1-8 訪ね、尋ね、
【SIDE:咲波春馬】
……狭いな。
俺の家に帰ってきたが、さすがに四人は大分キツイ。フィーユの時もナスタッドの時も同じ事を思ったが格段に狭く感じる。
「イキシアさんはどこで暮らすんですか? もしや野宿?」
「ゲストハウスに……泊まるわ」
またイキシアは慣れないようで普段はあんなに凛としているのに今はナスタッドの陰に隠れている。
「私のバイト先の常連客が女性専用のゲストハウスのオーナーがいてな。頼んだら条件付きでイキシアに部屋を貸してくれる事になった。元々、満室になる事などなかったようだからな。僥倖だった」
「へぇ。ナスタッドに紹介してもらったのか」
それなら心配いらない。ナスタッドもそろそろ野宿を卒業すべきだと思うのだが。
……ん?
「ば、バイトぉ!?」
「ナスタッドさん、働いているんですか!?」
俺達は驚きで思わず立ち上がった。机が揺れて音を立てる。
「ふむ、伝えていなかったか。数日前の夜の話だ。食料が尽きて町を歩いていた時に全くの食料を求め路地裏のらーめん屋に入った。そこの店主が実にいい御方だった。私にらーめんを御馳走してくれた上、いくつか携帯用の食料を貰った。そればかりか……なんと、私を雇ってくれたのだ」
「待て待て、色々端折りすぎじゃないか?」
実際、ホームレスを雇ったりしている所もあるらしいが、それとナスタッドは訳が違うけど大丈夫なのだろうか。
「地獄の沙汰も金次第と言う。私もこの世界で稼ぐ方法を探していた所だったのだ。客は少ないが常連の人々がまた皆いい人々でな。イキシアの件も私がその客に頼んだら快諾してくれた。店主殿も売り上げが増えたと喜んでいたぞ」
確かに、ナスタッドの甘くかつキリリとしたそのルックスと誠実で悪事とは無縁の人柄、そして働き手としての能力も申し分ない……。ナスタッド。予想の斜め上をも行く超人ぶりだ。
「そういう訳でナスタッドのおかげで私の生活には問題ない。むしろ、ナスタッドの暮らしの方が私は心配だけど……」
「だから、野宿は特技だと言っているだろう。それにな、近所の先輩方に画期的な住居作り……いわば、裏技を伝授してもらった。この世界の特殊な紙、ダンボールを使えばいい、とな」
フッと自慢気にナスタッドが笑う。何が自慢なのか。
「随分と哀しい裏技だな」
「そんなに羨む事はない。教えて欲しければ春馬殿にも伝授しよう……だが、もういい時間だな」
ナスタッドが部屋の時計を見て立ち上がった。誰も羨んでない。
「店に今から行かなくてはならない。春馬殿、失礼した。フィーユの事もありがとう、感謝する」
ナスタッドが玄関に向かった。ナスタッドにも知らない所で色々ドラマがあったらしい。
何というか、ぶっとんでて凄いと思う。
「春馬、私もこれで失礼するよ」
イキシアが蚊の泣くような声で言ってきた。まだ馴れないらしい。
そしてイキシアもナスタッドに続いて俺の家を後にした。
二人だけになった部屋ではフィーユがなんとなく申し訳なさそうな顔を俺に向けていた。
「も、もしかしてちゃんと働いてないのは私……だけ?」
「そうだな。フィーユも何かしたらどうだ?」
「で、でも私に出来る仕事ってありますかね。それにナスタッドさんは運良く雇ってもらえたけど」
フィーユに出来る仕事か……。
俺は想像してみる。ファミレスとかの飲食店……はフィーユがやると誤オーダーを連発したり皿の割れる音がこだましたりしそうだ。
適当な場所の施設の清掃員は……清掃どころか余計に汚しそうなフィーユには危なっかしい。
力仕事……はできなさそうだし、魔法を使う訳にもいかないな。
「うん。やっぱフィーユはやめといた方がいいや。お前にこの世界……というかこの日本の仕事はちょっと怖い」
「い、今のちょっと傷つきましたよ……?」
うっと胸を抑えながら言った。
「いや、そんなつもりはなかったんだけど。ま、気にしなくていいよ」
それに、こう理由を付ければうまくマンダーレに話をして給料にかの福沢諭吉が描かれた紙切れが増えるかもしれない。
それからしばらく不自然な程の静寂が広がった。
「あの、春馬さん」
フィーユが切り出してきた。
「ん?」
「今回の件はありがとうございました。でも、もしも次こんなことがあっても私の力でどうにかするので気にしないで下さい」
急にフィーユが改まった様子でそう言う。
「私、何かとトラブルに見舞われやすくて。こんなにお世話になってるのにこれ以上心配や迷惑をかけるわけにはいきません」
「何を言い出すかと思えば……。そんな事、できるわけないだろ」
「でも……!」
「その代わり、俺がまた獣愚とかに襲われたときには助けてくれ。俺は戦えないし魔法も使えない」
俺はフィーユの言葉を遮ってそう続けた。
しかしまだ彼女はやや不服そうだ。
「な、なら、これから料理は私がやります! あと、買い出しとか……も!」
しばらくして出されたフィーユの料理は相変わらずなんとも言い難い味わいだった。でも、何となくまともに美味しくなったような?
