1-7 俺、tueeeee……?
【SIDE:咲波春馬】
この空間は、確か前にマンダーレのいる空間に来た時と同じだ。ただ、前に来た時より壁と床の境目がハッキリしている。淡い色達の中に石造りのレンガの模様が浮き上がっている。
とにかく廃工場の事務室でないのは火を見るより明らかだ。
中央にはやはりあの女がいた。突き出た胸の下で腕を組み、挑戦的な目を向けている。
そしてその奥の壁にはフィーユが寝かされて壁にもたれ掛かっていた。寝ているのか、気絶しているようだ。
背後を見ると俺が入ってきたはずの扉は消えていた。意図せず背水の陣が完成してしまったようだ。
「あら、来ちゃった。となると、やっぱりスランが心配……いやあ、ここはあの子の意思を……」
突然女はブツブツと何か呟き始めた。
「おい」
「……ン。自己紹介してあげる。私はマキョウって言うのよ。よろしくね」
こちらに視線を移すとマキョウはフワリと微笑みながら言った。
「でも、名前なんてあるようで無いようなもの。私にとってはいわゆるアダ名みたいなものね」
「あんたの名前なんて興味ない。いいから早くフィーユを解放しろ」
「すぐに返すって言ってるのにぃ。融通の効く子の方が私は好きよ?」
サキュバスが変にもったいぶるとパチンと指を鳴らす。すると床から何匹かのスケルトンが這い上がるようにして出てきた。あの大量のスケルトンもこのマキョウによるものだったらしい。
「もう逃げ道なんてないわよ? 背中を預けれる仲間もここにはいないし。一人囲まれて、絶体絶命ね」
横にも背後にもスケルトンがいつの間にか現れている。確かに絶体絶命だ。
「逆転は無理か……?」
「うふふ、何か策を思いついたかしら」
俺を囲んだスケルトンがゆっくりとにじり寄ってくる。
「策らしい策は、なんにも」
「なら、諦めて死ぬ……とか? これも運命だーってね。それだって策の内ね」
先程からこの空間にはある違和感を覚えていた。だが、それが何を意味しているのか。それが分からないが、予想が正しければあるいは……。
冷汗が首筋を伝って垂れるのがわかった。
「俺、普段は運命に味方されてるんだよね」
「冗談を言う余裕があるのね。それとも……時間を稼いでいるのかしら」
別に嘘ついてる訳ではないが、時間稼ぎに違いはない。まだ、まだ感覚を思い出せない。いや、思い出すのが怖い。
「もう充分よ。さぁ、やっちゃいなさい」
マキョウが冷酷に言い放った。それを合図に俺を囲んだスケルトン達が一斉に襲い掛かってくる。俺は成す術もなく身構えたまま、固まっていた。
「クソッ、やっぱりだめかっ!」
次の瞬間には大量のスケルトン達の動きは揃って空中でピタリと止まっていた。というよりは何か見えない厚い空気の層に阻まれた様であった。
「なっ……何が起こってるの、あなた一体どうやって」
「やっと思い出した、忌々しいこの感覚」
俺が手を差し出すと空中に魔法陣の様な模様を描いた光が現れる。俺がその魔法陣の中心に手をつっこむと棒状のものが手に当たる。そしてそれをしっかりと掴むと、ゆっくりと引き上げていく。
「アナタ……そ、それは……その剣は……!!」
俺は引き抜いたその剣を構えた。なぜ今更こんな力が使えるようになったのか、考えている暇はとてもなかった。
それまでスケルトンの攻撃を防いでいたバリアーが解けたようで再びスケルトン達が襲い掛かってくる。しかし俺の剣のひと振りでスケルトン達はいささかオーバーに吹っ飛び次々と粒子を撒き散らしながら消えていった。
「さぁ、フィーユを返してもらおう」
「くっ……これはさすがに想定外。なんだか惨めな気分ね」
俺は剣を構えてマキョウの方に向き直った。
「スケルトン!! 来なさい!」
額に汗を滲ませたマキョウがそう言うとスケルトンが目の前に次々と地面から這い上がってくる。初めてこの女が余裕のなさそうな表情を見せた。
「無駄だっ!」
俺は喚び出されたスケルトンをまとめて斬り捨てた。
「もう観念しろ」
「まだよ。もう少し楽しませて欲しいわねっ」
マキョウが手を空中にかざすと黒い魔力やエネルギーの様なものが集まり禍々しい力を放つ黒球が形成された。
「食らいなさい!」
俺に向かって一直線に勢い良く黒球が放たれる。俺は間一髪でそれを避けると剣を構え直しマキョウに向かって走り近づこうとする。
「ふふ、甘いわね」
「何?!」
「はっ!」気づいた時にはもう遅く、背後には先程の黒球が迫ってきていた。あのあと旋回してきたのか!
