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老人ホームで見る夢は──輪廻転生殺人事件  作者: 稲葉孝太郎
第4章 片桐英二の訪問~見知らぬ小学生の行き先は?
11/21

第11話 君の会場は遠過ぎる

 俺と京香きょうかは、学校の近くにあるスイーツショップで合流した。

 剣道部の練習上がりらしく、京香はシャンプーの匂いをさせていた。

「悪いな」

「おごってちょうだいよ」

 俺はバニラアイスを、京香は三色アイス──バニラとチョコとストロベリーのミックス──を注文して、店外のテーブル席についた。つたの壁で車道と隔絶された、木陰のスペースだ。夏場は客に開放されている。大きな落葉樹が、足下に木漏れ日を投げかけていた。

 俺は注文がくるのも待たずに、京香と相談を始めた。

「なにかアイデアはないか?」

「アイデアって言われてもねぇ……まずは、そのときのシチュを教えてもらわないと」

 それもそうだ。俺は手帳を取り出した。

 ここに来るまで、できる限りのことを思い出し、メモしておいたのだ。


 一、空き地にいたのは11人の小学生。

 二、用事があると言った少年(以下X)は、背が低く、日焼けしていた。

 三、少年たちは、なにか遊びの相談をしていた。内容は不明。

 四、その遊びについて、Xはかなり得意らしい。

 五、Xは4時頃までしか遊べないと言った。→用事は4時から?

 六、用事の内容を、ほかの子供たちは知っていて、うらやましがった。

 七、その用事は、校長の口から発表されたらしい。→学校行事?


 京香はしぶい顔をした。

「こんなのじゃ、全然分からないわよ」

 正論過ぎる。俺もうなずいてしまった。

「だけど、多少は推理できると思うんだ」

「例えば?」

「この時期の学校行事って、限られてるだろう? 夏休みだから、全校行事じゃない。おそらくは一部の生徒……社会見学とかスポーツだと思う」

 なるほどね、と京香は同調した。

「偏見かもしれないけど、容姿をみる限り、後者だと思う」

「俺もそう考えてる。スポーツ大会か、クラブ活動だ」

 スポーツ関係だと思われる理由は、もうひとつあった。富美子とみこが行き先を当てろと言ったことだ。普通なら不可能なことに思えるが、スポーツ施設なら、そうでもない。かなり限られてくる。

 とはいえ、この先に厄介な問題が待ち構えていた。

「どの部がどの施設を使っているのか、さっきネットで調べてみた。最寄りの小学校のグラウンドを使っているのはソフトボール、体育館は剣道と卓球。サッカーは中学校のグラウンドで合同練習をしてるらしい。バスケは市民体育館。バラバラだ」

 あてずっぽうに賭けてみたら、と京香は言った。

 それはできない。はずれる可能性のほうが高い。仮にまぐれ当たりしても、富美子のことだから正解と認めないはずだ。中間の推論が必要だった。

 なやむ俺のそばに、だれかが立ち止まった──店員さんだった。

「バニラアイスのお客様」

 俺は手をあげて、ガラスの皿に盛られたアイスを受け取った。

 京香は三色アイスを受け取る。

 ぱちんと手を合わせて、早速、食べ始めた。

「いただきまーす」

 京香は笑顔になって、バニラをぱくり。

 その白い指先に、俺はふと、思いつくことがあった。

「そうか……屋外か」

 スプーンをくわえた京香は、目だけこちらに向けた。

「屋外?」

「少年はかなり日焼けしていた。だから屋内競技じゃない」

 ほぉほぉと、京香は感心してくれた。

「それなら運動部員として、もうひとつヒントを出せるわ」

「なんだ?」

「その子、背が低かったんでしょ? 身長が必要な競技でもないと思う」

 俺はパチリと指をはじいた。

 ようするに、身長の関係ない屋外競技を当てればいいんだな。

 俺は食欲がもどって、バニラアイスを口に運んだ。

 冷たくて甘い香りが、口のなかにひろがる。

 ところが京香は、ここで冷や水をあびせてきた。

「身長が関係ない屋外競技に限定しても、かなりあるわね」

「小学生がやるスポーツだから、100も200もないだろ」

「10は超えてるでしょ。テニス、バトミントン、ソフトボール、ハンドボール、サッカー、それからフットサル、水泳、陸上、ハイキング、野球……ちょっとカジュアルなものも入れたら、ローラースケートとかスケートボードもあるし」

