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老人ホームで見る夢は──輪廻転生殺人事件  作者: 稲葉孝太郎
第4章 片桐英二の訪問~見知らぬ小学生の行き先は?
10/21

第10話 その男、殺人犯につき

片桐かたぎり英二えいじ……?」

 笠井かさいさんの口から出た名前を、俺は復唱した。

 笠井さんは「ふむ」と小さくもらした。

「聞いたことはないか?」

「いえ……まったく……」

「それは残念だ」

 笠井さんはリモコンを教卓のうえに置いて、窓辺へむかった。

 室内は暗く、そとの真夏の日射しが、白く輝いてみえた。

「片桐英二って、どんな男ですか?」

「それがな……こちらでも、捜査が難航しているんだ」

「どういうことです? 住所不定とか?」

 笠井さんは窓をあけた。熱風が室内に吹き込む。

 冷房の風と混ざり合って、かえって心地よい。土の香りがした。

「片桐英二、73歳、横浜市出身……前科者だ」

「前科? 内容は?」

「殺人だ」

「!」

 俺と京香きょうかは、お互いに顔を見合わせた。

「ひとを殺したんですか?」

「18のとき、地元のチンピラを撲殺ぼくさつしている。裁判記録によれば、金銭トラブルだったらしい。当時の少年法にしたがって、5年から10年の不定期刑を言い渡され、5年後に出所した」

 凶悪犯の登場に、俺は身震いした。

「そのカタギリって男と祖母とのあいだに、どういう関係が……?」

「今年の6月になって、老人ホームの菅原すがわら富子とみこを訪問している」

 二度目の衝撃。

「つまり……この町に、元殺人犯がいるってことですか?」

「まだ逃亡していなければ、な。ただ私としても、前科持ちというだけで、犯人と断定するつもりはない。重要参考人というだけだ。なぜ片桐が菅原富子を訪問したのか……とおるには、このあたりの背景を調べてもらいたい」

「背景って言われても……俺は刑務所のツテなんかないですし……」

「そういう意味じゃない。菅原富子が晩年に片桐と接触していなかったか、そこを調べてもらいたいんだ。ふたりのあいだにも金銭トラブルがあったのかもしれない」

 俺は、なんとも答えようがなかった。

 それって、完全におばあちゃんのプライバシーだ。

「ちょ、ちょっと考えさせてください」

「なぜだ? この件に首をつっこんだのは透だろ?」

「ぷ、プライバシーですし」

 笠井さんは目を細めた。蛇ににらまれたような感覚。

「おまえ……この件を部外者に相談してるんじゃないだろうな?」

「それはないです」

 俺は笠井さんの目を、しっかりと見つめ直した。

 本人の了解をとっているだけで、部外者には漏らしていない。

 だからウソをついているつもりはまったくなかった。

「……分かった、信用する」

「ありがとうございます」

 笠井さんはうんと背伸びして、グラウンドをながめた。

「久々の母校っていうのは、いいもんだな」

「帰郷してなかったんですか?」

「刑事になるため、頑張ってたからな」

 笠井さんの話によると、ふつうの警官から刑事になるのは、とても大変らしい。

 まず検挙率をあげないといけないし、むずかしい試験もある。コネも重要だ。

「笠井さんは、どうして刑事になろうと思ったんですか?」

「ンー……むかし、透たちと探偵ごっこしてたの、覚えてる?」

 探偵ごっこ? 俺は、記憶になかった。

「ああ、さすがに覚えてないか。あんたたち、小学生だったもんね」

 笠井さんはそう言って、窓辺から腰をあげた。

「なにか質問は?」

 ありません。俺たちはそう答えて、解散になった。

 京香は剣道部のミーティングがあると言って、道場へむかった。

 笠井さんは校門のところで、白い軽自動車をゆびさした。

「送って行ってやろうか?」

「いいんですか?」

「いいよ。ガソリンの減り方が、ちょびっと早くなるだけだ」

 俺はお礼を言って、自宅まで送ってもらうことになった。

 そのまま助手席に乗った。

 笠井さんはシートベルトを締めて、ラジオをつけた。ニュースの時間だった。


 地元のH大学で、今年初めてのオープンキャンパスが……

 本日、県内の広域公園陸上競技場で開かれる国際親善試合に……

 駅前のデパートでいちがひらかれ、客は日本中の特産品に舌鼓を……

 当市出身のアイドルAさんが、大物プロデューサーと入籍……


「ローカル局ですか?」

「ああ」

 笠井さんはアクセルを踏んで、ハンドルを右に切った。

 道路へ出て、ドライブを始める。

「日本は今日も平和だねぇ」

「ま、それが一番だと思いますけど……」

 アナウンサーが変わり、女の声になった。


《こんにちは、暮らし活き活きの時間です。今年に入り、H県内部では、お年寄りの窒息死が相次いでいます。食べ物がのどに詰まるなど、よく知られた事故ですが、先月に入ってから、高齢の女性が就寝中、呼吸困難になった事例も報告されました。今日は、その予防と対策を……》


