財布のありか

「冷蔵庫の中だろう?」

 俺は苦笑しかけた。そんなところに財布があるわけない。そう言いかけて、京香きょうかのほうを振り返ると、京香はペットボトルをにぎりしめたまま固まっていた。

「どうした、京香? ……まさか、合ってるわけじゃないだろ?」

「す、推理の過程をきかせて」

 合ってるのか? 京香の反応からして、そうとしか思えなかった。

 おばあちゃんはアイスクリームの棒をくわえると、しばらく天井を見あげた。

「どこから始めようかね……時間帯の特定からかい」

 俺は、

「時間帯? なんのだ?」

 とたずねた。

「財布が紛失した時間帯に決まってるだろうに」

 意味不明な返しをくらった。なんのことかさっぱり分からなかった。

 財布が紛失した時間帯だって?

 そんな情報、京香は1ミリも口にしなかったはずだ。

 おばあちゃんは、さっそく解説を始めた。

「京香ちゃんはこう言っただろう。『家の中をひとりで小一時間、捜しまわるハメになった』って。つまり、家のなかには京香ちゃんしかいなかったってこと。財布は大事なものだから、ふつうは家族みんなでさがしてあげるね。じゃあ、家のなかに京香ちゃんしかいない時間帯は?」

「……午後だな」

 と俺は答えた。朝は家族がいる。両親がいそがしかったとしても、シスコンの弟が手伝わないわけがなかった。弟がサッカーの練習でいなくなるのは、午後。同様の理由で、弟と両親が帰ってくる夕方以降も除外してよかった。

とおるにも、全体が見えてきたんじゃないかい?」とおばあちゃん。

 俺は正直に答えた。さっぱりだ、と。

「時間帯が特定できたから、どうだって言うんだ?」

「さて、ここで問題。京香ちゃんは、なぜ家のなかをさがしたの?」

 俺は沈黙した。質問の意味が理解できなかったからだ。

 しかたがないから、無難なことを言っておく。

「家のなかでなくしたからじゃないのか?」

「正解。外じゃなくて家のなかでなくしたと、彼女が判断した理由は?」

 俺はハッとなった。おばあちゃんの質問は、核心をついている。財布をなくしたら、ふつうは屋外で落としたと心配するはずだ。すくなくとも、さがしに行くだろう。さっきまでいたコンビニとか、学校までの経路とか、いろいろ。京香は午前中に部活があったのだから、通学路か部室をさがそうとするのが容易に想像できた。外で拾われたときのほうがリスクが大きいということもある。

 だが、京香はそれをしていない。

「たぶん……最後に家のなかで見かけたからだと思う」

「そうそう、いい推理ね。京香ちゃんは帰宅してから一度、自分の財布をチェックしているんだよ。そしてそのあとで見当たらなくなったから、家のなかにあると確信したってわけね。ここで、時間帯が重要になってくるでしょう」

「ここで? ……どういうことだ?」

「自宅で財布を確認する機会って、そんなにある? しかも2度、ね」

「2度っていうのは、どういうことだ?」

「1回目は、家のなかで財布をチェックしたとき、2回目は、家のなかで財布をなくしたと気付いたときだよ。だから最低で2度、財布に手を伸ばす機会があった」

 これも合理的だ。非の打ちどころがなかった。

 俺はさまざまな可能性を考えた──が、どれもあまり現実的ではなかった。例えば俺は今日、自分の財布を一度も確認していない。家のなかで金を使うことがないからだ。

 おばあちゃんが小学生に戻ったとはいえ、こづかいをあげる気もなかった。

 俺はギブアップして、

「そもそも、京香はなぜ財布を2回もチェックしたんだ? そこが分からない」

 とたずねかえした。

「その理由、透はもう目にしてるんだけど」とおばあちゃん。俺はくびをひねった。

「ちょっと記憶をたどってごらんなさい」

 俺は1分ほど考えて、ようやくひざを打った。

「そうか、シール台だッ!」

「正解。京香ちゃんは、財布にシール台を入れていた。ジュースを飲んで、懸賞シールをはがし、シール台に貼ろうとした。これが、自宅で財布に手を伸ばした動機……京香ちゃん、ここまではいい?」

 京香は困惑したような表情で、「合ってる」と答えた。

 俺もうなずきながら、

「財布がジュースと関係していたのは、俺にも納得がいった。だけどそこから冷蔵庫っていうのは、ちょっと飛躍し過ぎていないか? ジュースと冷蔵庫。連想ゲームではありえる組み合わせだが、財布と冷蔵庫はそうじゃない。もうワン・ステップ必要だ。ここは説明できるのか?」

