0-3 警察官VS騎士団団長
【SIDE:咲波春馬】
身体の浮く感覚の後、俺は目を開く。
……まただ。ここに来るたび来るたび景色ががらりと変わっている。
「で、何だよこれは」
「ほら、そっちの世界はクリスマスが近いって言うでしょ? だから飾ってみたの」
クリスマスと言ってもまだ十月に入ったばかりだ。最近、寒さが一段と厳しくなってきた。
ただ、そもそもマンダーレが飾っているのはクリスマスツリーではなく、端午の節句に飾る鎧に兜、そして鯉のぼりだ。
また高級品を使っているらしく、鎧と兜はやけに派手な装飾がそこら中に施されている。しかも実際に着れそうな等身大サイズだ。
鯉のぼりも派手な装飾に超巨大サイズ。
「あのな、これクリスマスじゃなくてさ、子どもの日なんだよ。五月の」
「え、これクリスマスじゃないのー?」
「どうしたらそんな間違え方をするんだよ!」
がっかりといった表情で何故かその兜を被った。大きな兜なのでマンダーレが被ると顔の半分程が隠れてしまう。
やっぱりマンダーレは人間の世界の文化と言うものに詳しくない。
……いやいや、本題に入らねば。ここへ来るといつもマンダーレのペースに飲み込まれてしまって最初はこのやり取りをする事になるのだ。
「そんな事より、古株佑樹の事なんだけど。絶対に成功するようになってるんじゃないのか? 変な奴に乱入されて失敗しちゃったぞ」
「異世界から来た女の子に……でしょ?」
どうやら事態はもう把握しているようだ。でも、あのブカブカの兜を被ったままなので緊張感がまるでない。
「なんで異世界から人が来るんだ」
「異世界の方にも色々あったんじゃないかなあ。それか『世界の意思』が悪さでもしたのかも」
ここでも『世界の意思』だ。なんなんだ一体。
「色々調べてみようと思うけど、今は私もよく分からないよ」
「……とにかく、俺はどうすればいい?」
「うーん、とにかくその子が来た異世界で何かあったなら手がかりになるかもしれないからそれとなく聞いてみるとかかな」
まだ色々受け入れがたい所はあったのが仕方ないのでわかったと返事をして家に戻って来た。
フィーユは相変わらず爆睡している。現代アートのような訳のわからない寝相でベットからはみ出している。
次の日の朝、カーテンの隙間から漏れた太陽の光を浴びて目を覚ます。と言っても家の窓は西側を向いているので微妙な光だ。
目を擦り欠伸をして、俺は立ち上がろうとした。毛布を敷いていても床で寝たからか身体の所々に凝りを感じる。
……一体どうしたのだろうか。身体が持ち上がらない。腰から上は動くのに下半身だけが金縛りのように動かない。
どうなってんだよ、くそっ!
座ったまま体を起こして確認してみると、足にフィーユが乗っかっていた。
なるほど、なるほど。
あの後結局ベッドから落ちたらしい。まだ寝ているようで「ふへへ……」と寝言を言った。
「おい、起きろ。邪魔だよ」
起きない。
「起きろって。おーい」
「んー、あと一時間……いや、二時間だけ……」
俺はフィーユの頬を思い切りつねった。
「い、いたた! は、はるまさん痛いですっ! 起きまふ、起きまふー!」
「……起きたか?」
「なにもつねることないじゃないですか。さすがにあれは冗談ですよ」
またフィーユが大きなあくびをした。また寝る気じゃあるまいな。
その後、俺達は衣類の調達の為に田瀬介通りに行く事になった。
あんな珍妙な格好でこれからもうろつかれては堪らない。
「では、行きましょう!」
相変わらず物珍しそうにキョロキョロしながら歩くフィーユを横目に昨日マンダーレに言われた事を思い出していた。手がかり、と言われてもな……。
そして俺達は田瀬介通りのチェーン店の服屋にやってきた。フィーユが目を輝かせているがあくまでも買うのは俺。
と思いきや、マンダーレに大変だろうからと渡されたお金があるのだ。
気を利かせてくれたのはいいのだがそれでマンダーレが最初に渡してきた金額は何と五百円だった。
マンダーレはやっぱり金の区別がいまだにつかないらしくペラペラの紙である札よりキラキラしている硬貨の方が価値が高いと思っている。