 笠井さんは、右手でハンドルを叩いた。

「チェッ……だれかリークしやがったな」

「まさか祖母の事件ですか?」

「だろうね。うえは事故死で確定させたってこと」

 俺はすこしばかり不安になった。

「笠井さんは、大丈夫なんですか? こんな極秘捜査で?」

「片桐英二の存在は、私しかつかんでない。それを報告するだけでも、大目に見てもらえるだろうね。ただ、ちょいと小言はくらうだろうけどさ」

「……そうですか」

 俺はそのあと、黙って車窓の景色をおった。

 自宅のまえで降ろしてもらい、お礼を言う。

「なるべく早くしてね。ただし証拠が残るから、メールとかSNSは勘弁」

「分かりました」

 軽自動車を見送った俺は、さっそく富美子をさがした。

 富美子は自室で寝っ転がり、アイスキャンディーをほおばっていた。

 テレビをみている。ニュース番組だった。

 さっきラジオで聴いたのとおなじような内容だ。

 このへんがあんまり小学生っぽくないんだよな。

「富美子、ちょっといいか?」

 俺はビデオの件を話した。

 富美子は真剣に聞き入ったあと、

「荷物の出入り、ね……そこにヒントがあるかもしれないねぇ」

 とつぶやいた。

「ひとが入ってたと思うか?」

「さすがにムリじゃないかい。運送屋は5、60キロのものは引き受けないよ」

 そうかもしれない。

 たしか上限があったはずだ。

「それにひとが入れそうな大きさでもなさそうだしね」

「そうだな……ところで、片桐英二って知ってるか?」

 おばあちゃんはアイスキャンディーを落とした。

 あわててひろいあげ、近くにあったからっぽのコップにつっこんだ。

 たたみをタオルで拭く。

 俺はそれを手伝いながら、

「おい……心当たりがあるのか?」

 とたずねた。

 富美子は返事をしなかった。

 俺はまっすぐに、富美子の目をみつめた。

 富美子は視線を逸らして、人差し指でくちびるをなでた。

「片桐英二なんてひとは、知らないよ」

「どうして嘘をつくんだ?」

「どうして嘘だって分かるんだい?」

「おばあちゃんはうしろめたいとき、くちびるをなでる癖があるだろ」

 おばあちゃんはハッとなって、指をはなした。

 時、既に遅しだ。だてに17年も孫をやってるわけじゃない。昔、俺がテレビゲームのハードを隠されたとき、おばあちゃんに在処を尋ねたことがある。あのときも、くちびるに触れていた。母さんが隠しているところを目撃したのだろう。俺はまだおばあちゃん子だったから、おばあちゃんを困らせないように、ダダをこねるのをやめた。

 そう、おばあちゃんはまちがいなくウソをついている。

 でも俺はここから、どう話をつなげていけばいいのか、分からなかった。

 おばあちゃんと殺人犯が知り合い? どう受け止めればいいんだ?