 頭が痛くなってきた。俺は椅子にもたれかかり、お冷やを飲んだ。

 じっくりと考えにふける──待てよ。俺はピンとくるものがあった。

「そうだ……思い出したぞ」

 俺は少年たちの会話を、なるべく正確に再現してみた。

「まず最初に……『みんなで遊ぼうぜ』って声が聞こえて……それから『ちょっと人数が足りてない』って言う、べつの子の声が聞こえたな……」

 ストロベリーに取りかかっていた京香は、スッと顔をあげた。

「つまり……マン・ツー・マンのスポーツじゃないってこと?」

 それを早く言いなさいと、京香は半分怒った。

「すまん、会話にヒントがあるとは思ってなかった。となると……」

 俺は、さきほどメモしたスポーツの一覧に、どんどん線を引いた。

 残ったのは次の5つだ。


 ソフトボール 野球 ハンドボール サッカー フットサル


 ひとりで遊ぶスポーツも除外していい。かなり減った。

 しかし有名どころばかりだな。ここから絞り込めるのだろうか。

「もっといろいろしゃべってたんじゃないの? スポーツ名を口にしなかった?」

 いや、してない──そう答えた俺は、雷に打たれたように、背筋を伸ばした。

「そうか……スポーツ名を口にしなかったんだ」

「だったら、お手上げね」

「ちがう、逆だよ、逆ッ!」

 俺は木製のテーブルを、パシリと叩いた。

「スポーツ名を口にしなくても、その場の面子はすぐに理解できたんだ」

 京香はぽかんとした。緋色のくちびるに、ピンクのアイスがついている。

「ようするに、声をかけた奴の所持品で、なにをするか分かったんだよ」

 俺の言いたいことを、京香も察してくれた。

「ってことは、かなり特徴的な所持品だったわけね……野球のバット?」

「いや、その可能性はないと思う」

「どうして?」

「野球ならいろいろ道具を持ってるはずだろ。少年たちが立ち去ったとき、そういう目立つものは見かけなかった。胸元に抱いて隠せるもの……ボールだ」

 京香もスプーンを置いて、マジメに考え始めた。

 ほそいほそい推理の糸の先に、光がみえてきた。なんとしてもたぐり寄せる。

「……よし、思い出したぞ。だれかが『11人いる』って指摘したとき、リーダー格は『交代でやるか?』と言った。つまり、均等にチーム分けしないといけないわけだ」

 京香は肩をすくめた。

「ほとんどのチーム競技は、均等に分けると思うけど」

「いや、1人は審判をするケースがあるだろ。例えば野球なら球審が必要だ。むしろ奇数のほうがいい。球審のいない野球は、かなり揉めるからな。それを偶数にしたがったわけだから、2チームで審判がいなくても成立するスポーツだ」


 屋外で 身長が関係なく 2チーム制 11人はちょっと足りない

 審判はかならずしも必要でなく ボールが一目でそれと分かる競技


 わかったぞ──サッカーだ。

 フットサルもかなり近いが、あれは5:5でやる。10人は、むしろピッタリだ。

 京香も納得した。

「小学生がみんなで遊ぶゲームとしても、最適ね」

 俺はスマホで市内のサッカークラブを検索した。

「……くッ、複数あるのか」

 小学校の部活のほかに、少年サッカークラブが2つあった。

 前者は中学校と合同で練習している。ほかのふたつは、それぞれ近場の運動施設を利用しているようだった。まだ場所がしぼれない。

「活動日をしらべてみたら?」

「ナイスアイデア」

 俺は活動日をチェックして──眉をひそめた。

「ん? 今日はどこもやってないぞ?」

「夏休みの特別スケジュールじゃない?」

 俺はスケジュール表を確認した。

「……ダメだ、今週の水曜日は入ってない」

「今週の? 先週は?」

「先週は入ってるな……来週も……なんで今週だけ……?」

 サッカーという推理がまちがっているのだろうか。

 だとしたらお手上げだ。

 俺は嘆息して、椅子にもたれかかった。

 京香は同情気味に、

「ねぇ、じつは富美子ちゃんだけ見聞きした情報があるんじゃないの? それを透が見逃したか聞き逃したかで、解決不能になってるんじゃない?」

 と言った。

「背は富美子のほうが低い。視界は俺より悪かったはずだ。聞き逃しもしてない」

「じゃあ、なにかの会報で行き先を知ってるとか……あ、こどもはそんなの読まないか」

 その瞬間、俺の脳内で記憶がフラッシュバックした。

「……そういうことかッ!」


  ○

   。

    .


