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老人ホームで見る夢は──輪廻転生殺人事件  作者: 稲葉孝太郎
第5章 志摩涼子の宅配~消えた容疑者はどこへ?
13/21

第13話 小学生の告げ口

 志摩キッズハウスというのは、いわゆる児童養護施設だった。交通事故や病気で両親を失った子供たちに、生活の場を提供する場所。そこの園長さんが、どうやら志摩しま涼子りょうこという、おばあさんらしい。ここまでは、近所の噂好きなおばさんから教えてもらった。

「けっこう近いな」

 俺は臼井うすいさんのアパートから、いったん自宅へもどって、富美子とみこの様子を確認した。すると──いないじゃないかッ! どこへ行ったんだ。いくら中身が高齢者だからって、勝手に外出は困る。徘徊老人だぞ。俺は悪態をつきながら、自転車に乗りなおして、キッズハウスへ向かった。10分ほどで到着する。だだっぴろい敷地に、遊具や倉庫が並ぶ、やや殺風景な場所だった。

 夏休みだからか、ブランコや砂場には小さな子供たちがみえた。そのなかのひとりが、こちらを興味深そうにみている。半袖半ズボンの男の子。なんだか気まずい。彼らだけの聖域に、土足で踏み込んでいるような気分になった。

「……よし」

 俺は意を決して、敷地に入る。アスファルトすら敷かれていない剥き出しの土のうえを通って、一番大きな建物へむかった。多分そこが事務室だろうと、当たりをつけたのだ。違ったら違ったで、だれかが教えてくれるだろう。

 俺は玄関につくと、チャイムを鳴らした。

「先生、だれか来たよッ!」

 とびらの向こうから、威勢のいい女の子の声が聞こえた。それから「はいはい」という大人の女性の声。パタパタと足音が聞こえて、玄関がひらいた。真っ白な髪が特徴的な、丸顔の女性があらわれた。眼鏡をかけて、にこにこしている。

「おはようございます」

 先に挨拶された。俺はすぐに挨拶し返す。

「おはようございます……志摩涼子さんにお会いしたいのですが……」

「志摩は、私ですよ」

 だいたいそんな気がしていた。いかにも園長先生って感じだもんな。俺は自己紹介したあと、これまでと同じ嘘をついて、荷物の在処をたずねた。たしか送り主は太宰だざいさんで、ビデオデッキとVHSのセットだったはずだ。

 すると志摩さんは、すこし戸惑ったような顔をした。

「あの……おっしゃることが、よく分かりませんが」

「単刀直入に言うと、志摩さん宛の荷物のなかに、祖母の形見が入っているかもしれないんです」

菅原すがわら富子とみこさんのことでございましょうか?」

「え? ご存知ですか?」

 志摩さんは、よく知っていると答えた。

「ええ、ええ、富子さんがこの町へ嫁入りなさったときから、よぉく存じ上げておりますよ。お悔やみ申し上げます」

「御愁傷様です」

 俺は形式的に答えた。おばあちゃんは生きてるもんな。

「というわけで、太宰さんから送られた荷物を、ちょっと見せていただけませんか?」

 おばあちゃんの知り合いなら、すこしくらい踏み込んでも大丈夫だろう。

 俺はそう考えた。

 ところが志摩さんは、要領をえない返事ばかりで、なかに入れてくれない。

 俺はだんだん焦れてきて、

「建物のなかに入れてくださらなくても、結構です。この玄関でも構わないのですが、とにかく、段ボール箱を見せていただけませんか?」

 とお願いした。

「とは言いましても、あの箱は重いので……」

 おっと、重さに言及したぞ。俺は、しめたと思って、

「そんなに重いんですか?」

 とたずねた。

「ええ、私では、とうてい運べません」

「ということは、だれかに運んでもらったわけですか?」

「それは……」

 質問は単純なのに、志摩さんは答えられなかった。だれが運んだのか、覚えていないと言うのだ。作り笑いのような表情で、

「いえねぇ、富子さんより5才ほど若いだけで、私ももうすっかりボケてしまいまして」

 と、ごまかした。

 おいおいおい、めちゃくちゃ怪しいぞ。本命か?