 とたずねた。

「もちろん簡単だよ。なんでジュースをおごってもらえたと思ったんだい?」

 俺は、目のまえにあるペットボトルを凝視した。

 そして、なんて間が抜けているんだろうと、自分をののしりたくなった。

「京香、おまえ……買いだめしたな?」

 京香はすこし恥ずかしそうに、首をたてに振った。

「おば……富美子とみこ、ちょっと俺にも推理させてくれ」

「いいよ」

 俺はひと呼吸おいて、ここまでの情報をまとめた。

「京香は普段、こんな布袋を持ち歩いていない。このジュースを入れるためだけに、わざわざ持参したってことだ。だからジュースはコンビニじゃなくて、自宅から持ってきたことになる。どうして自宅に、たくさんジュースがあるのか? 買いだめしたからだ。景品目当てでな」

 京香がここでわりこんだ。

「待って、透の……いえ、富美子ちゃんの推理かもしれないけど、ひとつだけ突っ込ませてもらうわ。どうして買いだめって断言したの? お中元とかも、ありうるでしょ?」

「それはない。京香はさっき、シールの枚数をかぞえて、『マズったわ。一本多い』って言っただろう。他人からのプレゼントなら、あんな発言は出ない」

「マズったわ、一本多く持って来ちゃった、かもしれないでしょ?」

「それもない。枚数をどうしても合わせたいのなら、なんでわざわざ俺の家に持ってくるんだ? 家で全部シールを剥がして、貼っておけばいいだろう? 『マズったわ。一本多い』っていうのは、『一本多く買っちゃった』以外に、解釈のしようがないんだ。京香が景品のために自分で買ったのは明白なんだよ」

「なるほどね」と京香は言って、そのかたちのよい眉を持ち上げた。

 俺は続きを考える。

「京香は、ジュースを自分で買った。だから……だから……」

 だから、どうしたんだ? 俺の思考の糸は、そこでぷっつりと切れてしまった。

 俺がもごもごしていると、おばあちゃんはため息をついて、

「ほらほら、お母さんの手伝いしないから、そういうことになるのよ。想像力不足」

 とつぶやいた。

「手伝い? 俺が手伝いをサボってるのと、どういう関係があるんだ?」

「透は毎日帰って来たら、靴を脱ぎ散らかして自室に向かっちゃうでしょ。だから続きを推理できないの。よく考えてごらんなさい。女子高生が部活の帰りに、重たいジュースを炎天下のなか運ぶ。ふらふらになって帰宅して、いきなり自室にむかうの? ジュースを持って?」

 そうか……俺は息がつまるのを感じた。

 推理小説で真相にたどりついたときに起こる、アハッ体験みたいなものだった。

「そうだな……むかうのは台所だ。ジュースを冷蔵庫にいれないといけない」

「正解。全部つながったね。まとめるよ。京香ちゃんは先日、部活の帰り、ジュースを大量に買い込んで帰宅した。ふらふらになって台所へむかい、ジュースを冷やすために全部冷蔵庫へ押し込んだ。のどがかわいてて、その場で一本飲む。シールを貼る。このとき京香ちゃんは、自分がまだ財布を持っていることを確認した。ついでに冷蔵庫のジュースが足りているかも確認した。それから自室にもどって、今度は3時のおやつに一本飲む。またシールを貼ろうとすると、財布がない。大慌てで自宅をさがすハメになって……」

「それもこれも、暑さにやられたあたしは、冷蔵庫のジュースの本数を確認したあとで、うっかり財布をそこにしまっちゃったわけ……はいはい、そのとおりです。正解よ」

 降参した京香にむかって、おばあちゃんはにっこりとほほえんだ。

「わたしにかかれば、こんなものね。亀の甲より年の功ってやつ?」

 おばあちゃん、そこで年齢に言及するな。

「富美子ちゃん、あなたすごいわね。名探偵小学生? だれかさんとは大違い」

「おい、俺も半分くらいは合ってただろう?」

「半分? 三分の一くらいじゃなかった?」

 俺はあまり強く言えなかった。冷蔵庫はまったく思いつかなかったし、財布がまぎれ込んだ経緯も、まったくみえていなかった。俺が自分で推理できたのは、京香がジュースを買いだめしたということだけだ。

 三分の一どころか、四分の一くらいだろう。

 こうして推理合戦に負けた俺は、京香のきついお説教をくらってしまった。とはいえ、ミス研のレポートのネタはできたわけだ。感謝しなくちゃな。もっとも、京香が来た理由はよく分からないまま──幼馴染だから、ぶらりと俺の家に寄ることはあったが、そのときでもたいていは用事があった──その場はおひらきになった。