おかげで給料もマンダーレの気分次第でまちまちだ。月一の給料の封筒の中身が五円玉が三枚だった時には流石にめまいがしたものだ。
今回の五百円もしっかりケチをつけてそれなりの金額に替えてきた。
「どうですか? これ、似合ってますかね?!」
異世界の服とはまた違うのだろう。フィーユが興奮した様子で何か服を体に当てて聞いてくる。
いや、俺に聞かれてもなぁ……。
「俺そういうのよく分からなくて。何て言ったらいいかな」
「んー、ノリが悪いですね。そうだ、春馬さんが何か選んで下さいよ、私の服」
「へ?」
「ほらほら遠慮なさらずに! さぁ、ドンと来いです」
……やっぱりこの独特のペースがよく分からない。朗らかで明るいのはいいのだがマンダーレといい、フィーユといい、個性が強すぎると思う。
「んじゃ、こ、これとか」
近くに掛かっていた物を適当に取ってみる。
「へえー。シンプルで可愛いですね! ……私、決まりましたよ。これにしましょう」
「そ、そうか。なら良かった。うん」
どこにでもありそうな薄い水色のワンピースだった。気に入ってもらえたようで妙な程にニコニコしている。まぁ、真面目に選んだわけではないので少々後ろめたいが。
その後、ある程度に他の服や昨日問題になった下着類をフィーユが買った。俺は大人しく店の端で待っていた。
……そういえば、今はどうしてるんだろうか。
「どうかしました? 難しそうな顔して。あ、もしかしてちょっと買い過ぎで怒ってる……とか」
「ん、あ、いやいや、ナンデモないです……」
急に恥ずかしくなったのでこれ以上深く考えるのは止めだ。
実の所、もっと容赦なく買うかと思っていたが、そんな事はなく最低限の物だけだったのが意外だった。変な所でしっかりしている、らしい。
帰る途中、住宅街の一角で騒ぎ声を聞きつけた。
このまま家に直行の予定だったが、騒ぎの正体が気になったので確認する事になった。どちらにしてもこの道は通るので横目にでも見てみよう。
どうせ昼間の酔っぱらいか何かだろうと思ったが帰ってもすることがないので暇つぶしだ。
「なんだ? ありゃ」
果たしてその騒ぎの正体とは、足の遅い警官とやたら重厚な鎧に足を取られてうまく走れていない男の追いかけっこだったのだった。
「キミ! なんで逃げるんだ!? 止まりなさい! ちょっと話を聞きたいだけだ!」
「逃げる? 私には国民を護る義務がある! 貴様なんぞに構っている余裕は無いのだ。お前も警備隊ならば分かるだろう」
「何馬鹿みたいな事言ってるの。いい年して流石におふざけが過ぎるぞ!」
思わず顔が引きつってしまった。警官と鎧の男とはシュールだ。しかも両方絶望的に足が遅い。片方は鎧のせいだろうか。警官側はその鎧の男に追いつけない。
その足でよく警官などになれたものだ。どうもずんぐりした体型の警官だった。
「ふはははは! 貴様にも騎士道を叩き込んでやろうではないか! 同士としてな。さぁ、この私に追いついてみろ!!」
「はぁ……ヒィ……も、もう、勘弁してくれぇ……誰か、コイツを、止め……」
なんだか警官が可哀そうだ。顔を真っ赤にして鎧の男を追っている。ああいう変人の相手もしなければならない警察は思っているより大変なのかも。
「あ、あの人は……!」
「フィーユの知り合いか?」
「はい。とっても頼りになる、良い人ですよ」
今の所、アレがに頼りになって良い人というのはにわかに信じがたい。
しかし、知り合いという事は……。
「プロッセータ王国騎士団長、ナスタッド・ゼラウム・ルーモさんです」
やはり異世界からの異邦人か。
「覚えづらい名前だな」
「基本的にはミドルネームは使わない飾りですから大丈夫ですよ。つまり、ナスタッド・ルーモさんです。さ、他の人達が集まる前に助けてあげましょう」
相手は警官なので一瞬迷ったが警察が異世界人を相手にするはずがないのでこの際は関係ないだろう。
二人は相変わらず低レベルな追いかけっこをしていたので簡単に追い越せた。曲がり角に丁度いい路地があるのでタイミングよくナスタッドを引き込む。
「な、何者だ!」
「ナスタッドさん、しー……」
フィーユが指を口に当てる仕草をした。
あの警官は撒けたようだ。息があがっていてちょっと面白かった。
「……! フィーユか? どうしてここに」
