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曇りガラス 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うーん、今回の健診でもちょっと視力が落ちちゃったかなあ。こうして日常生活を送っている分には、問題ない範囲なんだけどね。

 いまでこそあまり気にしないけど、子供のころは視力のあるないって、なかなか大きな壁だったなあ。視力検査のたび、1.0を下回らないかびくびくしていたもんだ。

 クラスでメガネかけている子に視力を尋ねたことがあるけれど、中には0.7もあるのに、メガネをしていることを知って、少し意外だったよ。

 聞いてみると、黒板の字とにらめっこをするのに、目が悪いとしんどいんだって。

 ヘタに視力の低い状態で授業を受けて、黒板の小さい文字を判別できなかったばかりに、先生にあてられたとき、間違える。その場でとがめられるし、あとあといじられる材料にだってなりえる。そりゃあ、勉強嫌いになるのも無理ない話だよ。


 その点、大人社会は必要なときだけ視力がよけりゃ、どうにかなることが多い。車の運転とか細かい活字を読むときとかだけ、メガネに頼る。大人がどうして四六時中メガネをかけないことがあるのか、自覚を持てる時期に入ってきたかもね。

 そして、遅くまで仕事をするために、午後には目そのものがだいぶまいっていることも、多いらしい。朝と晩じゃ、同じ人でも視力に違いが出るとか。


 ……この視界の曇り、僕は前々から不思議に思っていたんだ。

 怪談話は夜を舞台に語られることが多い。要素はいろいろあるだろうけれど、視界が明瞭でないというのは、大きなものだ。

 そして盲目の人というのは、何かしらの強い力を持つ人としてケースが多い。このはっきりしない視界の先に、何を映しているのかと奇妙で仕方なかった。

 そう考えていた折、僕が体験した不可解な思い出があるんだけど、聞いてみないかい?



 僕が学校へ通っていたころ、誰かによって窓ガラスを割られる事態が頻発していた。

 ああ、僕が通っている学校は、さほどではなかった。学区内の別の学校では数日に一回のペースで騒ぎになっていてね。ホームルームの話題のひとつに挙げられることもあったよ。

 でも、いまいっただろう? 「さほど」じゃなかったって。

 ある日、登校してみると学校の裏庭に人が集まって騒いでいるのを見た。どうも校舎の一回の窓が割られていたらしい。

 東西に分かれる二つの校舎のうち、西側。トイレから理科室に至るまでの7部屋。いずれも庭に面している側の窓が全滅だったよ。


 やがて先生たちによる応急処置が始まり、集まっていた生徒たちが散ってくる。その中には、同じクラスの友達も混じっていた。

 きんちゃく袋を握りしめる彼は、僕を見つけると、少し離れた場所で手招きをしてくる。応じると袋の中身を見せてくれたよ。それは曇りガラスの破片たちだった。

 あの割れたガラスたちのうち、トイレに使われていたものは確か、このガラスだったと記憶している。


「今日さ、これを使って宝探しゲームをしようぜ」


 バチあたりな、と思いつつも彼の遊ぶ提案そのものは、当時の僕たちにとっておかしいものじゃなかった。

 このころの僕たちの主流な遊びは、宝探しゲームだったから。家から自分の私物――たいていはゴミ箱行きが確定している、古い何か――を持ち出して、みんなに探させたもんだ。

 例のガラスも、バチあたりという一点をのぞけば、うってつけの代物だ。ひとつだけのターゲットより、複数あった方が探す側としても気が楽になる。

 放課後に、参加者を募った彼は少し離れた大きめの公園へ移動。僕もその遊びに加えさせてもらった。



 彼が公園に散らばらせたガラスの破片を見つけるのが、今回のミッションだ。

 かけらは全部で8つ。末広がりの数字をイメージしたといっていたけれど、あのとき僕に見せてくれたかけらも8つだ。

 おそらくは全部。なのに、見栄を張るような発言をする。少しだけ違和感があったよ。

 会場となった公園は、ちょっと大きい駅の前にある広場ほどの大きさ。10名ほどの参加者が探すに、不足ない面積がある。

 僕も適当な方向へ散り、草むらの中を漁っていたところ、ガラスのかけらをひとつ見つけた。

 おおよそ二等辺三角形の形に砕かれている、破片たちの中でもやや大きめのもの。そっとガラスの上へかがんでみるも、表面はくぐもっている。ほんの数十センチ上にある、僕の顔さえぼんやりとした像を映すだけ。


 ――ひとまず、こいつであがり、と。


 すっと、僕が指を伸ばす。



 そのガラスが、僕の指で隠れる直前だった。

 不意に、ガラスの表面がすっかりきれいになったんだ。はっきり映し出されるのは、僕の指、顔、公園の背景、そして……僕の真後ろに立つ、誰かの長い足。

 素足で毛を多く生やした、ぶっとい足。そう思ったときには、その場で振り返っていたよ。

 けれど、いない。真後ろどころか、少なくとも僕の半径10メートルほどには、誰も入り込んでいない。

 見間違いかな……と、向き直りかけたところで、ぱっと何かが僕の背後から頬をかすめて、飛び去っていく。



 あのガラスの破片だ。

 誰かが放ったか、糸で結んで強く引っ張ったか。そう思わせる勢いで飛んでいったそれを、とっさに僕は目で追いきれなかった。

 ひと呼吸遅れて、頬を伝う熱さ。そしてシャツの肩近くに垂れる赤いひとしずく。それを追ってもう一滴、二滴。

 血だ。僕の頬はざっくり裂かれて、そこから血が滴っていたんだ。

 いつもは生返事で流してしまう。親からのハンカチ、ティッシュ確認をその日はちゃんと受けておいてよかった。

 ティッシュを引っ張り出し、頬にあてがいながらあのガラス片を探しなおしたけれど、どうしたことか、見つからないままだったんだ。


 集合場所へ戻ると、参加者のみんなもほぼ戻ってきていた。

 そして、ほぼ全員が僕のような切り傷を体のどこかに負っている。シチュエーションも僕に似ていて、落ちていたガラス片の曇りがいっぺんに取れたこと。

 自分の背後に立つ誰かの足が見えて、ほどなくガラス片が勢いよく飛んで、ケガした体の箇所をかすめていったこと。そして、ガラスに映った足の主はいずれも目にすることなく、ガラス片もどこかへ行ってしまったこと。

 即席の「被害者の会」が開かれるも、主催した彼はさほど気にする様子はない。見つからない破片は自分で回収しておくから、僕たちはもう帰ってもいいとも告げてきたんだ。

 彼の仕業とはとても思えなかったし、みんなして似たような気味悪い体験をしたことで、帰りはその話で持ち切りだったっけ。



 翌日以降も、学校周りで窓を割られる事件はたびたび起こった。

 けれど、対象となった学校に通う、交流のあった友達によると犯人の傾向が変わったようだというんだ。

 これまで無差別にガラスを割っていたのが、今回は曇りガラスのみが狙われている。

 それも階層や室内外を問わないものになっているとも。

 そしてもう一点。あの宝探しを提案した彼、身体に貼るばんそうこうの数が日に日に増えていくんだよ。

 普通、ある程度は傷が治ったらはがしそうなものなのに、何日、何週間も同じ場所に貼り付け続けている。どうしてそのようなケガをするのか、首をかしげたくなったよ。

 結局、卒業まで彼のばんそうこうは増え続けた。体育の着替えのときなんか、それがよくわかる。

 しかも制服のズボンを脱いだときに見える彼の足、以前とは別人のように太くて毛深くなっていてさ。

 あの曇りガラスに映ったのと、そっくりなものになりつつあったんだ。


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