「ぐぅあ!!」
俺は避けきれずに背中に強い衝撃を受けて派手に吹き飛んだ。身体のどこかしらを打ち付けたらしい……どこが痛いのやら。
「まだまだ終わらないわよ!」
体勢を整えて振り返るとマキョウの周りに先程の黒球の時の様な魔力が集まり、今度は大きな剣の形を創ってマキョウの前をフワフワと浮遊した。
「くっ!」
「そろそろやられなさいよ」
俺はマキョウとの距離をなるべく詰めるために一気に近づいた。そうはいかないとばかりにマキョウが手を振るとそれに合わせマキョウの周りに浮いた大剣が俺に向かい一人でに攻撃を仕掛けてくる。
それを弾き返すと再び攻撃され、俺はそれを弾く。これ以上相手のペースに持ち込まれるとまずい!
やがてこれ以上にマキョウとの距離を詰めることができずやがて押し負けてしまう。
「くそ、しつこいぞ!?」
「しつこいのはそっちよ」
俺は咄嗟に次の攻撃を今まで以上に力いっぱいに弾く。すると今までよりもマキョウの剣が大きく動く。何とか隙を作り出した。この一瞬。
「今だ――"光刃"っ!!」
俺は剣に意識を集中させてその場で思い切り剣を振り上げた。すると斬撃の剣筋が弧の形に浮かび、飛ぶ斬撃となり眩く光輝きながら高速でマキョウの元へと飛んで行った。
「う、ウッソ……!」
しかしマキョウもギリギリの所で同じ黒い魔力による障壁を創り、斬撃を抑える。斬撃が消えるのが先か障壁が壊れるのが先かという所だろう。
「何とかっ……持ちそうね」
マキョウが障壁を展開させながら言った。よし、今がチャンスだ。むしろ今しかない。
「さっきはやってくれたな」
俺はマキョウの背中を見据えながら言う。
「背後には御用心」
「……! しまっ――」
「食らえ!!」
勢い良く振り返ったマキョウの腹部を逆手で持った剣の柄の先で突く。この剣の力のおかげで十分な威力が出ているはずだ。
「くうっ……ああっ!」
マキョウは後ずさりよろめいた。剣で突いた所から蒸気の様な白い煙が上がっていた。
似合わず顔を大きく歪めている。
「はあっ……相手の力量を……見誤ったよう……ね。ここは、フィーユちゃんは諦めて退かせてもらうわ。この空間も……もう保たないみたいだし、あの子も心配だわ」
「お、おい!」
「それじゃあね、春馬クン。また会いましょう? スラン!! 撤退、よ!」
「待て!!」
マキョウはそのままの消えていってしまった。きっと魔法だろう。
俺は棒立ちで一息ついた。気がつくとさっきまでの剣が消えてしまっている。再び喚び出す事もできないようだった。
「……! そうだ、フィーユ!」
俺は今だに気絶しているフィーユに駆け寄る。傷もないのでどうやらさっきの戦いには巻き込まれなかったようだ。
――そう言えばもしマキョウにフィーユを人質にとられてたら結構ヤバかったよな。
フィーユを揺さぶってみたが起きる気配がなかった。とにかく、ちゃんと息はあるようで安心した。
「さて、帰るかな」
俺はさっぱり起きないフィーユを抱き上げながら言った。
「……いや、どうやって?」