「色々あったんですよ。ナスタッドさんもここにきてたんですね」
「あぁ。まさかフィーユもだとはな。にしてもここはとんでもない魔術大国だ。様々な色で、硬そうな生き物がたくさんいる。そしておまけに、馬よりも速い」
「あ、それ、それ、くるまって言うんですよ。がそりんで動くんです。春馬さんが教えてくれました」
フィーユは妙に自慢気だ。
「……春馬さん、というのは貴方か?」
ナスタッドがこちらを向いて聞いてきた。
その男は洋風の精悍な顔立ちで、確かに頼もしそうな趣きがある。金髪の髪の毛先は所々にカールしている。
体格も鎧越しでもがっしりしているのが分かる。身長百七十五センチの俺よりも幾らか大きいので少なくとも百八十はありそうだ。
身に纏った鎧は緑や金の装飾が施されている。実用品と言うより、観賞用の鎧に近そうな装飾だ。
妙にごてごてしていて動きづらそうに見える。そして腰には剣らしき物が鞘に収まっている。
これで警察に怪しまれない方がおかしい。そもそも銃刀法違反ではなかろうか。
「ふむ、フィーユが世話になっているようだな。悪人にも見えない」
「えっと、フィーユのお兄さんか何かで?」
「いや、古くからのちょっとした知り合いだ。私はプロッセータ王国騎士団団長、ナスタッド・ルーモだ。よろしく頼む」
「あの、とりあえず帰りましょう春馬さん。ナスタッドさんも多分、行く宛ないですよ」
という訳で、俺の家に帰ってきた。二人でも狭かった部屋にガタイのいい彼がいると特別狭く感じる。
「改めて自己紹介をしよう。私はプロッセータの騎士団団長、ナスタッド・ルーモだ。『悪・即・斬』をモットーとしている。好物はシーザーサラダだ。ところでここは何処だろうか。プロッセータに帰らねばならぬのだが」
「ナスタッドさん、ここは私達の世界とは全くの別世界なんですよ」
「な、何を言っているのだ……?」
フィーユが説明を始めてくれた。フィーユにはここが別の世界である事は伝えてあるのでナスタッドへの説明は任せても良いだろう。
とにかく、初対面の人の好きな食べ物なんてこの際はどうでもいい。異世界からの異邦人が増えたという事が問題なのだ。
このナスタッドも何かに巻き込まれて本線へ来だろうからいよいよ偶然の事故では済まなくなってくる。
「ナスタッドはどこか行く宛があるのか?」
「いや、だが野宿なら特技の一つだ」
要するにホームレス。行く宛はないということだ。さすがにこの家に人が三人寝泊まりする余裕は無い。
「野宿、かんばれ」
「応援、感謝する」
そう言ってナスタッドが爽やかに笑った。本当にいい笑顔だった。とりあえず、後でツナ缶でも差し入れてあげよう。
「俺、ちょっと外に出るから留守番しててくれ」
とにかく、一度マンダーレに事情を話した方が良いだろう。
「はーい」
「任せてくれ。団長の名に恥じぬよう尽力する」
俺は家から出て、周りに人がいないのを確認するとマンダーレの元へ向かった。
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(もう少し遠慮した方がよかったのかな……?)
春馬の深刻そうな表情を見てフィーユはそう思った。
見ず知らずの、それも別の世界から来た人間を迎えてくれた彼はきっといい人に違いはないんだろう。だがただ優しい、というだけではないであろうことはフィーユにもなんとなくわかっていた。
しかし春馬が何を思っているのか、なんにせよそれはフィーユには伺い知れないことだった。
先程も早く仲良くなりたくて自分の服を選んでくれと言ったりしたが、あれはあまり良くなかったかもしれないと思った。
フィーユは深く考えずに行動するが、後になってああすればよかった等と後悔するタイプだった。
「そうだ、フィーユ。君に伝えなければならないことがある」
そんな事を考えていると急にナスタッドが真剣な目でフィーユに声をかける。
珍しく妙に改まった彼の様子はフィーユを少し不安にさせた。
「落ち着いて聞いてくれ。確実ではないが、そうあくまでも気がする、という程度の話だが……」
ナスタッドが勿体つけて言う。
「君のお姉さんがこの世界にいるかもしれない」
…………え?