第六話 翔太の憧れって?
順調に夕飯の準備も進んでいるので、ちょっと休憩をしようと、コンロの火を止めて自分用にコーヒーと牛乳で作ったアイスカフェオレの入ったグラスを持って翔太の向かいに座った。
コンパクトタイプのノートパソコンを操作しながら、ルーズリーフに何かを書き留めている翔太をボーッと見つめていると、まだ、お互い志望校すら受験していない現状、何気に翔太がさっき言った、
『結婚してお互いの所属基地が同じになったらこんな感じが日常的になるのかも知れないって思う反面、俺は逆に離れて暮らす可能性の方が高いからその事考えたら、ちょっと複雑な気持ちになってる。』
って言葉が頭の中で反芻してきた。
自衛隊は陸、海、空の三つに分かれている。自分が望んだ所に配属される保証もない。更に言えば、全国に自衛隊の基地や駐屯地は点在している。翔太が戦闘機パイロットになったとして、どの基地に配属になるかなんてわからないし、私が防衛医科大学に受かったとしたら医学科は修業年限が6年だ。そこから、研修医として現場に出る様になるけど、基地配属になるとばかりは言えない。自衛隊は、一般企業で言うところの転勤にあたる転属が、所属期間が一定を過ぎたら高いって言う。
航空自衛隊で良い例が、松島基地の第4航空団飛行群第11飛行隊、通称ブルーインパルスでは任期が3年と決められている。任期中の業務も明確にされていて、1年目はTR(訓練待機、Training Readiness)として演技を修得し、展示飛行の際にはナレーションを担当したり、訓練のため後席に搭乗することがある。2年目にはOR(任務待機、Operation Readiness)として展示飛行を行う。3年目は任期の最終年となり、ORとして展示飛行を行いつつ、担当ポジションの教官としてTRのパイロットに演技を教育する、と言った具合だ。
「翔太はさ、ブルーとか憧れないの?」
「ブルーは全航空機乗りの憧れだよ。確かにあのアクロには俺も憧れるけど、俺はブルーより飛行教導群の方が夢かな?アグレッサーは戦闘機乗りの最高峰だと俺は思ってるし。めちゃくちゃ優秀じゃないとなれないし、その上教導群の隊員に認められたパイロットのみが一本釣りのような形で打診されるらしいんだ。今の教導群のトップの司令、千賀晴翔一等空佐って言うんだけど、その人が親父の知り合いでさ、親父のコネで公には出来ないんだけど、タイミングが合えば小松基地のアグレッサーの飛行訓練の見学が出来るかも知れないんだ。」
初めて行った築城の航空祭でF-2A/B、戦闘機ファンの間では、バイパーゼロと呼ばれる機体の展示飛行とブルーインパルスのアクロバット飛行を見た時みたいに、翔太が目を輝かせている。
「あのさ、優香さえ良かったらアグレッサーの飛行訓練の見学に行く時に一緒に行って見ないか?千賀一佐に会わせたいってのもあるんだけど、俺が目指してる世界を優香にも知って欲しくってさ…。」
翔太が、滅多にない機会に誘ってくれた。
千賀一佐に会わせたい理由ってのは、翔太が言うには、千賀一佐の娘さんが防衛医科大学に在籍しているらしく、千賀一佐からも防衛医科大学について何か聞けるかも知れないから…って。
使えるコネは、トコトン使うって感じの翔太に、ちょっとビックリした。
コンパクトタイプのノートパソコンを操作しながら、何かを書き留めているルーズリーフに目をやれば、翔太は国立と私立、防衛医科大学とのメリットとデメリットを比較出来る様に書き上げていた。
「翔太、帰って来てからずっとパソコン触ってたのって、コレの為?」
ルーズリーフを指して言えば、
「気付いちゃったか…。半分以上俺の責任かと思う所があるしね。おじさんやおばさんには、優香のやりたい事、なりたい事を応援して貰いたいし、俺の事も認めてもらわないといけないじゃん?ソレの、下準備だから気にしないで。」
照れているのか、頭を掻きながら翔太が答えてくれた。そして、そのまま続きに戻った。
私は、なんて答えたらいいか分からず、アイスカフェオレを一口飲んでからスマホのメールの画面を開いて翔太に宛てて今の想いを打ち始めた。
『翔太、私の為に色々ありがとう。言葉で伝えると、ぐちゃぐちゃになって、ちゃんと思ってることが伝えられそうにないんで、メールに託します。
私を彼女にしてくれてありがとう。翔太の隣にいて恥ずかしくない彼女でいられるよう、私、頑張るね。それと、私の進路についても、色々調べたり親の説得にまで付き合わせてごめんね。それとありがとう。翔太の側に、コレから先ずっと居たいと思うし、翔太の側以外考えられません。同じ景色、同じ夢を見ていきたいと思います。頼りない彼女だけど、コレから末長くよろしくね。いつか、自分の名前を西條優香じゃなくて、柘植優香って言える日が来る事を、楽しみにして居ます。優香 追伸:ツーショット写真、頂戴よ!翔太、大好き♡』
打ち終わって、送信した。
目の前のテーブルの上で、翔太のスマホが着信を告げる。
「翔太、メールだよ?」
テーブルから立ち上がって、メールを読んでもらいたくてスマホを翔太に渡した。
「誰からだろう?」
怪訝そうな顔でメールを開いた翔太が、びっくりした顔で私を見た。
私はニコッと笑って、テーブル越しに初めての私からのキスを翔太にプレセントした。
「優香から翔太への初キスのプレゼント!翔太、大好きだよ!」
と告げれば、
「俺の方が撃墜判定食らってる気がする…。」
と翔太が言った。