第12話 なんでも屋、かく語りき
「さあ、答えてもらおうか。片桐英二が、だれなのかを」
俺は富美子に詰め寄った。富美子は、俺が正解すると思っていなかったのか、口をパクパクさせ、なにやら言い訳を始めた。
「あ、あれは、冗談だよ」
「冗談? ……おいおい、今さらそれはないだろ。嘘つきは、地獄で閻魔様に舌を抜かれるんじゃなかったのか?」
生前の富美子の口癖だ。富美子はムスッとして、あぐらをかいた。
「あのね、被害者の言うことは、聞くもんだよ」
「いいから答えろ。反故はナシだ」
ああだこうだと、富美子はねばった。
俺もしびれを切らして、
「いい加減にしろよッ! 教えるって約束しただろッ!」
とさけんだ。
「あれは、透がしつこかったからだよ。あきらめると思ってね」
「そんな言い訳が通用するかッ! マジで怒るぞッ!」
「怒りたいのは、こっちだよッ! なんで人のプライベートに、いちいち首を突っ込むんだいッ!」
「殺人のどこがプライベートだッ! 完全にパブリックだろッ!」
俺はこぶしをふり上げて、ちゃぶ台を叩いた。
富美子も負けじと、湯のみを打ち付ける。
なんだか親子喧嘩みたいになってきた。
「とにかく、片桐英二がだれなのか、それだけ教えてくれればいいんだ。老人ホーム以外でも、会ったのか?」
「さあ、覚えてないよ」
「絶対ウソだ」
どうしてそんなに意固地なんだ? 俺は不思議に感じた。
そしてちらりと、あるイヤな予感がよぎった。
「おばあちゃん、まさか……」
「まさか、なんだい?」
「いや……なんでもない……」
俺は口元に手をそえて、冷静になる。奥にある仏壇と、とっくに亡くなったじいちゃんの遺影に視線を走らせた──さすがに、そんなことはないだろう。
俺が自分の内面と格闘しているあいだ、富美子は急に立ち上がると、居間を出て行こうとした。
「おい、どこ行くんだ?」
「もう寝るよ」
「はあ?」
引き止めようとすると、パシリと手をはたかれた。さすがに頭にきて、「いい加減にしろよッ!」と叫んでしまった。富美子はそれも無視して、自分の部屋に向かった。生前に使っていた部屋だ。俺は追いかけたが、バタンととびらを閉められた。
俺はそばにあった座布団を持ち上げ、投げつけた。
「こうなったら、俺ひとりで調べるからなッ!」
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翌日、俺は朝一で、なんでも屋の後藤さんを訪れた。ひとつとなりの地区に住んでいるひとで、自宅がそのまま事務所になっていた。かわらぶきの屋根に、大きな庭がついている。玄関のまえには、白い軽トラが停められていた。うしろに幌がかけられていた。荷物が落ちないようにするためだろう。
「ごめんください」
俺が声をかけると、あご髭のある、なにやらダンディな人なおじさんが出てきた。俺が予想していたのと、すこしばかり違っていた。なんでも屋っぽくない。
「おはようございます」
「おはよう、お客さん?」
俺は、正直に身分を明かした。変にごまかしても、あやしまれるだけだ。
「ああ……このまえの老人ホームの……大変だったね」
「その件で、すこしお伺いしたいことがあるんです」
「なんだい? 遺品の整理?」
まあ、そんなことです、と答えてから、
「7月15日に、老人ホームで荷物を回収されましたよね?」