翌日、また毎朝お馴染みのフィーユのキテレツな寝相の悪さによる洗礼を受け、目を覚ました。
今日は変に良い天気だ。
正午頃になるとナスタッドがやって来た。また調べものを再開するらしく、二人で出かけて行った。
マンダーレから仕事の話も来ないし、暇だ。
トントン
……と、思っているとドアをノックする音が聞こえてきた。チャイムじゃなくてわざわざノックか。
俺は玄関へ向かうと覗き窓を覗き込んだ。
あの一件のおかげでもう来客を確認せずに扉を開けるのは辞めると心に決めたのだ。
な、なんだと……!
俺は扉越しの相手に思わず声が出そうになった。扉から離れて乱れた呼吸を整える。
こいつ、今度は何をするつもりなのか。
そこに立っていたのはあのマキョウだった。
フィーユ誘拐の首謀者。
俺はあの時、情けをかけて剣の柄で攻撃する事で撃退したが情けをかけるべきではなかったかもしれない。
結局、あのゆるい空気はそう長く続かなかった。
「ん?」
恐る恐るもう一度覗き窓を覗くと、何故かそこには何の人影も認められない。なぜだ、見間違いなはずがない。
「は・る・まクン?」
「うきゃあ!!」
背後からの声に思わず変な叫び声を上げてしまった。咄嗟に振り返るとマキョウが立っていた。
「うきゃあ、って結構乙女な叫び声なのね」
「……何の用だ」
俺はマキョウを睨みつけたが気にもしなかった。
「アナタの家って思ったより狭いのね。でもお家デートには十分よねぇ」
マキョウが部屋を見渡しながら言った。
「は? お、お家デートぉ?」
「そ、私はアナタを襲いに来たんじゃないしフィーユちゃんを攫いに来た訳でもないのよ。そんなに身構えないでよ」
「なら……」
「だから言ったでしょ? 私はアナタとお家デートしに来たの」
簡単に信用してたまるものか。俺は身構えた。
「ふぅ、攻撃する気はないって言ってるのに。アナタ達ってやっぱり融通きかないわね。安心して、スランは今別に用事を頼んでるからこの近くにはいないわ。それに私もまだ回復しきってないから能力を簡単に使おうものならぶっ倒れちゃうわ」
ただの勘だが、敵意はないと思う。
それにもし俺を襲うつもりならもう襲っているはずだ。
だが、攻撃するつもりはないにしても何かしら目的がある。油断ならない相手だ。
「とりあえず春馬さ、座ったら?」
「……言われなくても。ここは俺の家だ」
俺は座りこんだ。机を挟んで向かい側にマキョウが胸を机に載せながら座っている。
「ねぇ。麦酒はあるかしら?」
「ビール呑むのかよ。今昼間だぞ」
「そんなの関係ないわよ。呑みたい時に呑む! ま、私普段はあんまりお酒好きじゃないから呑まないけどね。でも今は呑みたいわ」
「……俺は今ちっとも呑みたくないね。水で十分」
俺は皮肉を込めて言ったが無視しているのか、それとも単に気づいていないだけか気にしている様子はない。
俺は冷蔵庫から缶ビールを一本取り出してマキョウに投げ渡した。
俺も酒はあまり好きではない。舌が子供のまま……なのだろうか。単純においしいと思わない。ただ、ごくたまにその不味さに惹かれて呑むことがある、それくらいなものだ。
「これ、どうやって開けるの?」
「……貸して」
俺はプルタブを撚って開けてやる。あの異世界には缶ジュースの類いは無いのだろうか。
「ん、これ私達の世界のより麦酒の割にはおいしいわ」
マキョウが缶に口をつけながら言った。「苦いのは変わんないのね」
「せっかくのデートなんだから、何かお話しましょう? 有意義な……ね」
マキョウが含みのあるような言い方をして小さく微笑んだ。
「有意義な、って」
「そう、例えば春馬クン? アナタの正体とかね」
急に真剣な表情になったマキョウは俺に指を指しながら言った。
「なに……俺の正体だって?」
「ええ。昨日の一件といい、ちょっと異邦人に縁のある一般人ですじゃ済まない。わかるでしょう。もちろんタダでと言う訳じゃないわ。常識の範囲内であればアナタのお願いを一つ聞いてあげる。これで取り引きしましょ」
「取り引きだと? そんなの……」
「アナタに拒否権はないわ。さっきはああ言ったけど少しくらいなら力を使っても問題ないんだから。しかもアナタは今あの剣を召喚できないでしょ? 飲むしかないのよ。一方的な条件じゃないだけいいと思った方がいいわよ」
マキョウが言い放った。
結局これだ。でも誘拐されて拷問にかけられるとかよりかはずっとマシだろう。
俺の正体なんて知っても何の意味も成さないし俺にもマキョウに聞きたいことがある。
「分かった。飲むよ。それならマキョウ、俺にお前の正体を教えてくれ」
「……え、私の正体? それは、また随分とフェアーなのね。本当にそれでいいのかしら、後から変えるのはナシよ」
「変えないよ。気になってたんだ。お前には謎が多すぎる。スランの事もそうだしな」
「なら、分かったわ。取り引き成立ね」
手を差し出して来たが俺は断わった。敵は敵だ。やっぱり油断できない。まだ力はあるということは要するにいつでも俺に攻撃する事は出来るという事だ。
「つれないわね」
「まだ信用ならない」
「当然といえば当然よね」
ビールを呑みながら、もったいぶるようにこちらを見る。
「それじゃ、先に持ちかけた私の話からしましょっか」
マキョウは静かに語り始めた。
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――私は、孤独だった。
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