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俺は異世界に行かない〜トラック運転手の剣と魔法の現代生活〜  作者: 萩原萩助
Chapter2 Liev stage《ライブ・ステージ》で少女は夢を唄う
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2-1 幽霊アイドルオモテウラ



【SIDE:咲波春馬】



「しかし、平和だなあ」


 俺はあくびをしながら言った。

 あの一件から数日が経った。


「私も暇です……」

「フィーユはいつだってそうだろ」

「それは言い過ぎですよう、多分」


 フィーユもちゃぶ台に顔を載せたまま言った。


 俺達がぼーっと顔を向けるテレビでは一人のアイドルが歌っている。オレンジ色がかったショートヘアで編み込みを後ろで纏めて縛っていて、可愛らしい衣装を着ている。

 歌に合わせて彼女が踊ると艶やかな髪に煌びやかな衣装が揺れて眩しく映る。

 俺はファンではないがさすがに知っている。事実、彼女が画面に映るそれだけで部屋の雰囲気まで明るくなったようだった。映ったり、映らなかったりを繰り返されると目がチカチカする……気がする。


「このアイドル、最近になって急に有名になったなあ」

来栖(くるす)梨杏(りあん)ちゃんですよね。実は私、彼女のファンなんです。そう思うと異世界も悪くないですよ」

「……ホント、異世界満喫しちゃって」


 俺は暇つぶしにスマホを手にとってブラウザを起動させた。検索窓に「来栖梨杏」と打ち込む。

 するとかなりの件数のヒットが見つかった。一番上に来たサイトに移動する。


 それによると彼女は生ける伝説、的なアイドルらしい。何の前触れもなく突如として彼女の所属する事務所から猛烈なプッシュがかかり、デビューシングル「本能寺の(れん)」で人気が大爆発を起こした。

 それ以来事務所のプッシュもより一層強くなり、メディア露出も急激に増加、あらゆる業界に引っ張りだこで文字通り、あっという間に彼女を見ない日はなくなった。


 少女らしさと大人っぽさが共存した外見、清楚でありながら活発で朗らかな性格、シンガーとしても様々なジャンルの曲を歌い、またドラマ出演での女優としての活動までを一流の腕でこなす。少々やり過ぎではと思うほどの完璧さだ。

 最近ではついに声優の仕事にも挑戦したらしい。

 老若男女の広い世代からの強烈な支持を受けており、世間にアイドルブームを再び呼び起こしたという。


 デビュー以前の経歴は一切不明、今まで本人は影もなかったにも関わらずこの僅かな間にここまでの人気を獲得した事で巷では彗星だの、ビッグバンだの、事務所の最終兵器(リーサルウェポン)だのと呼ばれているようだ。またその余りに異色すぎる謎に包まれた経歴からネット上では陰謀説までもが囁かれている。一体何がどう陰謀なのだというのだろうか。


