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俺は異世界に行かない〜トラック運転手の剣と魔法の現代生活〜  作者: 萩原萩助
Chapter1 選ばれし勇者の旅路、土より
13/17

1-9 熱を帯びた……


 ――私は、孤独だった。だが、それはあくまでも昔の話だ。


 親の事はわからない。物心つく前に姿を消した……というより、そういう習性だったとも考えられる。


 私の親代わりになったのは最初は実態のない煙だった。

 変な色をした煙が一箇所に集まって黄色い目らしきものを輝かせていた。


 とっても無口だったが、最低限の世話を受けた。ただそれだけ。でも、私達の世界ではそれが普通なのだ。


 子供とはいえ最小限以上の物を得る為には自分の力を使わなくてはならない。それが私達という存在が生きる為に必要な本能であり、それを子に教えるという意味合いもあった。


 ――その日は雨だった。そんな私の親代わりの彼はある日、唐突に死んだ。人間に討たれた所を私は近くではっきりと見た。彼は魔法使いの放った雷に撃たれて力尽きたのだ。


「あぁ、危ない所だったね。でももう大丈夫だ、安心しなさい」


 その魔法使いは私の元に駆け寄るとそっと手を差し伸べて優しく微笑んだ。髪の白くなったいかにも人のよさそうなおじいさんだった。


 私はおじいさんに連れられて彼の家に招き入れられた。おじいさんは寒さに震える私に温かいシチューを出してくれたが、その時の私はそれが何か分からなくて恐る恐るとシチューを口にしていた。

当時の私にはその味はよく分からなかった。


 それからおじいさんは私に色々質問をした。私がその言葉を理解できないで戸惑っていると何か察したようで質問を止めてベッドに促した。私には初めてのベッドだった。とてもフカフカで、温かった。


 それから数年間、おじいさんは私の面倒をよく見てくれた。――後から分かった事だが彼には子供が出来る前に妻に先立たれそれからはずっと一人、隠居の身だったらしい――そのおかげで言葉も覚えた。


 おじいさんは魔法使いだったから獣愚と戦うことも多かった。でも、その日彼は一匹の獣愚に苦戦してかなり追い詰められていた。

 忘れ物のお弁当を持っておじいさんを追いかけた私は偶然その場面に出くわして思わず能力を使って獣愚を追い払った。あれは街中だったわね。


 それから数日が経って――あぁ、その日は私が拾われた日と同じような強い雨が地を打っていたわ。


 外から帰ってきたおじいさんは私を雨の降る外に強引に連れ出して言った。


「さぁ、ここから早く消えてくれ」


 私は最初、何を言っているのか分からなかった。もちろん私は断わった。何故急にそんな事を言われるのか不思議だったわ。


「頼む……お願いだ! どうか……!」


 おじいさんは縋るようにぬかるんだ地面に膝をつけて言った。

 それでも私は拒んだわ。


「あぁ……どうして……嫌だ。頼む! 」


 おじいさんは震える声で言った。おじいさんの手が私の肩を掴んだ。すると私を見上げるおじいさんの帽子が落ちた。


 私は、その時に見た顔を忘れられない。


 だらしなく涙を垂れ流し、恐怖に歪んだその顔を。私を捨てようとしていることへの悪意や申し訳なさではなく、ただ単純な恐怖から成る表情だった。


 私は気味が悪くなり思わずその手を振り払って駆け出した。雨に混じった涙が頬を伝った。


 恐らく、おじいさんはその数年の間に薄々感づいていたのだ。私が人間でない事に。

 私は人間よりも成長が遅い。最初に出会った時から殆ど体が成長していなかったり、違和感は日に日に増していったはずだ。

 当時の私には知る由もなかったけど、あの時使った私の能力は人間の魔法なんかとは別のものだから、それが決め手だったのかしらね。


 自分の拾って育てた子供が奇妙で不可解、人ならざる存在だと気付いたのだ。

 そして――


 *******


「待て待て! 一旦ストップ!」


 春馬が割り込んで来る。マキョウはため息をついた。


「何よぉ、今いい所なんだけど」

「い、いや人間じゃないってナニ……?」

「あれ、言ってなかったかしら」

「言ってねぇよ!!」


 春馬が立ち上がった。そんなに衝撃的な話でもないと思うんだけど。


「じゃあハッキリさせてあげる。私はあのスケルトンとかと同じ獣愚の内の一種よ」

「へ? お前が……あの獣愚だって?!」


 そう。私は何を隠そう獣愚そのものだ。


「ひ、人型で普通に喋るようなのもいるのか」

「いるわよ。ただ、本当に珍しいらしいけど。もっとも、普通の人々は私のような人型の獣愚の存在も知らない。唯一知っている人間が居てそれをひた隠しにしているのか、ただ偶然に偶然が重なり合っているだけなのかは知らないけどね」


