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老人ホームで見る夢は──輪廻転生殺人事件  作者: 稲葉孝太郎
第5章 志摩涼子の宅配~消えた容疑者はどこへ?
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第12話 なんでも屋、かく語りき

「さあ、答えてもらおうか。片桐かたぎり英二えいじが、だれなのかを」

 俺は富美子とみこに詰め寄った。富美子は、俺が正解すると思っていなかったのか、口をパクパクさせ、なにやら言い訳を始めた。

「あ、あれは、冗談だよ」

「冗談? ……おいおい、今さらそれはないだろ。嘘つきは、地獄で閻魔えんま様に舌を抜かれるんじゃなかったのか?」

 生前の富美子の口癖くちぐせだ。富美子はムスッとして、あぐらをかいた。

「あのね、被害者の言うことは、聞くもんだよ」

「いいから答えろ。反故ほごはナシだ」

 ああだこうだと、富美子はねばった。

 俺もしびれを切らして、

「いい加減にしろよッ! 教えるって約束しただろッ!」

 とさけんだ。

「あれは、とおるがしつこかったからだよ。あきらめると思ってね」

「そんな言い訳が通用するかッ! マジで怒るぞッ!」

「怒りたいのは、こっちだよッ! なんで人のプライベートに、いちいち首を突っ込むんだいッ!」

「殺人のどこがプライベートだッ! 完全にパブリックだろッ!」

 俺はこぶしをふり上げて、ちゃぶ台を叩いた。

 富美子も負けじと、湯のみを打ち付ける。

 なんだか親子喧嘩みたいになってきた。

「とにかく、片桐英二がだれなのか、それだけ教えてくれればいいんだ。老人ホーム以外でも、会ったのか?」

「さあ、覚えてないよ」

「絶対ウソだ」

 どうしてそんなに意固地なんだ? 俺は不思議に感じた。

 そしてちらりと、あるイヤな予感がよぎった。

「おばあちゃん、まさか……」

「まさか、なんだい?」

「いや……なんでもない……」

 俺は口元に手をそえて、冷静になる。奥にある仏壇と、とっくに亡くなったじいちゃんの遺影に視線を走らせた──さすがに、そんなことはないだろう。

 俺が自分の内面と格闘しているあいだ、富美子は急に立ち上がると、居間を出て行こうとした。

「おい、どこ行くんだ?」

「もう寝るよ」

「はあ?」

 引き止めようとすると、パシリと手をはたかれた。さすがに頭にきて、「いい加減にしろよッ!」と叫んでしまった。富美子はそれも無視して、自分の部屋に向かった。生前に使っていた部屋だ。俺は追いかけたが、バタンととびらを閉められた。

 俺はそばにあった座布団を持ち上げ、投げつけた。

「こうなったら、俺ひとりで調べるからなッ!」

 

  ○

   。

    .


 翌日、俺は朝一で、なんでも屋の後藤ごとうさんを訪れた。ひとつとなりの地区に住んでいるひとで、自宅がそのまま事務所になっていた。かわらぶきの屋根に、大きな庭がついている。玄関のまえには、白い軽トラが停められていた。うしろにほろがかけられていた。荷物が落ちないようにするためだろう。

