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老人ホームで見る夢は──輪廻転生殺人事件  作者: 稲葉孝太郎
第6章 橘真一の目撃~おばあちゃんの隠れた場所を当てろ!
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第16話 盲点の隠れ家

 俺は考え込んだ。おばあちゃんが隠れている場所──

「この公園のなか?」

 たちばなくんは、首を縦にふった。

富美子とみこちゃん、ルール違反はしてませんよ」

 インチキはしていないわけか。そのあたりは、さすがおばあちゃんだと言える。

 だけどインチキをしていないのに、どうして見つからないんだ? 田畑たばたくんは、かくれんぼの初心者ってわけじゃなさそうだ。現におばあちゃん以外は全員見つけた。俺が混乱していると、京香きょうかが、

「どこか盲点もうてんになってるんじゃない?」

 と言った。

「盲点って、どこだ?」

「さぁ……訊かれて分かるような場所は、盲点って言わないと思うんだけど」

 それもそうだ。

「地面に穴を掘ってるとか?」

「さすがにそれは僕が止めます」と橘くん。

 だな。公園に穴を掘るなんて、係員に怒られる。

「あ、でも、そんなに褒められた隠れ場所じゃないかな……」

 意味深な橘くん。

 俺はちょっと心配になった。公園内の売店の棚に隠れてるとかじゃないだろうな。あとで俺が呼び出しを喰らってしまう。

「もしかして、法律に引っかかる場所?」

 橘くんはウーンとうなって、

「そういうむずかしいことは分かりません」

 と答えた。小学生相手に、へんな質問をしてしまったようだ。

「とりあえず、お兄さんには教えてくれないかな?」

「それはルール違反です」

「でもさ、お兄さんには、いいだろ?」

「ダメです」

「そこをなんとか……チョコレートあげるからさ」

「ダメです」

 この少年、意外とがんこだな。片桐かたぎり英二えいじについてぺらぺらしゃべってくれたときとは、大違いだ。まああのときは、片桐英二が殺人犯だとは教えていなかったし、状況が異なるというのはあるが。