 春馬が目を丸くしている。


「成長のスピードってのも獣愚の証ね。獣愚はそれぞれに種類があるから全然成長のスピードが違うの。私は偶然成長が遅い体質だったてだけね。だからこう見えて人間基準だと結構歳いってるわよ」

「な、なるほど」

「じゃ、話に戻るわよ」

 

 マキョウはその先の出来事を思い出していく……。


 *******


 そして私は再び孤独になった。

 それから数年、親代わりと言えるものもなかった。


 私は獣愚の世界に戻って来た。再び、あの厳しい世界に。殆どの獣愚には私の面倒を見る暇などあるはずもない。だからこそ私は一人で生きた。一人でその為のすべを得た。


 そして私は、人間とは違う、分かり合う事など出来るはずがないと悟った。だから私は人間との関係を絶った。人里には近づかなかったし目立つような動きもなるべく避けた。


 さらにそこから十数年程が経った頃だった。


 これがいわゆる運命の分かれ道ってやつなのかもしれないわ。


 森の中で私は泣き声を聞いた。人間の赤子の声だった。私は単純な興味でその声の主の元へ向かう。


 捨て子だろうか。赤子は丁寧にタオルに包まれて木の根元で泣き喚く。私は赤子に引き寄せられるようにしてその赤子を抱きかかえてみる。すると不思議とその赤子は泣きやんで無邪気に笑った。


 私は愛おしさというものを知った。初めての感情でその時は謎の感情に疑問を覚えたものだ。


 だが、人間との関係は絶つ。もう関わりはしない。それを破る事に躊躇った。人間と獣愚では流れる時間も、血も、何もかもが違う。この赤子がどうなろうと私には関係ない。

 なのに、目を背けきれない。結局、私はその子を拾うことにしてしまった。


 私はその子にスランという名を付けた。


 それからスランはすくすくと育った。私の立場上、スランを育てるのは大変な事だった。結局食べ物の為に人里に行く必要もあった。


 私には私の時間が流れるが、スランにもまたスランの時間が流れているのだ。スランが寿命で死んでしまうような歳になっても私はまだ生きている事ができる。その差を理解していた。

その上でも見捨てる事ができなかった。


 スランを息子同然に育てたつもりだ。ただ同じ人間の友達とかそういう交流がほぼゼロだったのでちょっとマザコンっぽくなってしまったのは気がかりだが。


 そして、今から少し前に手紙が一通届いた。届いたというより、現れたのだ。だが、私達の事を知っている者など居ない。その謎の手紙が私達を変えたのだった。


 その手紙は招待状だった。愚王と名乗る者からのお茶会のお誘い。


 私達は招待状に記された場所へ向かった。確かにそこではお茶会が開かれていた。

 私の他にも数人が集まっていて皆それぞれ容姿は異なるものの私の様に特別な獣愚であることが直感で分かった。


 私以外にもそういう存在がある事をこの時初めて知ったわ。


 席の奥には愚王らしき大きな影が見えた。


「ここに集まった皆さんには私の配下となってもらう……」


 突然愚王は言った。すると数人がどよめく。私もその内の一人だ。


 それから紆余曲折あった。ほとんどの者がそのあまりに唐突過ぎる勧誘に強く反発した。


 だが、そこは何故かよく覚えていないのだがいつの間にか集められた全員が愚王の部下と言う事で決着してしまった。全員が協力すると頷いたのだ。

 それから私はあの愚王の部下として動き始めることになる。


 *******


「……さ、おしまいね。私の話はこんな所よ」

「いやいや、そんな中途半端な所でか?! それに最後の方随分適当だったぞ」

「記憶がないんだからしょうがないじゃないのよお。約束自体はばっちり守ってるでしょう?」


 空になったビールの缶を恨めしそうに見ながらマキョウは言った。


「これで今度は咲波春馬、アナタの番よ。……と、言いたいところだけど」

 