「フィーユの所ではアイドルとかいなかったのか?」

「居ませんねえ。強いて言うならば詩人さんや踊り子さんですかね。でもこんなキラキラした感じじゃないですよ。私、ちょっとだけ憧れます! 頼んでみようかな……」

「頼む?」

「あっ、いやあ何でもないです」


 そう言うとフィーユはそそくさと顔を背けた。

 詮索する気もなく、また俺はテレビに視線を移した。


『そんなことありません。わたしなんてまだまだ未熟で……』


『はい。もっとたくさんの人を笑顔にできるように精進しますね!』


 いつの間にか歌は終わって他愛もないインタビュー映像が流れていた。謙虚な清楚系というやつだろうか。


「あ、俺買い物行ってくる」

「ご一緒しましょうか?」

「いや、何をねだられるか分かんないからいいよ」

「さすがにそんな事しませんってば!」


 ただの冗談にそこそこ真面目に返してくるのがフィーユらしい。


「分かってるよ。じゃ留守番しといて」

「あの、ちょっとノートぱそこん使っててもいいでしょうか?」

「ん? ああ、別に構わないけど」

「ありがとうございます!」

「……パソコン」

「ぱそこん」


 …………。


 俺はそうして家を出た。ちょっと離れた所にあるスーパーへは歩いて行く。トラックでも使いたいところだがアレを使うのはさすがにまずいだろう。

 最近はフィーユがパソコンを使いたがる。実際、何かに使うはずだと頑張って買ったはいいものの結局一切使ってないので丁度いい。

 物珍しさで触っているのなら数日もすれば飽きるだろう。


 そして俺は適当に買い物を済ませ、アパート周辺まで戻ってきた。その時だった。


 ヒィエエェェェ………


 家の前で唐突に間の抜けた謎の悲鳴がアパートから漏れて微かに聞こえてきた。この声はフィーユだ。一体何をやらかしたというのだろうか。

 あんまり防音がしっかりした建物じゃないから勘弁して欲しいな。


 家に入ると部屋の真ん中で腰を抜かしたらしい様子のフィーユが何もない虚空を青ざめた顔で涙を浮かべながら見つめていた。


「……お前、何やってんだ?」

「は、春馬さん……おば、お、おばばば」


 フィーユは全身を震わせながらこちらを見た。


「落ち着けよ。おば……ってなんだ? 叔母?」

「叔母じゃな……そ、そこに、お、おばばけが、オバケがががが」

「オバケ?」


 フィーユがちゃぶ台の上くらいを指でさしていたが、特に何もない。


「なにもないが……どうした」

「見えないなら……見えるようにしてあげますよ!!」

「えちょ何を……のわっ!!」


 そう声を張り上げたかと思うと突然、フィーユから眩しい光が炸裂する。あっと言う間に光に包まれた。しばらくすると光が止んだようで顔を上げる。


「ん……なんだ? 何も変わってないじゃないか」


 と、ちゃぶ台の辺りを見る……


「え」


 そこには白っぽくて半透明、かつ足のない、その人の形の何かがふわふわと浮かんでいた。


 ……女の子の、霊?

 しばらく俺はピタリと固まってしまい、動けずにその何かと目を合わせていた。


「……あ、ボクの事、見える?」

「あ、あばば……」


 ……シャァベッタァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!


 俺達の声は見事に重なってアパートに響いた。俺は勢いのまま腰を抜かした。

 後、全く関係ない話だが、後日、アパートの大家に厳重注意されると共に近くの病院を勧めてもらったのだった。


「ハァ……ハァ……お、おお、オバケだあああ!」

「やっぱりいますよね! おあおおオバケが」


『ちょっと落ち着いてボクの話を……


「ああああ悪霊退散! 悪霊退散!! そうだフィーユ、塩、台所から塩持ってきて!」

「ま、ままま任せて下さあーい!」

「おおおいバカヤロウ! こここれ七味だ!!」


『あの、ボクの話を


「ひいいい!! もうオシマイですよ!」


『ちょっと、聞


「いいいいから、撒いて、塩! 塩ォ!」


『ボクの話を聞いてって言ってんでしょーがぁぁぁああ!!!』


 …………。


 その声が一気に部屋を静まり返らせた。気圧された、というより単純に、怖かった。


 しばらくしてやっと動けるようになった俺達は自然と正座になってうつむき気味にお互い真っ青でちゃぶ台の前で黙りこくっていた。

 そして最初に口を開いたのはフィーユだった。


「あ、あの、食べるなら私にした方がいいですよ……実は最近、肥え気味で」


 肥え気味……そうなんだ。


「それに、春馬さんを食べてもきっとめちゃくちゃマズイですよ……」


 あれ……今の悪口か?


「いや……そもそも、俺達なんて食べても仕方ないし……殺す時間も惜しいし……殺すのもはばかれるような人間だし……ですし」

「そうなんです、どうか殺さないで! ……下さい」

「くそ……優良物件だと思ったらワケアリだったのかこのアパート」


 俺はチラリとちゃぶ台の上に浮かぶ影に目をやった。困ったような表情でこちらを見下ろしている。


「ん……? このオバケ……どこかで見たような」

「え、ホントですか?」


 フィーユも顔を上げた。すると先程までは怯えた目だったのが突然消え失せて不思議そうな顔に変わった。


「もしかして……来栖梨杏……リアンちゃんですか?」

「何?!」


 予想外の名前に驚きを隠せず、そのオバケを見てみる。確かに、よく見るとさっきテレビで見たばかりの来栖梨杏そっくりだ。勿論、ステージ衣装ではないが。


「あ、やっぱり分かっちゃう? ボクってば有名人だからなあ」

「ホントにリアンちゃんじゃないですか!? 一体どうしてそんな姿に?」

「それには話せば長くなる、ふかーい事情があるんだよ、フィーユ」


 俺は二人のやり取りをポカンとみつめていた。しかし、テレビの来栖梨杏と全然口調が違うし性格も違う。


「ナニ、知り合いなの?」

「はい、こちらに来てから最近知り合ったんです。同じ、異邦人として……!」


 それから困惑する俺に事情を説明し始めた。どうやら彼女らの出会いは例のパソコン、もっと言うならSNSらしい。


 今、多数のSNSが存在するが、その中の代表格でもあるのが青い蟻のアイコンが特徴的な「Alitterアリッター」。


 手元のスマホでちょっとした呟きや自分で描いた絵を投稿したり、またその反応をしたり、彼の有名なハリウッドスターもやっているという無料の世界的なサービスだ。

 話題になった事は何であろうと一気に世界中に拡散され、特に設定が成されていなければ誰でも閲覧可能という超大型のSNS。


 彼女、来栖梨杏もそのユーザの一人だったようで、宣伝活動の一環として気ままに呟いたりしていたらしい。


 アリッターはパソコンからも接続ができる。フィーユは何の偶然か、アリッター上で出会いを果たしたようだ。


「私が以前リアンちゃんのプロフィールを調べた時に気になる所があったんです。」

「気になる事?」

「出身地ですよ。こう書いてあったんですよ『パラティポルト』って。これ、私達の世界にある港町の名前なんですよ。気になったので頑張ってメッセージを送ってみたんです。それが私達の出会いでした」