「ごめんください」

 俺が声をかけると、あご髭のある、なにやらダンディな人なおじさんが出てきた。俺が予想していたのと、すこしばかり違っていた。なんでも屋っぽくない。

「おはようございます」

「おはよう、お客さん?」

 俺は、正直に身分を明かした。変にごまかしても、あやしまれるだけだ。

「ああ……このまえの老人ホームの……大変だったね」

「その件で、すこしお伺いしたいことがあるんです」

「なんだい? 遺品の整理?」

 まあ、そんなことです、と答えてから、

「7月15日に、老人ホームで荷物を回収されましたよね?」

 とたずねた。

「7月15日と言われてもね……覚えてないよ」

「集荷表は、お持ちでないんですか?」

「それはあるけど、いったい、なんの用だい?」

 俺は、準備しておいた嘘を吐く。

「その日、祖母の荷物がなくなってるんです。もしかして、誤配送があったんじゃないかな、と思うんですが……」

 後藤さんは、肩をすくめてみせた。

「届け先から、苦情はなかったね」

「誤梱包とか、そういうことはありませんか?」

「ウーン……そう言えば、刑事さんが同じようなことを尋ねてたけど、そんなに大事なものなの?」

「はい……形見のようなもので……」

 どう返答したものか──俺は数秒ほど言葉をにごして、こう付け加えた。

「古いアルバムなんです。そういうものが入っていたのを、記憶なさってませんか?」

「すまないが、荷物のなかをイチイチ調べたりは、しないんだよ」

 なんてこった。これじゃあ、笠井かさいさんが手を焼くのも分かる気がする。かなりアバウトな営業のようだ。ヘタしたら、違法なものでも運んでしまうってことじゃないか。俺は若干あきれた。

「集荷表はあるっておっしゃいましたよね?」

「もちろん、集荷表はあるよ。品目も書いてあるけど、中身を調べたことはないかな」

「異常に重たかったりしても、ですか?」

 ああ、と、後藤さんはうなずいた。

「そもそも今年に入ってから、異常に重い荷物をあずかった記憶がないね」

「異常に重いというのは……どのくらいですか?」

「上限で40キロかな。それより重いと、ひとりで運べなくなる。大手の運送会社でも、40キロが目安だと思うよ」

「そうですか……」

 あの監視カメラをみた限り、40キロ台の箱はなかった。つまり、後藤さんが不審に思うような荷物は、なかったってことに──いや、そうでもないか。

 俺は気を取り直して、違う角度から攻めてみる。

「中身がちょっと変わってるな、と思う荷物はありませんでしたか? おかしな音がするとか、あるいはバランスが悪いとか……」

「そんなこと言われてもねぇ」

 後藤さんは腕組みをして、ウーンとうなった。そして、思いついたように、

「ああ、そう言えば、異常に軽い荷物を運んだ記憶があるな」

 と答えた。

「いつですか?」

「それは覚えてないが……7月15日だったか……」

 俺はこの情報に、激しく食いついた。

「老人ホームからですか?」

「そうだったように思う」

藤椅子とういすですか?」

「いや……もっと軽かった。ほとんど空箱に近かったんじゃないかな」

 俺は後藤さんの台詞を、逐一メモにとった。すこしあやしまれたかもしれない。

「7月15日は、あの3つしか配送していないんですか? 午後に4つ目を取りに来たとか、そういうことは?」

 後藤さんは、ちょっと待ってくれと言って、集荷票を確認してくれた。

「あの日、老人ホームには午前中しか行ってないね」

「ということは、あの日、午前中に回収した荷物のうちのひとつが、異常に軽かったってことですか?」

「そうなるね」

 後藤さんはそこまで言って、

「申し訳ないけど、そろそろ午前の配送があるんで、ここまでにしてくれないかい」

 と、車のエンジンをかけた。俺はお礼を言って、店舗の敷地から出た。

 メモを確認する。軽く爪を噛んだ。どういうことだ?

 監視カメラに映っていた箱で、そんなに軽そうなものは、なかったぞ?

 一番軽いと思われた藤椅子の箱で、数キロはありそうだった。

「途中で、荷物が抜かれたのか?」

 ありうると、俺は思った。ひょっとして集荷票には、虚偽の品目が書かれていたんじゃないだろうか。実際は、おばあちゃんを殺すときに使った凶器で、それを配送中に横取りしたのかもしれない。だとすると、あの3つの箱のうち、中身を抜かれたものがあるはずだ。もちろん受取手は、箱が軽過ぎることを不審に思うかもしれないが、もともと自分が送ったものじゃないんだから、苦情までは入れないだろう。送り手が「そんな箱は送っていない」ととぼければ、すべてはうやむやになってしまう。空箱なら、警察に届けたりもしない。

「……ひとりずつ、当たってみるか」

 

  ○

   。

    .