 彼女が缶を机に置くと、軽く高い音が鳴る。


「やっぱりアナタの話は遠慮しておくわ」

「えっ。なんだそりゃ。それじゃ何しに来たんだよ」

「気が変わったのよ。よく考えれば私はまだアナタについて知るべきじゃないのよ」

「知るべき……ってどういう意味だ?」

「女の秘密は詮索しないことよ。それより、これ、もう一本開けましょうよ」


 机の上の空き缶を指してそう言った

 

「お断りだ。もう用は無いんだろ。帰った帰った」

「もぅ。つれないわね。じゃ、大人しく帰るとするわ。それじゃあ、またね」


 マキョウはひらひらと手を振ると魔法のようなものでその場で消えていった。


 すると部屋に急に重い沈黙が訪れる。

 俺は身体を重力に任せるように心身ともに脱力した。机に頭を思い切り打ち付けて痛みにしばらく悶えた。


「俺も久々にビール、飲もっかな……」


 やっぱり酒は好きじゃないが、なんとなく呑みたくなってきた。普段はフィーユが居るので遠慮してさっぱりだ。マキョウに渡した物も結構前の缶だったような。


 あの"剣"が今になって、なぜ……。


「やっぱ、いいや」


 そう呟くと俺は床に寝転んで薄汚れた天井を眺めながらほうっとため息をついた。



【SIDE:ユウガ・フェリテ・リヒター】



 ユウガは燃え盛る廊下を前に再び扉を閉じた。


「どうなってる……どうしてアルカシエル城が火事になってるんだよ!」


 地下牢に入る前にはそんな兆候は一切なかった。しかし、確かにこの扉の先では炎がごうごうと燃え盛っている。


 ユウガは階段を降りていった。水の中に飛び込み再び全身水浸しになる。そして地下牢の水を水中で大量に飲みだした。

 とにかく腹に入るだけ、水を流し込む。吐きかけるのも我慢した。


 水を浴び、水を飲むことで多少、肌と肺の火傷を軽減できる。一応持ってきた上着も、水に浸して羽織っておく。


 勇者として、こんな所で死ぬ訳にはいかないのだ。


 意を決してユウガは扉を開けた。真っ黒な煙が溢れて入り込んでくる。さっきよりも少し炎の勢いが増している。


「よし、火事で怖いのは火より煙だ……そうだ、冷静さを欠いてはいけない」


 ユウガは自分に言い聞かせるように呟いて身をなるべく屈め、布で口を塞ぎながら飛び出した。

 視界が墨汁で塗り潰されたように真っ黒で前が見えない。ここは城の一階だ、それに出口はそう遠くない。ユウガは記憶と壁を頼りに出口へひたすら急いだ。


 出口だ……!


 時折、視界の隙間から外の風景が覗く。ユウガは一気に外へ飛び出した。


 ユウガは絶句した。

 

「……嘘だ……ろ……?!」


 城の外に出ると広い城下町に出る。しかしその城下町も真っ赤に染まり、空は夜よりも深い漆黒と化していた。


 ただの火事ではなかった。町の中で大量の獣愚が火を吹き、建物を破壊し、逃げ遅れた人を襲う。


「や、やめろ……来るなぁああ!!」

「ああ、熱い!! 誰か、助けてぇ……!」

「てめぇ、邪魔だ! どけ!!」

「放せ! 戻らせてくれ!! 恋人を置いてきたんだ!!」「やめろ! 死ぬ気か!」


 人々はパニックに陥り、町はまさしく地獄絵図である。とにかく炎と獣愚の脅威から逃れる為に一人走る人、また足を挫いて仲間に捨てられ取り残される人、恋人を救う為に戻ろうとする人、それを制止する人……。


 火の勢いの強い所には人の形をした真っ黒な塊が転がっている。


 ユウガは結局、冷静さを失い走り出した。襲いかかる獣愚は払い除け、斬り捨て、ただただ城壁の外を目指す。

 漆黒の空には巨大な獣愚が翼をはためかせながら豪炎を町にぶつけている。ドラゴンもいるのか!

