逆鱗と実力
二日連続の投稿です!
『竜』には、それぞれの個体のどこかに一枚だけ逆立った鱗があると言われる。それがどこにあるのかは定かではないが、主に喉元と言われる。そのたった一枚の鱗に触れた時、竜はその凶暴性を開花させ、目に映る全てを敵視し破壊する。まさに天災といっても過言ではない。それがこの世界でも同じならば、ボクはとんでもないことをしてしまった。
目の前にいる竜はまさにそれだ。それさが最も侵してはならない換気、逆鱗に触れることだ。
グゥォォォォォ……ゴガァァァァァ
唸るようにして喉を揺らす。
血の色と同じように狂気に染まった瞳は、もはや取り返しのつかないことをしてしまった後だ。そして二本の脚で、その巨体を支え大口を開く。開放されたその口の奥は赤々と燃えていた。そしてボクは避ける間も無く、至近距離でその咆哮を目撃した。
ボォン!という破裂的な音とともに、打ち出されたそれは火球だ。いや火球というよりはどちらかというと、火柱に近い。それは空の彼方へと消えて行き、まるで準備運動のようで、そのけたたましい地響きは濃い緑色をした翼を使って悠々と空へと飛翔した。
しかしその標的は完全に僕らへと定まっていた。
「フェイくん。これって……」
「おそらく。標的は僕らでしょうね。いや、そんなことは関係ないの方が正しいでしょうね」
「じゃあ、やっぱりこれは」
「はい。まさしく、逆鱗です」
クルスさんは、黙り込む。
僕も同じく黙り込む。決して諦めたわけではない。それはクルスさんも同じようで、不自然な笑顔が浮かぶ。僕はクルスさんの笑顔が不気味で聞いてみた。するとクルスさんは、淡々と答えてくれた。
「面白いね。こんな展開は初めてだよ。フェイ君。僕はね、別にこんな展開を望んでいたわけじゃないんだ。でもね、フェイ君の力を見せられて僕も感化されたのかな、本気を出したいってね」
「本気?ですか」
「うん。ロックさん、フェイ君。力を貸してほしい」
「ああ、任せておけ!」
「もちろんですよ。みんなを守るために必要なことだったら、助力ながら手伝わせてもらいます」
「ありがとう」
そう言うとクルスさんは、剣の柄を握り直した。
そして鋭い眼光を向ける。緑竜は、再び火球を放つ。今度は完全に火の玉だ。それをまるで見切っていたのか、クルスさんは逃げなかった。逃げられなかったわけではない。あえて逃げず、その火球を、斬り裂いたのだ。
「うーん」
「どうした、クルス?」
「いや、少し狙いと違ってね」
「狙いか?一体なんだ」
「クルスさん。あいつを落とせばいいんですよね」
僕はそう言った。
ロックさんは、何を考えているのかとわけのわからないような顔をしている。しかし、当のクラスさんは、目をかっと見開いていた。それをみたロックさんは、小声で言う。
「ま、まさかとは思うが、クルス……お前がやろうとしていることっていうと……そんな、わけないよな?」
「いや、想像通りですよ」
「いや、あいつを地上に落とすのか!そんなことできるわけねえだろ!もう少し、状況を見ろ。お前は、そんな単純な奴じゃないだろ!」
「でも、僕達のリーチじゃ届かない。それはわかってますよね?ロックさんも」
「そりゃな…でもな、あいつと空中戦で渡り合えるのつったら、フェイぐらいだぞ?何か作戦でもあるのか」
「作戦か……」
「ありますよ」
淡々と言った一言。それに全員が反応した。ロックさんは、口をぽかんと開けて、クルスさんは鋭いまなこを僕に向けた。そして話を促す。僕は、それに答えて頷くと短く話した。
「確かに空中でなら、僕一人なら渡り合えるかもしれません。けれど、それには確証がない。だったら、僕はクルスさんを信じますよ。それに地面に拘束する事ならできます」
そんな風に言ってのけた。しかし、話はまだ終わらない。今度は、クルスさんが質問してきた。その間にも降り注がれる火炎弾を弾く。