「それじゃ、またね」

 京香はのこりのペットボトルをかついで、玄関をあとにした。

 それを見送った俺の背中に、おばあちゃんが声をかけてくる。

「京香ちゃん、美人になったわねぇ」

「そうか? むかしと変わらないぞ?」

 俺はそう言ってから、おばあちゃんの顔を、じろじろとながめた。

「どうしたんだい? アイスでもついてるのかい?」

「いや……なんていうか……おばあちゃん、むかしはマジで綺麗だったんだな」

「あのねぇ……まえからそう言ってるだろうに」

 たしかに、おばあちゃんは生前から、「わたしも昔はモテたんだよ」なんて、気取ったことを言うのが口癖だった。俺はてっきり冗談だと思ってたんだが、こうして若いころの実物をまえにすると、まちがいなくモテただろうな、と感じる。小学生の容姿でそうなのだから、成長したらどれだけ美人になるのだろうと、想像をふくらませてしまいそうだ。

「そのDNAは、俺にたどりつくまえに、いったいどこへ行ったんだろうな?」

「なに? ディーエヌなんだって?」

「いや、なんでもない……」と俺はごまかして、話を本題へもどした。

「おばあちゃん、それだけ推理力があるなら、今回の事件だって解決できるだろ」

「今回の事件って、なんだい?」

「殺人事件だよ。ほかになにがあるんだ?」

 おばあちゃんは、くちのまわりについたアイスをぬぐい取って、「そうねぇ」と、あまり乗り気でないような返事。つい俺は、「自分が被害者だろ」と言ってしまった。

「でもねぇ、こうして若返れたんだし、むしろ感謝すべきなんじゃないかねぇ」

「あのなぁ……町内に殺人犯がいるんだぞ? おばあちゃんだけを狙ったとはかぎらないんだ。だれでもよかったのかもしれない。無差別殺人だったら、どうする?」

「そりゃ警察の仕事だろうに」

「警察は、あまり真剣に捜査してないんだ」

 俺のひとことに、おばあちゃんの目がするどく光った。

「それはまた、どうしてだい?」

「事故の可能性があると思ってるんだ。あるいは……その……」

 俺は口ごもった。

「なんだい、はっきり言いなさいな」

「……自殺の線でも捜査してるらしい」

「自殺ぅ? なんでわたしが、自殺しないといけないんだい?」

「介護苦だよ、介護苦」

 周囲にめいわくをかけないよう、老人が自殺する。この超高齢化社会においては、めずらしくもない現象だった。

「透は、わたしが自殺したと思ってるのかい?」

「そう思ってないから、こうしておばあちゃんに協力を頼んでるんだ」

「なるほどねぇ……ただの好奇心じゃないわけだ」

 あたりまえだ。ミステリは好きでも、ほんものの犯罪はきらいだった。どこそこで殺人事件が起きたら、人並みの恐怖は感じるし、かわいそうだとも思う。へぇ、殺人か、これはおもしろそうだ、なんて探偵気質は、俺のなかには備わっていない。

 だが、おばあちゃんのなかには、そういうなにか──常人とかけ離れたものがあるような気がした。いまにかぎったことじゃない。むかしから奇人で有名だった。「女にしとくのはもったいない」なんて、今の時代じゃだれも言わないようなことを、俺は老人クラブでよく耳にしていた。

「まあ、わたしも犯人に興味がないわけじゃないよ」

「だろ? おばあちゃんが殺される理由なんて、全然ない。無差別殺人だと思ってる」

 俺がそう言うと、なぜかおばあちゃんは、一瞬だけ黙りこんだ。

「おい……まさか、心当たりがあるのか?」

「ん? なに言ってるんだい。わたしがうらみを買うようにみえるのかい?」

 怨恨……さすがにないか。うちは母さんとおばあちゃんの仲もよかったし、晩年はボケていたとはいえ、家族に苦労をかけたこともなかった。老人ホームにはあっさり入ってくれて、家に帰りたいなどと、ダダもこねなかったのだ。近所付き合いも良好。町内会の世話役を務めたこともある。これについても町内会長は「富子さんが男なら、わしなんか会長にならんのだがね」と言っていた。

「それじゃ、わたしがひと肌、脱ぐことにするよ」

 その意気だ。俺は出掛ける準備をする。

 二日も着っぱなしのジャージだと、さすがに恥ずかしいものがあった。

「おばあちゃんは、その服でイイか? 靴は、俺がこどもの頃のサンダルしかないぞ?」

 俺の背中に、かるい蹴りがはいった。ふりかえると、おばあちゃんはアクション映画のヒロインみたいなポーズをとっていた。

 右足を軸にして、左足を鶴のように折り曲げている。

 カンフー映画かなにかかもしれない。

「そのおばあちゃんっていうのは、いまから禁止だよ。富美子さんとお呼び」

「わかったよ、富美子」

「さんをつける」

「幼児にさんづけしてる高校生とか不審者だろ」

 俺たちはそんなかけあいをしながら、家を出た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=118625986&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