第11話 君の会場は遠過ぎる
俺と京香は、学校の近くにあるスイーツショップで合流した。
剣道部の練習上がりらしく、京香はシャンプーの匂いをさせていた。
「悪いな」
「おごってちょうだいよ」
俺はバニラアイスを、京香は三色アイス──バニラとチョコとストロベリーのミックス──を注文して、店外のテーブル席についた。蔦の壁で車道と隔絶された、木陰のスペースだ。夏場は客に開放されている。大きな落葉樹が、足下に木漏れ日を投げかけていた。
俺は注文がくるのも待たずに、京香と相談を始めた。
「なにかアイデアはないか?」
「アイデアって言われてもねぇ……まずは、そのときのシチュを教えてもらわないと」
それもそうだ。俺は手帳を取り出した。
ここに来るまで、できる限りのことを思い出し、メモしておいたのだ。
一、空き地にいたのは11人の小学生。
二、用事があると言った少年(以下X)は、背が低く、日焼けしていた。
三、少年たちは、なにか遊びの相談をしていた。内容は不明。
四、その遊びについて、Xはかなり得意らしい。
五、Xは4時頃までしか遊べないと言った。→用事は4時から?
六、用事の内容を、ほかの子供たちは知っていて、うらやましがった。
七、その用事は、校長の口から発表されたらしい。→学校行事?
京香はしぶい顔をした。
「こんなのじゃ、全然分からないわよ」
正論過ぎる。俺もうなずいてしまった。
「だけど、多少は推理できると思うんだ」
「例えば?」
「この時期の学校行事って、限られてるだろう? 夏休みだから、全校行事じゃない。おそらくは一部の生徒……社会見学とかスポーツだと思う」
なるほどね、と京香は同調した。
「偏見かもしれないけど、容姿をみる限り、後者だと思う」
「俺もそう考えてる。スポーツ大会か、クラブ活動だ」
スポーツ関係だと思われる理由は、もうひとつあった。富美子が行き先を当てろと言ったことだ。普通なら不可能なことに思えるが、スポーツ施設なら、そうでもない。かなり限られてくる。
とはいえ、この先に厄介な問題が待ち構えていた。
「どの部がどの施設を使っているのか、さっきネットで調べてみた。最寄りの小学校のグラウンドを使っているのはソフトボール、体育館は剣道と卓球。サッカーは中学校のグラウンドで合同練習をしてるらしい。バスケは市民体育館。バラバラだ」
あてずっぽうに賭けてみたら、と京香は言った。
それはできない。はずれる可能性のほうが高い。仮にまぐれ当たりしても、富美子のことだから正解と認めないはずだ。中間の推論が必要だった。
なやむ俺のそばに、だれかが立ち止まった──店員さんだった。
「バニラアイスのお客様」
俺は手をあげて、ガラスの皿に盛られたアイスを受け取った。
京香は三色アイスを受け取る。
ぱちんと手を合わせて、早速、食べ始めた。
「いただきまーす」
京香は笑顔になって、バニラをぱくり。
その白い指先に、俺はふと、思いつくことがあった。
「そうか……屋外か」
スプーンをくわえた京香は、目だけこちらに向けた。
「屋外?」
「少年はかなり日焼けしていた。だから屋内競技じゃない」
ほぉほぉと、京香は感心してくれた。
「それなら運動部員として、もうひとつヒントを出せるわ」
「なんだ?」
「その子、背が低かったんでしょ? 身長が必要な競技でもないと思う」
俺はパチリと指をはじいた。
ようするに、身長の関係ない屋外競技を当てればいいんだな。
俺は食欲がもどって、バニラアイスを口に運んだ。
冷たくて甘い香りが、口のなかにひろがる。
ところが京香は、ここで冷や水をあびせてきた。
「身長が関係ない屋外競技に限定しても、かなりあるわね」
「小学生がやるスポーツだから、100も200もないだろ」
「10は超えてるでしょ。テニス、バトミントン、ソフトボール、ハンドボール、サッカー、それからフットサル、水泳、陸上、ハイキング、野球……ちょっとカジュアルなものも入れたら、ローラースケートとかスケートボードもあるし」
頭が痛くなってきた。俺は椅子にもたれかかり、お冷やを飲んだ。
じっくりと考えにふける──待てよ。俺はピンとくるものがあった。