とたずねた。
「7月15日と言われてもね……覚えてないよ」
「集荷表は、お持ちでないんですか?」
「それはあるけど、いったい、なんの用だい?」
俺は、準備しておいた嘘を吐く。
「その日、祖母の荷物がなくなってるんです。もしかして、誤配送があったんじゃないかな、と思うんですが……」
後藤さんは、肩をすくめてみせた。
「届け先から、苦情はなかったね」
「誤梱包とか、そういうことはありませんか?」
「ウーン……そう言えば、刑事さんが同じようなことを尋ねてたけど、そんなに大事なものなの?」
「はい……形見のようなもので……」
どう返答したものか──俺は数秒ほど言葉をにごして、こう付け加えた。
「古いアルバムなんです。そういうものが入っていたのを、記憶なさってませんか?」
「すまないが、荷物のなかをイチイチ調べたりは、しないんだよ」
なんてこった。これじゃあ、笠井さんが手を焼くのも分かる気がする。かなりアバウトな営業のようだ。ヘタしたら、違法なものでも運んでしまうってことじゃないか。俺は若干あきれた。
「集荷表はあるっておっしゃいましたよね?」
「もちろん、集荷表はあるよ。品目も書いてあるけど、中身を調べたことはないかな」
「異常に重たかったりしても、ですか?」
ああ、と、後藤さんはうなずいた。
「そもそも今年に入ってから、異常に重い荷物をあずかった記憶がないね」
「異常に重いというのは……どのくらいですか?」
「上限で40キロかな。それより重いと、ひとりで運べなくなる。大手の運送会社でも、40キロが目安だと思うよ」
「そうですか……」
あの監視カメラをみた限り、40キロ台の箱はなかった。つまり、後藤さんが不審に思うような荷物は、なかったってことに──いや、そうでもないか。
俺は気を取り直して、違う角度から攻めてみる。
「中身がちょっと変わってるな、と思う荷物はありませんでしたか? おかしな音がするとか、あるいはバランスが悪いとか……」
「そんなこと言われてもねぇ」
後藤さんは腕組みをして、ウーンとうなった。そして、思いついたように、
「ああ、そう言えば、異常に軽い荷物を運んだ記憶があるな」
と答えた。
「いつですか?」
「それは覚えてないが……7月15日だったか……」
俺はこの情報に、激しく食いついた。
「老人ホームからですか?」
「そうだったように思う」
「藤椅子ですか?」
「いや……もっと軽かった。ほとんど空箱に近かったんじゃないかな」
俺は後藤さんの台詞を、逐一メモにとった。すこしあやしまれたかもしれない。
「7月15日は、あの3つしか配送していないんですか? 午後に4つ目を取りに来たとか、そういうことは?」
後藤さんは、ちょっと待ってくれと言って、集荷票を確認してくれた。
「あの日、老人ホームには午前中しか行ってないね」
「ということは、あの日、午前中に回収した荷物のうちのひとつが、異常に軽かったってことですか?」
「そうなるね」
後藤さんはそこまで言って、
「申し訳ないけど、そろそろ午前の配送があるんで、ここまでにしてくれないかい」
と、車のエンジンをかけた。俺はお礼を言って、店舗の敷地から出た。
メモを確認する。軽く爪を噛んだ。どういうことだ?
監視カメラに映っていた箱で、そんなに軽そうなものは、なかったぞ?