 俺は脳みそをフル回転させて、対処法を考えた──いったん、引くか。

 ごり押しすると、警察を呼ばれかねない。笠井かさいさんに応援を頼もう。

「分かりました……すみません、朝早くから、お騒がせして」

「いえいえ、こちらこそ、なにもお手伝いできませんで」

 俺は玄関をはなれた。背後で、とびらの閉まる音がする。

 足を止めて、ちらりと振り返った──なにかあるな。間違いない。段ボール箱を見せるだけなのに、あそこまで拒否するなんて。見ず知らずの男ならともかく、知人の孫だ。高校生だし、怪しまれる要素はなかった。

 俺はメモ帳に今の出来事をメモした。

「お兄さん、なにしてるんですか?」

 いきなり声をかけられて、俺は振り返った。そして、びっくりした。

たちばなくんッ!」

 そこにいたのは、あのイケメン小学生、たちばな真一しんいちくんだった。

「おはようございます」

「お、おはよう……なんでここに?」

「僕の家だからです」

 なに? 橘くん、孤児だったのか?

「もしかして海に来ていたの、キッズハウスのメンバー?」

「はい、そうですよ」

 あのときちゃんと観察していれば、志摩さんもいたわけか。

 いやはや、俺はじぶんの観察力のなさには、あきれてしまう。

とおるお兄さんは、なにをしてるんですか?」

「ちょっと、荷物を捜しててね」

「忘れ物ですか?」

「うん、まあ、そんな感じ……」

 そのとき俺はハッとなった。よくないアイデアが、脳内をかすめる。

「……ねぇ、橘くん、ひとついいかな?」

「なんですか? 富美子ちゃんが、遊びに来れなくなったとか?」

 おいおい、今日も遊ぶのか。ほんとプレイボーイ、プレイガールだな。

 うらやま……けしからん。

 俺は気を取り直して、先をつづけた。

「ひとつ質問なんだけど……先月の15日に、だれかが荷物を配達に来なかった?」

「15日?」

「そう、15日。玄関のチャイムが鳴ったとか、覚えてない?」

「ウーン……覚えてないです」

 そりゃそうか。質問が悪かったな。

「最近、家のなかで新しい映画を観た、ってことはないかな?」

「……分かんないです。僕、テレビはあんまり観ないので」

 そっか。見た目の通り、アウトドア派か。

 どうやら、情報源にはなってくれないみたいだ。俺は半分あきらめつつ、最後の──ひとつと言って、みっつもしてしまった──質問を放った。

片桐かたぎり英二えいじっていう男のひと、知らないかな?」

「知ってます」

「うん、そうか、やっぱり……えッ?」

 俺は橘くんの肩を、がっしりとつかんだ。

「知ってるのかッ!?」

「お兄さん、肩が痛いです」

 俺は、あわてて手をはなした。

 ここで泣かれたら、俺は変質者の仲間入りをしてしまう。

「片桐英二ってひと、知ってるの?」

「エイジさんかどうかは分かりませんが、カタギリっていうひとは知ってます。おじいさんですよね?」

 ビンゴだ。俺はパニックにならないよう、冷静に努めた。

「そうそう、おじいさんだよ……どういう外見してるか、分かる?」

「白髪で……ハゲてはないです。俳優さんみたいなひとでした」

「眼鏡は?」

「かけてません」

「足が悪いとか、背中が曲がってるとかは?」

「いいえ」

「太ってる? 痩せてる?」

「どっちでもないです」

 意外な人物像。そうとう健康なんだな。

 つまり、おばあちゃんを窒息死させる腕力も、あったってことか?