「そうだ……思い出したぞ」
俺は少年たちの会話を、なるべく正確に再現してみた。
「まず最初に……『みんなで遊ぼうぜ』って声が聞こえて……それから『ちょっと人数が足りてない』って言う、べつの子の声が聞こえたな……」
ストロベリーに取りかかっていた京香は、スッと顔をあげた。
「つまり……マン・ツー・マンのスポーツじゃないってこと?」
それを早く言いなさいと、京香は半分怒った。
「すまん、会話にヒントがあるとは思ってなかった。となると……」
俺は、さきほどメモしたスポーツの一覧に、どんどん線を引いた。
残ったのは次の5つだ。
ソフトボール 野球 ハンドボール サッカー フットサル
ひとりで遊ぶスポーツも除外していい。かなり減った。
しかし有名どころばかりだな。ここから絞り込めるのだろうか。
「もっといろいろしゃべってたんじゃないの? スポーツ名を口にしなかった?」
いや、してない──そう答えた俺は、雷に打たれたように、背筋を伸ばした。
「そうか……スポーツ名を口にしなかったんだ」
「だったら、お手上げね」
「ちがう、逆だよ、逆ッ!」
俺は木製のテーブルを、パシリと叩いた。
「スポーツ名を口にしなくても、その場の面子はすぐに理解できたんだ」
京香はぽかんとした。緋色のくちびるに、ピンクのアイスがついている。
「ようするに、声をかけた奴の所持品で、なにをするか分かったんだよ」
俺の言いたいことを、京香も察してくれた。
「ってことは、かなり特徴的な所持品だったわけね……野球のバット?」
「いや、その可能性はないと思う」
「どうして?」
「野球ならいろいろ道具を持ってるはずだろ。少年たちが立ち去ったとき、そういう目立つものは見かけなかった。胸元に抱いて隠せるもの……ボールだ」
京香もスプーンを置いて、マジメに考え始めた。
ほそいほそい推理の糸の先に、光がみえてきた。なんとしてもたぐり寄せる。
「……よし、思い出したぞ。だれかが『11人いる』って指摘したとき、リーダー格は『交代でやるか?』と言った。つまり、均等にチーム分けしないといけないわけだ」
京香は肩をすくめた。
「ほとんどのチーム競技は、均等に分けると思うけど」
「いや、1人は審判をするケースがあるだろ。例えば野球なら球審が必要だ。むしろ奇数のほうがいい。球審のいない野球は、かなり揉めるからな。それを偶数にしたがったわけだから、2チームで審判がいなくても成立するスポーツだ」
屋外で 身長が関係なく 2チーム制 11人はちょっと足りない
審判はかならずしも必要でなく ボールが一目でそれと分かる競技
わかったぞ──サッカーだ。
フットサルもかなり近いが、あれは5:5でやる。10人は、むしろピッタリだ。
京香も納得した。
「小学生がみんなで遊ぶゲームとしても、最適ね」
俺はスマホで市内のサッカークラブを検索した。
「……くッ、複数あるのか」
小学校の部活のほかに、少年サッカークラブが2つあった。
前者は中学校と合同で練習している。ほかのふたつは、それぞれ近場の運動施設を利用しているようだった。まだ場所がしぼれない。
「活動日をしらべてみたら?」
「ナイスアイデア」
俺は活動日をチェックして──眉をひそめた。
「ん? 今日はどこもやってないぞ?」
「夏休みの特別スケジュールじゃない?」
俺はスケジュール表を確認した。
「……ダメだ、今週の水曜日は入ってない」
「今週の? 先週は?」
「先週は入ってるな……来週も……なんで今週だけ……?」
サッカーという推理がまちがっているのだろうか。
だとしたらお手上げだ。
俺は嘆息して、椅子にもたれかかった。
京香は同情気味に、
「ねぇ、じつは富美子ちゃんだけ見聞きした情報があるんじゃないの? それを透が見逃したか聞き逃したかで、解決不能になってるんじゃない?」
と言った。
「背は富美子のほうが低い。視界は俺より悪かったはずだ。聞き逃しもしてない」
「じゃあ、なにかの会報で行き先を知ってるとか……あ、こどもはそんなの読まないか」
その瞬間、俺の脳内で記憶がフラッシュバックした。
「……そういうことかッ!」
○
。
.