「そこをなんとか」

「僕と富美子ちゃんは友だちです」

 ウーン。小学生の友情パワーに押し切られた。

「安全な場所っていうのは、たしかなの?」

「はい」

 だったら、いいか──俺はベンチに座り直して、京香を呼んだ。

 京香はあきれ顔で、

「もうあきらめたの?」

 たずねてきた。

「今から考えるんだよ」

「この公園で見つからなさそうな場所って、建物のなかしかないと思うわよ」

 公園だから建物はそんなにないんだよな。俺には疑問だった。

 俺はもういちど橘くんに

「木のうえ?」

 と話しかけた。

「違います」

「俺が自力で当てたら、正解かどうか教えてくれる?」

「それなら、いいですよ」

 ヒントは出しませんから、と、橘くんは付け加えた。

「じゃあ、売店のなか? どこかの溝? それとも……」

「ちょっと待ってください。それって、自力で解いてませんよね?」

 ぐぅ。京香にも笑われた。

とおるったら、小学生にやり込められるとか、情けなくないの?」

「そうは言ってもなぁ……」

 橘くんは、

「3回までにしますね。3回間違えたら、僕はもう教えません」

 と追加の条件を出してきた。

 俺は京香と相談することにした。

「京香は、どこに隠れてた?」

「あたしが隠れてたのは、売店の裏手」

「そのとき、おば……富美子を見かけなかったか?」

「あ、それはダメですよ」と橘くんは、また干渉してきた。

 だが今度は反撃する。

「さっき橘くんは、富美子のことを見たって言っただろ? 教えちゃいけないのは、かくれた場所だけじゃないのか?」

 橘くんはその端正な顔立ちを、ムッとさせた。

「……そうですね」

 よしよしよし。ちょっとおとなげないが、俺は推理を続ける。

「で、京香、見なかったか?」

「記憶にないわね。っていうか、富美子ちゃん、あたしと逆方向に行ったと思う」

 逆方向。俺はその情報を頼りに、ベンチわきの案内図を見た。

「ここがちょうど中央で、売店は東のエリアの端か」

「そうね。その逆だから、多分、西のほうじゃない?」

「そうか? 途中で東へ反転したかもしれないぞ?」

「それはないと思う」

「なんでだ?」

「30秒以内に隠れないといけないのよ? あたしが売店の裏手に隠れたときは、もうギリギリだったし、そのときこのベンチのほうを見て、富美子ちゃんの姿はなかったもの」

 理由としては、ちょっと弱い。すぐに反転して京香のあとを追っかけ、直前で分かれたのかもしれない。その可能性を指摘された京香は、うで組みをした。

「そうかなあ……じゃあ3回あるし、試してみたら?」

 そう言われると、こっちも気が引けるんだよな。

 笠井かさいさんとの3番勝負が思い出される。俺はなやんだ。

「……橘くん、富美子は売店にいる?」

「違います」

 即撃沈。俺はため息をついた。

「寝不足で、頭が働かないな」

「そういう問題?」

 推理は頭脳勝負だ。昼寝ですっきりさせたかったが、かくれんぼは終わってしまう。夕方になるだろう。

「南エリアのほうは入り口の近くで、トイレ以外にほとんど障害物がない。ここは隠れられそうにないな」

「北のほうじゃない? アスレチックとかあるでしょ?」

 俺は肩をすくめた。

「アスレチックはナシになったろ? 俺たちが入れないっていう理由で」

「あ、そっか……アスレチックじゃないとすると、北も隠れにくいか。それ以外になにもないから、やっぱり西ってことになるわね」

 西は茂みが多い。自然エリアだ。池があって、その周囲に緑が広がっている。

 俺は橘くんに、

「『茂みのなか?』っていう質問は、いいのか?」

 と確認した。

「いいですよ」

「どこの茂みかは特定しなくてオッケー?」

「木のうえかどうかも、さっき答えましたし」

 ラッキー! 俺はすぐに尋ねた。

「茂みのなか?」

「違います」

 オーイ! 俺のアホ! 目のまえのニンジンに飛びついてしまった。茂みのなかが正解なら、もうちょっとためらうだろう。がんばれ、俺。観察力が足りない。

 後頭部をさすりながら、案内図をもう一度確認した。

「建物は南エリアのトイレ、東エリアの売店、北エリアのアスレチックしかない。このなかで売店は潰した。アスレチックもなしだ」

「トイレは?」

「トイレもなしだ。男子トイレには女子が入れないし、女子トイレには男子が入れない」

 これはルールの2番目だ。男女のどちらかしか入れない場所はNG。

 俺は案内図をパシリと叩いた。

「ようするに建物は全滅だ。となると、自然な障害物にかくれているとしか思えない」

「茂みでも木のうえでもないんでしょ?」

 京香は痛いところを突いてきた。

「自然の障害物は、まだあるだろ」

「例えば?」

 俺は案内図に寄りかかった。

「例えば……池のなかとか」

「あのさぁ……」

「例えば、の話だよ」

 とは言ったものの、ほかにうまいアイデアが思いつかない。

 俺は深呼吸してみた──そうだッ!

「この案内図のうしろじゃないのかッ!?」

 外れた。俺はあわてて、

「い、今のはノーカンだぞッ!」

 と叫んだ。

「分かってます」と橘くん。

 俺はメモ帳を取り出して、とりあえず今までの情報を整理してみた。


 一、富美子は公園のなかにいる。

 二、ルール違反はしていない。1、公園の外に出ない。2、男女どちらかしか入れない場所はダメ。3、アスレチックもダメ。

 三、橘くんの発言だと、ひとりきりになれる場所。


 全然分からん。この情報、合ってるのか? 俺は橘くんを疑い始めた。これだけプレイボーイなら、富美子をかばっているとも考えられる。実は女子トイレに隠れていて見つからない、っていうだけなのかもしれない──いや、でも、片桐英二の情報は、ほんとだったしな。橘くんは、マジメな子だと信じたい。

「透、あと一回よ」

「落ち着け、京香。3回外しても、捜しに行けばいい」

「なんで3回外す前提になってるの」

 俺は後頭部にチョップを喰らった。

「いてぇ……運動部が殴るなよ……」

「ほら、これですこしは目が覚めたでしょ」

「あのな、俺は壊れた家電じゃな……い……」

 俺は固まった──そうか、そういうことか。

「分かったぞッ! 富美子の居場所がッ!」


  ○

   。

    .


「富美子ちゃん、今日は楽しかったね」

「うん」

 おばあちゃんと橘くんは、一緒に並んで、夕日の坂道をあがっていた。そのあとを、俺はゆっくりとついていく。あのあと、おばあちゃんは見つかった。俺も鼻が高い。

「わたし、なかかな賢いところに隠れてたでしょ?」

 おばあちゃんは自慢げに尋ねた。

 俺にではなくて、橘くんに、だ。橘くんは、「そうだね」と言ったあと、

「でも、障害者用トイレにかくれるのは、ダメだと思うよ」

 と注意した。

 そう、富美子は障害者用トイレにかくれていた。あの公園が最近バリアフリーに改装されたことを、俺はすっかり失念していたのだ。かくれんぼが始まる前は、ちゃんと覚えていたのにな。おかしな話だ。バリアフリーなら、当然に障害者用トイレもあり、障害者用トイレは、男女共用だ。だからルール違反にならない。トイレというだけで選択肢を切り捨てていたのが、まさに盲点になっていた。俺が乗り込んで行ったときのおばあちゃんの驚いた顔は、なかなか見物みものだった。

