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0-Last 奴はモンスター



【SIDE:咲波春馬】



 「マンダーレ、大変だ! って、あれ」


 マンダーレの元へ来たはずなのだが、様子がいつもと違う。


 マンダーレも見当たらないしあのサイケデリックな光景と共に、石造りのレンガのような柄が見える。

 俺が立っているであろう床にも、うっすらレンガのような模様が浮かんでいる。

 マンダーレの事だ。気まぐれに模様替えでもしたのかもしれない。


 留守なので仕方なく帰ることにしたがマンダーレがいないなんて珍しい。

 今までここにいなかった事など一度もなかったが、やはりマンダーレも忙しいのだろう。

 

 カタカタカタ……


 目を閉じながら、何かの音を聞いた……ような気がした。

 

「あ、おかえりなさい。春馬さん」


 戻るとフィーユは勝手にみかんを食べていた。同時に、はにかんだような笑顔を向けてくる。


「ナスタッドは?」

「なんだか忙しいみたいで行っちゃいました。よろしく伝えておいてくれって言ってましたよ」

「そうか」


 夕飯くらい、食べて行けばいいのに。家ないんだから。


 と言う訳でもういい時間なので夕飯を作ることにした。

 生姜焼き。俺の得意メニューだった。というのも中学生の頃の調理実習が理由は一切分からないが妙に記憶に残っていたからだった。

 普段は野菜炒め(もやし多め)なので奮発した料理になる。


 料理はできない訳ではない。たが、好きな訳ではないし、腕がいい訳でもない。おまけに作れるメニューが少ない。冷凍食品やカップ麺で済ます事の方が多いがそれでは出費が痛いので渋々作っている。一度にある程度作った後、保存しておけばそれらよりも安く済む。

 神の代わりに仕事を請け負っている俺が貧乏なのは納得いかないと時々思いもする。


「春馬さんって、意外に料理出来るんですねぇ。美味しそうです」

「……フィーユはできるのかよ?」

「作るといつも『不味くはないけど何かが違う』と言われます。何が違うのかは分からないそうですけど。……あ、思ったより美味しい」


 一言余計だ。自分でも料理を出来るのが似合うとは思ってないが、不味くないのが意外だったり、そもそも料理をしている事が意外に思ったとしてもほっといて欲しい。


 今更だが、誰かとこうテーブルを挟んでご飯を食べるというのは久々で、新鮮な感じがした。


「ふーん、てっきりフィーユは暗黒物質でも作り上げるもんだと思ったよ」

「失礼ですね! 私だって色々出来るんですよ。なんなら明日は私が作りますとも」


 食事中にこう他愛もない会話をすると言うのも新鮮な気がした。


 洗脳が解けて以来友達付き合いもなく、会話なんかの相手はマンダーレしかいなかった。

 それだって積極的にマンダーレの元へ行った訳ではないし、用があって行っても最初に出来の悪いコントをして終わりだった。


 食事を終えると、諸々を済まして床についた。


 布団を買い忘れたのでまた固い床に毛布を敷く。フィーユが今日こそベッドでと勧めてきたがベッドを使い回すのは衛生とかではなく気持ち的に気が引けたので断った。


 色々あって疲れていたのか、強い眠気が襲ってきた。抗う事もなく俺は眠りに落ちた。




 そして……突如俺のみぞおちに激痛が走った。物理的な痛みだ。あまりに突然だったので、声も出なかった。

 見ると俺に襲撃したのはやっぱりフィーユだった。時計は七時半を指している。朝だ。フィーユ本人はまだ寝ているようだった。


「くっ、……おい、起き……ろ、フィーユ」

「んっ……と。おはようございます! 春馬さん」


 体を伸ばしながらフィーユが言った。この様子だと今日の目覚めは良いらしい。こっちは最悪だ。


「まず、どいてくれ」

「あっ、ごめんなさい! 私、寝相が悪くて」


 寝相が悪いのは良いがみぞおちは勘弁して欲しい。

 その後各々服を着替えて、その間にパンを焼いた。


「フィーユ、コーヒーは?」

「えと、ミルクと砂糖増し増し……増しで」

「……んじゃ、ホットミルクな」

「うん、そっちの方がいいですね。ありがとうございます」


 フィーユは苦いのは苦手らしい。そう言う俺もブラックは飲めない。砂糖もしっかり入れるのでフィーユと何ら変わらない。コーヒーを飲み始めたのはどうしてでいつからだっけ?


「ナスタッドさん、大丈夫ですかね。野宿って言ってましたけど」

「どうだろうなあ。見た感じ頑強そうだったから大丈夫じゃないかな」


 結局、缶詰は渡しそびれたことを思い出した。


 その時、突如何かが割れるような大きい音が部屋中に響いた。ベランダに繋がる掃き出し窓を突き破り、()()が俺達の前に現れた。

 目の前に現れたその何かは「ギャハハハ!!」と鳴き声のような奇声を上げる。悪魔のような羽を生やしていて、抹茶色をしている。西洋の悪魔の銅像のような姿だ。昔やったゲームの敵にこんなのがいたような気がする。


