コボルドの討伐
「よし!これで、五匹目」
拳のガントレットが、狼の脇腹に入り絶命した。
ここまで、全て一撃で仕留め、その皮を剥いでいく。
「フェイ、終わったよ」
「じゃあ、後は帰るだけだね」
「そうね、あれっ?ここって……どこ?」
リアは周りをキョロキョロと眺める。
僕もより一層深まり、【木漏れ日の森】の名称とは裏腹な暗さを不気味に思った。
あたふたするリアを横目に簿記は冷静に考えていた。とりあえずは、少し広いところに出ようと。
「リア、落ち着いて。とりあえず、一回広いところに出ようよ」
「えっ、そうね。そうしましょう」
強がっていて、怖がっているリアを後ろに、今度は僕が先導する。
「リア、とりあえず広いところに出るために少し魔法を使うね」
「えっ!フェイの魔法!どんなの、見せて」
「いや、見せるとかじゃなくてね。来い!」
僕は目に魔力を集中する。来い、藍色に近い黒の瞳がほのかな青みを帯びてゆく。星でも集めるように、少しずつ明るくなる瞳は今や蒼に近い。
《魔眼》が照らし出す魔力の反応。木々から感じ取れる生命力の源が、丸い案を描くように点在しているところがあるのを感知した。
「リア、少し行ったところに広いところがあるからとりあえずはそこに行こうか。付いてきて」
「わかったわ。フェイ、お願いね」
僕はゆっくりとしたテンポで、リアと共に歩く。リアも、落ち着いた足取りだ。心配はいらなかった。
◇◇◇
「はあー、でも一時はどうなることかと思ったわ。まさか、あんなに深くまで行ってたなんてね。それよりもさ、フェイ?」
「うん?何」
水筒の蓋を開けたまま、落ち着きを取り戻したリアが質問してくる。簿記はその質問の内容を聞き返す。
「あのさ、さっきの魔法って何?」
「ああ、さっきの?あれは《魔眼》だよ」
「《魔眼》?聞いたことのない魔法……」
「そうかな?まあ、原理を簡単に説明すると、あらゆるものから放出される魔力の粒子や波長を目で捉えることのできる魔法だよ。知らない?」
「全然。それにしても、ほんと凄い。でも、コボルトには出くわさなかったね。まあ、出くわさないほうがいいけどね」
「だね」
そして僕は、もう一度水筒を口につける。しかしその瞬間に、僕は口から水筒を勢いよく離した。すでに、逃げられる間合いではなかった。
僕一人なら何とかなる、けどリアは追いつけないだろう。僕は仲間を見捨てはしない。
「リア、戦闘態勢。来るよ」
「えっ?来るって、何が?」
「フラグ?通りだよ」
僕の警戒心はすでに完全なものとなっている。僕はある一点から目を離さない。睨むようにして、目を細める。そして、その足音は近づく。ドシ、ドシ、と大きな音を立てるのがすぐ近くに聞こえている。それを聞いて、リアもハッ都した。
「もしかしてだけどさ、フェイ……」
「もしかしなくてもそうだよ」
「逃げられないの!」
「僕一人なら逃げられる。けど、リアはきっと無理だよ。断言できる」
「そんなこと言われたくないわ!でも、それならどうすればいいの」
「やるしかないよね」
僕はその足音ともに、迫る狂気に対し負けじと、殺気を放つ。狂気や殺気には強い体質だ。
そして僕の目線の先から大きな影が迫った。そしてその姿を現わす。4〜5メートルぐらいの大きさで、手には巨大な棍棒を持っている。一般的なコボルドよりも大きいと思う。多分これは……
「き、キングコボルド!」
「これがそうなんだ」
コボルドの亜種か、成長過程の賜物か大きさからインパクトがある。リアはキングコボルドを見たことがないのか、身じろぎひとつしていない。
「リア、この大きさは普通なの?」
「えっ、えっと知らないけど……」
「そうなんだ。じゃあ、倒せないことはないよね」
僕はナイフを手に取る。そしてそれを、ダガー持ちの構えで持つのだ。
「えっ!本当にやるの!」
「当然だよ。だって、ここで僕たちが倒さないと、他の冒険者が危ない」