 にやける俺とは対照的に、怒られたおばあちゃんはしょんぼりした。

「そ、そうだね……今度から気をつけるよ」

 自宅のまえまで来て、俺たちは橘くんと分かれた。

 おばあちゃんはサンダルを玄関に散らして、居間で飯を要求してくる。

「そのまえに、ひとつ言っておきたいことがあるんだ」

 俺は冷たい麦茶を淹れながら、おばあちゃんに話しかけた。

 おばあちゃんは、きょとんとして、

「どうしたんだい? 急にあらたまって?」

 と尋ねた。俺はちゃぶ台に座って、数秒ほど悩んでから、前日の騒動と、片桐英二が死んだことを伝えた。

 カランと、コップのひっくり返る音がした。

「嘘だよ……」

「おい、なにやってんだ。雑巾」

 立ち上がりかけた俺のすそを、おばあちゃんは引っ張った。

「嘘なんだろう?」

「嘘じゃない。片桐は自殺……」

「嘘ッ!」

 おばあちゃんは、大粒の涙を流し始めた。

「嘘だよ……英二さんが自殺だなんて……嘘……」

 富美子は俺の太腿を叩いた。

「嘘だと言っておくれ……」

 号泣する富美子をまえにして、これまでの懸念けねんが爆発した。

「おまえ……片桐と不倫してたなッ!」

「そんなわけないだろうッ!」

「じゃあ、なんで泣くんだッ!?」

 おばあちゃんは俺とすったもんだのあげく、居間を飛び出し、自室へ飛び込んだ。俺はドアを力任せにノックした。泣き声が聞こえるばかりだった。

「おいッ! 開けてくれッ!」

「……」

「くそッ!」

 俺はドアを思いっきり殴りつけた。泣きたいのはこっちのほうだ。亡くなったじいちゃんに、なんと言えばいいのか分からなかった。おやじとおふくろが留守のあいだに、こんなことが起こるなんて。

 俺は居間にもどった。ちゃぶ台のまえに腰をおろして、目を閉じる。これまでの出来事が、脳内を次々とかすめた。

 おばあちゃんが嫌がったとき、俺は手を引いたほうがよかったのか? あの時点で、悪い予感はしていた。だが、殺人犯は市内にいたのだ。気持ちの整理が追いつかない。

 カチコチと、柱時計の音が聞こえた。耳を澄ます。おばあちゃんの部屋からは、もうなにも聞こえなくなっていた。どのくらい時間が経ったのだろう。道路を走る車の音も静かになり、人通りも絶えた。顔をあげると、9時を過ぎていた。

「……」

 おばあちゃん、腹が減ってるだろうな。そう考えた俺は、冷蔵庫から牛乳パックを取り出した。おばあちゃんお気に入りのカップに入れて、電子レンジで温める。うっすらと膜の張ったそれをお盆に乗せて、俺はおばあちゃんの部屋のドアをたたいた。

「起きてるか?」

 返事はない。家を出たんじゃないだろうな? 俺は心配になって、ドアノブを回した。廊下の光が、室内へ入り込む。畳敷きの和室だ。小学生には似つかわしくないが、生前、おばあちゃんが自分で使っていた部屋でもあった。

 おばあちゃんは、部屋のすみにうずくまっていた。

「……起きてるか?」

 俺が声をかけると、「なんだい?」と、かすれた声が返ってきた。おばあちゃんは顔をあげて、俺のほうへ振り向いた。暗くてよく分からない。涙で、どれほど濡れているのかも。

 俺は黙って近寄り、カップを手渡した。おばあちゃんは「ありがとう」とだけ言って、口をつけなかった。俺は畳に腰を下ろした。薄暗い部屋のなかで、しばらくのあいだ、おたがいの呼吸音だけを聞いていた。そのうち、自分の心臓の音まで聞こえてくる。

 俺は意を決した。

「教えてくれないか……片桐英二について」

「……」

「おばあちゃんのプライバシーだって言うのは、分かってる。だけど……俺は孫だし、家族の問題でもあると思う。違うか?」

「……」

 やはりダメか。

「悪い、今のは忘れてくれ。事件はもう終わったんだよな」

 俺は立ち上がろうとした。なにかが服に引っかかる。振り向くと、おばあちゃんが俺のそでを引いていた。

「なんだ? 飯か?」

「……事件は終わってないよ」

「終わってない? どういう意味だ?」

「透が見たのは、偽装自殺だよ……英二さんは生きてる」

 俺は、呆然と立ち尽くした。

「どうしてそんなことが分かるんだ?」

「英二さんは、町中で発砲したりするひとじゃないからだよ」

「どうして、そう言い切れる? 元殺人犯……」

「違うッ!」

 おばあちゃんの声に、俺は息が詰まった。

「なにが違うんだ?」

「英二さんは、殺人犯なんかじゃない」

 おばあちゃんは語り始めた。

 遠い遠い過去のこと、片桐英二が、何者なのかについて。

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