「それからは速かったよ。実は私も知らない世界で心細くて。同じ境遇の人がいれば帰る方法が見つかるかもしれないし」


 また同じ異世界から来たようだ。やはり、フィーユ達の世界に何か問題があると見るべきだろうか。


「そうそう、ボクは来栖梨杏じゃなくてリアン・ドロセラ・クルース。よろしくね春馬」

「お、俺の名前……」

「異世界に来ちゃった人同士の情報交換ってヤツだよ。外でボクの貴重な休日にフィーユと会ってたんだ。ボクからすれば、ウワサの春馬クンって事」

「……でも、どうしてリアンちゃん、そんな姿に?」

「それが、ボクにも分からないんだよ。夢の中に変なゾンビみたいな顔で熱そうな服着た獣愚が出てきたんだ。それで気がついたらお化けになっててさ。プロデューサーも誰も気づいてくれないし少ない知り合いを辿ってここに来たの」


 夢の中に現れた獣愚……。そんな獣愚が存在するのだろうか? マキョウのようなのも居るのだから存在しても何ら不思議ではないが。

 しかしまだ疑問はある。なぜリアンの姿はフィーユには見る事ができたのだろうか。異世界の人間には見えず、同じ世界の人間にしか見えないのかもしれないが。


「春馬、そんな訳だからこの家にしばらく泊めてよ。この姿ならご飯もいらないし、飛べるからスペースもとらないよ、ね。それに、ボクみたいなスーパーアイドルを泊める機会なんてそうないよ?」


 リアンは勝ち誇ったような顔で俺を見た。しかし、全然テレビとイメージが違うぞ?!


「ま、まあいいけど」

「うわあ、あのリアンちゃんがここに来るなんて思ってもみませんでした!」


 フィーユが興奮気味で言った。


「かのスーパーアイドル、リアンとお泊りなんてそうそうできる事じゃないよ〜」


 まだツッコミ足りないが気付くともういい時間だった。今はどうしようもないし、お腹も空いてきた。


「ソーメンですね」

「その通りだけど」

「今冬だよ?」

「文句言うなよ、節約中なんだ」

「……ボクも売れる前はよく食べたよ」

「そういえばリアンちゃんはその姿でお腹が減るんですか?」

「いやあ全然減らないね。便利と言えば便利カモ」


 そうしてぼちぼち食べ始める。俺だってもっといいものを食べたい。マンダーレのヤツ、金銭感覚が滅茶苦茶なのに給料がとても少なくなる時はあっても何故かすごく多くなる事はない。


「そういえば、リアンはスーパーアイドルな訳だろ」

「ん、まあね」

「やっぱりハードスケジュールなのか?」

「ああ……そりゃもう年単位でぎっしり!」

「年単位ですか……リアンちゃんって大変ですね」


 やはりこのレベルともなればそうなのだろうが、売れっ子というものは常に分刻みのスケジュールを強いられ睡眠時間もほぼないという。それはいいのだが、心配な事がある。


「それ、しばらく休まざるを得ないってことだけど大丈夫なのか」

「……あ」


 そう、ここにリアンがいたとしてもそれはあくまでも本体ではなく、体の方は意識不明となっているはずだ。この状態では仕事なぞできるはずがない。


 それぞれ食べ終えると満腹感……はないが、そろそろ眠くなってくる。


「問題は後回しにして寝るか」


 俺はつぶやきながら布団を敷いた。


「ほほお、春馬がこの布団でフィーユがベッドか」

「はい。最初はどっちがベッドを使うかで散々揉めたものですよ」


 そういえばそうだったな。そんな前の事でもないが、ちょっと懐かしい。


「それじゃボクも寝ようかな」

「眠くなるのか? その体で」

「なろうと思えばなる」

「な、なるほど」

「では、おやすみなさい」


 そう言ってフィーユが部屋の明かりを消した。部屋に闇が訪れる。天井の方で浮かぶリアンの半透明の体を月明かりが青白く浮き上がらせていた。


 俺は寝転がりながら思案を巡らせた。気になる事はたくさんあるが、今は目先の疑問を解消すべきかもしれない。そしてそれは「リアンのあの姿は一体なんなのか?」。結局、はっきりとした答えは出ていないのだ。

 それを知る人物……確証を持っている訳ではないが心当たりがある。

 夢の中に現れた獣愚。ならば、同じ獣愚である彼女が知っているかもしれない。

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