王都までの長い道のり3
次の日も、また次の日も、僕らは揃いも揃って荷馬車に揺られていた。まあ、王都までは馬を使っても一週間はかかるらしいので、その辺は仕方ない。
僕は、やることがないので外を眺めていた。外の景色をただ眺めるだけではない。常に魔力を活性化させることで、魔力循環を高め、魔力容量を増やそうとしているのだ。
それにしても、平和だ。
ただ、過ぎて行く景色がとても美しく眼に映る。生い茂る木々の緑が、日の光を浴びて、生き生きとしている。風が吹くたびに、ほんの少しではあるが、葉が揺れる。
地面は、荷馬車の車輪によって舞い上がる土煙。これもまた自然と言える。
そんな景色を見ながら、僕はふと左側に座るフレアに声をかけた。
「フレア、少しいいかな?」
「何ですか?」
フレアが、集中して読んでいた古い本から目を離し、僕の方へと顔を向ける。その目は、いたっていつも通りだ。
「フレアは魔法が使えるけど、どれくらい使えるの?」
「どのくらい……と言われると困りますね」
「と、言うと?」
「はい。この世界には様々な魔法が存在します。その魔法は、主に七つの属性に分けられます。そして、この世界に存在している魔法使い、魔物の数だけ魔法はあります。当然、『オリジナル』と呼ばれるものもまた……その定義に基づくと、答えられないのが筋です。申し訳ありません」
「いや、いいよ」
(何だか、悪いこと聞いちゃったなー)
僕は心の中でそう思う。
「じゃあ、フレアはさっきの七属性?の内の何が使えるの?」
「私が使えるのは、全部で六つ。闇を除く、火、水、土、風、光、無。この六つです」
「えっ、適正魔法が六つも!」
御者台から、リアの感銘の声が叫び漏れた。
それがどれほど凄いことなのかは、この世界のことを知らない僕にはわからないが、多分相当のことなのだろう。
だから僕は、
「凄いな、フレア。流石だ、頼りになるよ」
「ありがとうございます。あの、私もひとつ聞いてもよろしいですか?」
「何?」
「あの魔法は何ですか?」
「あの魔法?」
僕は、とぼけてみせた。
やっぱり、あの翼について知りたいのだろう。教えてもいいが、まだその時じゃない。満を持すと言う言葉がある。まあ、それとは少し違うのだろうが、あの魔法には意味があるのだ。それを教えられるほど、僕も優しくはない。
「あれね、まあ教えてもいいけどまだ秘密。いつか話すよ。あの魔法も、僕のことも……」
「そうですか……わかりました、その時は必ず」
「うん」
僕は強く頷いた。
◇◇◇
時というものは、考え方次第では経ち方は全く異なる。『永遠』を体感することが、どれだけ退屈で、どうしようもない虚無感と、使命感に追われるのかは僕にはわからない。
ただ、この場所ではその時は、妙にゆったりと感じられる。いわば、退屈なのだ。
(暇だな)
そんな、今一番言ってはならない、心が保たれなくなりそうな言葉が共鳴し合った。普段の僕なら、絶対に口にしない言葉だ。それが、心の中で響き渡るのは、今がそれだからである。
僕は、ふと右手を突き出した。
それは見て、丁度鳩尾と同じ高さである。僕は、人差し指を立てる。そして、魔力を集中する。イメージするのは、『炎』だ。
指先に集中して魔力を流す。まずは、火種でいい。そこから、少しずつ火を大きくしていく。もっとも、高さや幅ではなく、本質となる熱エネルギーにだ。
立ち込めるのは、黒い炎。
青黒く映るそれは、鬼火と呼ばれるものに近い。渦巻いた炎の破片は、徐々に強まり、目的の炎と化す。
ふと、それに気がついたのか、フレアが興味深そうにじっと見ている。僕はそれを気にして、少し炎を弱めると同じように瞳孔が、小さくなったように見えた。
「何をしているんですか?」
「やることがないからね、《黒焔》……僕はそう呼んでる」
「何だか、暗い色味ですね」
「まあね、僕は闇と、光の魔法が得意だから」
そこまで言ったところで、空気が変わった。
重たくなったと言ったらいいのだろうか?どことなく、普通とは違う。見ると、フレアが疑問符を浮かべていた。そして、それとは別に考えるようなそぶりの中に、驚嘆が混ざる。何か、おかしなことでも言っただろうか?フレアに問いかける。
