第五話 新婚みたい!?
夕飯の準備を始める為に、リビングにかけていた自分のショート丈のビブエプロンを着けてキッチンに戻り、休憩用にコーヒーを入れようとしたら、
「優香、本屋の袋取っていい?」
って、薄手のコートを脱ぎながらトートバックから参考書の入った袋を取り出していいか聞いてきた。
「うん。今、コーヒー入れる準備してるから勝手にバックから取って!」
と返事をした。
翔太は、リビングのソファーから立ち上がりキッチンのテーブルに置いてあるバックの中から本屋の袋を取り出した。
エプロン姿でキッチンの中を右往左往している私を見て、
「エプロン姿の優香って、初めて見た…。」
って、言って本屋の袋をテーブルの上に置いてキッチンに向かって来た。
コーヒーを入れる準備をしながら、買って来た材料を整理している私の後ろに立ち、急に後ろから抱きしめて来た。私の肩に軽く顎を乗せて、
「何か、こうやってたら、新婚夫婦みたいじゃない?」
って耳元で囁いた。
ビックリして、振り向いたらチュって頬っぺたにキスをして来た。
真っ赤な顔になった私を見て、
「優香、照れてる?カワイイね…」
って、更に煽ってきた。
「ドックタグ、首の辺まで持ち上げて見せて?」
って、言うから素直に2枚のタグを持ち上げたら、抱きしめてた腕を離して、翔太も同じように2枚のタグを私のタグの側に寄せてスマホの画面をこちらに向けた。
カシャ
っという音がして、寄り添ったツーショットがスマホの画面に映し出された。
初めてのツーショット写真…。
画面の中の私たちは、ホントにいい顔をしていて、エプロン姿の私は新婚の奥さんに見えなくもなかった。
「翔太、その写真、私にも頂戴ね。付き合って初めてのツーショット写真だから…」
と言えば、翔太は
「勿論!」
と返してきた。
「ずっとこうしてたいけど、それじゃ優香が晩飯の準備も出来ないからね。ちょっと俺、一度家に帰ってくるわ。優香に約束したサイレンサーとか取ってくる。すぐ戻って来るから、コーヒーよろしく。あ、アイスでね。」
と言って、リビングから出て行った。
私は、コーヒーメーカーにフィルターをセットしてコーヒーの粉を少し多めに入れ、抽出の準備を始めた。
夕飯の準備に取り掛かり、一番時間のかかる炊き込みご飯の準備を始めた。
買ってきた餅米の封を切り計量カップ1杯分をザルに入れ、白米を計量カップ5杯分餅米の上に入れた。炊飯器の中には、ご飯が残っていたので塩を振り入れてからさっくり混ぜ合わせ、海苔の準備をしてから手をしっかり濡らして塩を手に着けおにぎりにした。海苔を着けていた頃に、翔太が戻って来た。手には、黒いトートバックが握り締められていた。
「翔太ぁ〜、小皿出して!」
キッチンから叫べば、
「んっ?」
って、ダイニングテーブルの椅子にトートバックを置いてから、キッチンに来てくれた。
「何やってんの?」
「見たらわかるでしょ、ご飯残ってたからおにぎり作ってんの。お皿出し忘れたからおにぎり乗せるお皿出して。」
食器棚から、ちょうど良いサイズの白い小皿を出してくれた。
「ありがと。翔太、お腹減ってたら食べていいよ。ウチ、晩御飯遅めだし…。」
と、おにぎりを乗せたお皿を指すと、
「うん。手を洗ってから食う…。」
と言って、洗面所の方に姿を消した。
二つ目のおにぎりを握っていると翔太が戻って来て、ダイニングテーブルの椅子に座ってから、
「いただきます。」
ちゃんと手を合わせて、おむすびを頬張った。
結局、おむすびは3個出来て翔太が2個、私が1個。最後に作った分は、ちょっと小さめだったから私が食べた。
「優香のおにぎり、塩加減も丁度いいし美味い。こんな美味いんなら、毎日でも食べたいなぁ〜。」
って、言う。
翔太のご両親はお父さんがお医者さん、お母さんが看護師さんなので、当直や夜勤、それに出張などで朝夜不在の事がある。ご両親共にある程度の管理職の地位に就いていらっしゃるので、特に不規則なシフトの様だった。元々は、私たちが生まれる前から仲が良かったお隣同士の西條家と柘植家だったので、翔太は小さい頃、うちに泊まって学校に通ったりしていた。流石に、中学になってからは翔太も自分の家に帰って寝る様になったけど、食事だけは家に食べに来ていた。それも、中学の半ばになったら、少しずつ自分でも何とか料理をしたり、翔太のお母さんが作り置きをしたものを温め直したりする事が出来出して、足が遠のいていた。偶に、うちの母が心配して夕飯に誘えば、食べに来る程度で、こうやって家のダイニングに翔太が居るのは、久し振りだ。学校のお昼も、学食に行ったりして居る姿も見かけるし、偶にパンを齧っている姿を見かける事もある。夕飯の準備をしながらカウンター越しに私は思い切って、
「翔太、翔太のお弁当、私作ろっか?あり合わせの物だったり、前日の晩御飯の作り置き分だったりが入るかも知れないけど…。」
と、提案した。翔太が、
「すっげえ嬉しいけど、それじゃ優香の負担になっちまうだろ?そこまでは甘えられねぇよ。」
と、返して来た。
「こう見えて私、高校に入ってから、自分お弁当だけは自分で詰めてるんだよ。まぁ〜、お母さんが作り置きしてくれてた物や冷食とかも使うけど…。2個に増えたからってそんなに負担にはならないから、安心して。勿論、翔太さえよければ…、だけど。私にも彼女らしい事させてもらえないかなぁ?」