「は、春馬さん、何ぼーっとしてるんですか! とにかく、逃げましょう!」


 そうか、異世界から来たんだ。なにも向こうからやってくるのは人間だけではないという事か。


 ドアに鍵もかけずに駆け出した。しかし向こうは空を飛べるようだ。追いつかれるのも時間の問題だ。


「あれは……!」

獣愚じゅうくですよ!」

「何て!?」

「……きゃっ!」


 ふと視界からフィーユの姿が消え、ドサッと音がする。立ち止まって振り返ると躓いて倒れたらしいフィーユの姿があった。もう追いつかれるが、まさか囮にして逃げる訳にもいかない。冷たい汗が額から滲んだ。ほんの少しだけ、時間を稼がなければ。


「は、春馬さん、逃げ……」

 

 ここは一か八か、俺がやるしかない。

 奴はじりじりと距離を詰めてくる。


「んぬおおお!! 失せろぉ!」


 間抜けな叫び声の後は身体が勝手に動いた。奴の顔面に思い切り良く拳を叩き込む。手応えありだ。

 自分でも清々しい程に気持ち良く入った。奴が姿勢を崩しチャンスが生まれる。


「フィーユ! 逃げるぞ!」

「は、はい……痛っ! 足首が……」

「く、挫いたのか……?」


 フィーユは済まなそうにこくりと頷いた。何もない所で転ぶなっ!


「ここは、私の魔法で何とかします……」

「魔法!?」

「いきますよ……それっ!」


 フィーユがどこかの探偵のように指を奴に突きつけると、突然、どこからともなく突如として炎が立ち上がり、奴を巻き込んで強く弾けた。

 魔法……! そう言えばフィーユは最初、自分の事を魔法使いだと言っていた。


 しかし炎を受けたはずの奴は再び煙の中から現れ、俺の方へにじり寄る。


「そ、そんな……春馬さんっ!!」


 ついに奴が俺に飛び掛かり、鋭利な爪が俺に迫る。思わず目を瞑った。


「っ! …………あれ?」


 二、三秒程経ったか。しかし、何も起きない。


 恐る恐る目を開くと、そこには地面に転がった奴と軽装姿で剣を構えたナスタッドの姿があった。


奴は黒い粒子を出しながら跡形もなく消えてしまった。


「怪我はないか」

「な、ナスタッドさん!」


 フィーユがまず声を上げた。


「ナスタッドがどうしてここに?!」

「パトロール中に春馬殿達とあの獣愚を見かけたものでな」


 そう言うとナスタッドは剣を鞘に収めた。その立ち姿が絵になる。


「あぁ、助かった……」

「この世界には獣愚は存在しないのではなかったか」

「うん、いないな。そんなのは」


 ナスタッドは考え込むような仕草をした。


「とにかく、家に来てくれ。缶詰渡しそびれてるし」

「ふむ、承知した」


 家に帰ると部屋がまるで空き巣に荒らされたかのようだった。窓ガラスが無残に割れ、家具も変な位置に動いている。

 あの獣愚が乗り込んで来たときに荒らされたのだ。


「うわ、忘れてたよ。めんどくさいなぁ」

「ふっふふ。ここは私におまかせです。さぁ、魔法で直してみせましょう」


 ドヤ顔でポンと胸を叩くフィーユはどうも頼りない。本当に直してくれるのだろうか。


 フィーユは割れた窓の前に立ち、杖を構えた。

 するとガラスの破片が薄く光り出し、フワフワと宙を舞いながら次々と窓にはまっていく。

 最後には窓は完全に元通りになる。恐る恐る触ってみたが破片同士は完璧に繋がっていた。


「……凄い。こんな魔法があるなんてな。ありがとう、助かったよ」

「いえいえ。このくらいどうっ……てことないですよ!」


 フィーユは得意顔だ。何がそんなに嬉しいのか満面の笑みで本当に自慢気な顔をしている。


「あの、春馬殿。早速本題に」


 ナスタッドが言った。


「あぁ、そうだな。まあ一応、頼む」

「獣愚……我々の世界では、比較的よくいる種の動物達の総称だ。それぞれに色々な姿形、特徴はバラバラだが、魔力を生きる為のエネルギーとして消費し、魔石や自分とは別の獣愚、魔法使いを喰らい魔力を補給する点は一致する」


 ナスタッドが説明をする。ならば獣愚はフィーユを狙って襲いかかったのか。

 それと、獣愚がどうやってこの世界に迷いこんだのかも気になる。これからもあんな風に襲撃されていては困る。


「春馬さん……浮かない顔ですね……」


 ああ、また問題が増えてしまった。何一つ解決しないのに問題はどんどん増えていく一方だ。



【SIDE:謎の女】 



「……まさか、偶然あんな面白そうなものを見つけられるなんてラッキーね」


 女は民家の屋根の上で呟いた。女を月が妖しく照らしている。今夜は満月だっだ。

 女はある意味、迷子だった。帰り方が分からない訳ではないので正確には違うが。


「『春馬』に、『フィーユ』……。こっちへ来てから、やっと面白くなりそうね」


 女は立ち上がったが、力が上手く入らず倒れそうになった。

 しかし彼女の後ろで先程から心配そうに女を見ていた大きな男が素早い動きで彼女を支えた。


 そろそろ、あそこに戻らないとまずいわね……。


 女は飲んでいたジュースの缶を投げ捨てると男と共に月の明かりも届かない、深い夜の闇の中へと消えていった。

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