「で、でも、急いで街に戻って討伐隊を手配したら……」
「その間にここに他の冒険者がこないとは限らない。それに、こいつが移動する可能性もある。リア、強制はしない。リアは先に街に戻って応援を読んで来てもいいよ」
「い、いや。あたしだって冒険者だもん。パーティメンバーを見捨てるなんてできない。それに、さっきフェイが『倒せない』ことはないって言ってたし、あたしももっと強くなりたい。こんなところで負けてられない!」
リアはガントレットを打ち鳴らす。そして強張った顔の中には笑顔のようなものも見える。
「わかった、行くよ、リア」
その瞬間こちらに気がついたコボルドの棍棒が僕目掛けて振り下ろされた。僕はそれを完全に見切ると、後方にジャンプした。
「す、すごい……」
リアの感心した言葉が耳元によぎる。
キュン!と食うを着る音ともに振り下ろされる棍棒をリアも避けきる。かなり体感が強いようだ。その表情には、先ほどまでの笑顔とは違い完全に緊迫した状態である。
「クッ!攻撃が速い!」
リアが膝をつく。僕はそれを見ると、態勢を立て直す時間を作るため、ナイフで脚を切りつける。深く刺さった刃を、一直線に、引き裂く。
「ワオオオオオ!」
遠吠えのような悲痛な叫びがこだまする。森中を駆け巡るように思えた。その声とともに目が赤く灯り、完全に怒りの眼と言えよう。
そしてその手に持った棍棒を乱雑に振り回す。そんな単調な動き、簡単に見切れる。
「はあー!」
リアが僕に注意が向いたコボルどれの原を殴りかかる。しかしその瞬間標的を近くにやって来たリアに変えた。
「えっ!っ、ぐは!」
リアが防御態勢になると同時に、重たい一撃が襲う。その衝撃で後ろの木まで吹き飛ばされていた。
「リア!」
「大丈夫。でも……」
腕を抑えている。骨が折れたわけではなさそうだが、かなり麻痺しているのだろう。体もよろよろと立ち上がるのが精一杯のように思えた。しかしそんなことは関係のないこのコボルドは、リアにさらなる一撃を与えようとする。
僕はその瞬間には、すでに……リアの目の前にいた。
「やらせないよ」
冷たく語りかけるのと同時に、強烈な殺気とも言える眼差しを向ける。一瞬だけ、狂気のコボルトの動きが止まるのと同時に僕はその長い腕を伝っていた。
腕をかけながら、ナイフで切りつけて行く。その過程で棍棒を破壊した。こんなナイフでも、使い方次第では剣と同等の力があるのだ。
僕はその勢いのまま首を切りつけた。しかしその動きについて来た長い腕が、僕をつかもうとする。その動きを研ぎ澄ました感覚で予知し、コボルドの広い胸を蹴って宙に飛ぶ。
キュンと、再び何もない空間を裂いた。そして、その一瞬、僕はコボルトの両腕が上がり、完全にガラ空きとなった胸部と首。僕はその瞬間迷いなく、《シャドウナイフ》を展開した。
「《シャドウナイフ》、五本。行け」
僕は淡々とつぶやきながら、その真っ黒に近いナイフを放ちそのうち三本が喉に、残り二本は、コボルトの目に突き刺さった。
「ワオオオオオオン!」
コボルドが叫ぶ。しかしそんなことは関係なく、僕は次の攻撃のため『宙』を蹴る。ほんの一瞬しかできないが、僕は足元に魔力を集めた。そして飛ぶ。
乱暴に振り回される破壊された棍棒。その動きに対し、外套を使って回避し、そのまま流れるようにコボルトの喉元に剥ぎ取り用のナイフを突き刺した。
「《シャドウブレード》!」
ナイフに魔力を込め、一本の剣のようにする。
深く淀んだ色の剣先から、放たれるその姿はまるで光剣だ。そしてそのままその剣先を弱めることなく、そのコボルドの命を絶った。
(これで終わり……あっ、でもリアは)
僕は後ろを振り返り、リアの反応をうかがう。
流石にやりすぎたかと思った。しかし、リアは呆然としたままで、
「凄い」
その一言を目を輝かせて呟いていた。
夏休みを楽しんでいます。