恵方巻き食べてたら告白された
「結婚しよう」
「!?」
節分なので恵方巻きを食べていると、唐突に彼がそう言った。
私は驚き、そのまま硬直。
ラッパを吹くようなポーズをしたまま固まる私と、真剣な眼差しの彼。
恵方巻きを口にしたままの私から察したのか、彼から口を開く。
「君が恵方巻きにかける思いはもちろん知ってるよ。五年間、散々聞かされたからね」
私はひと口、恵方巻きを食べた。
そうなのだ。私の恵方巻きに対する思いは人より何倍もある。
六歳の頃から毎年、無言で恵方巻きを食した。
食べている途中で喋ってしまうと、願いが逃げてしまうと聞いたからだ。
そして今日に至るまでの二十年間。
無言を貫き、様々な願いに思いを馳せていた。
しかも、ここ五年間はずっと同じ願い事だ。
それは私の活力となり、目標等への促進剤でもあった。
今日まで健やかに生きてこれたのは恵方巻きのおかげではないかと思うぐらいに。
そんななか、付き合って五年目になる彼氏から唐突にそう言われた。
まさか、私の伝統を邪魔するなんて……!
「そんな思いを知ってて、なぜ今言う? って思ってるでしょ」
彼の言葉に、恵方巻きをひと口食べて頷き返す。
「僕と結婚するか、恵方巻きを優先するか、どっちかだ」
「!?」
そう言われた瞬間、私の咀嚼が止まる。
究極の選択。
しかし同時に、思うこともあった。
神を恨むかのように恵方巻きをにらむ。
私が今年まで願ってきたことと関係がある。
ここ五年間、願ってきたこととは彼と結婚し、幸せな家庭を築くことだった。
やっと叶った。
嬉しくもあるが同時に迷いもあった。
ここで喋ってしまうと今までの願いは水の泡となるのでは、と。
決心がつかず迷う私。
思わず食べる手が止まるぐらいだ。
そんな私を気にせず、彼はまくしたてる。
「ど、どっちにする!? 僕か、恵方巻きか……!」
迷いの汗が止まらない。
いつもより早いペースで恵方巻きを口にしていく。
さっさと食べて返事をしてしまおうとすると、
「食べきる前に、聞きたい……!」
と、言われました。
どどどどどどうしましょう。
あと一口で食べきれる。
そうすれば願い事は叶うけど叶わなくもなる。
目がぐるぐるするようにめまいがしてきた。
「…………」
じっと彼が待っている。
じっと……
「…………!?」
そんな彼の口に、私は恵方巻きを突っ込んだ。ちなみに彼は本日二本目の恵方巻き。
彼が戸惑った隙に、私はさっと『結婚し、幸せな家庭を築けますように』と願いながら最後の一口を食べきった。
正気に戻った彼を見る。
そして彼が喋ろうとするのを抑え、恵方巻きを食べ進めるようにと目で訴える。
私の勢いに押されたのか彼は黙々と食べる。
そして私が言う。
「結婚して、幸せな家庭を築きますって願いながら、食べきって」
彼は驚きつつも頷く。
そして黙々と食べ進めた。
「よし! 結婚しよう!」
私の言葉に、彼は喜びの声を上げた。
なぜ、私が恵方巻きを食べさせたのか気にしないほどに。
理由は……うん、単純に意地みたいなものだろう。
食べきらなくても返事をすればよかったのでは。
願いはたしかに叶ってる。
けれど、今後が不安になってしまう。
そのため、彼にねがってもらった。
我ながらなんとも言えない意地である。
「これからも、こんな私だけどよろしくね?」
「もちろん」
なぜか五本入りの恵方巻きセットを買っていたので、残り二本を仲良く食べた。