って、言ってみたら、満面の笑顔で
「じゃ、お願いしてもいい?彼女弁当、ツレに自慢する!」
って、言って来週の週末に、一緒にお弁当箱を買いに行ってそれからお弁当作りをする事で話が纏まった。それまでの間は、部活で小腹が空いた時用におにぎりを作って渡す事にもなった。
「俺、果報者だなぁ。」
しみじみと翔太が言うので、『オヤジか!』って、突っ込んどいた。
そうこうしている内に、コーヒーの抽出も終わりグラスに氷とコーヒーを入れてカウンターに置いた。カフェでアイスコーヒーを飲んでいた翔太が、ブラックのまま飲んでいたのを見ていた私。
「翔太はブラックで良かったよね?さっき、カフェでブラック飲んでたみたいだから。」
一応、念の為に聞いたら、
「うん。基本ブラックで大丈夫。偶にガムシロ使う事もあるけど、無くても平気。」
と、カウンターに手を伸ばしてグラスを取った翔太。
一つづつ、翔太のことが知れる事が嬉しくて仕方ない。
カウンター側にある流しでお米を洗ったり、食材を切ったりしながらダイニングテーブルに翔太が居るのを眺めていられるのが、幸せすぎて仕方ない。翔太と何年か先に結婚したとしたら、こんな感じが日常的になるのか…と、考えたら思わずにやけてしまった。
ダイニングテーブルに、トートバックからコンパクトタイプのノートパソコンと、ルーズリーフの束を出しながら翔太がこちらを見てきた。
「何にやけてんの?」
って聞いてきたから、照れながら私は翔太に感じていた事をそのまま伝えた。
「翔太がカウンター越しのダイニングテーブルに居るのを眺めていられるのが、幸せすぎて仕方なかったの。付き合って初日だけど、もし翔太と何年か先に結婚したとしたら、こんな感じが日常的になるのかぁ〜って、思わず想像しちゃったんだよね。」
「そっか、俺だけかと思ったら、優香そんな風に感じてくれてたんだ。俺も、こっちからキッチンで料理してる優香の姿を眺めてられるのが、幸せだなぁって感じてたから。優香が思った様に、結婚してお互いの所属基地が同じになったらこんな感じが日常的になるのかも知れないって思う反面、俺は逆に離れて暮らす可能性の方が高いからその事考えたら、ちょっと複雑な気持ちになってる。でも、今、ちょっとだけ新婚気分を味わえてるのが嬉しいかな。」
って、翔太が答えてくれた。
お互い、色んな思いを感じながらも私は、夕飯の調理を進めていった。洗ったお米を御釜に入れて、調味料を入れてから水を張り具材も投入して、炊飯器に御釜をセットし炊き込み御飯モードに設定を変えてスイッチを押した。
チキン南蛮のお肉は、炊き込みご飯に入れるお肉を切った際に、序でに下味をつけている。上にかけるタルタルソース用の茹で卵は、今茹でている。
肉じゃがの準備のため、キッチンの下から大きめの圧力鍋を引っ張り出した。
いつもならお鍋で作るけど、時短したいので圧力鍋の出番だ。じゃがいもも、ホクホクに出来上がるし一石二鳥なのよね。ピラーを使って、具材の野菜の皮を剥き包丁で適当な大きさに切っていく。タマネギを切る段階で、割り箸を口に咥えたらコンパクトタイプのノートパソコンを操作しながら、ルーズリーフに何かを書き留めていた翔太が顔を上げて驚いていた。
「優香、何してんの?割り箸なんか咥えて!」
一度割り箸を口から離して
「こうやって、割り箸を咥えたら玉ねぎ切る時に目が沁みないって言うんだよ。私の場合、ちょっとは沁みちゃうけど、普通に切るよりマシだからこうして切るの。」
もう一度割り箸を咥え直してタマネギを切っていく。
切れた具材毎にトレーに分けて入れてから包丁とまな板を一度洗って、牛肉を切っていく。
コンロで温めた圧力鍋に牛脂を落として油を鍋に廻して牛肉とタマネギを炒めていく。ある程度炒まったら、残りの具材を入れて水を張り一煮立ちさせて灰汁をとったら味付けをして蓋を閉めてしばらく中火から弱火で煮込んでいくのが我が家流。
調味料を入れたあたりから、翔太がクンクンと匂いを嗅ぐ仕草をして、
「めっちゃ良い匂いしてきた!」
って、はしゃいでた。
煮込んでいる間に、ナスの煮浸しを作るためにフライヤーの電源を入れ、小さめのお鍋にお湯を沸かして、煮汁を作った。フライヤーの温度が上がったらナスを入れて暫く揚げ、しっかり油を切ってから煮汁の中にイン!煮汁にひたひたに浸かったナスを暫く煮込んで味ききの為、一つ取り出し、小皿に乗せた。包丁で一口大に切ってダイニングテーブルに箸と一緒に持って行った。
「味、きいてみてくれる?」
翔太に小皿を差し出したら、手を止めて小皿を受け取ってくれた。
手こそ合わせないが、
「頂きます」
と、言ってからナスを一切れ箸で掴んで口に運んだ。
「何!これ!めちゃくちゃ美味い!優香、料理めちゃ上手いじゃん!」
小皿と箸をテーブルに置いて座ったまま立っている私に抱きついてきた。
「まじ、俺、超幸せ!優香、ありがとな。今まで、誰とも付き合わずにいてくれて…。俺しか知らない彼女になってくれて、ほんと、ありがと。」
って、ギュッと力強く抱きしめられた。