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老人ホームで見る夢は──輪廻転生殺人事件  作者: 稲葉孝太郎
第6章 橘真一の目撃~おばあちゃんの隠れた場所を当てろ!
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第15話 かくれんぼ

 すべてが、ふりだしにもどった──いや、それとも、ゴールしたのだろうか。

 片桐かたぎり英二えいじは死んだ。

 俺は、公園のベンチに寝そべって、木漏れ日の太陽を見上げていた。遠くでは、おばあちゃんたちの声が聞こえる。はしゃぎ回っているらしい。左かと思えば右、右かと思えば左で、ひっきりなしだった。あのあと笠井かさいさんに家まで送ってもらった俺は、一晩眠れぬ夜を過ごした。

 警察がどういう処置をとったのか、それは分からない。

 ただ笠井さんから電話があって、

「遺書は直筆だった。死体は見つかってないけど、片桐本人みたいだね」

 と告げられた。横浜の刑務所に、片桐のメモが残っていたらしい。

 殺人を犯した片桐は、少年院には送られないで、刑事処分を受けたそうだ。笠井さんはそのメモを入手していて、鑑識に照合させた。その結果、遺書は片桐の筆跡であることが分かった。

 遺書の内容は、こうだ。自分はある切っ掛けで──この切っ掛けがなんなのかは、まったく記されていなかった──菅原すがわら富子とみこと再会することができた。だが彼女はすでに痴呆症を患っていて、自分を片桐だと認識できなかったのだと言う。そのショックのあまり、自分の70年間が否定されたような気がして、もはや生きる希望を失った、と。具体的な地名や人名は。ほとんど出ていなかった。唯一の例外として、横浜が挙がっていた。

 おばあちゃんと片桐は、再会したらしい。ということは、それ以前にどこかで会っていたはずなのだ。でなければ再会という言葉を使うはずがない。おばあちゃんは横浜で、片桐と出会ったのだろうか? いつ? どうやって?

 以上のことを、俺はおばあちゃんに尋ねられないでいた。昨日の捕り物については、ひとことも語っていない。切り出し方が分からなかったからだ。


 遺書は直筆だった。死体は見つかってないけど、片桐本人みたいだね。


 笠井さんはそう言った。


 死体は見つかっていない。さすがに気がかりだった。

 偽装自殺の可能性は、笠井さんも当然に考慮していた。

「あんまりうろつくんじゃないよ。顔は覚えられてないと思うけど」

 そう念押しされたのだが、俺はなんだか頭が混乱して、恐怖感もなくなっていた。

 片桐英二が自殺? あるいは偽装自殺?

「これって、自白したようなもんだよな……やっぱり、おばあちゃんは殺され……」

 ひんやりと、冷たいものが頬に押しつけられた。

 びっくりした俺は、上半身を起こす。みれば、京香きょうかだった。京香は、冷たい雫に濡れた清涼飲料のペットボトルを、2本持っていた。

「それって、例の懸賞か?」

「違うってば。冷えてるでしょ」

「サンキュ」

 俺は一本受け取り、キャップを開けた。そのまま、ごくりと一口飲む。

「ハァ……」

 大きく息を継いで、俺は青空を見上げた。ここは市民公園。子供や家族連れで溢れかえる、憩いの場だ。最近はバリアフリーになっていて、老人や車いすの利用者も、ずいぶんと増えていた。

「久しぶりだな……公園で昼寝とか……」

とおるって、公園に来てまで寝てるとか、それ以外にすることないの?」

「ないっていうか、最近あんまり眠れないんだ」

 京香は、私も、と答えた。そう言えば、いつものハキハキしたところがなかった。

「まあ、これで一件落着よね」

 京香はすでに解決した気でいるのか、にっこりと笑った。

 俺は憂鬱になる。

「どうしたの? うれしくないの?」

「なあ……ほんとうに、これで解決したのか?」

「片桐英二は死んだんでしょ?」

「おそらく、な。だけど老人ホームの密室は解けていない。片桐はどうやって、103号室にいるおばあちゃんを殺したんだ? どうやって入って、どうやって出た? ここの部分が、まったく解けてないんだ」