よくよく考えたらここには出口もないし俺はさっきのマキョウの様に魔法も使えない。
帰れるのか? 俺。
「お、おい、フィーユ、起きろ! 本当に! 起き……」
ゴゴゴゴゴゴ……
「な、なんだ?!」
そして突然地面が轟音と共に激しく揺れ出した。やがて壁が一枚のパズルが溢れて壊れる様に崩れていき、その奥に暗闇が広がった。
やがて空間が陽炎の様に不安定にブレ始めグニャリと歪んで行き、空間の中心に向かって球状に収縮していく。
このままでは二人まとめてこの空間に押し潰されて死ぬと、俺は直感した。マキョウの言っていたもうこの空間も保たない、とはこの事だったのか。
もう、ダメだ――――
死を覚悟した。その瞬間、俺は大きな強い光に包まれ、思わず目を閉じた。
………………。
「い、生きてる……よね」
ああ、俺は死んだのだろうか? やはり死んでしまったのだろう。でも何故か床に突っ伏しているような感覚がある。いやいや、でも真っ暗闇でなにも見えないではないか。瞼を閉じているからか? だが身体の感覚があやふやでそれすらもよく分からない。
「え、ま、まさかぁ……?」
そう言えばフィーユはどうなっただろうか。あいつも死んでしまっただろうか。もしそうなら俺の苦労が水の泡だ。
最期まで恩知らずな奴だなと思った。
「う、ウソだよね、春馬くん? 生きてる?」
あぁ、声が――声が、聴こえる。誰だ? なんだか聞き覚えのある様な……
…………声?
「ぃいや、俺は生きてる!!」
その声で俺は我にかえり目を覚まして勢い良く起き上がった。そして俺の目の前に居たのは不安そうな顔をしてこちらを覗き込むマンダーレだった。よく見ると辺りはあの見慣れたサイケデリック空間だ。
周りを見渡すとそばでフィーユが寝転がっていた。どうやらフィーユもここに飛ばされた様だ。
「あ……マンダーレ」
どうやらまた助けられたようだ。
「その……ありがとう」
「えへ。大したことないよこれくらい」
なんとなく気まずいと思ってしまう。
「ねえ。わたし、春馬くんに危ない目にあってほしくはないよ」
「……!?」
突然マンダーレがじっと俺の目を見つめて語りだす。
「前も言ったっけ……でもそれは本当だよ」
マンダーレはそう言って笑った。だが、まだその瞳は俺の事をじっととらえ続けていて俺は思わず目をそらした。
笑っているけれど、どこか悲しそうだ。何が……悲しい?
「あのさ、前に辞めたいかって聞いたよな」
「……! う、うん」
言ってやるんだ。
「俺さ」
辞めてやるって。もう異世界なんてのは御免だって。
「……わけない……辞めないよ。続けるさ!」
そう言うとマンダーレの表情がパッと、目に見えて明るくなった。
「ホント? ね、ホントに!?」
「本当だよ、本当」
「よ、よかったあ〜〜!!」
半泣きになって俺を捉え続けた視線がようやくはずれた。マンダーレはその場に力が抜けたように座り込んだ。
「でも……どうして続けてくれるの?」
言えなかった。辞めると。マンダーレへの同情だろうか? この状況で中途半端で投げ出すのは気が引けたからだろうか?