夕方、俺は自宅のまえで、おばあちゃんの帰りを待った。
黄色くなり始めた西の方角から、小さな点が歩いてくる。
そのうちのひとつがおばあちゃんであることは、すぐに分かった。
俺はひたいに手をかざして、そちらへ歩みよった。
おばあちゃんは少年と──そう、あの海水浴場で出会った少年と──談笑していた。
「おーい、富美子」
俺が呼ぶまで、おばあちゃんは俺の存在に気付かなかったらしい。
ちょっとおどろいたような顔で、俺のほうを見た。
「あら、透じゃないかい」
俺は少年の手前もあって、言葉を選んだ。
「おかえり……楽しかったか?」
公園でブランコに乗ったり、砂場で遊んだり、噴水に飛び込んだり──おばあちゃんはうれしそうに語った。近所の女の子もふくめて、みんなで遊んだらしい。俺は思わず、頬がゆるんだ。
「それはよかったな……えっと、橘くんだっけ?」
「はい」
「富美子を送ってくれて、ありがとな……ひとりで帰れるか?」
橘くんは、大丈夫だと答えた。
そして富美子にお別れのあいさつをした。
「富美子ちゃん、それじゃあ、また明日」
「また明日、遊ぼうね」
少年は背を向けて、西日のなかへと消えた。
そのうしろ姿を、おばあちゃんはずっと追って、最後にひとつ手を振った。
「さあ、入るぞ」
俺は富美子と一緒に玄関へ入って、居間にむかった。
ひも付きの──そう、未だにスイッチじゃない──電灯をつけた。
チカチカと蛍光灯がまたたいて、室内が明るくなった。夏の夕暮れどき、まだ陽のあるうちに輝く電灯は、俺をノスタルジックな気持ちにさせた。
富美子は冷蔵庫から、麦茶を取り出した。俺にも一杯くれた。
俺は柱時計を確認する。もうすぐ6時だ。
「飯にするか」
「今日はなんだい?」
「チャーハン」
またかい、と言われてしまう。仕方がない。俺のレパートリーは少ないのだ。
「今日はわたしが作ろうかい」
「ダメ。こどもが火を使うのは禁止」
炊き置きのご飯をフライパンへ放り込み、適当に味つけ。具は……ベーコンでいいか。さすがに焼豚は買っていない。おばあちゃんにマンネリだと言われるのも、これじゃあ仕方がないか──と、できあがり。
俺はキツネ色のチャーハンをふたつ皿に盛って、居間にもどった。
「できたぞ」
富美子は落ち着きなくレンゲを持つと、「いただきます」と言って、ガツガツ食べ始めた。なんだかんだで、食べてはくれるんだよな。というか小学生だし、一日中遊んだときの空腹感は、半端ないだろう。
俺も両手を合わせて、食べ始めた──うん、うまい。
俺は富美子から、今日遊んだ内容をいろいろ聞かされた。子供時代にもどるだけだから簡単だろうと思いきや、そうでもないらしい。まず、遊びがちがう。
「テレビゲームっていうのは、やってみると意外と面白いもんだね」
「ん? 公園で遊んでたんじゃないのか?」
富美子は、どういうゲームか説明してくれた。
「ああ、携帯ゲームか。あれはテレビゲームじゃないぞ。テレビついてないし」
富美子は、よく分からないみたいな反応だった。まあ、しょうがないか。
ゲーム機を全部フ○ミコンって呼ぶ老人も多い。
俺は食事を終え、柱時計を確認した。7時過ぎだ。
「なぞときは、もうあきらめたのかい?」
富美子はしたり顔で、そうたずねてきた。
俺は黙って、あとかたづけをする。皿を洗い、フライパンを洗剤にひたした。
居間へもどる。富美子は新聞をめくりながら、横になっていた。
むかし俺が横になってたら、「牛になる」とか叱っていたのに、まったく。
と、怒ってる場合じゃない。そろそろだ。俺はテレビをつけた。
「あ、ちょっと、わたしも観たいものが……ッ!」
富美子はガバっと起き上がって、テレビに釘付けになった。
今度は、俺がしたり顔で言う。
「これが答えなんだろ?」
満員のスタジアム。2色のユニフォームが、選手たちをチーム毎に色分けしていた。
そしてその選手たちの前で列をなす、ユニフォーム姿のこどもたち。
その中に、あの少年はいた。
《こんばんは。本日は広域公園陸上競技場から、日本vsサウジアラビアの国際親善試合をお送りします。中央右に見えますのが、日本代表チーム、左が、サウジアラビア、付き添いは、地元の小学校サッカークラブの皆さんです。では両チームの熱戦を、存分にお楽しみください》
「あのクイズを思いついたのは、昼のニュースだったんだろ?」
本日、県内の広域公園陸上競技場で開かれる国際親善試合に……って。笠井さんの車のラジオと居間のテレビで、俺は2度聞いていた。だからかろうじて覚えていたのだ。このニュースとあの少年を結び付けたおばあちゃんは、さすがとしか言いようがない。そしてそれを見破った俺も、探偵のはしくれってわけだ。
「それじゃあ、教えてもらおうか。片桐英二が、だれなのかを」