 夕方、俺は自宅のまえで、おばあちゃんの帰りを待った。

 黄色くなり始めた西の方角から、小さな点が歩いてくる。

 そのうちのひとつがおばあちゃんであることは、すぐに分かった。

 俺はひたいに手をかざして、そちらへ歩みよった。

 おばあちゃんは少年と──そう、あの海水浴場で出会った少年と──談笑していた。

「おーい、富美子」

 俺が呼ぶまで、おばあちゃんは俺の存在に気付かなかったらしい。

 ちょっとおどろいたような顔で、俺のほうを見た。

「あら、透じゃないかい」

 俺は少年の手前もあって、言葉を選んだ。

「おかえり……楽しかったか?」

 公園でブランコに乗ったり、砂場で遊んだり、噴水に飛び込んだり──おばあちゃんはうれしそうに語った。近所の女の子もふくめて、みんなで遊んだらしい。俺は思わず、頬がゆるんだ。

「それはよかったな……えっと、たちばなくんだっけ?」

「はい」

「富美子を送ってくれて、ありがとな……ひとりで帰れるか?」

 橘くんは、大丈夫だと答えた。

 そして富美子にお別れのあいさつをした。

「富美子ちゃん、それじゃあ、また明日」

「また明日、遊ぼうね」

 少年は背を向けて、西日のなかへと消えた。

 そのうしろ姿を、おばあちゃんはずっと追って、最後にひとつ手を振った。

「さあ、入るぞ」

 俺は富美子と一緒に玄関へ入って、居間にむかった。

 ひも付きの──そう、未だにスイッチじゃない──電灯をつけた。

 チカチカと蛍光灯がまたたいて、室内が明るくなった。夏の夕暮れどき、まだ陽のあるうちに輝く電灯は、俺をノスタルジックな気持ちにさせた。

 富美子は冷蔵庫から、麦茶を取り出した。俺にも一杯くれた。

 俺は柱時計を確認する。もうすぐ6時だ。

「飯にするか」

「今日はなんだい?」

「チャーハン」

 またかい、と言われてしまう。仕方がない。俺のレパートリーは少ないのだ。

「今日はわたしが作ろうかい」

「ダメ。こどもが火を使うのは禁止」

 炊き置きのご飯をフライパンへ放り込み、適当に味つけ。具は……ベーコンでいいか。さすがに焼豚チャーシューは買っていない。おばあちゃんにマンネリだと言われるのも、これじゃあ仕方がないか──と、できあがり。

 俺はキツネ色のチャーハンをふたつ皿に盛って、居間にもどった。

「できたぞ」

 富美子は落ち着きなくレンゲを持つと、「いただきます」と言って、ガツガツ食べ始めた。なんだかんだで、食べてはくれるんだよな。というか小学生だし、一日中遊んだときの空腹感は、半端ないだろう。

 俺も両手を合わせて、食べ始めた──うん、うまい。

 俺は富美子から、今日遊んだ内容をいろいろ聞かされた。子供時代にもどるだけだから簡単だろうと思いきや、そうでもないらしい。まず、遊びがちがう。

「テレビゲームっていうのは、やってみると意外と面白いもんだね」

「ん? 公園で遊んでたんじゃないのか?」

 富美子は、どういうゲームか説明してくれた。

「ああ、携帯ゲームか。あれはテレビゲームじゃないぞ。テレビついてないし」

 富美子は、よく分からないみたいな反応だった。まあ、しょうがないか。

 ゲーム機を全部フ○ミコンって呼ぶ老人も多い。

 俺は食事を終え、柱時計を確認した。7時過ぎだ。

「なぞときは、もうあきらめたのかい?」

 富美子はしたり顔で、そうたずねてきた。

 俺は黙って、あとかたづけをする。皿を洗い、フライパンを洗剤にひたした。

 居間へもどる。富美子は新聞をめくりながら、横になっていた。

 むかし俺が横になってたら、「牛になる」とかしかっていたのに、まったく。

 と、怒ってる場合じゃない。そろそろだ。俺はテレビをつけた。

「あ、ちょっと、わたしも観たいものが……ッ!」

 富美子はガバっと起き上がって、テレビに釘付けになった。

 今度は、俺がしたり顔で言う。

「これが答えなんだろ?」

 満員のスタジアム。2色のユニフォームが、選手たちをチーム毎に色分けしていた。

 そしてその選手たちの前で列をなす、ユニフォーム姿のこどもたち。

 その中に、あの少年はいた。


《こんばんは。本日は広域公園陸上競技場から、日本vsサウジアラビアの国際親善試合をお送りします。中央右に見えますのが、日本代表チーム、左が、サウジアラビア、付き添いは、地元の小学校サッカークラブの皆さんです。では両チームの熱戦を、存分にお楽しみください》


「あのクイズを思いついたのは、昼のニュースだったんだろ?」

 本日、県内の広域公園陸上競技場で開かれる国際親善試合に……って。笠井さんの車のラジオと居間のテレビで、俺は2度聞いていた。だからかろうじて覚えていたのだ。このニュースとあの少年を結び付けたおばあちゃんは、さすがとしか言いようがない。そしてそれを見破った俺も、探偵のはしくれってわけだ。

「それじゃあ、教えてもらおうか。片桐英二が、だれなのかを」

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