「フレア、僕何か変なこと言ったかな?」
「いえ、ただ……相対する魔法適正を有している人を初めて見ました。天使族でも、悪魔族でもそんなことは決してないはずですがね……」
「ちょっと、待って!」
「何ですか?」
「僕からも聞いてもいい?」
「はい」
「さっき、天使族とか悪魔族とか言ってたけど……この世界にもいるの、天使と悪魔が」
「はい」
「どんな?」
「どんな、と言われましても……そうですね、一言で言えば、誇り高い。どちらも、いい人達ですよ。私の知る限りは……世間帯でも確か……」
「そう、何だ。それと、さっき言ってた相対って、どういうこと?」
「あっ、それはですね……」
その瞬間だ。
自体は突然悪化する。危険、いや、何と言おう。不穏としか言えない。どこからともなく聞こえてくる地響き。憤怒するような波動を感じる。僕は、身体中から目一杯の殺気を飛ばし、その間隔を広げた。ここから、さほど遠くない。むしろ近い。
この威圧的な暴君に近いものは、久々だ。
リアとフレアを見やる。二人とも、凍りついたように固まっている。僕の殺気によるものか、否かは別として、荷馬車は進むことをやめた。
「リア、フレア大丈夫⁈」
「あっ、あっ……えっ⁉︎」
「意識はある?今起きてることが、わかる?」
「あっ、あの。はい。地震みたいな音が…聞こえて……」
「何だか嫌な感じがするわ、多分あっちの方……鳥肌が立つぐらいにね」
「やっぱり、あっちなんだ。何かあったのかな?」
そんなふうに考えていると、荷馬車から飛び降りてきたと思われるクルシュさんが、顔をしかめてやってきた。
「さっき凄い地響きがしたけど、大丈夫かい⁈」
「一応は、平気です。そちらは」
「こっちも大丈夫。……でも、何か妙なんだ。このあたりで、こんな振動は聞いたことがない……」
「では、さっきのは一体」
「わからないよ。でも、ここからは少し慎重に行こう。何かあってからじゃ遅いからね」
「「「はい」」」
再び馬を走らせるが、その速度は先ほどよりもはるかに遅い。馬自体が、怖がってしまい一向に前へと進まないのだ。これはもしかしたら、獣が持つ人間にはない、独特の危機察知能力なのだろうか。
僕にはわからないけれど、いつにも増して僕も緊張が解けない。
(本当に嫌な予感がする。彼の言い方なら、フラグを立てたくない……)
いざという時のために、剣を握る。
その手を柄から離さない。離してはいけない。こう言った危機が迫るような時に油断をするのは、本当に命取りだ。僕は、それがよくわかっている。
それと同じように、僕は首から吊り下げるペンデュラムを見た。ギュッと、左手で覆いかぶさるように握り締める。ほんのりとした、魔力の熱が伝わる。
僕は、そうして落ち着きを保ちながら、再び魔力を練って飛ばす。今度は、もっと濃くだ。
(何処にいる……姿を見せろ。あれは、大きい。そして、鱗のような……あれは、角だ。もしあれが、この世界にいて、この世界でもそれ相応の名で呼ばれているのだとしたら……)
僕は危機をいち早く察知した。
形取られなそれは、見たことがあるフォルムをしている。あくまでも輪郭を読み取ったにすぎないが、あれがもし本当だとしたら、今の僕では辛いかもしれない。それだけは分かった。
「リア、こっちに来てる。いつでも、戦えるようにして御者台から飛び降りるようにもしておいて」
「えっと、分かったわ」
「フレアも、いつでも魔法が打てるように……出来るだけ強力なものを」
「わかりました。しかし、やはり何かあるのですね。先程からフェイさんの魔力が、綿密に練られていたことはわかりましたが、それ程までに……一体何なのですか?」
「確証はないよ。それに、あれの脅威を僕は知らない。でも、わかるのはここからでも伝わったあの地響きの原因が、あれであって。そして……強い」
僕の言葉は明確なものとなる。
それが姿を表すのはもはや時間の問題で、僕らがこんな話をしている間にも、そいつは優雅に空を舞い、緑を蹴散らすのだ。その方向が、地響きとなって耳に聞こえた時、この場は固まった。
そこに姿を現したのは……一匹の竜だった。
『カクヨム』様の方で、別の小説を掲載中。
興味のある方は是非に。