 京香から笑顔が消えた。すこし気まずくなる。

「それは、そうだけど……でも、そのトリックなら、だいたい見当がつくわ」

 京香はそう言って、志摩しまキッズハウスに送られた段ボール箱を指摘した。

「あのなかに、巧妙なトリックが隠されているのよ」

「どんな?」

「例えば、監視カメラに映らなくなる機械とか……」

 おいおい、SFの読み過ぎだ。

「あの段ボール箱のなかに、トリックが隠されていたとする……っていうか、それしか考えられないが……だけど、それがなんであるか分かるまで、事件は解決してないと、俺は思ってる」

「ねぇ、片桐が犯人だった以上、相手は元殺人犯なのよ。あたしたちの手に負えないわ」

 俺はくちびるを結んで、肩を落とした──そうだ、京香の言う通りだ。あとは、警察に任せるしか、ないのかもしれない。

 これ以上は──ふと、足下に影が差した。

 俺の顔を、おばあちゃんが心配そうに見つめていた。

「どうしたんだい? 元気がなさそうだね?」

「いや……ちょっと寝不足でな」

「さっきひとり帰っちゃってね、一緒に遊ばないかい?」

 オーイ、俺は高校生だぞ。富美子と遊んでいるのは、全員小学生だ。

 俺がそれを告げると、「かくれんぼだよ」と、富美子はムリヤリ参加させた。

「京香ちゃんも、どうだい?」

 京香もOKした。海水浴もそうだったけど、案外子供っぽいところがある。俺たちは初参加ということで、橘くんに注意事項を教えてもらった。

「ルールは簡単です。1、公園から出ないこと。2、男女のどちらかしか入れない場所、例えば、男子トイレとか女子トイレには隠れないこと。子供しか入れない場所はOKです」

「そんなところ、あるの?」と京香。

「公園の奥のアスレチックは、子供専用です」

「あたしたちは、そこに入ってもいいの?」

 あ、そうですね、と橘くんは言った。

「すみません、透お兄さんたちは、アスレチックを使えないんですね。アスレチックもナシということで。3、隠れたあとで場所を移動するのはアリです」

 なるほど、見つかるリスクは自分で負えってことか。

 地方都市の公園だから、広いと言っても、たかがしれている。だいたい150×150メートル四方だ。東京二十三区の公園よりも小さい。遊具や建物、樹木は多いから、なんとか成り立つのだろう。

「最後に、4、友だちのかくれているところを目撃しても、他人に教えちゃダメ。これは絶対に守ってくださいね」

 橘くんは、俺と京香に念押しした。

「ルールは以上です。最初の鬼は、だれがやる?」

 結局、じゃんけんして、田畑たばたくんという、全然知らない男子が鬼になった。坊主頭で威勢がいい。かなり自信があるようだ。

「それじゃ、30数えるよ。みんな隠れてね」

 田畑くんは、そばの木に顔を押し付けて、「1、2、3」と数え始めた。

 みんな散り散りになる。それから、5分後──

「透、見つかるの早いのね」

「京香もな」

 俺たちは、あっさりと見つかってしまった。どうやら小学生グループは、この遊びをかなりやり込んでいるらしい。ここなら見つからないだろうと思ったら──自動販売機の後ろがわで、ゴミ置き場──真っ先に探しに来た。俺が1番手で、京香が3番手くらいの情けなさだ。

 俺と京香はベンチに座って、田畑くんが走り回っているのをながめた。

「昔は、あたしたちもよく遊んだわね」

「ああ……」

「あのころは、一日が長かったかも」

「ああ……」

 俺はぼんやりと答えながら、ふと感慨にふけった。おばあちゃんと遊ぶようになってから、なんだか自分の子供時代が、ひどく懐かしくなる。俺にも小学生時代はあって、おばあちゃんたちと同じように遊んだ。そのことはもう、すっかり忘れていた。だが、こうして思い出してみると、小学生のころの夏休みと、今の夏休みは、どこか違ったところがある。それがなんなのかは、分からない。