「それは、かわいそうたがら……ぁいや、その……友達、だから」
柄にもないクサいセリフで耐えきれずに俺は後ろを向いてそう言った。
これが俺の本音だ。マンダーレとも……それにフィーユ達とも、関係を失うのが怖かった。
「……うん! これからもよろしく!」
マンダーレが羽をぱたぱたさせながら後ろから駆け寄って俺の首元に飛び込んでくる。
いつもと違う、妙な気持ちになった。
「ホントはこうやって私から春馬君達を連れてくるのはまずいんだし、バレる前に……ね?」
「そうだな。ナスタッド達もきっと心配してる。じゃあ、またな」
「うん。こう何度も助けてあげれる訳じゃないから気を付けてね」
俺はまだ目を覚まさないフィーユを再び抱えて目を閉じた。
女神マンダーレにとって友達とは、一体どういうものなのだろうか……。
「春馬殿! フィーユ!」
突然聞き覚えのある声がした。
「ん……ナスタッド!」
もうあの廃工場に戻って来たようだ。ナスタッドが駆け寄ってくる。
後ろにはイキシアもいて、そっと近づいてくる。
「二人とも無事だったんだな」
「ナスタッドも私も、あの程度の相手に負けることはないさ」
「あのスランという大男は突然姿を消した。まだ決着はついていなかったのにもかかわらずな。あれは確か丁度イキシアが加わったあたりだったな」
「それは多分あの女……マキョウが、連れて逃げたんだよ」
俺はあの謎の空間の事やその女、マキョウの事等を伝えた。
「謎は残るが、何よりフィーユが無事でよかった」
「ん、ふぁ。私呼ばれました……?」
ナスタッドが言った直後、フィーユが目を覚ました。
「お、目覚めた」
「えぇーと。一体何があったんですか」
「お前、何も覚えてないのか?!」
「は、はい。あの男の人に何処かへ連れて行かれた事だけは覚えてるんですが……」
「呆れたぞ、さすがに」
あんなに皆頑張ったのに本人が何も覚えてないのはさすがにどうかと思ったが、これぞフィーユクオリティ……と言えるのかもしれない。
「無事ならば良かった、実際に助けてくれたのは何を隠そうこの春馬殿だ。お礼を言っておくといい」
「春馬さんが? あの、ありがとうございます。心配かけて……それと……あのぅ……」
「ん、何だ?」
帽子のツバで顔を隠し、俯きがちにフィーユが歯切れ悪く言った。
「そろそろ、その、降ろして欲しいです……さ、さすがに、お姫様抱っこはちょっと恥ずかしい……ですから」
「え、あ、あぁ! そうだな、悪い!」
言われて咄嗟に手を放した。抱き上げたまま、降ろし忘れていた。
急に手を放したのでフィーユがドサリと床に落下した。小さく呻きながら起き上がった。
「皆さんもご迷惑おかけて、本当にごめんなさい!」
「気にするな。人を護る、それが私……ひいては我ら騎士団の仕事だからな。なぁイキシア」
「へ、あ、うううん、そのとおりっだ」
イキシアがそれだけのセリフを声を裏返しまくりながら言った。そう言えば、人見知りって話だったっけ。
「フィーユ、知ってると思うけどあの人が騎士団の副団長のイキシアって人なんだってよ。人見知りらしいぞ」
俺は小さく耳打ちした。フィーユは得心した様に小さく頷くとイキシアの方に向き直った。
「ああ、あなたがイキシアさんですね。私、名前しか知らなくて実際に見るのは始めてなんです。それで私はフィーユっていいます。よろしくお願いします!」
「あぁ、うん。私が……副団長イキシア・シュバリエ……だ。そのぉ、よろしく……頼む」
イキシアはまたもかみかみでなんとか自己紹介を終えるとフィーユが差し出した手の指先だけを緊張した面持ちでつまむとこれまた小さく上下に揺らした。こんなにお粗末な握手見たことない。これでは握指だ。
これにはさすがのフィーユも苦笑いだった。ちょっと人見知りな所があるでは済まされないレベルなような。
握手を終えて小さくお辞儀をすると素早くナスタッドの後ろに引っ込んで行った。どことなく猫っぽいと思った。対してフィーユは犬っぽいかな。
「ま、とりあえずこんな廃工場にいてもなんだし……帰ろうか」
そして俺達は俺の家へ向かった。工場の外はすっかり暗くなっていて月が薄く光っていた。
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