「どんな方法があるんだい、フェイ君?」
「そうだ、言ってみてくれ。この状況を打破できるってんなら、俺たちは全力で従う」
「そうですか。簡単に言えば、縛り付けて撃ち落とします。と言っても、人力ですけどね」
「と言うと?」
「僕の魔法です。影を練って鎖にする魔法。《黒鎖》と言う魔法です。あまり得意ではないですけど、これならいけます……ただ、問題が」
「「問題?」」
「あの巨体です。おそらくそれだけ強い自重を持ちます。それに抵抗も……打ち落とすには、僕だけでは力がたりません。皆さんの力をフルに使っても、恐らくは」
「そうか」
諦めの声が漏れる。その間にも、僕達の腕と剣は休む事なく精神をすり減らしながら攻撃をさばいていく。それの繰り返しで、このままではジリ貧だ。何か作戦がいる。起爆剤となる何かが、必要なのはわかっている。しかし、それが今の僕には思いつかなかった。確実なパワーがないのだから。
「せめて、あの片翼だけでも……僕が拘束している間に……何とか」
「わかりました」
後ろからふと淡々とした声が聞こえた。
まるで、人形のような無垢な感情が言霊となって僕の心に染み込む。そこにいた少女は、二人。そして女性が一人だ。
「フレアとリア、どうしてここに?」
「何かね?フレアが行きたいって言ったから」
「はい?」
「逆鱗に触れたことは、遠目から見てもわかりました。だったら、私ができることは知恵を絞ることと、この魔法で皆さんの役に立つことです」
「でも、ここまで来るのは危険だったんじゃないの?」
「それも承知の上、覚悟はできていました。そもそも、竜が現れた時点でそのくらいできていて当然のことです。それよりも、フェイさん。あの翼……やらせてください。私に」
「何か考えでも?」
「はい。ようは、竜を飛べなくすればいいわけですよね。だったら、翼を追って落ちてもらうのが一番です」
「まあ、それが一番いいけど。。具体的にはどうするんだい?」
「フェイさんならわかるはずですよ。私を信じてください。重心を寄せる。その方法はありますから」
「そんなことを言われてもね……いや、そうか!」
僕は閃いた。一瞬だった。いつも通り頭を冷やして冷静になって物事を見極める。師匠にも前に言われたはずだった。絶対に忘れるなと。慣れない土地に来て、そのことを忘れていたのだ。でも、ようやくわかった。考えはまとまった。だからそのために尽力する。今やるべきことをするのだ。僕はそのためにいる。だから、と決めた。
(チャンスは一度。でも、それで十分だ)
僕は、叫ぶ。
「《黒鎖》!」
僕の影は天に上る。
そして怒りをあらわにする巨大な敵を拘束した。脚を、胴を、首を拘束する。そして動きを制限された竜は、その翼を翻した。
「フレア!」
「準備できています。私の魔力よ、集まれ。……《エクスプロージョン》」
その掛け声とともに、フレアの瞳がより一層赤みがかった気がした。若干だが、金髪の部分もそうだ。ほんの少し、赤く染まったように見えた。
放たれたのは、巨大な火炎弾。とは、言い表せそうにもない強力な魔力の波動。それが天を穿ち、片翼を亡き者とした。もぎ取られたことで、甲高い悲鳴が漏れる。
グァォォォォォ!
それと同時に体が傾く。必死でからあるが、翼を失った身体は自重をあらぬ方向へと傾ける次第で、それがより一層鎖を深く絡めた。
「ロックさん!」
「ああ!任せろ《ブースト》お前ら、全員で引け!」
ロックさんの掛け声とともに、全員が一斉に引っ張った。自重を失った巨体は、自然の法則に従って地面へと落ちていく。その間にも、僕はしっかりと鎖の操作に集中した。
ズドーーーン!
激しい落下音とともに、怒りの頂点に達した竜が僕の鎖を引きちぎった。しかしそこにはすでに一人の青年がいた。そして、右手には剣を構えている。そして一言……
「あとは、任せてくれ」
そう聞こえた。