 ただ──そう、あのころは、なにも考えていなかった。受験とか、将来のこととか、いろいろ──俺はもうすぐ受験生になる。そのあとは大学生で、就職活動して、結婚して、定年まで働いて──結婚できるかな。

 俺はちらりと、京香の横顔をみた。

「……ちょっと、なに見てんのよ?」

「あ、いや……なんでもない」

「なんでもないってことはないでしょ。どうしたの?」

 俺はベンチに寄りかかって、こめかみにこぶしを当てた。

「俺たちが年を取って……まあ50年後とかだぞ……こうやってベンチに座ってるとするだろ……」

 俺はそこまで言って、苦笑した。どういう空想だ。

「やっぱなんでもない」

 京香は肩をすくめて、かくれんぼの行く末を見守った。俺も同じようにする。ベンチの近くは満員で、ほとんどの面子は捕まっていた。今も公園の奥から、橘くんが連行されているところだ。

「捕まっちゃいました」

 橘くんはそう言って、俺の隣に座った。

「おつかれ、ずいぶん長く隠れてたんだね」

 俺は彼をねぎらった。

「隠れてたんじゃなくて、歩き回ってました」

「へぇ、よく見つからなかったね」

「田畑くんは、だいたい探す順番が決まってるんです。自販機のうしろから始めて……」

 それを先に言って欲しかったな。俺が見つかった場所じゃないか。

 そのときふと俺は、あるインスピレーションに襲われた。橘くんの発言は、なにか重要なことを示唆している気がする。

「なあ、京香」

「ん?」

「人間の行動って、パターンがあるよな?」

「……かもね」

 俺は、臼井うすいさんが見回りのとき、101号室、102号室を先に調べて、それから103号室のほうへ曲がったことを指摘した。

「で、それが、どうかしたの?」

「もし犯人が、臼井さんの見回りパターンを把握していたとしたら、どうなる? いつどの場所へ臼井さんが来るか、あらかじめ分かるんじゃないか?」

「すると?」

「犯人はどの時間帯なら物音を立ててもいいか、知っていたってことにならないか?」

 京香はウーンとうなって、「物音? どうして物音がするの?」とたずねた。

 それは簡単だ。俺は続きを説明した。

「おばあちゃんを殺害したトリックがなんにせよ、おばあちゃんが暴れたり、うめき声を上げたりする可能性はあったはずだ。それを係員に聞かれたら、計画が頓挫する。大掛かりな機械トリックなら、部屋のなかで物音がしたかもしれない……いや、したはずだ」

 京香は、ペットボトルの残りを飲み干した。

「そうね……ちょっとは納得できる」

 そのとき、田畑くんが帰ってきた。へとへとになっている。

「オーイ、富美子ちゃんが見つかんない」

 エーッと、周囲の子供たちは悲鳴をあげた。

「田畑ぁ、さっさと見つけろよ。2回戦ができないだろ」

 と、帽子の男の子。

「だって、どこにもいないんだ」

「富美子ちゃん、隠れるのうまいもんね」

 と、スカートの女の子。

「こうなったら、全員で捜そうぜ」

 子供たちは散り散りになった。

 俺と京香、それに橘くんだけが、その場に取り残される。

「どうする?」と京香。

「高校生がでしゃばっても、しょうがないだろ」

「保護者でしょ……誘拐されてたら、どうするの?」

 俺はベンチから立ち上がった──なんでその可能性を考えなかったんだ。捜しに向かおうとしたところで、橘くんが声をかけてきた。

「富美子ちゃんの居場所なら、僕、知ってますよ」

「マジかッ!?」

 俺が聞き出そうとすると、橘くんは、

「でも、教えられません」

 と答えた。

「なんでだ?」

「そういうルールです」

 いや、そういう問題じゃない。

「へんなひとに連れてかれるといけない」

「絶対安全な場所です。ひとりきりになれますし」

 公園で、ひとりきりになれる場所? いったい、どこだ?

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