一番軽いと思われた藤椅子の箱で、数キロはありそうだった。
「途中で、荷物が抜かれたのか?」
ありうると、俺は思った。ひょっとして集荷票には、虚偽の品目が書かれていたんじゃないだろうか。実際は、おばあちゃんを殺すときに使った凶器で、それを配送中に横取りしたのかもしれない。だとすると、あの3つの箱のうち、中身を抜かれたものがあるはずだ。もちろん受取手は、箱が軽過ぎることを不審に思うかもしれないが、もともと自分が送ったものじゃないんだから、苦情までは入れないだろう。送り手が「そんな箱は送っていない」ととぼければ、すべてはうやむやになってしまう。空箱なら、警察に届けたりもしない。
「……ひとりずつ、当たってみるか」
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俺は、笠井さんから教えてもらった受取人3人の名前を頼りに、一件一件、当たってみることにした。まずは臼井さんから。住所が明瞭だったからだ。臼井さんは、京香の家の近くにあるアパート──外観だけみると、廃墟なんだが──に住んでいた。俺は適当なところに自転車を駐輪して、チャイムを押した。
彼女の部屋は2階。ちょっと緊張する。
「……留守かな?」
さすがに出勤中か。きびすを返したところで、ドアがひらいた。
幽霊みたいな女性が、隙間から顔をのぞかせた。
「どなたさまですか……?」
「あ、おはようございます」
臼井さんはパジャマを着ていた。
「すみません、寝てらっしゃいましたか?」
「これから寝るところです……」
うおお、二重の意味で気まずい。俺は「出直して来ます」と言ったが、臼井さんは、べつに構わないと、俺を引き止めた。
「最近、眠れないので……」
ウーン、これは事件のせいで、神経症になっているんだろうか? だとすれば彼女のためにも、早く解決したほうがいいな。俺はメモ帳を取り出した。そして、なんでも屋の後藤さんについたのと、同じ嘘をついた。
「そうですか……富子さんの荷物を、間違えて送られたんですか……」
「ええ、ですから、ちょっと教えていただきたいことがあるんです」
臼井さんは、
「私の知っている範囲でなら……」
と答えてくれた。
このひと、外見はすごく暗そうだが、根はイイひとなのかもしれない。
「臼井さんは先月の15日に、荷物を発送されましたね?」
「15日……ああ……化粧台ですか……」
「化粧台を入れた段ボール箱に、べつのものが入ってませんでしたか? あるいは中身が入れ替わっていたとか」
臼井さんは、怪訝そうに首を振った。
「いいえ……」
「ほんとうに、梱包したときのままですか?」
臼井さんはドアの隙間をひろげて、部屋の奥を指差した。台所の向こうがわに、狭い部屋がみえた。外壁と同じで、室内も年代物だった。築30年は経ってるんじゃないだろうか。ただ重要なのは、そこじゃなかった。
「まだ開封もしてないので……」
えッ──俺は、壁に立てかけてある段ボール箱に気づいた。それは、室内に置き場所がなかったのか、キッチンと冷蔵庫のあいだの隙間に置かれていた。
「それが、例の化粧台ですか?」
「はい……組み立てても、置き場所がないもので……」
たしかに、それは納得できる。
だけどほんとうに開封してないのか? どうにかして、確認できないだろうか?
俺はすこし考えて、
「そうですか、お騒がせしました」
と、あっさり引き下がった。
「いえ……もしかすると、ホームのほうにまだあるのかもしれません……あとで、管財に問い合わせておきます……」
「あ、ありがとうございます」
これはちょっと良心が痛む。おばあちゃんの形見なんて、俺のでっちあげなのだ。管財に連絡したところで、見つかるわけがない。
「では、これで失礼します。おやすみなさい」
「おやすみなさい……」
ドアが閉まった。俺は鉄製の階段を下りて、自転車のところへ急ぐ。
スマホを取り出して、京香に電話した。
《もしもし?》
「京香か?」
《透? おはよ。こんな朝早くに、どうしたの? めずらしいわね》
「ちょっと、頼みがあるんだ」
《ごめん、もうすぐ朝練に出掛けるの。またあとでね》
「すぐにってわけじゃない。内容だけ聞いてくれ。今日の午後、剣道部の練習が終わったあとで、臼井さんのアパートへ行ってくれないか?」
《はい?》
俺は、これまでの経緯を説明した。京香は黙って耳を傾けた。
《つまり……その段ボール箱が開封されてないかどうか、チェックするの?》
「犯人はあの段ボール箱に、凶器を隠したのかもしれない。俺は男だから、ちょっと失礼します、なんて入れる雰囲気じゃないんだ。その点、京香ならなにか口実をみつけて、臼井さんの部屋に入れるんじゃないか?」
《まあ……おすそわけとか……いろいろ……》
よし、決まりだ。俺は京香を説得した。
《またおごってもらうわよ》
「分かった。礼はする」
俺はスマホを切って、メモ帳を再確認した。残り2件。
「志摩涼子と太田奈津子……どっちも知らないんだよな……」
どうしたものか。俺は悩んだ末、志摩キッズハウスへ向かうことにした。