「脅迫されてたのか?」

「……」

「昔なじみってわけじゃないんだろう?」

「……」

 らちがあかない。心理的に踏み込みにくい話題だ。

 親族の過去なんて、知っているようで知らないものだ。

「笠井さんにも言ったけど……俺は富美子の許可をとりたい。富美子がダメだって言うなら、俺は無理強いしないし、この件は、俺ひとりで調べる」

「事件そのものから、手を引く気はないのかい?」

 衝撃的な質問。俺は、自分の耳をうたがった。

「殺人事件なんだぞ? 刑事の笠井さんも、独自に捜査してくれてる」

「だけど、被害者はわたしなんだよ?」

 そういう問題じゃない──俺はそう言いかけた。

 だがおばあちゃんはなにもかもお見通しという顔で、

「ねぇ、透、相手が殺人犯なら、なおさら危ないよ。よしておきな」

 と言った。俺は反論に窮した。

 じつのところ──片桐英二が殺人犯だと聞いて、俺はすこし怖くなっていた。

 笠井さんといっしょのときはそうでもなかった。警官といっしょで気が大きくなっていたのかもしれない。

「富美子は、俺のことを心配してるのか?」

「当然だろう。あんたのおばあちゃんなんだから」

「じゃあ、片桐英二とどういうつながりなのか、それだけ教えてくれ」

「……」

「頼む。笠井さんにリークするだけでいいんだ」

「……」

 この沈黙は、なにを意味するのだろう。俺は不安になった。

 もう一度頼み込もうとしたところで、ふと子供たちの声がはじけた。

「オーイ、いいところで会ったな。みんなで遊ぼうぜ!」

 あたりを見回したが、それらしい人影はなかった。

「いいよ。でもちょっと人数が足りてないんじゃない?」

「べつに大丈夫だろ。全部で何人いる?」

「ンーとね……7、8、9……あれ、11人いる」

 そのとき俺は、ようやく声の出所を察した。

 自宅の玄関を出て左手の方向に、小さな空き地があるのだ。ここからは垣根があって見えないが、そこに少年たちが集まっているようだった。

 2、3人は、葉っぱの隙間から視認できた。

「どうする? 交代でやるか?」

 さきほどから主導権を握っている声。姿はみえないが、リーダー格だろう。

 そのリーダー格の少年が、交代制を提案した。

「交代でもいいけど、待ち時間が長くない?」

 ぼうずの少年。半袖短パンの、いかにも小学生らしい格好だ。

「じゃあ、僕が抜けるよ」

 少し、おとなしめの声がした。

 声の調子とは裏腹に、背の低い、よく日に焼けた子だった。

「え、いいのか? ……まあおまえがいると、バランス崩れちゃうけど」

「うん、それに僕は4時までしか遊べないから。一回うちへ帰らないと」

「ああ、校長が言ってたやつか。いいよなあ……」

「遠くで見るか近くで見るかの違いだけだよ。じゃ、またね」

「ああ、楽しみにしてるからな!」

 こうして会話は終わり、少年たちは空き地から駆け出した。

 それを見た富美子は、思案気な表情で、

「透、こうしないかい? 今からわたしがクイズを出す。正解したら片桐英二がだれか教える、っていうのは?」

 と言ってきた。

「クイズ? ……ふざけてる場合じゃないだろ」

「あんたが笠井さんに協力してもらえたのは、だれのおかげ?」

 痛いところを突いてくる。

「それは……」

「わたしが代わりに答えてあげたからだろう? 厳しいことを言うようだけど、あんたひとりじゃ、なにもできないんじゃないのかい?」

 俺はしぶしぶ認めたうえで、

「だったら、富美子にも事件を解決する気があるんだろう? なんで片桐英二について教えてくれないんだ? まどろっこしいことをする必要なんかない」

 と反論した。

「透のことを思ってだよ。あんな簡単な推理もできないのに、首を突っ込んでいいと思ってるのかい? 密室殺人だっていうのにさ」

 なるほど、そういうことか。

 ようするに俺の推理力を試しているわけだ。

 だけどそれだけか? どこかひっかかるところがあった。

「……わかった。受けて立つ。クイズの内容は?」

「さっき抜けた少年の用事とその行き先を当ててごらん」

 用事? 俺はきょとんとした。

 富美子は、わざとらしいため息をついた。

「会話をちゃんと聞いてなかったのかい」

 俺は懸命に思い出す。

「……4時までしか遊べないって言ってたな。そのあとの居場所か?」

「そうだよ。それを当てられたら、協力してあげるよ。ただし、今からあの少年を捕まえて吐かせるとか、そういうのはナシだよ。わたしが見たいのは、透の推理力であって、腕力じゃないんだからね」

 なにを言ってるんだ? 知らない少年の行き先?

「そんなの分かるわけないだろ」

「やれやれ、もう降参かい」

「そうじゃない。富美子だって、あの少年がどこへ行ったのか、分からないはずだ。どうやって答え合わせするつもりなんだ?」

 富美子が「違う」「ハズレ」と言い続ければ、俺の負けになる。

「大丈夫だよ。証拠は出せるから」

「……ほんとうだな?」

 富美子はじっと俺の顔をにらんで、うなずいた。

「……期日は? いつまでに当てればいい?」

 富美子はそこで、すこし考えた。

「今日中かね」

「!」

 俺はスマホをチェックした。13時55分。

「日付が変わるまえ、ってことか?」

「それじゃあ遅過ぎると思うけど……まあ、透次第だね」

 困惑する俺をよそに、富美子はその場を去ろうとした。

「おい、どこへ行くんだ?」

「公園」

「公園? ひとりで?」

 富美子は、友達と遊ぶのだと言った。

 マジか。もうそんな関係を築いてるんだな。

 生前の富美子は社交的だったから、べつに不思議ではない。でも、生き返った老人が子供たちと友情を結ぶなんて、なんだかおかしなことのようにも思えた。

 それとも、俺が間違っているのだろうか。

 人間、年をとると、だんだん赤ん坊に帰っていくと言うじゃないか。

 おばあちゃんのメンタリティは、むしろ小学生に近いのかもしれない。

「気をつけろよ。変なやつにはついて行くな」

 俺は富美子を見送って、早速、推理に取りかかった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 どこから始めたらいいんだ?

 考えれば考えるほど、解答不可能なクイズに思えてきた。

 見ず知らずの小学生の予定を当てるなんて、できっこない。

「まさか言いくるめられたか……?」

 ほんとうは答えがないのかもしれない。俺は不安になった。

 そこで助っ人を頼むことにした。スマホで京香に電話をかける。


 プルル プルル


 出てくれ。

《はい、もしもし?》

「京香か?」

《そうよ。なにかあった?》

「ひとつ手伝って欲しいことがある」

 富美子から出されたクイズを、俺は伝えた。

 すると電波越しに、京香のあきれた声が返ってきた。

《そんなの分かりっこないでしょ》

「無理難題なのは承知してる。富美子とだいじな賭けをしてるんだ」

 賭けの内容については、うまくごまかした。

 富美子がおばあちゃんの生き返りだというのは、絶対に秘密だからだ。

 沈黙──そして、ため息。

《了解。つきあってあげる》

「サンキュ。夕方までに、どこかで一回会えないか?」

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