「身長は、どのくらいか分かる?」

「大人の身長って、分かんないです」

 そうか、下から見上げてるもんな。大人はみんな、おっきいとしか感じないのだろう。

「俺と同じくらいは、あった?」

「……多分」

 170センチ前半か。昔のひとだから、かなり高い部類だな。

 終戦直後は、男の平均身長が160だったはずだ。

 俺のなかで、片桐英二には殺人の余力が十分にあると判断された。一方で、昨晩の疑念が、ふたたび頭をもたげてきた。俳優みたいな男性──おばあちゃんとの接点は、まさか──いや、やめておこう。ゲスの勘ぐりだ。亡くなったじいちゃんとおばあちゃんとの仲は、悪くなかったと聞いている。

「お兄さん、そのカタギリってひとが、どうかしたんですか?」

「ん……あ、いや、ちょっとね、話したいことがあるんだ」

「カタギリさん、たまにハウスへ来ますから、そのとき会えばいいんじゃないですか?」

 マジかよッ! 捜査が一気に進展したぞ。第一容疑者発見だ。

「いつ? 定期的に?」

「ンー……定期的じゃ、ないです」

「どのくらいの頻度?」

「多いときで……1週間に1回」

 少ないな。

「何時頃か、決まってる?」

「はい、それは決まってます。いつも夜です」

「もうちょっと詳しく」

「僕たちが寝たあとですから……夜の10時くらいかな」

「橘くんは、どこで会ったの?」

「トイレに行ったとき、そとでだれかと話してるのを見ました」

「だれかって、だれ?」

「暗くてよく分かりませんでした……男のひとだったかも」

「どうして、一方が片桐さんだって分かったの?」

「『カタギリさん、カタギリさん』って、相手が言ってました」

 素晴らしい情報だ。俺は橘くんにお礼を言って、

「悪いけど、俺と話したことは、志摩さんに教えないでね。ほかの子にもダメだよ」

 と念押しした。

「分かりました」

 俺はお礼に、チョコレートを買ってあげると約束した──変質者のやり口そのものだな──そしてキッズハウスを出ると、笠井さんに連絡した。

《ふわぁ……おはようさん》

「おはようございます。笠井さんですか?」

《非番のときくらい、ゆっくり寝かせてくれよなぁ》

 俺は橘くんから得た情報を、笠井さんに伝えた。

 笠井さんは黙っていたけれど、電話越しに、気迫がありありと感じられた。

《……その情報、間違いない?》

「小学生の言うことですから、細部は間違ってるかもしれません。でも全部が嘘ってことは、ないと思います。片桐は、このキッズハウスに出入りしてます」

《なるほどねぇ……荷物が異常に軽かったのは、片桐が中身を抜いたからか。VHSの箱は、キッズハウスに届いてないみたいだね》

「ただ、そう考えると……」

 俺は言葉をにごした。

「園長の志摩さんが、嘘を吐いてることになりませんか? 犯罪者をかばうようなひとには、見えなかったんですが」

 それとも、俺が外見に騙されているのだろうか。

《先入観は禁物。どちらとも言えない。志摩さんは、とおるのことを怪しんで、なかに入れなかっただけかもしれないし》

「高校生ですよ?」

《だから、どうだっていうんだ? 高校生の犯罪者なんて、いくらでもいるよ》

 それもそうか。俺は納得した。志摩さんについては、保留しておこう。

《片桐は元殺人犯だ。単独行動は厳禁する。私が今夜から、キッズハウスに張り込むよ。透はしばらく自宅で待機してな》

「ま、待ってください……俺も同行させてもらえませんか?」

《ダメだよ。透が襲われたら、私がクビになるだろう》

「絶対に訴えたりしませんから。お願いします」

《訴える訴えないの問題じゃないんだよ。責任問題に発展する》

 俺は何度も頼み込んだ。おばあちゃんを殺した犯人は、俺の目の前で逮捕してもらう。それがミス研会長であり、菅原富子の孫である、俺の意地だ。

 笠井さんは、大きくため息をついた。

《分かった……子供のころを思い出して、探偵ごっこと参りますか》

「すみません、ありがとうございます」

 俺たちは今夜の張り込みについて、念入りに打ち合わせした。笠井さんは、俺の安全を考えて、家のまえでピックアップすると言った。そのままキッズハウスの近くまで行き、2人で見張りをするのだ。

《いいかい、私の指示があるまで、絶対に動いちゃダメだからね》

「分かりました。約束します」

《それじゃあ今夜9時に、透の家のまえで……すっぽかすなよ》

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