この外套は予想以上です
「凄い」
ただその一言だけを口にして、呆然としているリア。すでに腕の麻痺は治ったようで、そんなことどうでもいいかのようにこちらを見ている。僕は、「大丈夫?怪我はない?」と聞きに行こうとする。
「リア、大丈夫?どこか痛むところはない?」
「はっ!あっ、あっとごめんね。ついつい見惚れてたみたいで。怪我はしていないわ、腕も…ほら、動くでしょ」
腕を振り回して見せるリア。その様子から無理をしているわけではないようだ。
「よかった。後ろまで吹き飛ばされた時は、どうなるかと思ったよ。無理しないでね」
「わかってるわ。それよりも、フェイ今のって」
「今の?ああ、さっきのこと?何かあった?」
「何かあった?じゃなくて、フェイ……あなた本当にFランクなの?」
リアが思い切り疑問に持っているようだ。
僕はそれに対し、真実を告げた。
「そうだけど、それが何か問題でもあるの?」
「嘘よ!そんなわけない。あんなに姿他動きを平然とやってのけて、それにあんなに大きなコボルトを倒せるなんて、新米冒険者には見えないわ。フェイ、あなたって一体何者なの?」
詰め寄るように聞いてくる質問に対し、僕は少しのけぞったが答えた。
「僕は単なる新米冒険者さ。さっきの動きがどうのと言われても、答えられない。ただ言えるのは、誰かを守るために必要なことだってこと。大切なものを守るために僕がやってきたことさ」
僕はそんな風に答えた。
これは真実で、僕は『強さの意味』を知るために、仲間を守るために戦ったまでだ。その結果が今こうして現実となっている。今、この選択が正しかったのではないかと、僕は自分の信じる道を選んだだけだ。
この守るという行為が、単なる偽善だと思われても仕方がない。でも、僕は今ある目の前のものを守りたいだけだ。そして、世界を守りたいだけだから。
そんなの、単なる夢でしかないとしても、少しでもできることをするまでだ。
「僕は『強さの意味』を探すためにこれからも戦うよ。それだけさ、リア」
「『強さの意味』……なんか、かっこいいわね」
「そうかな?」
「だよ。誰でも自分にしかできないことを探してる。やっぱり、フェイとパーティを組んで正解だったわ。こんなに面白いもの。これからもよろしくね」
「えっと、うん」
なんかしっくりこないけど、納得してくれてよかった。心の底からそう思えた。
◇◇◇
「そう言えばさ、フェイこれどうするの?」
「これって?」
「ほら、そこにあるコボルド……」
リアが、先ほどの戦いで敗れたコボルドの死骸を指差す。
(確かに考えてなかった。どうしよう)
持ち帰るにしても、二人じゃ……そんな風に考えてた。
「はあー、仕方ないわね。一旦、街まで戻ってギルドの人に頼みましょう」
「そんなことできるの?」
「ええ。けど、お金もかかるし、すぐにきてくれるわけじゃないから、この死骸も、少し傷んじゃうわね」
悲しそうにうつむいている。確かにここまでやったのだ。だったらなんとかしたいと思った。しかし僕にもどうしようもできないことだ。その時ほんの少しだけ羽織った外套が揺れた。
「あっ!」
僕は声に出していた。何かを思いついた、いや、思い出したのだ。そう言えばと、
(確かこの外套って……それが本当なら、もしかして……)
僕はおもむろに着た外套を脱いだ。するとリアがこちらを振り向き、頭の上にはてなを浮かべて聞いてきた。
「何をしているの、フェイ?コートなんか脱いで」
「いや、ちょっと試したいことがあって。もしかしたらなんとかなるかもしれないから」
僕がそう言うと、またはてなを浮かべていた。しかし今度は僕から先に聞いたので、リアが言おうとしていた言葉はかき消された。
「リア、コボルドの素材で高く買い取ってくれる部位ってどれ?」
「えっ?あっ、えっと……確か、眼とか肝とか、あとは武器。それから【魔石】だよね、やっぱり。これだけ大きいと、きっとすごく大きいよ!」
「リア、【魔石】って何?」
僕は喜んで説明するリアの言葉に水を差すように、その言葉を止めてしまった。言葉の羅列を止められ一瞬ビクつき、さらにはまるで当然のことを聞かれたような顔をされた。「えっ?」と口をポカンと開けている。
「えっと、【魔石】って言うのわね、魔物って呼ばれる、魔力を有した生物が持つ特別な石で、私たち人族はこれを持っていないの。この石には魔力を緩和して放出したりする一種の生命力の源みたいなやつでね、これを使って魔法を使う魔物は魔法を使うのよ。それで一番、この【魔石】がね、高く買い取ってくれるんだ。でも、品質とか大きさとかでバラツキが出るのよ」
「はあー、詳しいね、リア」
「いや、これは冒険者ならみんな知ってることで……」
「とりあえずやることは決まったね。じゃあ、その素材を採取しようか」
僕は意気揚々と告げた。リアもよくわからないかのように、しかし一応返事を返した。うなずかれ、その後リアが丁寧に剥ぎ取っていくのを眺めていた。
◇◇◇
「フェイ、終わったわよ。これからどうやってこれを持って帰るの?」
見た見ると、確かに二人だけでは手に抱えられそうにない。僕はそれを見て、一瞬ビクッとしたが、まあ、予定通りとのことだ。
「じゃあ試してみるね」
僕は外套に魔力を多少送り込む。
フワッと、外套がなびいた。僕はその外套を、置かれた素材の上に置く。もちろん中の部分を下にしてだ。
その様子を呆然として眺めるリアと、じっと見つめる僕。そして不思議なことは起こった。厚みで盛り上がっていた素材の束が、一瞬にしてぺたんとなってしまったのだ。僕はそれを見てよし!と思った。しかし、リアは目を丸くしているのが目に入った。
「えっ⁈これ、これって何が起こったの!急に素材が消えた……なんで……」
「上手くいったみたいだね。それにしても、本当にこれすごいや」
僕は外套を手に取り、羽織り直す。
「フェ、フェイ?い、今何が起こったの?急に素材の束がなくなって、あれも何かの魔法なの?それにそのコートって、なんなの?」
「落ち着いて、リア。僕もよく知らないんだけど、今のはこの外套の力なんだ」
「そのコートの?一体何がどうなってるのよ」
リアは不思議そうにこのくらい外套を眺める。
僕は説明するためにリアに聞いてもらった。
「この外套は、僕の友達からもらったものでね、なんでも『ディメンジョンワーム』って言う、特殊な糸をはく蚕らしいんだ。僕も、その友達も見たことないらしいんだけど……」
「その友達も見たことないの?」
「うん。虫、苦手らしいからね」
「へえー、それでその糸がなんなの?」
「うん。この糸はね、魔力に反応してちょっとした空間を作り出すらしいんだ。だから今、僕は魔力を送り込んで、この外套の中の部分に織り込まれたその糸の奥に空間を作ったんだ。まさかここまでとは思っても見なかったけどね。僕も正直、驚いているんだ」
僕がそう説明すると、まだ頭の上にはてなを浮かべている。
「よくわからないけれど、そのおかげで素材が運べるのね。だったら問題はないわ。それにしてもほんと不思議……」
「だね。まったく、本当にすごいよ」
僕らはただ関心するのであった。
明日、大事なことがあります。
憂鬱です。