 

「うわあああ!」


 小さい子供の声がした。路地の入り口に小型の獣愚に追い詰められた男の子がいた。

 ユウガは冷静さを失っていはするものの使命感に駆られて咄嗟に立ち止まった。


「やめろぉー!」


 ユウガは獣愚を思い切り蹴飛ばしてそのまま斬り捨てた。黒い粒子が辺りに舞った。


「大丈夫かい?」


 ユウガは男の子に手を差し出した。


「うん、ありがとうお兄ちゃ……」


 直後、大きな火炎球が轟音と共に男の子を飲み込み、ユウガの鼻先三寸で消えた。男の子の叫び声がこだましたが、直ぐに薄れて消えた。

 路地に先程のドラゴンが辺りの家々をなぎ倒し、熱風を吹かせながら舞い降りた。

 

 奴だ……あのドラゴンがは放った火炎球だ……!


 黒い塊がユウガの目の前にどさりと音を立てて倒れた。ユウガは本能的にゆっくりと抱きかかえてみる。まだ、息はあるようで咳き込むと煙を吐き出したが、ユウガにはそれを理解する事は叶わなかった。


 ドラゴンが視界の端でのっそりと動き、首を上げて激しく咆哮する。辺りに耳をつんざくような轟音が響き、震えた熱気が肌を焦がす。


 ユウガは自身から発せられた狂気の慟哭と共に、それを背負ったまま、何も考えずに全速力で走り出した。


 *******


 目が覚めると藁で編まれたむしろと適当な布で出来た簡素な布団の上に居た。

 辺りを見回すと同じような布団が幾つも並んでいてまた同様に何人もの人がそこに寝ていた。ここは避難所のテントの中らしい。

 ユウガにも治療が施されていて、体に包帯が巻いてある。


「そ、そうだ! あの子は、あの男の子はどうな……っ!!」

「ちょ、ちょっと! 突然動くと……!」


 勢い良く起き上がったユウガは突然の痛みに悶えた。ちょうど側に居た看護婦に制止を受ける。


「ま、待ってくれ……あの子は」

「あ、あぁ、あなたが背負っていたあの子の事ですか……その、非常に言い難いのですが……」


 看護婦は俯きながら申し訳なさそうに言い淀む。


「そ、そうですか……いえ、いいんです」


 ユウガは愛想笑いした。

 その時、彼女はユウガを見て何か思い出したような顔をした。


「あ、あなたは確か勇者さんでしたよね……あの、あなたに会いたいと言う方がいらっしゃいます。今、歩けますか」

「え、ええ。歩けます。で、その人はどこに」

「私が案内します。痛ければ直ぐに言って下さい」


 看護婦は一通りユウガの身体を確認すると案内の為に俺の前に立ったが、決してユウガから目を離さなかった。


 ユウガがテントから出ると並ぶテント群の中心に大量の人が集まって居た。

 途方に暮れる人も、再開を喜ぶ人も居て、ユウガの目覚めたテントもそうだったがやはり外も大所帯だ。


 遠くの方には無惨に燃え尽き焼け野原と化したアルカシエル、その城壁が見えた。

 あの忌まわしいドラゴンの影もなくなっていた。


「愚王が寄越した獣愚の軍勢ですよ」

「え?」


 側を歩く看護婦が言った。


「この火事の原因です。愚王も最近どんどんやる事が残忍になっていってて、ついに……」

「あれが……愚王の、軍隊?」

「もう退いて行きました。それでやっと鎮火作業が始まったんです。丁度雨が降り出して火は何とかなりましたが、国のシンボルだった花畑も、城も焼けて……一体、何が目的でこんな酷いことをするのでしょうね。犠牲者も、沢山でました」


 看護婦は震える声で言った。そして涙を裾で乱暴に拭うと「身体は痛くないですか? もう少しで着きますから」と笑顔で言った。


 ユウガはかける言葉が見つからず、黙って頷くしかなかった

この作品はフィクションであり、実際の個人、団体、地名とは一切関係ありません


前回から大きく間が空いてしまい申し訳ありませんでした。


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