 俺は、笠井さんから教えてもらった受取人3人の名前を頼りに、一件一件、当たってみることにした。まずは臼井うすいさんから。住所が明瞭だったからだ。臼井さんは、京香きょうかの家の近くにあるアパート──外観だけみると、廃墟なんだが──に住んでいた。俺は適当なところに自転車を駐輪して、チャイムを押した。

 彼女の部屋は2階。ちょっと緊張する。

「……留守かな?」

 さすがに出勤中か。きびすを返したところで、ドアがひらいた。

 幽霊みたいな女性が、隙間から顔をのぞかせた。

「どなたさまですか……?」

「あ、おはようございます」

 臼井さんはパジャマを着ていた。

「すみません、寝てらっしゃいましたか?」

「これから寝るところです……」

 うおお、二重の意味で気まずい。俺は「出直して来ます」と言ったが、臼井さんは、べつに構わないと、俺を引き止めた。

「最近、眠れないので……」

 ウーン、これは事件のせいで、神経症になっているんだろうか? だとすれば彼女のためにも、早く解決したほうがいいな。俺はメモ帳を取り出した。そして、なんでも屋の後藤さんについたのと、同じ嘘をついた。

「そうですか……富子とみこさんの荷物を、間違えて送られたんですか……」

「ええ、ですから、ちょっと教えていただきたいことがあるんです」

 臼井さんは、

「私の知っている範囲でなら……」

 と答えてくれた。

 このひと、外見はすごく暗そうだが、根はイイひとなのかもしれない。

「臼井さんは先月の15日に、荷物を発送されましたね?」

「15日……ああ……化粧台ですか……」

「化粧台を入れた段ボール箱に、べつのものが入ってませんでしたか? あるいは中身が入れ替わっていたとか」

 臼井さんは、怪訝そうに首を振った。

「いいえ……」

「ほんとうに、梱包したときのままですか?」

 臼井さんはドアの隙間をひろげて、部屋の奥を指差した。台所の向こうがわに、狭い部屋がみえた。外壁と同じで、室内も年代物だった。築30年は経ってるんじゃないだろうか。ただ重要なのは、そこじゃなかった。

「まだ開封もしてないので……」

 えッ──俺は、壁に立てかけてある段ボール箱に気づいた。それは、室内に置き場所がなかったのか、キッチンと冷蔵庫のあいだの隙間に置かれていた。

「それが、例の化粧台ですか?」

「はい……組み立てても、置き場所がないもので……」

 たしかに、それは納得できる。

 だけどほんとうに開封してないのか? どうにかして、確認できないだろうか?

 俺はすこし考えて、

「そうですか、お騒がせしました」

 と、あっさり引き下がった。

「いえ……もしかすると、ホームのほうにまだあるのかもしれません……あとで、管財に問い合わせておきます……」

「あ、ありがとうございます」

 これはちょっと良心が痛む。おばあちゃんの形見なんて、俺のでっちあげなのだ。管財に連絡したところで、見つかるわけがない。

「では、これで失礼します。おやすみなさい」

「おやすみなさい……」

 ドアが閉まった。俺は鉄製の階段を下りて、自転車のところへ急ぐ。

 スマホを取り出して、京香に電話した。

《もしもし?》

「京香か?」

《透? おはよ。こんな朝早くに、どうしたの? めずらしいわね》

「ちょっと、頼みがあるんだ」

《ごめん、もうすぐ朝練に出掛けるの。またあとでね》

「すぐにってわけじゃない。内容だけ聞いてくれ。今日の午後、剣道部の練習が終わったあとで、臼井さんのアパートへ行ってくれないか?」

《はい?》

 俺は、これまでの経緯を説明した。京香は黙って耳を傾けた。

《つまり……その段ボール箱が開封されてないかどうか、チェックするの?》

「犯人はあの段ボール箱に、凶器を隠したのかもしれない。俺は男だから、ちょっと失礼します、なんて入れる雰囲気じゃないんだ。その点、京香ならなにか口実をみつけて、臼井さんの部屋に入れるんじゃないか?」

《まあ……おすそわけとか……いろいろ……》

 よし、決まりだ。俺は京香を説得した。

《またおごってもらうわよ》

「分かった。礼はする」

 俺はスマホを切って、メモ帳を再確認した。残り2件。

志摩しま涼子りょうこ太田おおた奈津子なつこ……どっちも知らないんだよな……」

 どうしたものか。俺は悩んだ末、志摩キッズハウスへ向かうことにした。

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